5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【歴史】元寇・文永の役…モンゴル・朝鮮(元・高麗)軍が日本で行った“殺戮”、日本の武士「勇敢にして死をみること畏れず」[06/08]

1 :Hi everyone! ★@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:34:28.91 ID:???
ソース(MSN産経ニュース) http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140608/wlf14060807000012-n1.htm

 今から740年前、中国全土をほぼ手中にし、日本も従属させたいモンゴル帝国(元)皇帝のフビライ・ハーンは朝鮮半島を治める
高麗と連合で3万以上の兵を派遣する。元寇(げんこう)と呼ばれる日本本土が2度にわたり侵略を受けた事件である。対する日本は
鎌倉幕府執権・北条時宗の命で集まった御家人ら約1万人。武勲をあげて所領拡大を目指した御家人らの士気も高かったが、
兵力の差もさることながら、集団戦法と未知の兵器を前に日本の武士は次第に翻弄されていった。

■突貫作業

 元への服属を求めるフビライの国書を携えて日本に渡った使節がたびたび追い返されたため、業を煮やしたフビライは武力による
日本進攻を決意。軍船を造るにあたって、文永11(1274)年1月、戦艦300隻など軍船の建造を高麗に命じている。

 平成23年、長崎沖の海底から弘安4(1281)年の2度目の元寇で使ったとみられる沈没船が見つかっている。ほぼ完全な状態
だったため復元してみると全長が27メートルに及んだ。

 これは当時の海外渡航用の貿易船と同じ構造で、一隻で100人程度の兵士が収容できる規模だったといい、1回目の進攻作戦でも
このような船を求めたことだろう。

 だが、日本に大船団を出すのに風向や潮の流れなどを考えると、建造期間は半年しかなく、元が派遣したホン・タグの指揮の下、
高麗は約3万人の労働者を動員して、昼夜関係なく突貫に次ぐ突貫の作業だったという。

 その様子は、「疾(はや)きこと雷電のごとし。民、これに苦しむ」などと表現されている。

 しかし、このときの現場を監督するキム・バンギョンは、強固な船だと期限内の完成は難しいと判断。費用が安くて簡単な構造の
高麗船でしのぎ、期間内に高麗が造った船は大小900隻に達する。

 そして総司令官のキントが着任後の10月3日、総勢3万人以上からなる兵を収容した船団は合浦(がっぽ)(現在の大韓民国馬山)
から出港する。兵の3分の2はモンゴルと中国で、あとの3分の1が高麗だった。

■上陸許す

 連合軍の船は、戦艦のほか上陸用舟艇、補給船などからなり、日本近海は巨大なマストがたなびく、おびただしい数の軍船で
埋め尽くされていた。

 時宗も高麗へ送り込んだスパイから間もなく攻めてくることを察知し、上陸が予想される九州北部の日本海沿岸に兵を配するも、
まずは数で圧倒されることになる。

 10月5日、対馬の小茂田浜に上陸した元・高麗連合軍により、島を守る対馬守護代、宗資(助)国ら80人の兵や島民はことごとく
殺害される。

 壱岐でも惨殺を繰り返し九州沿岸に迫ってきた連合軍に16、17の両日、肥前・松浦や平戸島、鷹島などが次々に攻められ、
討たれた兵の数は数百にのぼったともいわれている。

 対馬、壱岐での敗戦の報に接した御家人らはただちに九州の拠点・大宰府へ向かい、その結果、九州の御家人を統括する鎮西奉行・
少弐資能(しょうにすけよし)の3男、景資(かげすけ)を総大将に集まった兵は約1万人。

 だが、元・高麗連合軍の動きは早く、20日に主力部隊の博多上陸を許す。3方から上陸する兵力は2万人で、日本側の数はその半分
に満たなかったのだが、それでも士気は高かった。

>>2以降に続く)

写真=元寇での福岡・鳥飼潟の戦いを描いた図
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140608/wlf14060807000012-l1.jpg
写真=生の松原の防塁前を、馬に乗って堂々と行進する竹崎季長
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140608/wlf14060807000012-p3.jpg
地図 http://sankei.jp.msn.com/images/news/140608/wlf14060807000012-l8.jpg

2 :Hi everyone! ★@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:34:51.17 ID:???
>>1の続き)

■ひるまない武士

 当時の御家人は戦(いくさ)で手柄をあげては、恩賞として新しい土地をもらうことを誉れとしていた。このため、われ真っ先に敵陣に
突っ込んで功を競うことこそが潔(いさぎよ)い戦い方だった。

 御家人からすれば後鳥羽上皇と戦った承久の乱(1221年)以来、久々に訪れた所領拡大のビッグチャンス。当然、博多でも敵陣に
突っ込んでいく。

 対する元・高麗連合軍は組織ごとに動く集団戦法だったので、先陣を切った御家人らが取り囲まれては討ちとられるといったシーンが
相次いだ。

 さらに突然、けたたましい音とともに破裂する物体に終始、悩まされる。未知の兵器「鉄炮(てっぽう)」である。

 直径20センチ、重量4キロの球体が破裂してその破片が約50平方メートルに飛び散る仕組みで、殺傷能力は低かったようだが、
強烈な爆音と爆風は勇猛な御家人らも腰が抜けるほどだった。

 コンパクトな短弓も驚異で、射程圏は約30メートルと日本の長弓に比べて6割程度だったが、その分、連射が効き、矢の先に毒が
塗っていたために殺傷能力は高かった。

 日本側の視点で当時の戦いの様子を描いた「蒙古襲来絵詞(えことば)」では、御家人らに目がけて投げられた鉄炮が爆発し、
短弓の矢が人だけでなく馬にも向けられていた様子がうかがえる。

 それでも立ち向かっていったため「勇敢にして、死をみることを畏(おそ)れず」などとする元側の記述もみられる。

(終わり)

3 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:35:38.76 ID:XZNSirX9
1000年恨む
チョンは謝罪と賠償しろ

4 : 【九電 67.1 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 08:36:31.03 ID:pb2BWzbn
対馬大虐殺だな。

5 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:38:13.13 ID:Kl9knEZM
対馬大虐殺したチョンは1000年許さんぞ

6 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:38:13.31 ID:iPyRK1Mq
TPP反対派評論家が大人しいのは何故ですか
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13128382698

7 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:41:14.18 ID:uPp3FyfB
元寇。裏で朝鮮人が糸を引いていた。それも有名な話。

8 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:42:28.02 ID:I6oSjX5/
元の皇帝に日本侵略をそそのかしたのは朝鮮人です。

9 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:43:56.91 ID:0WnePe6i
対馬の島民は「むくりこくり」を忘れたのか?
朝鮮人など島からさっさと追い返せ

10 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:44:07.32 ID:3Ki+zmSl
おまえらいつも修羅の国ってバカにするけど、福岡が修羅の国でよかっただろ。しかしこんな昔からの伝統だったとは。

11 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:44:57.12 ID:pSVUa+ii
チョンと同じ土俵

   みてええ〜〜な記事

12 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:45:39.19 ID:XkOyECSi
何かジャップの前大戦末期の列島焼夷弾カーニバルでの
連敗必敗ジリ貧状態時のヤケクソ戦意鼓舞みたいな記事だなw

いかに今のジャップが
余裕皆無のオワコンモード真っ最中なのか示してる記事だw

13 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:46:59.75 ID:h8TzPtwt
>>1
> しかし、このときの現場を監督するキム・バンギョンは、強固な船だと期限内の完成は難しいと判断。費用が安くて簡単な構造の
>高麗船でしのぎ、期間内に高麗が造った船は大小900隻に達する。


「神風」とはいえ簡単に沈み過ぎだろうと思ってたけど
つまりそういうことか納得した

14 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:47:49.19 ID:Kq3lbSFr
いいかげん元寇や対馬の大虐殺の謝罪と賠償をしろよ鮮人

15 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:48:31.11 ID:dToixzTz
>>12
それでなぜそのジャップにしがみついてるんですかグックwww

16 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:48:39.60 ID:B5XRWOUj
自分の罪は忘れる都合のいいシナ人、鮮人

周りから可愛そうに思ってもらえて、同情されるのが最上の喜び

ホントクズのサル野郎

こんな奴らと日本は絶対に付き合ってはいけない

永遠に無視すべき

クソ在日は殺すか、返送すべき

17 : 【九電 68.2 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 08:48:56.98 ID:pb2BWzbn
>>12
対馬大虐殺の謝罪と賠償をしろよ。クソチョン。

18 :Hi everyone! ★@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:49:02.56 ID:???
>>11
そのうち朝鮮日報が「ヒデヨシ侵略」を連載記事にしそうだなと思うなど。

>>12
まぁ産経だからな(笑)

19 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:49:20.30 ID:VplZHSA1
>しかし、このときの現場を監督するキム・バンギョンは、強固な船だと期限内の完成は難しいと判断。費用が安くて簡単な構造の
>高麗船でしのぎ、期間内に高麗が造った船は大小900隻に達する。

侵略の片棒を担いでおきながら日本が助かったのは高麗船のおかげだという論法を振りかざすチョーセン人、笑止

20 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:49:50.93 ID:TVbQX1CC
産経か

21 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:49:59.21 ID:8W0Tzxpv
大陸国家・海洋国家、そして半島国家 >蒙古襲来・
 竹島問題が韓国国内でデモ騒ぎに発展しているようだがいつもの現象だろう。
 今日の産経新聞の「断」に潮君がいい事を書いているが、要するにこの国の政府は何時まで経っても「国内治安」を確立できないのである。
 10年以上も前になるが韓国を訪問した時、ホテルの前で「大集会」が開かれていて、非常に迷惑したことがある。交通制限はもとより、奇声・歓声・シュピレヒコールで煩くて仕方ない。
若い工員達の給料値上げデモだそうだが、女子工員たちは嬉しそうに・お祭り騒ぎに参加している雰囲気、その周囲を、同じ世代の警官達が取り巻いている。中には女子工員と語り合っているベテラン?機動隊員もいる。
 ソウル市民は慣れたもの、交通統制には文句を言っても、デモには気にもかけずに通り過ぎる。ガイドさん(女性)に聞くと「いつものことですから」とにべもない。
 その彼女が、記念館を案内してくれたのだが、亀甲船と白村江の戦いが展示されているところでは熱心に解説してくれる。韓国文化の偉大さと、日本に勝ったことを強調するのである。そこで「蒙古来襲時には、その手先となって攻めてきたのではなかったか?」と質問すると、
「あれは強制されたからで、韓国人は日本から攻められても友人の日本を攻めるようなことはしない」と強調する。
そしてその証拠として「先生は蒙古が台風で全滅したことを御存知でしょう。その原因は何だか御存知ですか?」という。
「韓国人は友達の日本を攻めるのがいやだったから、命令されて船を造る時“手抜き”工事をしたのだ」と云うのである。つまり当時の船大工達が、「オカラ工事」をしたというのである。
「普通は一寸置きに釘を打つのに、このときは2寸間隔で打ったから、すぐに壊れて沈んだのである。だから日本は蒙古に勝ったのだ。むしろ感謝して欲しい」と。
 これには流石の私も二の句が告げなかった!

22 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:50:16.70 ID:kCDoEjCK
日中戦争もチョンが仕向けたしな

ホント虎の威を借るゴキブリだ

23 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:50:42.96 ID:8W0Tzxpv
>・フビライは、東アジアへの支配を拡大する中、東方で独立を保っていた日本をも征服しょうと企て、たびたび使いを日本に派遣し、服属するよう求めた。
 フビライが日本に送った国書は、日本を見下した無礼極まりない内容である。例えば最初の国書は「関係がうまくいかない場合は、兵を用いる」とあり、ほとんど脅迫状といったほうが近い。
こんな要求は受入れられるはずがない。
 朝廷は鎌倉幕府は一致団結して、フビライの要求をはねつけた。二度にわたって届いた元の国書に対して朝廷が用意した返書の下書きには「日本は天照大御神の子孫が統治する立派な国なので、
知恵でも武力でも侵すことはできない」とあった。戦端が開かれるのは必死である。鎌倉幕府は、時の執権・北条時宗を中心に元の襲来に備えた。
愛国心とは国家の『尊厳』と『名誉』と『主権』を守り抜く決意のことだ。
 主権とは国家の独立性、つまり国のあり方について他国の干渉や介入を一切許さず、国のことは国の中で決めるということだ。
内政への介入を絶対に許さないことなのだ。
圧倒的な元の軍勢に勝てたのは、二度の”神風”が吹いたからだというのが定説になっているが、勝因はそれだけではない。元は騎馬戦では、無類の強さを発揮したが、海を渡っての戦いには慣れていなかった。
また、大軍の中には高麗や宋の兵も多く交じっており、内部的な団結は弱かった。
 そして、最も強調すべきは、自分達の国を守ろうという当時の日本人たちの気概である。この国難に際し、朝廷と幕府は一致協力し、執権・北条時宗を中心に幕府統制のもと、御家人たちががっちりと団結し、
勇猛果敢に戦ったことが活路を開いた。 ・国のために私利私欲を排してまとまった御家人、
国のために一心に祈った宗教家たちが民衆の心を束ね、ひとつになって国難に向ったおかげで二度の暴風雨の到来という奇跡ももたらされたのだと。
 当時の人々、とりわけ武士には何よりも公を優先する心があった。「いざ鎌倉」の言葉が残っているように、武士たちは質実剛健を旨とし、平時は国難に備えて武道を磨き、質素な生活を送り、
いざ国難に際しては、すべてを捨ててでも駆けつけるという気概があった。

24 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:52:33.31 ID:8W0Tzxpv
大陸国家・海洋国家、そして半島国家 >蒙古襲来・
1971年、時の首相・周恩来は関西学生友好訪中団との会見に
おいて、こう語っている。
 日本民族は偉大な民族です。昔、元はインドシナからモ
スクワ、朝鮮まで侵略しましたが、日本は二度、この侵略
を撃退しました。・・・明治維新をことごとく反動的なも
のと決めつける見方がありますが、これは誤っており一面
的です。明治維新は二面性を持っています。これは史的唯
物論の見方です。進歩的な一面とは民族統一と西欧文明を
吸収して資本主義を発展させたことです。
中国の国父・孫文
  儒教は地域を公としない。孝の思想を中心に、血族を神聖化する。つまりは血族主義の儒教に馴致されて、古き越人の末裔たちは同姓をもって同血とし、機闘の目標を他姓にむけるようになった。これでは国家を公とする近代国家が興らない。
<日本から東亜各地に拡散した文明開化の波>
 ・日本の開国維新は、文明の改宗といわれるほどの東洋文明の否定であり、放棄だった。もちろん東亜世界の伝統的な中華天朝朝貢冊封秩序の否定でもあった。
 ・日本人の鋭い感覚は、近代化を「文明開化」として捉えた。そしてその時代感覚から「脱亜入欧」を進め、積極的に西欧文明を受容して国家を転生、成長、隆盛させるとともに、怒涛のごとくアジアに影響力を伸長していった。

25 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:52:44.86 ID:s4kCsOw7
>>12
まあ、この時の謝罪と賠償が無い以上、ザイニチが日本人に殺されても
全ての罪は、謝罪しない韓国人にあるって事だなw

26 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:52:51.84 ID:uPp3FyfB
>>7-8
どうもそうらしい。元の皇帝は、小さい日本とか海外には
興味がなかった。なんせともあれ中華中原で大満足だろ。
朝鮮人がこそこそやって、元寇とかをやらかした。
朝鮮人って、そんな昔からちょこまかヤルんだよね。
困った人々だよ。

27 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:52:59.24 ID:7Ecy8xKg
ネット右翼よ
殺人未遂と殺人でほどちらが罪重いかわかるよね?日本は後者だ

28 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:53:07.02 ID:OvtywRNj
<丶`∀´> 事大スミダ

29 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:53:23.67 ID:EqiUX1RK
>>7
>裏で朝鮮人が糸を引いていた。
裏で糸を引くと言うより、勝ち馬(と思った)方に乗っただけだろ。
虎の威を借るキツネ

彼の民族のいつもの習性
清末から大平洋戦争後くらいの時期の行動も同じ。

30 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:54:18.15 ID:4hW6dBt0
>>27
続きしようぜw

【論説】たまに東京を訪れると、五輪まっしぐらな雰囲気に戸惑う…朝鮮人虐殺とヘイトスピーチ、歴史の狂気も覚えておきたい[06/08]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1402159718/

573 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 08:02:51.15 ID:buyiZWbZ
>>564
ベトナムにはおまエラのDNA残ってるけど謝罪と賠償は?

31 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:55:33.78 ID:8W0Tzxpv
福澤諭吉が予言した「朝鮮滅亡」 韓国の屈折した負のスパイラル
2013.12.22 09:35 (1/4ページ)[日韓関係]
 軍用艦命名にあたり、縁起の悪い「敗軍の将」の名をかぶせる海軍は極めて珍しい。ドイツが輸出用に開発し、韓国で建造する214型潜水艦の4番艦で、8月に進水した《金佐鎮(キムジャジン)》はそうした珍例の一つ。
もっとも韓国海軍には、初代韓国統監・伊藤博文(元首相/1841〜1909年)を殺害し、むしろ日韓併合(1910年)を進めてしまう頓珍漢なテロリスト・安重根(アンジョングン)(1879〜1910年)の名を3番艦に付けた“前科”がある。
彼の国には、歴史に名をとどめた英雄が少ないようだ。実は、あわや朝鮮半島が赤化される巨大な危機・朝鮮戦争(1950〜53年休戦)に際し、身を挺して祖国を守った韓国人もいる。ただし、大日本帝國陸軍などの教育を受けた軍人が多く、
“親日反民族行為者ブラックリスト”に掲載され、歴史から削除されてしまった。214型は9番艦まで建造するというから、「テロリスト」→「敗軍の将」の次は一層スネに傷持つ“英雄”を墓場より掘り起こし、捏造する必要に迫られる。
潜水艦名が枯渇する前に、歴史上の人物の命名を諦めてはどうか。
捏造された「英雄」
 「敗軍の将」を語るにあたり、歴史を1920年まで戻す。 当時、滿洲東部からロシア沿海州南西部にかけては李氏朝鮮時代以降、朝鮮人が多数移住した。深い森林が多く、朝鮮総督府の支配も届かず、
無頼の朝鮮人や中国人による匪賊・馬賊の格好の根拠地となった。越境して朝鮮半島北部の町村を襲撃、無辜の朝鮮人らへの略奪を繰り返した。銀行券略奪や日本領事館が焼き討ちにされ女性や子供を含む13人が殺されるに至り、
帝國陸軍と中華民国軍が本格的掃討に乗り出す。

32 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:56:15.06 ID:T4+X9AX4
モンゴル帝国

西は東ヨーロッパ、アナトリア(現在のトルコ)、シリア、
南はアフガニスタン、チベット、ミャンマー、
東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断する

33 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:56:45.55 ID:1OzpEuFK
>いかに今のジャップが
>余裕皆無のオワコンモード真っ最中なのか示してる記事だw

 ___________________
 |                  l─‐ / な お い  |
 | 一 ま 宣 バ  オ l   l  る ま え   |
 | 緒 わ 伝 カ  レ l ll  〉  : え ば   |
 | だ る  し  だ は ,′ ll 〈  : の い   |
 |  :  の て  と   / ll  ll∧   恥 う  |
 |  :  と      /ll/ /l 人  に だ   |
 |     __ , イ│ //ー-レ  ヽ、_ け  |
 | ̄ ̄\| レ│ll l レ二ニ‐-   /_∨ // ̄|
 |    レ | イ| /   =。==   =。= /      |
 |      l ヽ、| /       ̄   「二´/      |
 |    │ ll |/     ̄ _ l│‐ /     -‐=|
 |     レ| / ト、   / ヽ-┘ ,'     -‐=二|
 |       |/  |∧  /  ─-- ,'    -‐=二三|
 |   _=彡|   |/人     -  /  -‐=二三三|
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

34 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:57:39.12 ID:B0BEjzLG
昔から疑問だったんだけど
元の軍隊は上陸したんだよね?
それでなんで神風で船が沈んで負けるんだ?
上陸したなら日本兵を倒して占領略奪すればいいだけなのに

35 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:57:49.24 ID:4vBXnrAR
>>27
でほ?

36 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:57:54.37 ID:8W0Tzxpv
日本人の英雄は数知れず人によっていろいろ
しかし、朝鮮人にとっては殺人鬼テロリストだらけである。 韓国における国民的偉人は殺し屋ばかりだ。安重根しかり、金九しかり、尹奉吉しかりだ。日本でヤクザ2人を殺害した在日2世金嬉老も釈放されたさい、韓国では国民的英雄に祭り上げられた。
釈放後、日本生まれで日本語しかしゃべれない金嬉老は韓国に凱旋「帰国」したが、その模様は韓国でテレビ生中継されるほどの熱狂ぶりだった。金嬉老は「帰国」後韓国で殺人未遂と放火で逮捕された。
それみたことかと、大いに笑わせてくれた。
北朝鮮は国策で偽札・麻薬作りまで行う卑劣なテロ国家だ。韓国の最高額紙幣の肖像は薬売りを強盗殺人し、その後テロリストに転じた人物になるという。朝鮮民族は無茶苦茶な民族だ。だからバージニア工科大の事件が起こるのだ。
しかし金九を最高額紙幣の肖像に選ぶという話に対し、日本の外交筋はきちんと圧力をかけたんだろうか?これから抗議するんだろうか。金九を紙幣の肖像に選ぶなど、日本に対する憎しみを永久に拡大再生産させようとする試み以外の何ものでもない。
戦後60年以上も経って、今やるべきことなのか?
韓国人学生チョ・スンヒによるバージニア工科大学大虐殺事件の温床は、韓国の国民性、・民族性だろう。
韓国の紙幣に、いわゆる1万円札が今までなかった。日本で例えると、もっとも高額な紙幣は千円札だった。韓国の紙幣は現状1000ウォン(約130円)、5000ウォン(約660円)、10000ウォン(約1330円)の3種類しかなかったが、
このたび10万ウォン(13290円)紙幣の発行が決定した。
日本で5万円くらいの買い物をするさい、サイフから紙幣を50枚出さないといけないと考えると大変だ。今まで10万ウォン紙幣がなかったことのほうがある意味、不思議だった。
ところが韓国国民の宿願だった10万ウォン紙幣の肖像にろくでもない強盗殺人犯が選ばれた!その強盗殺人犯は金九(キム・グ、1876年8月29日 - 1949年6月26日)という。盧武鉉大統領がリンカーンとともにもっとも尊敬する人物らしい。
どうやら10万ウォン紙幣は盧武鉉による最悪の置き土産になりそうだ。

37 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:58:27.98 ID:s4kCsOw7
>>27
まあ、ザイニチは既に死んでも許されない存在だから、帰国して処罰されれば良いじゃんw

精々殴られ蹴られ、掘られて最後にバラバラの肉片になって死ぬくらいのモンだから
気にしないで、さっさと帰れw

38 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 08:59:24.78 ID:8W0Tzxpv
★韓国の妄想映画に中国失笑 「15世紀、朝鮮ミサイルが10万人の明軍を壊滅。明は朝鮮に朝貢してた」
歴史問題 / 2010年01月29日
【中韓】 朝鮮のミサイル兵器で10万人の明軍が殲滅…韓国映画の『神機箭』が中国でブーイング [01/29]
 韓国映画の『神機箭』が、中国で“ブーイング”の対象になっている。
 同作品の舞台は15世紀、名君とされる世宗の時代だ。李氏朝鮮では秘密裏にミサイル兵器を開発。
それを恐れた明朝はスパイ活動で秘密を盗もうとするが、開発担当者は完成目前のミサイル兵器とともに
自爆することで、情報流出を阻止。最終的に明は10万の大軍で朝鮮を襲う。朝鮮側の兵力は1000人以下だったが、 世界で初めて作られたミサイル兵器「神機箭」を使用。明の大軍を殲滅(せんめつ)するというストーリーだ。
 鳳凰網は「でたらめの韓国作品。15世紀に中距離ミサイル出現」と紹介。 同記事を転載した環球網には、批判のコメントが多く寄せられた。
「ここまでやるとは、尊敬だ」、「わははは」、
「原爆を作ったのが米国でなければ、16世紀に韓国が発明したと言うんだろうな」、
「ええと、日本の連合艦隊を破り、山本五十六を捕虜にしたと言い出すぞ」、
「そんなにすごい武器があるのに、なんで日本にやられたんだ」、「あいつらは、変わらないねえ」――などがある。
「豊臣秀吉の軍に攻められた時、助けた恩義を忘れたか。 明が出兵していなければ、加藤清正や小西行長に皆殺しになっていたのだぞ。恥知らずめ」などの書き込みもある。
 同作品は、歴史を徹底的に改竄(かいざん)したとの、かなり長い批判意見も発表された。
 ◆東北地方の半分が、彼らの領土とされている  ◆神機箭と呼ばれる武器は中国・宋朝に存在した
 ◆明の皇帝が朝鮮に朝貢している  ◆明の大軍なのにモンゴル兵の服装、ただし馬は少ない
 ◆「神機箭」の飛び方は、現在の中距離ミサイルと同じ
 ◆朝鮮王が「帝」を名のっている。中国の藩属下ではありえないこと
 ――などを8点を列記し、「当時、明と朝鮮に戦争はなかった。 約100年後に、明と朝鮮がともに、日本と戦った」とも指摘。 「この調子では、火星もやつらのものと言い出すだろう。何の不思議もない」と皮肉った。

39 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:01:47.42 ID:8W0Tzxpv
韓国の歴史書に見る韓国人の文化破壊と歴史捏造
驚くべき事に韓国には歴史書がない。と言ったら韓国人は怒るだろうか?
しかしながら、これは事実である。
韓国の学界で認められたまともな最古の歴史書は1145年の「三国史記」(金富軾)である。
ちなみに日本の最古の歴史書は712年(和銅5年)の「古事記」である。
何故韓国には12世紀以前の歴史書が存在しないのか?
これは、韓国では王朝が変わると、前政権の全てを否定し破壊し尽くすという野蛮な習慣に起因するのである。
韓国ではよく遺跡や歴史的文物の破壊された姿が見られる。
韓国人は決まって「秀吉の朝鮮出兵によるものだ」と言い張るのだが、馬鹿馬鹿しい限りである。
朝鮮半島中の歴史的遺物や史書をことごとく焼き払い・破壊するのにどれだけの労力が掛かると思うのか?
秀吉の最終目的は明国征伐であったことは既に日本の歴史学会で認められている。
朝鮮半島は現在で言えば明国征伐の為の橋頭堡に過ぎなかったのである。
常識的に考えて、そんな明国という巨大な敵と戦おうとしている軍隊が、何を好きこのんでいらぬ労力を駆使して、文化破壊などする必要があるだろうか?
常識で考えれば、子供でも理解出来るものである。

china戦果
明・朝鮮連合軍は多くの戦死者を出し、島津軍の報告によると3,8717人、明側の報告によれば8万余りが討ち取られた。
この戦いによって島津義弘は「鬼石蔓子」(おにしまづ)と恐れられ、その武威は朝鮮だけでなく、明にまで響き渡った。
勝敗の原因
泗川の戦いでの明軍の数は今もなお不明だが、敗戦側である明の記録によると戦死者は約8万とあり、最低でも8万以上の兵士が投入されたと思われる。
これでも戦死者を過小報告している可能性もある。
当時、敗戦の将は責任を取り打ち首という場合もあったため、功績は過大に、失敗は過小に報告するのが普通であった。
戦術面では、篭城側の島津軍はもちろん、包囲側の明軍も最低でも数万以上と推測される大軍を長期間養う食糧は無かったと見られ、双方短期決戦しかなかったと推測される。明・朝鮮軍は当初、島津はわずか7000程度のため攻略を比較的楽観視していたと思われる

40 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:04:27.18 ID:mKOucc8S
今も昔も朝鮮人の残忍性は変わりませんってか
やっぱり遺伝子ってのは重要なんだなぁ・・・
日本に朝鮮人の遺伝子を入れないためにも在日チョンはみんな追い出すべきだな

41 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:04:46.39 ID:8W0Tzxpv
紀州徳川家蔵
■だれも朝鮮に帰りたがらない朝鮮人捕虜■
●平成14年10月31日木曜日朝日新聞文芸時評…「歴史と他者」関川夏央より抜粋
荒山徹「故郷忘じたく候」(オール読物11月号)
 元和三(一六一七)年朝鮮使節が十年ぶりに訪日した。目的のひとつは秀吉に
よる朝鮮の役における朝鮮被虜の「刷還」、つまり取り戻しであった。
しかし問題が生じた。★誰も故国に帰りたがらないのである。前回慶長一二年の使
節もそれを求めたが、帰国者は千二百人「九牛の一毛を抜くが如し」であった。
帰国を厭うのは、宋学的空論を重ねて相争う両班を頂点とした、徹底した身分
差別を喜ばないからである。陶工や伎生など技芸の民のみならず、常民もみな日
本にとどまりたがった。清正没して衰運する肥後加藤家は、尊大な使節の意を迎
えるべく領内定住朝鮮民衆の「説得」を行ってようやく五十人をそろえた。

ズバリ朝鮮の「三国史記」を読んでもすべてが朝鮮半島に日本の強烈なプレゼンスがあったことを書いている。アカデミックな立場から任那日本府の存在は否定しようもない。だが韓国の歴史研究は「ウリナラマンセー」ナショナリズムオンリーなので、
任那日本府を完全否定する。日本においても戦後、皇国史観のみならず過去を全否定する風潮の広がりと左翼史観の蔓延、および朝鮮人が怒るからという「外交的配慮」によって任那日本府の存在を否定するようになった。学問が政治的にねじ曲げられた。
広開土王が日本を大敗北させたことは、韓国人にとって痛快であり、是非ドラマでも描きたいだろう。だがそのためには朝鮮半島の南側、ほぼ今の韓国の国土が日本の属国に成りはてていたという真実を描かざるをえない。
千数百年前、ほぼ今の韓国の国土にあたる部分が日本の支配下にあったという真実は、豊臣秀吉の日明戦争(文禄・慶長の役)や1910年の韓国併合が侵略ではなく 奪還だった

42 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:05:45.36 ID:Vp+ZsfIZ
謝罪と賠償まだー?

43 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:06:47.76 ID:8W0Tzxpv
朝鮮の歴史を紐解くと、初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国としての地位に甘んじてきた。
その有様は、事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから何をかいわんやである。
朝鮮のこの事大主義は、時には何と朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。
例えば、宋の時代に、宋王朝は北方の契丹人や女真人に国境を脅かされており、その為莫大な貢ぎ物を契丹人の遼王朝、女真人の金王朝へ送ることにより国境の安定を図っていた。
ところが、こんな時代でも当時の朝鮮高麗王朝は、宋に対し朝貢と册封を要請したきたのである。自分から宋に朝貢させて欲しい、册封して欲しいと頼んでくるなど、これぞまさに筋金入りの属国根性である。
宋王朝は先の北方の強国から誤解を受けかねないと、この朝鮮の朝貢に難色を示したことが当時の史書に記されている。
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。
この時、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国である。
本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を、何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを認めないのである。

44 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:08:05.90 ID:YLxC2+jv
>>34
理由は簡単。
拠点作りに失敗したから。

>>1
「蒙古襲来絵詞(えことば)」
おーい。大事な所を飛ばすな。

その絵には、日本の兵に追われて、逃げまとう元軍が書かれてるだろ。
ここら辺をキチッと説明しないと正確には伝わらないぞ。

45 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:11:46.53 ID:oBbkoIZy
東北地方の昔話→アンモウコ

46 :亜生肉 ◆fD0UyRfttY @転載は禁止:2014/06/08(日) 09:13:22.09 ID:VXg9mtSD
>>44
結局夜になると船に帰ってそのあと嵐でブクブクだっけ
船を連環にしてたってのも聞いた

47 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:16:07.17 ID:NK0oe8Lg
>>4
対馬?あれって一方的にチョンがボロ負けしたんだけど

48 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:16:52.94 ID:/ZYVOiu6
で、結局負けたんだねチョン

49 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:17:17.22 ID:JlC8uIsL
鷹島に大量に残っていた蒙古人、チョンコを皆殺しにしたんだよなあ、ざまあみろってろ

50 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:18:33.47 ID:GxTJ/A+O
間に入った高麗人がモンゴルに日本侵略を執拗に勧めたんだよ。
高麗人は糞だ。

51 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:18:56.46 ID:8S5EcRB8
>>40
お前みたいなチョンの血ってシナ人とモンゴル人の血統だしなあ

52 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:19:05.96 ID:w0RCkBat
文永の役(一回目)…元軍の勝ち。日本軍はいいように蹂躙される。
          しかし、元軍にとっても威力偵察が目的であったため、
          元軍はすぐ帰国する。
弘安の役(二回目)…日本軍の勝ち。元軍はいいように蹂躙される。
          ただし、日本国内の防衛戦であった為、日本に利益なし。

53 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:19:58.81 ID:ZGMGbqm1
>>50
侵略しようとして返り討ちにあったとw
法則発動乙

54 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:20:31.18 ID:i8nHBIyN
>現場を監督するキム・バンギョンは、強固な船だと期限内の完成は難しいと
判断。費用が安くて簡単な構造の高麗船でしのぎ

粗悪品を作るところは今も変わりませんね

55 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:21:15.41 ID:JlC8uIsL
当時も断末魔がアイゴーだったのかな?

56 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:21:47.61 ID:YzxKjDba
>>4>>5

いつ対馬が虐殺されたの?ww

・・応永の外寇
もう、当時、対馬にいた中国の商人達が大笑いするほどに朝鮮軍が惨敗した。

朝鮮の兵力は、精鋭部隊1万3000人(奇襲上陸)、それを迎えうった対馬兵って、留守番役で数が少なく、
足軽級もいれて、たったの600人。(当時、藩主他、主力は京都や天津にいた)

それで、当時、対馬にいた中国人が記録してるが、もう、笑っちゃうほどに朝鮮将兵は弱かった。
最初の弓合戦でも、ただの一矢も朝鮮側は届かすことが出来ず、逆に対馬兵の弓矢は百発百中、
それだけで、対馬兵に殺され放題だった。

日本武士は、一人で600人斬ったのもいたそうで、最後は、適当、バラバラに斬り込んで、斬り殺し放題、
朝鮮将兵は、日本刀で切られると、刀、兜、鎧ごと、スパスパ切り落とされるので、泣き喚いて逃げてたと。
最初の朝鮮軍の奇襲で殺された対馬村民以外は、朝鮮将兵は一方的に狩り取られたw

日本側は多勢に無勢を気にする風もなく、奇襲強襲、釣り野伏せ(待ち伏せ)など、したい放題で一方的に勝利、
600人で1万3000人を10日ほどで完敗させ、朝鮮側は最終的に対馬が日本であることを再確認させられ、
その上、毎年大量の米を対馬に献上することを約束させられたw

57 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:21:52.03 ID:hi4Gb7DJ
>>1
昔から手抜き工事、手抜き製造だったんですね
今でもそうなのはミンジョクの伝統ですか?

58 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:22:00.24 ID:sB3aCKnw
忠烈王という朝鮮人がフビライに日本を攻めるべきだとしつこく焚きつけたんだよな
昔からクズそのもの

59 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:23:29.50 ID:9WrnUY8R
いかにも秀吉が基地のように言われるけどこういうことがあれば警戒するよな

60 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:24:27.29 ID:bSIJ5JBI
>>1
高麗が元に申し立て、出兵した史実も記述しろ

61 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:24:47.39 ID:BXVr5hUV
朝鮮人は自分に都合のいい事だけ覚えてる
歴史は殆ど後から考えた幻想だけど

62 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:26:41.26 ID:Ed8XMSi3
>>34
☆一回目
 上陸初日、三万を超えるモンゴル軍は即応した五千〜一万の日本側武士団へ攻めかかるが
遅滞に徹した日本の防衛線を抜けず、予想以上の頑強さに早々と撤退。
☆二回目
前回の敗北を反省したモンゴルは、朝鮮から四万と中国からの十万の大兵力をもって壱岐で合流し上陸する作戦を立てる。
しかし中国からの船団が出発が遅れ、朝鮮からの四万が先に対馬に到着してしまう。
九州で待ち構えるのは準備万端の四万の武士団。同数では勝ち目は薄いが水や食糧にも限りがあるので一当てしてみることに→案の定惨敗。
逆に壱岐に攻めかかられて対馬まで撤退。ようやく中国からの兵が何故か平戸にやってきたので対馬も捨てて平戸で合流→台風が来て船が沈没。狭い島内に大軍が取り残されて包囲され、脱出も出来ないまま文字通り全滅。

63 :かなり面倒@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:27:25.82 ID:f/rZTzBc
>>58
そういや、元は日本と戦争するつもりは最初はなかったって説あったな

64 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:27:43.60 ID:Go/etOtz
>>44
理由は簡単。
拠点作りに失敗したから。


一般的に橋頭堡の確保ができず船に引き返したら。
その上陸作戦は失敗だ。
上陸を許したと言う言い方は明らかに間違い。

65 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:28:09.25 ID:8W0Tzxpv
さて一方、中国のいう「正しい歴史認識」とはいかなるものか、日本に関係している部分を知っておくことも大事であり検証してみた。それは一言で言って、
歴史の歪曲と捏造であり、自分に都合良く歴史をつまみ食いした政治的プロパガンダである。こんな物を「鑑」にして、日本の歴史教科書を批判する資格はないと
、日本人全体がしっかりと押さえておく必要がある。以下ここがおかしいという箇所ばかりであるが、数カ所の例を列記した。
●「日露戦争」の記述が一切ない。
アジア全体の覚醒を促した世界史的意義は面白くないと判断したのか、無視。
●「日清戦争」 朝鮮における清朝の宗主権をめぐり日本は認めなかったが、そんなことに関係なく近代の日中関係の始まりは、この侵略戦争からだと決めつけている。第一に満州族の起こした清朝と現在の中共とは関係ない。
この清朝を倒した漢族(孫文他)の革命運動には多くの民族派日本人支援者がいたことは勿論書かれていない。
&そもそも日清戦争は清国軍艦・済遠の発砲から始まった。東郷艦長の浪速が追撃したが,
逃走し、その追撃中に清国の客船と遭遇して拿捕・臨検した。英国旗を掲げていたが、清国の軍隊や兵器・弾薬を輸送していたので、
東郷は国際法違反だとして、この客船に随航を求めたが、清国兵が船長の言うことを聞かず、逃亡しようとしたので、数回の警告の後、撃沈せしめた。
この事実を書かずに中国の輸送船が日本海軍に襲われたと一方的に記述している。当時の国際社会は東郷艦長の処置は国際正義にかなった処置と絶賛。
●「台湾出兵」明治7年、宮古島の漁師64人が台湾に漂着し、内54人が台湾先住民に殺害された。日本政府は清朝政府にその責任を問うたが、清国は、台湾は「化外の民、化外の地」
(中華文明が及ばない民、及び地域)としてよしなに取り扱ってほしいといって台湾出兵をどうぞと言った感覚であった。
それを現在の中共が「わが台湾」といって領有権を主張したいのだ。これを日本の台湾侵略の第一歩として勝手な解釈をした。
●「満州事変」違法な「排日」「侮日」の前提なしに一方的な侵略と決めつけた。
日本が国際法上の特殊権益を持つ満州は「化外の地」として、孫文も蒋介石も考え、支那本土と分けて考えていた。20万の私兵を擁した張作霖、張學良親子の軍閥が跳梁跋扈し
、暴虐の限りを尽くし、テロ・ボイコット、略奪暴行を行い、条約に基づき駐留していた日本軍や、同じく完全に合法的に基地に生活していた日本人居留民を脅かした。これらの匪賊を影で操り、コミンテルンと中国共産党の謀略き計、排日・侮日があった。
そこで日本軍は柳条湖事件(鉄道爆破)から満州事変をおこした。2万の日本軍が20万の兵を蹴散らし、満州族の満州皇帝の復へき運動と連動して、満州国を建国した。

66 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:31:31.80 ID:8W0Tzxpv
ダグラス・マッカーサーの聖書に誓った証言(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会において、
聖書に誓い、証言。この証言はニューヨーク・タイムズに全文掲載された。)
 ・・・過去100年においてアメリカが犯した最大の外交的過ちは、シナ大陸において共産主義者の勢力がのさばるに任せてしまったことである。・・・
(注・共産主義に対してのルーズベルトの無知を、非難している。日本の対中戦争は侵略戦争ではなく、反共戦争とマッカーサーは認識した)
・戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が護国のため(security)だったのです。・・・
以上再見


【人民日報】ニュルンベルク裁判記念館「日本もドイツのように東京裁判に従え。侵略の歴史を謝罪せず中韓を傷つけている」[03/16]
★愛国無罪は中国の悪しき伝統である。身勝手な口実である。国を愛して行えば少々のことは許されるとは、中国国内で通じこそすれ、国際的な免罪符にはならない。
「過去を鏡にしないと、未来を語っても意味がない。」(1998年、日本での江沢民の発言)

 「過去ではなく、未来のみを語ろう。過去にこだわりすぎては前進できない。」(2000年、カンボジアにおいてクメール・ルージュの住民250万大虐殺(総人口800万)に関与した責任を追及され、謝罪と反省を求められた江沢民の発言)

67 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:31:38.01 ID:i8nHBIyN
朝鮮と組んだばかりにさすがのモンゴル帝国も負けた
そこから何も学ばなかった日本が負けたのは当然
アメリカも学ばなかったようだが

68 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:33:04.40 ID:fevOMi1f
その後現在に至って、モンゴルと朝鮮半島の二国との違いを見るとため息出るね
モンゴル人たちの崇高さを見るにつけ、なぜこの国が隣国でないのかと嘆いてしまうわ

69 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:34:11.15 ID:iYGX0+oc
>>13
よく手抜き船って言うよね
(´・ω・`)

70 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/08(日) 09:36:51.16 ID:b+DWAXvk
>>1
> 元への服属を求めるフビライの国書を携えて日本に渡った使節がたびたび追い返されたため、

「言う事を聞かなかったら兵を用いる」の一文が重要だろ。

71 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:43:46.24 ID:5ol3AMAs
>>47,56
対馬で朝鮮軍がぼろ負けしたのは元寇とは別の時代の話だよ。

72 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:50:42.04 ID:ACJaHwJB
元のやつらが這う這うの体で船に逃げ帰っても
武士が夜中に泳いで追いかけてぬっ殺したらしいなwww

73 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:51:19.77 ID:xz0qSw15
スレタイに元寇・文永の役・モンゴル・高麗と書いてあるのに
応永の外寇を例に出している人って何なの?

74 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:54:43.31 ID:0kYcXF25
>>73
元寇の対馬は虐殺されたんじゃなく捕虜になって高麗とモンゴルに連れていかれただけだから

75 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:55:37.05 ID:JJMgdlkx
秀吉は挑戦征伐の時に略奪、殺戮するなとわざわざお達しを出したのに
元寇の侵略はかなり凄惨だったんだよなー

76 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 09:57:39.93 ID:nQCFK/g/
元寇がその後の日本と朝鮮との関係を決定ずけた。
朝鮮半島は日本攻撃の基地に最適との認識を日本が理解するのは
ごく自然な事。

77 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:01:10.03 ID:U7bc3tXJ
最近では、「ネツゾウ」バカサヨ史観が否定される方向に
まともな研究が進んでいる。
文永の役は晩秋ともいえる時期で台風など吹かない。
期間が短かったが、意外に?高麗の船は頑丈に作られていた。
バカサヨ史観の、サポタージュ(手抜き)で間接的に
日本を助けた、というプロパガンダは否定されている。

奇妙なことに、バカサヨ史学者が、
元軍が撤退したのは、「神風」のおかげだと吹聴している。
日本の武士が強かった=日本帝国軍最強伝説の恐れがある、
という妄想自虐史観による。

実態は、一旦は上陸したものの、
鎌倉武士が強すぎて、海上に逃げ帰った。
戦術的に見て、
敵本土に橋頭堡を築きかけていたのに、
わざわが陣を引き払うということは、
敵(鎌倉武士)の攻撃を回避するという以外の理由はない。

事実、元軍の将軍たちによって議論がかわされた。
夜襲の恐れ、そして、敵(サムライ)は今後続々増えてくる。
もはや再上陸不可、
最終的にそう判断し、
元軍は「撤退」した。

78 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:01:29.77 ID:iYGX0+oc
>>75
(´・ω・`)兵士の大半が南宋と高麗朝鮮人だからですかね?

79 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:02:05.01 ID:InpV7NJi
韓国は元寇で日本に酷いことしたんだから、賠償しろよ
未だ1000年も経ってないんだぞ

80 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:02:56.03 ID:iYGX0+oc
関連スレ

【TV】絶不調のフジテレビ、今や『振り返れば放送大学』の声・・・6年後カジノ業に鞍替えか? 関係者「55歳以上の社員給与大幅カットが決定」
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1402184413/

81 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:04:36.11 ID:PN9tzlnV
韓国人の誇り高き文化とは? 在日も知れ、日本のマスコミ報道タブーである、本当の姿を。

現代の遺伝子調査では、今の韓国人の遺伝子は、「百済、新羅、高句麗」時代の頃の、古来の
朝鮮民族ではなく、中国東北部ツングース系のエベンギ族の遺伝子であることがわかっている。
それまでの朝鮮半島にいた民族のDNAが、ほぼ消えている(戦での民族の粛清、すり替え)。

14世紀末に、エベンギ族出身の李氏が「高麗」を滅ぼし、朝鮮を建国すると、土地は一族が私有化した。
朝鮮の国民は、路上や空き地を占拠して、乞食同然のような小屋を密集させ、地べたで寝て暮らした。

李氏の両班(支配者)など一族は、労働を卑下して働かず、奴婢や賎民(白丁など)に、板の首かせを
はめて、奴隷として使用し、自分たちは、体を動かすのを嫌い、医者仕事さえ労働とみなし、軽蔑した。

また、毎年、三千名もの若い女性たちが、「中国」(明や清)に献上させられたので、朝鮮国内には
女性が極端に少なく、国民は、自分たちの性欲を解決するために「試し腹」の風習ができた。
その風習は、李氏一族の崩壊まで、何百年間も続き、韓国民は「近親相姦」に明け暮れてきた。

おまけに、朝鮮人には、トイレを作る発想が無く、家の内外に糞尿があふれ、悪臭で不潔を極めた。
しかし、韓国人は、糞尿まみれの日常生活を、当たり前と考えて暮らした。
そして、結核の特効薬として「大便」を食べ、万能薬として人糞を溶かした酒(野人乾水)を飲んだ。
さらに、「肌の見てくれ」が良くなると信じて、「小便」で顔を洗った。
また、今でも、魚の「エイのウンコ漬け」(ホンタク)は韓国の超高級料理とされている。

19世紀に朝鮮で布教した「白人宣教師」の報告書によると、街の中は不潔で耐えられなかった。
新渡戸稲造や福沢諭吉でさえ、明治初期に韓国を訪問して、「朝鮮人とは付き合うな」と書き残している。

李朝末期には、「清」の影響で、アヘンに耽り、国土は欧米列強の借金の抵当に入り、経済破綻した。

1910年に、日本が韓国を併合すると、これらの悪習は禁止し、膨大な借金も肩代わりして返済した。
しかし、いじけた民族性のため、韓国人は、日本の懸命なる、韓国人救済の努力を無視し、逆恨みした。

戦後は、「軍事大国・日本」を弱体化する目的で、アメリカは、強引に、韓国を日本から分離し、独立させた。
現在の韓国民は、幼少から、捏造された反日教育で洗脳され、親日家は袋叩きにあい、生き延びられない。

82 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:06:25.79 ID:RgjtzJUW
宗主国様とチョッパリ征伐・・・宗主国様の永遠の属国として誇らしいニダ<`∀´*>

83 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:10:52.03 ID:TTxmRgFZ
元寇って結末は神風=台風で壊滅して引き上げたんでそ。
その時に船を失ったりして日本に取り残された敵兵がかなりいると思うんだけど
たぶん記録に残せないほど凄惨な殺戮大虐殺が行われたんだろうな。
まったく日本人はどこまで韓民族を苦しめれば気が済むんだろう。

84 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:13:30.98 ID:s4kCsOw7
>>83
なに、この後韓国で行われる、ザイニチ総虐殺に比べりゃ小さい事だろw

85 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:19:02.94 ID:cQ+MpATS
>>83
南宋人以外は高麗人も含めて皆殺しにした訳だが、侵略者のくせに何を被害者ヅラしてるんだ?

86 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:22:12.04 ID:xz0qSw15
その前に台風で簡単に沈む様なぼろ船を作るなよww

87 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:28:30.33 ID:7JMHhKHj
> しかし、このときの現場を監督するキム・バンギョンは、強固な船だと期限内の完成は難しいと判断。費用が安くて簡単な構造の
> 高麗船でしのぎ、期間内に高麗が造った船は大小900隻に達する。

工期の計算じゃなく、いつものケンチャナ工法、ポッケナイナイだっただけだろw
記者はセウォル号から学べよw

88 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:31:57.03 ID:AGDDUVMU
俺の頃は、元軍の船は朝鮮人が作ったけど、朝鮮人は元に対して完全に服従していなかった
なのでわざと手抜きで船を作った
そのため神風で船が沈んだと習ったなぁ

やっぱ単純な手抜きだったんだね

つか北朝鮮のマンションやフェリー船沈没と根底は同じだよな

89 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:32:49.25 ID:qVSHFdbU
>>12
侵掠の歴史を反省しない朝鮮人だな。
元寇の時は元属兵高麗兵士、大東亜戦争の時は正規兵大日本帝國軍朝鮮人兵士と
アジア侵掠を繰り返す節操なき侵掠民族朝鮮民族。しかも勝ったことがない侵掠民族だな。

だから罰でも当たったのか、朝鮮戦争では朝鮮半島が戦禍の振り子になったんだな。
>>12の一族は、その時安全な日本に居て助かったんだね。良かったな。
日本継続居留の道を開いく政治決断「日韓併合条約締結」をした大恩人李完用に感謝しろよ!

90 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:36:38.43 ID:Yg/Jqi8T
単に鎌倉武士の装備練度が規格外なんだろうが、
なんであんなグダグダな攻め方したんかね。

91 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:41:41.57 ID:3p2FWzxa
チョンに謝罪と賠償をだなw

92 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:41:46.71 ID:PCHDwXd1
鎌倉御家人かっこよすぎ
カッコイー

93 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:43:38.99 ID:qVSHFdbU
>>76

まじめな話、中国が日本を本気で侵攻するときは、尖閣諸島占拠ではなくては
必ず元寇と同じ朝鮮人半島経由で侵攻してくるそうな。
然も、怖いのは必ずしも軍事侵攻限らず、経済的文化的な侵攻での日本併呑もあり得るとか。

94 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:45:55.43 ID:PCHDwXd1
いきなり新潟県に上陸とゆう説も

95 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 10:58:22.36 ID:cuyP1O8Q
>>90
モンゴル兵は大陸で騎馬戦闘やるのが基本で海戦は不慣れだし、
船は朝鮮製の不良品だし、1/3は足を引っ張るだけの無能朝鮮兵だし、
そりゃあグダグダにもなるわな。

96 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:05:48.74 ID:U7bc3tXJ
文永の役については、
高麗人民サプタージュ説や
「神風」論がなりたたなくなると、
バカサヨ史学者は、今度は
>威力偵察説に切り替える。
今でも、まして当時にすればなおさら、
>2万〜3万
の大規模な軍(しかも渡海する)が
威力偵察に出る、
なんていう戦術があるなどというのは、無知以外のなにものでもない。
それほどまでして、エセ平和バカサヨ学者は、
日本軍は弱ったというプロパガンダを広めたいだけのこと。
日本軍強い=再び侵略戦争ニダ、
という、バカとしかいいようにない、
短絡妄想論者には困ったものだ。

97 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:09:11.96 ID:p3T9eLy5
>>29
今も変わらん

太平洋戦争は、中国との戦争継続に必要な石油利権が主眼だったのに対し、
日本が全面的に全て悪いと定義しないと不味い米中をおだてる形で尻馬に乗り
調子に乗っているだけ

韓国への各種技術協力、経済協力は日本にほとんどメリットがない
想像力や忍耐力、仕事に対する工夫、熱心さが欠けているから

手抜き工事や交通機関のアホさ加減、製鉄所の爆発などがいい例

98 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:10:00.46 ID:vou+Cb7/
高麗人の三別抄が済州島で元に激しく抵抗したため、日本への侵攻が遅れて助かった
NHKの番組で言ってたわ

99 : 【九電 74.4 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:16:17.84 ID:pb2BWzbn
>>34
第1次攻撃・・・いわゆる、文永の役は威力偵察っていう話もあるな。

100 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:17:52.73 ID:/yIq06eV
>>12
早く古代トンスルランドに帰れよw

101 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:18:22.93 ID:JyhwPPhE
>>72
日本武士の水練は半端ないからなぁ

薩英戦争の時も夜中に小舟で奇襲かけてパーサーカーモードで、
船内阿鼻叫喚になったんだっけ。

お陰で英国は武力侵略を諦めたんだとか。

102 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:18:31.64 ID:U7bc3tXJ
>>98
済州島の三別抄のこともよく持ち出されるが、
これも今では逆の結論になりつつある。
近くて小さな島だといえども、
日本への渡海作戦の予行演習として軍事的な訓練にもなった。
三別抄の抵抗など捨て置いてもどうということもないものだったから。
日本もまた三別抄側からの援助の申し出を無視した。

103 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:21:16.15 ID:JyhwPPhE
>>95
そう考えると大陸なのに元の進攻を返り討ちにしたベトナムってすっごいわぁ

104 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:21:46.66 ID:SLUvz+gD
冥土いきコリアの沈没船は昔から

105 : 【九電 74.4 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:22:45.16 ID:pb2BWzbn
>>103
あのアメリカでさえ退けた勇猛果敢な国だからな。

106 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:25:57.92 ID:4KTK0ct3
>>83
いい気味w

107 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:26:11.51 ID:UiTkYZOY
>>103
アメリカも追い返した。
熱帯気候がベトナムに利するのかな。

108 : 【九電 76.1 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:27:22.69 ID:pb2BWzbn
>>83
侵略しながらタダで帰れると思うなよ。
これからもな。

109 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:28:47.25 ID:vou+Cb7/
>>102
なるほど
ただ,NHKの高校講座でも↓のように教えてるんだよね

1268年のものは、モンゴルの属国になった高麗政府からのいわば勧告文。1271年のものはモンゴル軍と戦っている
三別抄からのもので、日本も攻撃されるかもしないと告げると共に食糧と援軍を要請するものでした。
ところが日本はこれが三別抄からのものと分からず、同じ高麗からの手紙なのに1268年のものと内容が反対なので
「不可解」としました。
結局三別抄からの書簡の真意を汲み取れないまま、文永の役を迎えたのです。
この三別抄の戦いのおかげで、文永の役が遅れたのは、間違いありません。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/resume012.html

110 :盗賊山恵(家庭科部) ◆COAXkxWoQM @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:32:20.00 ID:eVapnkxv
>>103
ベトナムは海は無いけど深いジャングルがあるやよ

111 : 【九電 76.8 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:33:40.34 ID:pb2BWzbn
>>109
モンゴル帝国は多正面作戦をやってたよな。
そんな国力持ってる連中が正規軍でも無い連中にそこまで手こずるかね。

112 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:34:50.61 ID:JyhwPPhE
>>105
>>107
おフランスさんが壁からジーっと見ています。

高砂族やグルカ族みたいに熱帯雨林の中では普通の人には
できない能力が発揮できるのかも??

まぁ、あの時は指導者が優秀で国際世論を巻き込んだりしたけど、
中世の中華の進攻の際には何十年単位で抵抗続けて退けて復興させたり、歴史的に忍耐と統率力のある民族だよね。

中華がなければ日本なみに発展できてもおかしくない国だと思う。

113 : 【九電 77.2 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:40:59.49 ID:pb2BWzbn
>>112
ああ、そうだったw
まあ、お腐ランスだからいいよね。

114 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:41:26.64 ID:D6Ghc/KJ
>>109
1271年(文永8年・至元8年)9月、高麗に反乱を起していた三別抄[88]から、軍事的援助を乞う使者が到来[89]。

この時、三別抄は自らを高麗王朝と称していた[90]。朝廷は既に高麗からもたらされた国書に対して、
今回もたらされた高麗王朝を名乗る書状がモンゴル帝国を非難し珍島への遷都を告げ、さらにはモンゴル帝国と
対抗するため数万の軍勢の援助を日本側に乞う内容であったため、朝廷は非常に不可解に感じられ[90]、こ
の書状に対しての評定では様々な意見が述べられた[89]。なお、三別抄の使者に対して、日本側がどのように
対応したかは史料が無く、その後の詳細は詳らかではない。

一方で三別抄は、同年にモンゴル帝国に対して「駐屯する
(蒙古)諸軍を退けて欲しい。そうすれば、然るのち帰順する。
しかし、蒙古の将軍・忻都(ヒンドゥ)が要請に従おうとしない。
今(クビライに)お願いする。(我らが)全羅道を得てそこで
居住できるのであれば、直ちに朝廷に隷属する」[91]と懇願している。
1273年(文永10年・至元10年)4月、元は高麗軍を主力とする軍船
160艘、12,000人(高麗軍6千、屯田軍2千、漢軍2千、武衛軍2千)
の軍をもって三別抄を平定(三別抄の乱)[92][93][94]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87#.E4.B8.89.
E5.88.A5.E6.8A.84.E3.81.AE.E6.8F.B4.E5.8A.A9.E8.A6.81.E8.AB.8B

115 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:42:05.62 ID:b+DWAXvk
>>111

一回目も二回目も日本側の主力は各地から馳せ参じた義勇軍だよな。
二回目なんて、幕府正規軍6万(ガチ)が行軍中に元軍壊滅だからなw

(伝令)「ごめん、なんか蒙古軍蹴散らしちゃった(テヘペロ」
( ゚Д゚)「・・・?!おれの手柄は・・・?」

司令官の心情を想像したら吹いたわw

116 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:43:08.30 ID:D6Ghc/KJ
高校講座のは、左翼の歴史家が垂れ流した嘘だから。
三別抄を滅ぼしたと主力はモンゴル軍ではなく「高麗軍」。
それも兵力はわずかに1万2千人。文永の役の兵力の3分の1にすぎない。

それも文永の役の主力軍は、三別抄が滅んだ後に朝鮮半島にやってきてる。
『高麗史』巻二十七 世家二十七 元宗三 元宗十五年五月己丑(十四日)の条
「己丑、元征東兵萬五千人來。」

117 : 【九電 77.2 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:44:03.75 ID:pb2BWzbn
>>115
日本の場合、天然の要害である海の存在も大きいねえ。
鎌倉武士が勇猛果敢だったとはいえ・・・・・。

118 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:48:09.88 ID:D6Ghc/KJ
三別抄の援助要請を無視した日本は国際情勢に疎い!って左翼の歴史家は言いたがるけど
三別抄は日本に援助要請するとともにモンゴル帝国にもある程度の地位を確保してくれるなら
降伏するといってる。
こんな二枚舌外交の奴らを助けない日本が悪いとか基地外としか思えない。

119 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:48:23.49 ID:U7bc3tXJ
>>109
教科書なんていうのはもともとレベルが低いし、
大半はバカサヨ学者の説に従っているようだ。

少し前にNHKで「元寇」の歴史番組を垣間見たけど、
日本はなぜ元の「平和外交」を受け入れなかったのか、
という発言をどこかの大学のバカ学者(結構若手だった)に、
させていたが、
その「平和外交」を受け入れるということは、
日本は南宋攻略の先兵として
(文永の役は南宋攻略前で、元側でも日本侵攻は攻略後にしたらどうか、という意見もあった)
最前線にかり出され、
強制的に物資を供出させられるのは必至のこと。
元軍は服従した国と軍をそうやって利用していた。
この手の基本的知識のない
プロパガンダ「平和外交」エセ学者まで出してきたので、
呆れかえってTVを消した。
かつてはもう少しマシだった記憶があったから、
ここまで酷くなっているとは思わなかった。

120 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:51:20.27 ID:D6Ghc/KJ
>>117
「海のおかげ」とよく言われるけど、文永の役は上陸を終えてからの陸戦
しかしていないし。

弘安の役でも志賀島から上陸したモンゴル軍を2日後から始まった陸戦で
モンゴル軍は海に叩き出している。

121 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:52:49.35 ID:gxN81JQ4
>>1
> 兵の3分の2はモンゴルと中国で、あとの3分の1が高麗だった。

やっぱりな www
2人で一人のエベンキを見張れ・・・って、この当時もそうだったんだ

122 : 【九電 76.2 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 11:54:08.89 ID:pb2BWzbn
>>120
蒙古軍側から見たら、援軍が期待できないからじゃね?
太平洋戦争での日本軍のように補給線も。

123 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:58:17.54 ID:E9jSiW2s
神風が吹かなかったら日本はモンゴル軍に負けていた、みたいなことを
平気で主張する自称歴史学者がいるんだけどそんなことは絶対にありえない。
そもそも、モンゴル軍は船で渡ってきたので馬を一匹も連れてこなかったんだよ。
騎馬兵のいないモンゴル軍なんてそれだけで戦力はガタ落ちだよ。
しかも2回目の攻撃のときなど20万人以上もの軍勢が押し寄せたにもかかわらず
1ヶ月以上かけても海岸線の防護壁を突破することすらできなかったんだよ。
つまり夜になると船の上で寝ていたんだから、大軍であればあるほど食料の備蓄が
早くなくなる。こんな状態で日本を占領できるわけがない。
台風など来なくても遅かれ早かれモンゴル軍は食料や弓矢弾薬などの不足を理由にして
撤退したことは間違いない。

124 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:58:27.23 ID:D6Ghc/KJ
>>122
その理屈は「後背に味方がいる」ってことが前提だけど
文永の役では、朝鮮半島は軍事力的に空っぽだし、弘安の役でも
戦後に慢性的な兵力不足で囚人から無理やり兵隊をかき集めている
ところをみると援軍となるうる軍勢は背後には存在してないんだよね。

125 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 11:58:44.13 ID:rT0Jrs7u
>>95
あの辺で交戦すると地形的に一万対一万が限界だそうで三分の一お荷物でも変わらないな。

126 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:03:47.35 ID:LcToirkC
3万年恨む

127 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:04:03.78 ID:JyhwPPhE
>>122
単純に日本は軍事政権で古代スパルタみたいな国だったし、
鎌倉武士は実は集団戦にも長けてるんだよ。
自領を盗賊から守るなどの恩功が無い戦いの場合、悠長に一騎討ちとかせずに集団戦をしていたんだそうな。

128 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:04:34.36 ID:mgQIO/0q
高麗が「征日本行省」っていう行政区になってたのを、朝鮮人は無視してるけど、
これ、高麗が元の一部になってた証拠やんか

まあ、だから知らんふりしてるんだろうけど

129 : 【九電 78.0 %】 安崎上葉@ ◆v2vUrhpqjU @転載は禁止:2014/06/08(日) 12:04:35.20 ID:pb2BWzbn
>>124
文永の役時に戦略的に朝鮮半島は空白地帯っていうことなら、威力偵察っていう説も真実味を増すわな。

130 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:09:26.14 ID:NPJGO31G
鮮猿は謝罪と賠償しろよw

竹島侵略でまだ千年恨むからなw

131 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:12:11.42 ID:qVSHFdbU
>>109

エンジョイ コリアで遊んでいた頃、青組(韓国)が、この件で日本に感謝しろ!と執拗に言っていた。
日本の為にモンゴルと40年も抵抗したから、その分元寇も遅くなったと誇らしげにも言っていた。

で、高麗が命惜しさ降伏し造船協力をしたから日本は元寇の侵掠に遭った。
もし、高麗が死滅するまでモンゴルと戦い全滅していたら、造船協力もなく日本は元寇の侵掠を受けなかった。
何故、日本の為にモンゴルと戦い死滅しなかった!高麗が死滅していれば元寇はなかった。
だから高麗に感謝出来ないと言ってやった。そしたら、高麗も馬鹿ではないので死滅は選ばないと返してきた。
で、高麗が国防の為ではなく、日本の為にモンゴルと戦ったと言うのなら死滅以外日本の為ではないと返すと
青組は沈黙のまま逃亡した。

132 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:14:03.56 ID:vqatCGZU
沈む船を造るのは昔からだったんだな

133 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:17:17.19 ID:eQ/74UoA
チョンに造船はムリ、造船所を日本に作ってもらったけどバラ積み船しか作れない

134 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:20:49.91 ID:vFnwFK+E
ウ…ウリは被害者ニダ!!!侵略はしたことないニダ!!!

135 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:24:02.84 ID:R5/EPB3y
日本人が知らないと思っているのが
余計に滑稽なんだよな

136 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:34:14.13 ID:D6Ghc/KJ
>>129
いや、とういか「威力偵察」というのは本隊の侵攻と対応したものだから
逆に背後に本隊がいないとおかしいだよね。
たとえば、フレグの西征はキト・ブカ率いる先遣隊が威力偵察をしているが
その後に本隊であるフレグ本隊が続いた。

文永の役は、威力偵察にしては兵力が強大だし、背後に本隊がいない。
また、博多湾沿岸に押し込められただけで威力偵察のようなものは行えず
日本軍の目をかいくぐって夜中に出航撤退している。

137 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:36:25.47 ID:U7bc3tXJ
高麗の作った船は南宋船なんかよりはるかに頑丈だったことは、
文献的にも間接的な海洋考古学(海底に沈んでいるのは南宋船ばかり)
でも今は証明されている。
今回の海難事故は、
現在の南朝鮮人が、
李氏朝鮮より前の高麗国よりもさらに劣化している、
ということを物語っている。

138 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:45:45.64 ID:hHO65U10
>>95
ユーラシアでモンゴルが征服できなかった地域、国は日本以外に

・インド→北部はヒマラヤ山脈に塞がれていて大軍の進行が不可能、さらにインド内地はジャングルが多く騎馬戦に不向き
・東南アジア→ジャングルばかりで騎馬戦に不向き
・アフガニスタン→国土の大半が険しい山岳地帯、騎馬戦に不向き

モンゴル軍は騎馬戦に有利な平原限定の軍隊だったわけですな、ユーラシア大陸は平原が大半だったから彼らは大帝国が築けましたが
(ジャングルや高原、山だらけの南米大陸ではモンゴル帝国は成立できない)

139 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:46:09.57 ID:dSc+Itp+
>>44
蒙古襲来絵詞は大ウソ

そもそも竹崎季長が、幕府から恩賞をもらうために
自分の活躍ぶりを絵師に描かせたもので悪く書くわけない
おまけに後世の人間が書き加えた落書きまで入ってる

140 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:47:21.09 ID:m0IYhTpU
>>1
そもそも、元に人質で来ていた王子が、父王の死後王位に就くために帰国したくてついた「私めが先導して元に服さない日本を懲らしめます」と言ったことが元寇の端緒

141 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:47:38.66 ID:QonqX6Pz
>>46
船に戻ったのは大友の眼前で退却。追い落とされてる。
なぜか湾内で風待ちせずに低気圧通過中の玄界灘に出港、で当然遭難。
しかも高麗の船乗りは夜間航海能力を持たないにもかかわらず夜中に。
つまり元軍は天候待ちすらできないほどの惨敗だった。

武士の手柄申請書や手紙が残ってるけど、一方的に日本軍勝ってるよ。
まず、討死がほとんどない。(現存する文書では1人しか)
討死は褒美の対象なのにどの家中も申請してない。
戦死者190人中180人が壱岐対馬とそれに壱岐の追撃戦で松浦党が数人。
櫛田神社に博多で戦闘の痕跡がなく、焼けてもいない。
少弐景資が「各々百道原に向かうべし」と命令だしてて、博多・箱崎に布陣してた本隊も
古文書では百道原で戦ったと記録、で追い落としている。

142 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:48:29.57 ID:KTXVT2kp
>>139
資料一つだけでは書き手の主観が入るからね。
恩賞目当てとは言え、完全な嘘は描かないだろうけど
精一杯話を「盛る」だろうからねぇ。

史実がどうだったのかは興味深いところだね。

143 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:51:04.49 ID:D6Ghc/KJ
>>139
おいおい、めちゃくちゃ書くなよ。
蒙古襲来絵詞は温床をもらった20年近く後に描かさせたもの。
さらに本人は「先駆けを行ったが敵兵を一人も打ち取れなった」と蒙古襲来絵詞
に書くほど正直に書いている。
蒙古襲来絵詞の作成の目的は、恩賞奉行だった安達泰盛らの鎮魂のためだ。

さらに蒙古襲来絵詞の蒙古兵が逃げ出して「鳥飼」で蒙古軍が破られたという記述は
蒙古襲来絵詞以外の同じく鳥飼にいた福田兼重の文書にも同様の記述がある。

144 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:51:35.49 ID:S/AIC+Ko
爆発は中国、転覆はチヨン

145 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 12:52:55.09 ID:D6Ghc/KJ
訂正
温床→恩賞

蒙古襲来絵詞は恩賞を獲得するために描かれたなんてのも左翼学者の捏造例だな。
元寇は本当、学者の曲解が一般に流布してるから困るわ。

146 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/08(日) 12:56:52.49 ID:b+DWAXvk
>>141

下郎=武士に付いて戦う私兵については記録が無いらしいから、もう少し戦死者多いだろう。

147 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 13:00:56.70 ID:xz0qSw15
不意打ち・奇襲ならともかく基本的に防衛側の有利な上に
連射には劣っても短弓の3倍も射程のある和弓相手に上陸戦を挑む時点で
攻め手側の敗北要素が多すぎるよ

148 :ウツカリみすてーく@すまほ@転載は禁止:2014/06/08(日) 13:17:02.67 ID:X3m4pMkQ
>>18
ま、もろきみ、だからなwwクダンネorz

149 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 13:56:28.19 ID:JXM9iho9
韓人:最強のモンゴル騎兵に対して堂々と挑む →ギリギリまで粘り和平
倭猿:モンゴル兵(馬なし)に、土塁つき →嵐で勝手に撤退したのを勝ち()

150 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:08:45.70 ID:lTAUG1R/
>>131
それ、会ったわ・・・・・読んだ気がするわ。w

151 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:10:17.64 ID:E9jSiW2s
 >>149

 おい、朝鮮人。
 お前らの国ではこれを「和平」と呼ぶのかwwwwwwwwwwwwwwww
         ↓
 『高麗伝』から
 高宗十八年(1231)十二月二十三日、(蒙古の)使者が来た。曰く、「崔から進上された貢物は、
 欲しくないものばかりだ。別の財宝を持ってくるがいい。また戦いが長引き、兵士の衣服がすべて
破れているので、 百万人分を調達せよ。馬一万匹を選んで持ってくるように。
王子・王女などはもちろん、身分が高い家から子女を供出せよ。 また男女一千人を選び、
蒙古皇帝に贈ること。これらは迅速に行え。」
 高宗十九年(1232)四月、高麗は蒙古に使者を送って奏上した。
 曰く、「要求された貢物が多すぎて調達が困難である。現在集め得たものを贈るので、
事情を考慮願いたい」云々と。
高麗王は、「臣」と称した。

152 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:12:21.87 ID:E9jSiW2s
 >>149

 おい、朝鮮人。
 お前らの国ではこれを「和平」と呼ぶのかwwwwwwwwwwwwwwww
         ↓

元宗十五年三月、元使が高麗を訪れて
「南宋襄陽府の軍人が妻を求めているので、国中で結婚が禁止し、 夫のない婦女を献上するように」
(『高麗史』)

さらに

高麗に駐在する元の役人もまた良家の婦女を求め、美女を選んで強制的に結婚した。
高麗王は、何も言わなかった
(『高麗史提綱』)。

忠烈王元年冬(一二七五)十月、
処女を元に献上する時期が近づいていたので、国中で結婚が禁止された
(『高麗史』)。

忠烈王二年閏三月、元使が高麗に至り、
帰附軍のため妻となる女を献上するよう求めた。
高麗王は寡婦処女推考別監・金応文ら五人を諸道に派遣した
(『高麗史』)。

153 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:12:38.87 ID:xz0qSw15
>>150-151
まあこの辺でよくわかる事だなw

>>149
ホレ、ゴミ鮮。全部読めwww

154 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:12:48.92 ID:hHO65U10
>>140
結果的にモンゴルに大損させたその朝鮮人の王様その後どうなっただろ

155 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:13:04.86 ID:UbYmLJ6X
あだっ?層化の犬作先生は、モンゴルにすまんかったって、あやまったんでないのう!?   700年ぶりだねぇ

156 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:13:43.21 ID:xX/ihjrD
>時宗も高麗へ送り込んだスパイから間もなく攻めてくることを察知し

恥ずかしながら初めて知った。
現在の日本の諜報の程度と比べると、ほんとに情けなくなるな。

それと元寇は元高麗寇と言い換えるべきじゃないの。

157 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:15:42.95 ID:eQEmwj9x
意外なことにアイヌも樺太方面でモンゴルと戦ってたんだよね。あまり知られてないけど。

158 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:16:14.33 ID:lTAUG1R/
>>151-152
これは勉強になるわ・・・元寇がその後の日本に与えた影響は大きいよね。

159 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:16:41.74 ID:E9jSiW2s
ホント、朝鮮人ってスネオに似てるな。
ジャイアンのご機嫌をとって、周囲に威張り散らすインチキ民族www

160 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:26:49.83 ID:p3T9eLy5
>>158
韓国はその後も同じ朝献を続けているうち、美女成分を徹底的に抜かれました。

結果として、醜女系統に品種改良された2足豚のエリート品種です

161 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:28:18.38 ID:lTAUG1R/
>>160
日本人で良かったわ。w

162 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:35:47.25 ID:PqvxP0UQ
>>47
それは応永の外寇。
その時も民間人が虐殺された。

朝鮮人が非戦闘員にだけ強いのは今も昔も変わらない。

163 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:56:24.39 ID:ehXaSDjz
>>137
確か、南宋船の多くは外航船じゃなくて長江あたりの大型の川舟を徴用して、それに外航船用の艤装をつけてでっち上げた
急造船で、波を考慮した船体設計じゃないので、大波で沈みやすい代物だったのに対し、高麗船は
始めから外航用に作られていたので簡単には沈まなかったんだっけ。

164 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 14:58:40.47 ID:YmEHYGIG
むかしNHKの大河で時宗やってたが、あのシナチョンの描き方が異様でワロタ。
日本は連中にどんなに残虐なことをされても日本がわ る いw
支那人朝鮮人が大人の分別のある人間に描くってかなりのマニアだよな

165 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 15:48:55.76 ID:m0IYhTpU
>>154
王様生活を満喫しましたよ。系34年。72まで生きたし

166 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:15:15.30 ID:KZiCiq0J
>>83
最初高麗兵をとっ捕まえては首チョンパしていたけどあまりにも数が多いので最後の方は崖から海に纏めて突き落として魚の餌にした。

167 :@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:18:40.57 ID:UvYVIh8n
>>83
古代高麗と現代韓国はDNA上なんの関係もないんだが。

168 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:35:22.84 ID:jexO4pca
>>165
…( ^_^;)
大韓民国歴代大統領の最期とは大違いですなあ
よくフビライが見逃したものだ

169 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:37:40.41 ID:VPFDoAQ+
やはりチョッパリ族は昔から殺戮と侵略を繰り返してきたんだな

170 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:43:57.95 ID:gytRVa2p
乗り気じゃないモンゴル軍を朝鮮人が強硬論で唆して侵略
例に漏れず朝鮮人が済州島などを始め大虐殺を繰り広げた
教科書に出てくる部分には絵巻で武士がやられている部分しかワザと載せていない

171 :@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:45:40.92 ID:UvYVIh8n
>>169
それって韓国人のこと言ってるの?
朝鮮半島の住民は昔から殺戮と侵略を繰り返してきたんだねw

172 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:47:44.17 ID:ElfM94Vq
>>169
ウリナラ民族は、数千年に渡り
何処かに隷属して、その威を借りてレイシストしたり
虐殺略奪して来たんだよね

173 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:52:12.98 ID:U7bc3tXJ
>>163
高麗船は日本侵攻用に特別に作らせたのに対し、
弘安の役の際の南宋船は、江南軍10万を渡海させるには、、
外洋船建造だけでは間に合わなかったから、
大型の川船を単に改造しただけのものも混ざっていただろう。
ただ、沈没した原因が繋留していた船同士の距離が近すぎて、
ぶつかり合ったとか、様々にいわれている。

174 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 16:55:59.29 ID:uIJMuyF5
>>83
モンゴル人は全員斬首されて
高麗人は全員奴隷
わずかにいた旧南宋の人間だけが許されて大陸に帰されたって聞いた。

175 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/08(日) 17:09:43.93 ID:b+DWAXvk
>>157

しかも、その原因が「モンゴル側に保護下にあるギリヤーク族をアイヌが攻撃したから」なんだよなw
おかげで樺太を丸ごとモンゴル軍に取られてアイヌは北海道に逃げ込む。

日本人にいじめられた一方的な被害者を気取る「自称アイヌ人」にとっては不都合な質実。

176 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 18:44:29.66 ID:CNkN3anO
元と日本人(弥生人でモンゴリアン)は同族、対漢族相手のように本気ではない、アイヌ人は倭人に対し正攻法で戦いすぎたと思う、あらゆる陰謀を使って少数民族として生き残りを図るべきだった。

177 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 19:06:54.43 ID:nkF1hpwQ
>>176
遺伝子は、「支那北京周辺」「その他支那4地域」「タイミャンマー」
「モンゴル」「日本琉球」でそれぞれ別れてるって教えてあげるよ支那チョン


>本研究では、常染色体上の105STRローカスを用いて、日本人(名古屋・沖縄)、中国人(北京、陵西、湖南、福建、広東)、
>タイ人(バンコク)、ミャンマー人(ヤンゴン)の計9つの東・東南アジアの地域ヒト集団における、
>日本人と中国人の遺伝的系統関係や遺伝子プール構造などについて、系統樹作成、多次元分析、
>Structure-Distructプログラム等による解析を行い、これらの成果は論文として掲載された。
>日本人は、大陸の中国ハン民族の五地域集団とは遺伝構造的にも異なる要素を示すことが示された。
>その後、秋田・大分・長崎の日本人地域集団およびモンゴル人の二地域集団の各32名のDNAを用いて、
>同様に、105ローカスの型判定を行い、Genetixソフトウエアを用いて、三次元的ドット解析をしたところ、
>日本人五地域集団、中国北京地域集団、その他中国人四地域集団、東南アジア二集団、
>モンゴル人二地域集団がおおよそ区別された5つのブロックとして空間的に分布した。
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/17390200.ja.html

モンゴル各地域集団と日本人集団との遺伝的差異の比較研究
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/17590578.ja.html
>本研究により、モンゴルの各地域ヒト集団と日本人集団との遺伝的差異は、
>モンゴル周辺のヒト集団に比較して小さくはなく、
>これまで提唱されていた「日本人の起源」がモンゴルのブリヤート族であるという一つの仮説に対して、
>そうではない可能性もありえることが示唆された。

178 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 19:11:31.83 ID:FOl3xiWW
朝鮮と組むと
最強のモンゴルも
日本もアメリカでさえも
負けるという歴史的事実
朝鮮恐るべき

179 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 19:43:45.27 ID:wcmzZZXe
          ;' ':;,,     ,;'':;,
         ;'   ':;,.,.,.,.,.,,,;'  ';,
        ,:'           : :、
       ,:' \  ,,. 、./  ノ( ::::::::',
       :'  ●     ● ⌒   :::::i.
       i  ''' (_人_) '''' *   :::::i チョソのやろおおおおおおおお
        :    {+ + +}      :::::i
       `:,、   ̄ ̄      ::::::::: /
        ,:'        : ::::::::::::`:、
        ,:'         : : ::::::::::`:、

180 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 19:52:24.71 ID:Kktch2AN
仮に、台風が来なくても、京都は落とされなかった、らしいなw

山陽道来ても、山と海との挟撃で輸送路絶たれて、更には騎馬戦の利点もほぼ生かせず、

武士、野盗、海賊総出の日本側にボコボコにいかれる運命だったらしいw

181 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 19:52:36.41 ID:B5M05UQD
鎌倉時代に起きた出来事に対し
韓国に
謝罪と賠償を求めればいいんだな

182 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 20:16:48.72 ID:/TXOxDyW
まあ当時の朝鮮王の呼び名が忠○王なのは、
モンゴルに忠義な王という事なのだろう。

183 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 20:22:59.26 ID:D8XKPIDu
攻め込まれたのが九州で良かったよ。

東日本だったら征服されてた。

今も昔も戦に強い九州

184 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 22:13:05.62 ID:hIJu9dPs
この流だから聞ける!

歴史にifを言っても無意味だけどまあ遊びと思ってきいてくれ。
時空のイタズラで現地に鎮西八郎為朝と那須与一と真柄直隆がいたらどうなってたの?
真柄太刀 画像でぐぐってみてね、まじでヤバイ

185 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/08(日) 22:26:32.41 ID:b+DWAXvk
>>183
昔、関東平野は湿地帯だらけだったらしいが。

186 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 22:36:29.62 ID:nljneHj+
元が派遣したホン・タグ

ホンタク

187 :てやん亭べら坊@転載は禁止:2014/06/08(日) 22:51:43.40 ID:drKGPb0M
>>1
当時の武士の気概は現在においても、成人男子に
受け継がれておる。すなわち…
「いざ、キャバクラ!」

188 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:00:24.90 ID:SVHDIZOq
ホンタク

189 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:02:28.97 ID:zgF8GBTg
>>178

  常にその時代を代表するスーパーパワーに事大するも、そのスーパーパワーを尽く凋落させるという強力な呪いの力・・・・。

 「あの国の法則」

 こえええええええ(((;゚Д゚)))

190 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:05:06.26 ID:caUKG6c1
中国、朝鮮は元寇に関して謝罪と賠償をしろ
歴史を直視すべきだよね

191 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:06:25.60 ID:ALx9sZ+p
元寇ってそもそも成功するはずがない侵略戦争だったんだよね。
山野ばかりで平地の少ない険しい国土に高温多湿の環境で、しかも武士は全員
専門軍人でスパルタ並みの練度射程が長い威力絶大の弓と鍛えられた射手に元の弓矢を
通さない鎧、夜討ちの際船の上で猛威を振るった日本刀などなど、ただでさえ険しい地形に
補給もままならない遠征先で病になったり夜討ち掛けられて消耗していって台風でとどめ。
当時の技術で日本を侵略できるわけがなかった。

192 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:11:32.81 ID:JyhwPPhE
>>183
板東武者って言葉を知ってるか??

193 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:15:23.53 ID:JyhwPPhE
>>191
その700年後でさえアメリカは日本での本土決戦をさけたしな。

194 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:25:38.98 ID:j3Ednbmw
素朴な疑問
・500年間水車を作れなかった朝鮮人がどうして船を作れたか?
 戦艦ともなると巨木を伐採して細かく曲げる技術や排水やらの
知識があったのか?

195 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:32:16.03 ID:JyhwPPhE
>>194
答、李氏朝鮮と高句麗は違うから

196 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:42:08.58 ID:j3Ednbmw
そうなんだ.李氏朝鮮どんだけアホか

197 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:44:31.55 ID:j3Ednbmw
てことは元寇の賠償は朝鮮に求められないわけだ。

198 :てやん亭べら坊@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:46:02.11 ID:drKGPb0M
>>180
>>191
ま、どう見ても上陸後の兵站をどうするかを考えてなかった
と思われ。完璧に近いロジスティクスで成功したのが663年後の
ノルマンディ作戦。そういえば、当時の米軍は元の文永・弘安の役を
研究したという文を目にしたことがあったが、トンデモ学者の説だった
かいな?

199 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:51:54.33 ID:hHO65U10
>>197
ウリナラは半万年この地で繁栄を続けてるニダ!が連中の言い分、高句麗=朝鮮という彼らの主張を尊重して

無慈悲に謝罪と賠償請求しましょうよw

200 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:53:27.96 ID:b3rf8yPQ
元・高麗軍の船が簡単に沈んだのは家造り用のレンガ積み過ぎだったよね?

もし負けてたら・・・怖いですね〜

201 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/08(日) 23:57:10.54 ID:hHoFYula
エベンキ族は森の民で、船作ったことないんちゃうか?

202 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 00:13:33.12 ID:T8bCm/ZX
まあ、高麗と李朝じゃ、そもそも王朝としての連続性がねえからな
高麗の王氏がモンゴル人化し、その家臣らもモンゴル人状態になってるのを、
李氏を中心にした武官が裏切り、王氏らを駆逐して、国を乗っ取ったのが李氏朝鮮の起こり
元という宗主国の衰退と、明という新しい宗主国の勃興に合わせて起きたクーデターで、易姓革命ですらなく、
李氏が高麗王氏から朝鮮支配の印になるような何かを継いだわけじゃない。ただ、李氏が明から朝鮮支配を認められただけに過ぎん
しかも、初代李成桂の時は、中国から王と認められず仕舞いというしょっぱさ
王朝の起こりからしてこれだから、王権は弱いままで、ずっと内争状態になる

203 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 01:52:17.88 ID:BmwcXBMY
>>198
兵站は準備してたよ、高麗南部に兵站用農場を開設してて1航海で3ヶ月分以上は運べる
橋頭堡を確保出来なかったから船が空かなかったけど

204 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 02:37:06.48 ID:jlHKOBur
やっぱい中国の属国だったんだな

205 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 02:42:09.13 ID:dGGzxQrQ
上陸してから、分捕った土地を拠点&橋頭堡にして、そこから現地調達っしょ
当時の戦は洋の東西問わず、それが基本
略奪か、商人を介して買うかの違いくらいしかない
元なら普通に略奪しとったろう

その拠点をまったく維持出来なかったのが文永の役で、
本土にすら上陸出来なかったのが弘安の役
まあ、目算が甘すぎだわな。日本舐めすぎ

206 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 03:07:25.55 ID:HRZ/UIly
謝罪と賠償を要求する

207 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 03:27:10.45 ID:fOR4eg13
>>8
そして元サイドで裏から糸を引いていたのはバ漢民族

208 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 10:22:33.01 ID:0a3PmZ7j
日本は九州の探題に防がせて余裕綽々だったのう

と勝海舟が書いてた
武士の認識はそんなもん

209 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/09(月) 19:48:32.90 ID:eNtDMrKQ
>>201
まだ高麗時代と思われ。
この後、モンゴルとそこに引っ付いたシベリア人が大量南下して血が混ざりまくるのでは?

210 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 20:19:05.09 ID:psaKEbcd
中国人と朝鮮人に謝罪と賠償を要求する

211 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 22:55:08.13 ID:w42KAO8F
>>205
対馬フェリー揚陸作戦は間違ってなかった
行く先々のGSとコンビニを襲撃しなからがら東京を占領する

212 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 23:29:26.50 ID:T9zVuf9d
当時、最強元軍と太鼓持ちの高麗軍は、海軍が壊滅的に弱かった

海が怖いのね。マジです

213 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/09(月) 23:54:29.68 ID:T9zVuf9d
>水に弱い
>海が怖い

これ、全て狂犬病とゴキブリの習性ね

ゴキブリに殺虫剤なんて要らないよ

214 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:07:23.56 ID:dPV4u7c9
>>213
ゴキブリは中性洗剤喰らわなきゃ泳ぐだろ
韓国人なんかと一緒にすんな

215 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:08:35.36 ID:A3AGlGPW
>>1 元寇
対馬を皆殺しにしている。
ただそれだけのヘタレ海軍だったと思う

しかも朝鮮の進言を鵜呑みし、二度とに渡り、敗残している〜

216 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:12:47.86 ID:d/loVVo2
>>194

旧南宋系の技官から教わったんだろ

217 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:29:23.23 ID:uStd6s/o
コレがなければ秀吉の出兵もその後の征韓論もなかった

218 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:36:30.17 ID:of0bSBjb
当時も今も、あちらの人は泳げないんだから海に落とせば勝ちの相撲じゃないか。

219 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:38:31.00 ID:A3AGlGPW
そもそも、韓国 中国に海軍つー、価値観はないの。
だからといって、陸軍がずば抜けているわけでもなく、いざとなったら
逃げます。

220 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 00:52:48.93 ID:A3AGlGPW
聞いとき

南京の真実は台湾に眠ってある

「我々は逃げた」

創作 1
「我々は勇敢に戦った」

創作2
「我々中国国民党軍は全力で邪悪な日本帝国奴らから南京市民を助けたのである!」

逃げた。

221 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 01:35:07.33 ID:Shc6wdWE
日本側は、戦闘にかける経費より、
祈祷にかける経費の方が多かった。
というありさまでした。

222 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 01:40:39.19 ID:i5UmGL5M
>>221
ソース

っつか費用って日本全体?朝廷?
朝廷だったら、その頃はもう軍事関係は幕府に任せていたし、
そもそも朝廷が軍や武士を抱えてないから、
戦闘に費用かけるのは朝廷の仕事じゃないってだけじゃないのか。

223 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 02:33:45.85 ID:ft5xGZGH
高麗王太子が日本を攻めるようフビライをそそのかして元寇が起きた部分には
触れないのか

224 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 03:05:12.62 ID:AL1+OP9f
朝鮮人の目が細いのは、半島全域がモンゴルにレイプされたからですね。

225 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 07:25:59.98 ID:RL6kyXBa
>>224
モンゴル人に失礼なこと言わんといて!
今は日蒙仲いいでしょ!
元寇も高麗がそそのかしたことだし。
モンゴル力士の顔は朝鮮人より日本人ぽいやん!
ドルジ強かったね〜!

226 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 10:58:16.50 ID:EWp9X7sO
対馬大虐殺。
1000年恨むなどという韓国に対しては、
この件について韓国に謝罪と賠償を求めても何ら問題ないよな。

227 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 11:27:17.16 ID:z1p/4Ea6
兎に角、歴史上朝鮮が味方したみかt明日国で

228 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 11:29:09.86 ID:gR+u8RwM
>>221
在日って、ほんとバカに育つんだなw

229 :かなり面倒@転載は禁止:2014/06/10(火) 11:32:09.98 ID:oKDL9hmX
>>221
お前祈祷知らんだろw

230 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 11:33:20.49 ID:z1p/4Ea6
兎に角、歴史上朝鮮が味方した国で勝った国はない。
朝鮮がついた方が負ける。
元寇でも、日清戦争でも、日露戦争でも、大東亜戦争でも、ベトナム戦争でも、
朝鮮がいた方が負けてるよ。
朝鮮戦争だけは双方に朝鮮がいたので引き分けて休戦中。

231 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 11:37:50.93 ID:PshtTLF8
高麗が元の水軍の船に穴あける工作とかしてくれて助かったのが実のところ

232 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:01:21.30 ID:qHv7fkn/
>>203
結局だめじゃん。

233 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:04:31.13 ID:qHv7fkn/
>>209
遺伝子解析では北方系は1.5割くらいで、後は東南アジア中国南部からと想定されるグループと漢族に多いグループが半々くらいだったはずだが。

234 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:10:52.90 ID:Rhi7cSr5
元寇の時の武士の奮戦のお蔭で、明・清・スペイン・ポルトガルも日本に

手を出せなくなった。これが幕末・明治まで続く。

235 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:28:49.79 ID:LAC0YwEy
清と戦って朝鮮半島を独立させようとしたのがそもそもの間違いだったんだよ

日韓併合の真実
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-148.html

236 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:43:29.71 ID:hDBToHru
>>99
>威力偵察
ありえない
博打でも兵法でも商いでも、最後の決定的な一勝を手に入れるまで倍々プッシュするのがセオリー
こちらの総戦力が相手を上回っていれば尚更

でもって最後に勝ちさえすれば、最初の負けは威力偵察だったと後付けで言える訳

237 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:45:32.01 ID:/hQcPHXJ
★「防人は何から国を守ってきたんかのうw」
韓国文化伝来説の嘘は以下を見ればわかるが
危険な朝鮮とは交流自体が無理ww
朝鮮人による日本人虐殺&侵略の歴史

【第一次侵略=356年】
ワイ人=朝鮮人の金奈勿(キン・ナブツ)が、稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、王権を簒奪、
志良岐を乗っ取る。稲飯命王朝が滅亡。
【第二次侵略=562年】 朝鮮人国家=新羅が、日本領=任那を武力攻撃。任那は滅亡した。
【第三次侵略=660年】 新羅が、唐軍と共に日本領=百済を侵略。百済は滅亡した。
【第四次侵略=811年・12月】 新羅の賊船が対馬近海に出没するので、警備させる。
【第五次侵略=813年(弘仁4年)・2月】新羅人百人余、肥前小近島に来て島民を殺傷する。
【第六次侵略=869年(貞観11年)・5月】新羅の海賊、博多で掠奪する。
【第七次侵略=893年(寛平5年)・5月】 新羅の賊、肥前・肥後を襲う。
【第八次侵略=894年(寛平6年)・4月】 新羅の賊来る。大宰府に討たせる。
【第九次侵略=997年(長徳3年)】 高麗の賊が大挙して侵寇。多数の日本人を虐殺。
【第十次侵略=1014年(長和三年)】 高麗の賊が攻め寄せ、大宰府が討伐する。

【第十一次侵略=1019年(寛仁三年)】
50余隻の船団が来襲し、壱岐、対馬、筑前糸島、志摩・早良諸郡を荒らして物資を奪い、
家屋を焼き払い、老人子供は殺して丈夫な者だけを拉致。ついに博多に迫る。

日本側は、大宰権使=藤原隆家・大蔵種材や在地の豪族らが応戦撃退。
逃げる敵を追って船三十艘で追撃。ついに追い払った。
十数日間に渡る戦闘だった。刀伊の侵略。

【第十二次侵略=1097年(承徳元年)】
異賊船100隻が松浦・筑前に攻め寄せる。大宰府官兵・九州軍士大いに守り、賊船
を撃破し賊徒数万を海没させた。元寇に至る外国からの侵略事件の中でも最大規模のもの。

【第十三次侵略=1274年10月(文永11年)】
忻都、金方慶らに率いられた、高麗人・モンゴル人数万人が朝鮮の月浦(現在の馬山)
を出発。10月5日に対馬を、10月14日には壱岐を襲撃し、平戸鷹島の松浦党の
本拠を全滅させた。

【第十四次侵略=1281年(弘安4年)】
高麗軍を主力とした東路軍四万と、旧南宋軍を主力とした江南軍十万、計14万の軍
が日本を侵略。

【第十五次侵略=1419年(応永26年】
朝鮮が、日本領=対馬を、倭寇征伐の名目で侵略する。朝鮮では己亥東征という。
太宗は「倭寇の根拠地は対馬だ」と言いがかりをつけ、対馬を侵略した

238 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 12:59:50.20 ID:1/0KJpLc
元寇の前に、新羅人や高麗人が、日本に海賊行為をして、略奪・暴行・
人さらいを、何度もしに来ている。
新羅の入寇

239 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 13:44:29.21 ID:yqN9CMmd
>>221
祈祷にかけた費用以下で撃退されたことに驚く

240 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 13:47:19.36 ID:M1R7ki9R
>>62
もうw散々だなwww

241 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 16:00:34.09 ID:AHn/iFCo
モンゴル帝国の日本侵略って元寇の時の2回だけかと思ってたら
ちょいちょい北の樺太なんかにも侵攻してたんだってね。

242 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 18:06:20.32 ID:QKzp8pfh
モンゴルの武勇伝も全て韓国のものってか

243 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/10(火) 18:39:14.27 ID:0/5+1LJm
>>237
こう見ると、数百年をかけて日本はジリジリと半島内の領土を削られ、そこから本土に
食い込まれそうになっていたのを必死に耐えていた様子が分かるな。

それを超時空太閤HIDEYOSHIが一気に半島根元まで跳ね返し、いったんは引くものの、
数百年後に聖大帝HIROHITOが半島どころか大陸まで食いちぎる事ににるわけだ。
この一部だけを抽出すると「ヒデヨシガー」「ヒロヒトガー」という幼稚な歴史観なってしまう。

244 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 18:52:39.34 ID:GcRa0TMx


【浅草】6・22 支那中共をぶっ潰せ! in 帝都 街宣・デモ行進

平成26年6月22日(日)13:30集合、14:00デモ出発、雨天決行

花川戸公園 (東京都台東区花川戸2丁目4)〔最寄り駅〕浅草駅、〔解散地点〕浅草雷門(近辺)

※日章旗、旭日旗、Z旗、チベット旗、東トルキスタン旗、南モンゴル旗、台湾旗、プラカード、拡声器、横断幕持参歓迎!
※デモ参加者はスタッフの指示に従って行動してください。

【関東・関西・中国地方・3都市開催】6月22日東京・広島、6月29日大阪

▼▼誰でも参加できますので、是非お越しください。▼▼

【主催】日本民族による中国共産党監視委員会〔中監会〕
【共催】愛国矜持会
※中監会は協賛団体を募らない事を了承ください。

注:追加関連情報は、下記サイトをググってください。

※中監会カレンダー
※そなたが来るのを待っておった
※チャンネル桜イベント情報
※行動する保守運動のカレンダー全国版
※保守宣言 デモまとめ 逆襲の日本行くぞ!!(up主療養中のため更新休止)

245 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 18:53:50.20 ID:3mFIMI+7
えっと、日本が謝罪と賠償を請求すればいいの?

246 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 18:57:12.08 ID:nj1MXPnR
手を抜いて船を作ったというよりはもともとが海洋民族ではないから船のつくり
方がよくわからなかったというのが本質に近いんだと思う

247 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 19:00:47.67 ID:6HOyHwOM
第3の元寇が着々と準備されてたところで
大反乱起こして阻止したのがベトナム

248 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 19:00:48.96 ID:ooVgRipe
■もとより謝罪すべきは韓国である■

元寇で高麗軍が対馬の漁民を殺戮してから、まだ740年しかたっていない。

クネの言うように1000年経っても被害者と加害者の立場は変わらないなら

まず謝罪すべきは韓国だろう。 日本は740年も待っているのだがな。

249 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 19:22:37.99 ID:jrk5QeYr
朝鮮人がモンゴルをそそのかして日本征伐となったわけだが、
モンゴルの手先として日本に攻め込んだ朝鮮人どもは武器だけ
でなく農耕具も船に大量に持ち込んでいたらしい。

朝鮮人どもは日本の男を皆殺しにして日本の女を妾にして日本に永住
するのが目的だったらしい。

250 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 19:31:28.08 ID:GTj0Vdt0
とんでもデムパコピペにマジレスするコテって

251 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 20:22:16.16 ID:gKsmQuH7
謝罪と賠償を韓国に求めようぜ

252 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 20:30:54.26 ID:UvDbOzR6
中国と韓国は誠意をもって謝罪と賠償をしろ!

253 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/10(火) 21:29:21.86 ID:XEFRxz8t
>>251>>252

シナチョン乙

254 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/11(水) 05:40:33.24 ID:8Gb5BmqU
>>234
大陸はともかくスペインやポルトガルが元寇のこと知ってたっけ
日本の歴史なんてそうそう知らない気がする
江戸時代ののヨーロッパでの日本情報ですら、え?????と思うものがあったりするし

255 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/11(水) 07:20:43.44 ID:j85Z2veQ
虐殺と強姦は朝鮮人の国技だからな

よく秀吉がーと騒いでる奴がいるが
チョンは学校で教えてるのか?

まあ歴史を直視出来ない民族だから
予想はつくが

256 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/11(水) 13:05:55.57 ID:Q2RSr/nr
中国、朝鮮はいつ謝罪と賠償してくれるの?

257 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/11(水) 14:28:53.92 ID:GK5FnU2+
>>256
ゴミ支那チョン乙

258 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/11(水) 20:19:25.62 ID:GG2a49YT
中国、朝鮮は自国の歴史を直視しろ

259 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/12(木) 12:29:38.97 ID:hloZKrge
謝罪と賠償を要求される度にカウンターで元寇のことを言おう

260 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/12(木) 17:54:41.30 ID:RmoW50RE
>>234
というか、明代は倭寇で国力削りとられた上に秀吉でとどめ刺されて崩壊してますがな。

261 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/12(木) 17:59:56.08 ID:RmoW50RE
>>243
て、思うやんか〜
ヒデヨシの前に泣く子も黙るワコウがあります。

>>247
日本人がベトナムに親近感を抱くのは血の記憶かもしれんな。

262 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/12(木) 18:07:54.92 ID:hloZKrge
>>237
こんな侵略の歴史でよく一方的な被害者面できるよな

263 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 07:47:53.63 ID:5Hu3wdOI
元冦の時の半島の民族って、今いる民族と一緒なの?

264 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 07:54:44.35 ID:wyK4ESRL
>>262
侵略できてないからね

265 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 07:56:39.17 ID:AXFMYlNf
>12>83>149ども
お前ら流石にわざとらしすぎやがるぞ
断定はしねえが煽り目的のなりすましじゃねえのかお前ら?

>53ども
その法則なる愚かな迷信は愚かな煽りかネタで抜かしてやがるんだよな?ま
さか法則なる愚かな迷信を本機で信じてやがるんじゃあねえだろうな?まあ
さすがにお前らでもそこまで愚かじゃあねえと信じているけどな

266 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 09:23:49.88 ID:qdGxAzWv
いつ謝罪と賠償をしてくれるの?

267 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 09:33:59.67 ID:RpzaKovq
何時の時代もチョンは使いっパーだなw

268 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 10:02:33.34 ID:RSPpdrbe
>>266
ゴミ支那チョン乙

269 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 15:30:51.86 ID:zzbFvFXz
>>263
モンゴル系が増えたぐらい。

270 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/13(金) 21:25:35.33 ID:m/3/FHI2
戦争には負けたらいかんね

271 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/14(土) 18:20:36.80 ID:hYf6RwSB
中華とチョンは無かったことにしたいらしいね

272 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/14(土) 18:22:27.08 ID:64gk09IY
昔からの伝統は今も 脈々と続く 手抜き工事

273 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/16(月) 16:21:51.25 ID:INi6CWQf
age

274 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/16(月) 16:37:56.22 ID:VQ5p7D5L
論争になったら元寇の事をこれからは持ち出せばいいんだな。よし。

275 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/16(月) 18:25:19.75 ID:DpA5MZLR
>写真=元寇での福岡・鳥飼潟の戦いを描いた図

全体を見ると元軍を蹴散らしながら続々武士団が駆けつけてる構図なんですが

https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/hp_db_f/moukoshurai/e04.htm

276 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/18(水) 22:53:35.81 ID:BbdgLJTF
age

277 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 06:50:01.04 ID:gZm8Uyce
日本を侵略しようとした朝鮮

278 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 07:21:29.90 ID:HolEXVDh
1度目は元・高麗軍の集団戦法や手投げ弾などにとまどったが、2度目は
石塁の上で幟をたてて待ちかまえていた。生活のためには中国・朝鮮人の
首をとって手柄をたて、褒美の土地を得たかったから。元軍は博多湾に
ずらりとならぶ色とりどりの幟と石塁を見て唐津へ移動。鎌倉軍も獲物を
追って追跡。唐津で激戦。夜間攻撃禁止令も無視して、元船に夜襲切り込み。
暴風後は首を追って、徹底的に敗残兵狩りで皆殺し。元に降伏した南宋兵と
口だけすぐ逃亡の朝鮮兵が元寇の実体。現在の一人っ子人民解放軍と逃亡得意の
朝鮮兵で平成の元寇やっても無駄でしょ。

279 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 08:48:30.99 ID:psMWGwf8
先祖同士の戦闘のことを持ち出すなら
日本も朝鮮と中国に謝罪と賠償を求めるべき
歴史を直視してもらおうか

280 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 11:39:30.72 ID:0VWGM1lM
どこまでが真実か知らんけど、NHKはこのネタを放送したときに元軍は「日本軍は弱いが今回の戦は様子見だけで撤退した」と述べてた。
歴史認識はそいつの勝手だけどもしも根拠のない敵軍の見解を混ぜて日本を貶めることがあったら問題だ。

281 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 16:10:10.39 ID:zxWAbSGa
日本軍は弱いがって、次の元寇でも元負けてるんじゃん

282 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 17:43:32.61 ID:NenCRp8w
北条時宗さんと侍に感謝だな

283 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 18:33:39.32 ID:yvlGc09g
>>280
威力偵察説ってかなり疑問視されてるよな

284 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 19:40:48.26 ID:RgIKAVGh
高麗軍がいろいろと時間稼ぎしてくれたおかげで助かった

285 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 20:04:25.67 ID:szINAcHH
高麗軍は元寇の尖兵やったがな

286 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 20:14:56.03 ID:YUKsk0Bu
>>9
忘れるも何も誰も生き残ってないから

287 :msesson ◆OOuOpXqoBQ @転載は禁止:2014/06/19(木) 23:47:46.09 ID:5Yy2fcsE
>>280
キルレシオおかしいよなw
下郎を含んでも1000人くらいだと思うんだが。(適当)

数万人の大軍勢で日本に攻め寄せた結果。

日本人195人戦死、下郎は数を知らず

288 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/19(木) 23:52:01.65 ID:LHgjkHGk
>>282
日露の秋山さんと同じ心労が祟って早死にしたからな。
国の存亡を賭けた一戦、どれだけの重圧だったんだろうな。
大東亜でもそういう指揮官がどれだけいたか??

289 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/20(金) 00:12:52.83 ID:ZHYDrOa/
>>1

教科書にも載る有名な絵だが、背を向けて逃げているのが半島人だな
すぐわかるwwwwwww

290 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/20(金) 04:35:45.85 ID:TZPlaA8W
>>283
威力偵察ってうそ臭いよな、相手に準備期間与えすぎ。w

都市の場合は人工物だから、防壁は出来上がってる。

海岸線に関したら、自然のままの何の防塁もない状態を確認しても、
防塁が出来てしまえば全く条件が変わる。

用意した船の一部で威力偵察なら理解もしてやるが、
全部持ってきてしまったら、未帰還の船の分が不足するじゃん。
本気の攻撃のほうが船が少ないとかありえない。
なら船を何倍も作りますなんて・・・・泥縄なやり方じゃ。
相手に防御設備の建築時間を与えるのと同じ。

291 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/20(金) 06:18:28.27 ID:8gnlp8UZ
>>288
北条一族って結構過労やストレスじゃね?って形で死んでる人多いんだよなあ
源家滅んだから悪役扱いされること多いけど、良く調べると苦労人一族って感じもする。
北条政子も良く調べるとマジ悪役な親父のせいで苦労してるし。

292 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/22(日) 15:52:32.82 ID:scAjjK0j
>>191
何故日本に来たし
しかも2度も

293 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/22(日) 22:40:18.36 ID:lIyf4Y0w
朝鮮は恐ろしい

294 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/22(日) 23:19:35.40 ID:2sS9Gksj
この頃は未だエベンキが侵食していなかった。

295 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/23(月) 07:40:27.13 ID:b8FYOoek
朝鮮の蛮行は筆舌に尽くしがたい

296 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/23(月) 07:54:56.71 ID:D1YKJfPW
1000年恨みを忘れぬ韓国ならば、朝鮮軍が主体であった元寇の謝罪と賠償をきっとするだろう。もしも謝罪と賠償しないならならば、1000年恨み忘れぬというのは、得意の嘘である。

297 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/23(月) 09:40:35.54 ID:LwBLHeaV
いつも朝鮮人はダブルスタンダード
被害者意識に固執している間はいつまでも欠陥人間としか思えない

298 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/23(月) 10:00:28.64 ID:GWytOu0e
最近思うんだ。
神風2回はマスゴミや左翼思想の強い研究家は必死に偶然の産物にこじつけようとしてたことを。
三国志の赤壁じゃないけど元寇も敵を知らず、準備もろくにせず攻撃を仕掛けたから負けたって程度の話なんだろう。
孫子にもあるのにね。戦でもっとも大切なのは敵を知ること、次が準備を周到にすること(攻め側なら尚更)、と。
準備と言うのは人材登用、物資の確保、事前策略、進軍の行程、多岐にわたるけどね。
で、元寇の場合、斥候(情報の入手)と準備を朝鮮人に任せたのが敗因だったんだろう。

299 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/25(水) 00:50:04.00 ID:QUWBNr21
なぜ中韓は元寇のことは言わないの?

300 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/25(水) 03:57:19.99 ID:kD5Tu90Z
なんかここ数年、日本が元の使者切ったせいで元寇が起きた、みたいな話を見かけるけど、
これは一体どこから広まった話なんだろう?
日本が元の使者切ったのは一度目の元寇の後、二度目の元寇の前なんだけど

301 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/25(水) 04:30:22.96 ID:x1eAcke8
やっぱり大陸とこれだけ離れていると船で攻めるのは大変だわ
補給なんかはかなり難しいだろうし、日本側の裏切り勢力を予め工作しとくくらいじゃないと不可能だったんじゃないか?

そう考えると…古代にしろ近代にしろ朝鮮は酷いなw

302 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/25(水) 10:01:37.78 ID:BLPkN3Nx
>>301
元寇のときもそうだったけど慶長の易(秀吉の朝鮮出兵)の時もひどかったし。
明が援軍に来る前はほとんどの城や砦が落とされていったし。

303 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/25(水) 10:03:25.52 ID:BLPkN3Nx
あ、いくら日本の軍が優秀でも侵攻の早さが尋常じゃない。
一説によると、地元民が侵略者に協力して手引き、攻撃に参加することが多かったらしい。
朝鮮の圧政が民衆の恨みを買っていたんだろうな。
日韓併合のときもそう。
李氏朝鮮は500年も続いたらしいけどよく続いたもんだわ。

304 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 08:28:27.17 ID:EULn5DDk
殺戮強姦高麗

305 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 08:49:13.65 ID:aO0xF01q
 >>300
> なんかここ数年、日本が元の使者切ったせいで元寇が起きた、みたいな話を見かけるけど、
> これは一体どこから広まった話なんだろう?

テレビに出てる、左翼の、自称「歴史学者」の連中だよ。
あいつらとんでもないことを言いふらしてるからな。
他にも「日本がモンゴルに占領されて統治されていれば
もっと早く日本は世界標準の国になれた」とか。
とにかく知能程度のあまりの低さに開いた口がふさがらないww

306 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 09:51:59.33 ID:DSN235Fj
>>305
ブサヨのアホ学者の意見なんぞ聴くに堪えんわなw
モンゴル研究なら東洋史学者の岡田英弘教授の著書でも読めと思う

307 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 11:51:32.26 ID:VOiRrd3e
>>303
被差別階級にあった工人やなんかが率先して日本に味方したらしい

308 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 11:53:59.91 ID:Ur5Ptts7
朝鮮の蛮行は無慈悲極まる歴史的事実

309 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 11:57:49.71 ID:VPt4ZQ6Y
まぁ神風が無ければ日本はやられてただろうね
それほど、大陸と島国の実力差があったんだよな

310 :かなり面倒@転載は禁止:2014/06/28(土) 11:57:58.18 ID:hGzcNwvY
>>307
そりゃあ、存在価値を見出してくれるのとくれないのじゃ大きな違いだからなw

311 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/28(土) 12:19:34.39 ID:7cU8loxf
>>309
大国と島国の実力差といっても、モンゴルはあっちこっちに喧嘩ふっかけて
大陸内でも放っておけるような情勢じゃないし、
本命でもない日本に全力でこれないよ

1対1の実力差だったら人も馬も大差はなかったようだし、
てつはうは日本にない兵器だけどそんなに命中精度も威力もなく
鎌倉武士もちょっと驚いたくらいだったようだし、
更に海越えて、補給して、仮に上陸しても地の利はないわで、
台風がなくても、何度攻めてきても同じだったと思う

312 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/29(日) 17:28:11.48 ID:abhKGuVj
>>303
周辺の何処の国も一旦手を出しても最終的に「こんな土地&貴族&民衆(゚听)イラネ!」って事になったんでしょうなあ
で、結局直接支配からは手を引いてみかじめ料だけせしめるスタイルで属国として存続、それが延々五百年って感じですか

313 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/06/29(日) 20:07:05.80 ID:8qjhAzEY
>>309
あいつらは神風でやられたんじゃないよ。
朝鮮人の劣悪さで自滅しただけだ。
元の手引きをする割にはもたもたしてるし海戦も満足にできていなかった。
神風、というか、台風の襲来を想定しないで海でボケッと船を浮かべてただけ。しかも2回もw
元ももともと海洋技術が乏しかったのは言うまでもなく、そいつを能無し朝鮮人に頼ろうとしたのが間違い。
だから、元の敗因は神風じゃなく朝鮮人の劣悪さだった。

314 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 16:10:39.05 ID:n/mG0cLl
高麗棒子

315 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 16:40:59.01 ID:YT9gcefT
時宗と九州御家人に感謝

316 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 16:51:06.68 ID:gFEbzfwz
>>309
緒戦で橋頭堡を築けなかった時点で
勝敗はついてる。

台風が来る前に物資を陸揚げし集積できる防御拠点を
占領できなかった時点で元軍側の負けは確定。

317 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 17:17:12.92 ID:dEjTVHqS
>>34
一回目は上陸して拠点(陣)を作りたくても日本軍が強かったから出来なかっただけ
上陸作戦において拠点を作ったのに敵の夜襲を恐れて海に戻るなんてありえない(また上陸作戦しなきゃならんし)
つまり日本軍の強さにこりゃ勝ち目はないとコンパスも電灯もない危険な夜中に元軍が撤退し、その帰りに運悪く?暴風雨にあっただけ
暴風雨のせいで撤退したわけではない

二回目は台風シーズンに何ヶ月も元軍の上陸を阻んでいた日本軍の勝利。弱ければとっくに太宰府まで攻めこまれていた

318 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 17:36:31.17 ID:Yp/jZ127
>>317
大河ドラマや歴史考察番組(当時はそのとき歴史が動いた、だったかな?)だと日本軍の弱さを過剰に主張していたけど
そいつはNHKだからと言うことかな…?
このスレの前のほうで日本軍の力量を測っただけで1度目は撤退、なんてのは実際にうそだろと指摘されてたし。
2度目は日本側が防御体制をしっかり準備したのは確かだよね。

319 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 18:41:53.52 ID:gPiFv1P0
仮に一回目が威力偵察だとしても、その偵察を参考にしたはずの2回目も負けてるなら、
失敗してるんじゃんね威力偵察
なんのために来たんだよって話になって余計に間が抜けてね

320 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 18:56:51.73 ID:QWWeY+UP
歴史学者を自称している大学教授でもこういうことを言わないので不思議なんだけど
あの当時のモンゴル軍は日本の地理をまったく知らなかったようなんだよな。
つまり、普通なら第一回目に攻撃した地点は当然防御を固めてるはずだから
他の地点に上陸すればよいのに、まったくおなじ地点に上陸しようとしてるんだよ。
おそらく日本がどの程度の大きさでどこに主要な港があってどの程度の兵力があるかも
まったく理解できていなかったんだよ。そんな国が闇雲に攻めてきて勝てるはずが無い。
陸続きなら大軍の勢いでなんとかなることはあっても、50Km以上もの荒海に
隔てられているところに、地理もわからずに突撃してきて占領などできるはずがない。
おそらく大軍で押し寄せれば日本が降参すると考えていたんじゃないだろうか。

321 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 18:59:22.55 ID:7+qtH8wA
倭猿はバカですよすぐに戦争したがります
元と貿易すれば大変な利益になりましたのに
猿の島国はバカですね

322 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 19:09:37.16 ID:dEjTVHqS
文永の役以降、元の使者は全員斬ってたから元は日本の新たな生きた情報を得ることはなかなか出来なかった(船頭達は逃げ帰ることができたそうだが)

元の使者は偵察もかねていた

323 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 19:12:26.53 ID:gPiFv1P0
>>332
あの情勢であの文面をそのまま受け取れる奴って逆に凄いな

つーか仮に文面通りだとしても、それくらいで攻めてくる元の方が戦争したがりじゃねーの
日本だけじゃなく他のアジアの国はおろか、ポーランドやハンガリーまで攻め込んでるぞ

324 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 19:18:04.74 ID:dEjTVHqS
そもそも鎌倉時代の武士達は例外中の例外を除くと一騎打ちなんか全然やってない。
やあやあ我こそは…と名を名乗るのは手柄を上げた際にそれは自分がやったことを保証人になってもらうために味方にたいして言っている

325 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 19:29:20.10 ID:gPiFv1P0
外国人に通じない自国語で名乗る訳ないしな
元に詳しくなくても大陸の言語は日本語と違うことくらい知ってるだろうし
鎌倉にも渡来僧はいたし

326 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/01(火) 19:51:30.91 ID:Yp/jZ127
>>321
どっちが「戦犯」か分かって言ってるのか?wwww

327 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 00:35:04.42 ID:tVT79Che
>>319
上陸作戦の威力偵察とか・・・。
上陸地点を教えるようなものだからなぁ。

大陸の攻城戦なら、威力偵察で防御力とかを測れるけど、
無防備の海岸線で威力偵察しても意味が無い。
次に攻めた時に同じなわけない。

偵察前後で防御力や防御態勢が大幅に変わったら意味ない。


威力偵察説はモンゴル人を思いっきり馬鹿にしている。

328 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 01:16:39.82 ID:Cgs3yoCJ
>>139

まだこんな馬鹿なこと言ってる奴いるのかw

329 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 05:41:36.37 ID:+JL4RieA
●お笑い・応永の外冦
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-759.html
なんつうか、もう、ね。

330 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 10:35:28.23 ID:amAaPNz5
>>44
逃げ惑ったのは元の尖兵を負かされた朝鮮人じゃないの?
元軍は支那の堕落文化が混じったから蒙古のときよりも腰抜けになったとは思うけど…。

331 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 11:00:04.54 ID:9SG0l0XD
 >>321
>元と貿易すれば大変な利益になりましたのに

ほお〜〜。で、元に征服されて属国となった朝鮮はどれだけ利益を上げたんだww

332 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 11:26:37.19 ID:YmHZgbn3
えらい中途半端な終わり方だな
事の顛末までちゃんと書けよ

333 :亜生肉 ◆fD0UyRfttY @転載は禁止:2014/07/02(水) 11:33:11.82 ID:sNSStztX
>>331
そりゃあ毎年の1000人の女献上でウハウハホルホルだったニダ

334 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 11:39:42.98 ID:amAaPNz5
>>333
搾取されただけじゃんかw
「貢献」という空虚な評価を得て自尊心を満たしてたのか?
まあ、本人らが満足ならそれ以上何も言うまい、だけど。
(マジレスするのもなんだけどw)

335 :亜生肉 ◆fD0UyRfttY @転載は禁止:2014/07/02(水) 11:43:00.69 ID:sNSStztX
>>334
朝鮮王家の連中はそれでよかったんだろう
あいつらは手前ら一族が栄えりゃ何しようが正当化される
そういう考えで現代まで来てるんだから

336 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 12:33:51.70 ID:dbIKDRDD
KAMIKAZE

337 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 17:25:05.73 ID:05esmDWz
中韓の教科書に元寇は載っていない

338 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 18:29:14.07 ID:amAaPNz5
なぜか己にとっては恥にしかならん日帝支配はウソで詳しく書かれてるw

…と、想像している。

339 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/02(水) 20:27:38.09 ID:o4CgPXv0
ちょっと前にモンゴルの大統領が鎌倉に来て
慰霊碑に参拝したんだよな
はっきり覚えてないけど、ニュース映像のナレーションが
大統領はモンゴルの使者が斬首されたけれど
その勇気に感銘を受けたとか紹介されてたような?

加害者意識とかは全くなさそうだな

340 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 02:21:17.74 ID:GLVS3jCg
まあ700年以上前りことに加害者意識持てってのも無理じゃね?
日本人だって現在のモンゴル人に謝罪や賠償要求なんてしないし

341 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 11:56:19.93 ID:qWM43jL5
1000年恨みます by ニダ

342 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 12:28:16.84 ID:SF2n3gmS
高麗政府が元朝に日本侵略を進言してた。

343 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 14:56:08.79 ID:LLmdh6k3
>>254
スペインポルトガルは元寇なんか参考にしてないよな
当時は宗教国家一体で植民地なんかにはまず宣教師が入るんだが、その宣教師が
生の情報を本国に送ってるしね
で、ちょうど戦国時代だったのもあって、その宣教師がこの国はちょっとヤバいなんて
送ってるから、植民地化なんて起こりようがなかった

344 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 15:11:57.99 ID:32q0a7+p
ホントかどうかわからないけど
戦時中敗色濃くなったとき
ヒトラーが演説で
「我々は負けるわけがない なぜなら同盟国の日本は
2000年?間負けたことがない」と言ったらしいね

345 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 15:28:33.30 ID:Ok/knJdR
二回目の元寇の元軍の被害やばくない?
十万行って帰ってきたのが何人かとかでしょ

346 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 15:48:25.29 ID:JEMN6aOd
>>345
単に補給と気候風土の問題だと思う。
大軍で攻めるには指揮官の統率力と相当の準備が必要だし。
大軍でも必ずしも強くないのは今の支那を見れば分かるかも…。

347 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/03(木) 20:13:33.22 ID:cghVF+Ya
高麗の遺民が立てた国家は日本にも数多く存在する。武蔵国の高麗郡や河内国の巨麻郡

高麗(高句麗)が侵略者と言うなら日本の高麗に由来する地域に住んでる人達を全員処刑したら
気が済むの?

348 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/04(金) 09:02:16.63 ID:m13HqiCA
>>346
(゚Д゚)ハァ?
武蔵国の高麗郡や河内国の巨麻郡が高麗の遺民が立てた国家???
何言ってるんだ?

郡は『国家』じゃなく、日本と言う国家の中の行政区画だよ。
つーか現代でも日本国内の行政区画で小さい普通に使われてるだろ。

しかも『高麗の遺民が立てた』(笑)
『日本の高麗に由来する地域に住んでる人達を全員』って(笑)(笑)
短いレスなのにどんだけ突っ込み所があるんだよwwwww

百済にしろ高句麗にしろ、ある地域に外国からいくらかの移民がきたからといって、
その地域を移民が立てたってことにはならないんだよ。
もちろんそれらの地域に住んでいる人たちが日本の高麗人の子孫という訳でもない。

高麗人の移民以前に住んでいた人々、あった村々、文化は何処に行ったんだよwwwwww
日本にはその何千年も前から人がいたし既に日本という国があったのに、
高麗の移民がきた途端、移民先の人々も村も全部消えてなくなり
それまで無人の地域を一から立てて行ったとでも思ってるのか?

しかもその二か所への移民は8世紀のことで、元寇より五百年も前のことだっつーの。
移民した時の人も元寇の時の人ももちろん現代の人も、全員元寇の時の半島と無関係じゃねーか。

349 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 04:11:34.28 ID:dAP1O279
>>347
先祖の罪で子孫を処刑とかどういう発想?
元寇が侵略だったのは紛れもない事実だけど、
だからって今の子孫をどうしようなんて意見はないだろう
モンゴルにだってそんなこと言ってないよ

まあ、そもそも武蔵国の高麗郡や河内国の巨麻郡の人々は
元寇の時の高麗人の子孫じゃないんだけどね

350 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 06:42:07.69 ID:erh3WZ6Z
>>347
その前に第二次大戦後に密航してきて今
中共の属国宣言をした南朝鮮罵姦酷塵売春婦の処刑だろ

351 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 18:24:51.13 ID:YH/cBYT6
>>347
もしかして武蔵国や河内国を国家だと思っているのかもしれないが、
昔の日本の○○国というのも国内行政区分であって、今で言う国家じゃないよ。
武蔵国も河内国も、もちろん高麗郡も巨麻郡も、日本国内の地域、日本の一部。

武蔵国や河内国のような○○国には朝廷から国司という行政官が派遣されていて、
その国司は国とついてはいるけど国王や皇帝のような君主ではなく朝廷の官吏であって、
親王任国を除けばそれほど高い身分でない中級貴族でもなれるものだったし、
朝廷が任官されるものだから次々に新しい国司が任官されるし、
複数の地域の国司を歴任することもあった。

352 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 19:43:09.97 ID:IM+GPmWG
>>351
>その国司は国とついてはいるけど国王や皇帝のような君主ではなく

軍事的にも経済的にも独立してれば自動的に国として認識される。竹田の甲斐国、信長の尾張国
今川の駿河国、お互いに同じ民族だと思ってるなら戦争なんかしないだろ?

平安時代まで天皇が日本全体を支配してたけど元宗主国の朝鮮と絶縁してから外的の脅威がなくなって
天皇自体が要らなくなっちゃって天皇制(王制)を廃止したら大名が国王に格上げされて互いに争うようになった
から征夷大将軍が皇帝に格上げされて諸大名(王)を束ねる役割をした。

353 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 21:49:49.13 ID:FywXgOh5
>>352
>軍事的にも経済的にも独立してれば自動的に国として認識される。竹田の甲斐国、信長の尾張国、今川の駿河国、

織田信長とかが武田信玄とかは群雄割拠の戦国時代の『大名』であって、
古代の『国』に派遣される『国司』は『大名』とは全く別の存在だよ。
古代や王朝時代にはまだ朝廷や貴族が統治に関わり、
国司として派遣されるのも殆どが貴族だった。

後に時代が下がって朝廷と貴族の力が弱まり、武士の力が強まり、
しかも大名は軍事という実質的な力を持って統治し、その地位を世襲していった。
一方、古代の国司は朝廷から派遣される官吏で、短期間に次々交代するし、
独りがあっちの国司、それが終わったらこっちの国司の次々に派遣されることもあるような地位。
高句麗が滅亡して移民がきたのは、その古代の話で、まだ国司が派遣されていた時代。

>お互いに同じ民族だと思ってるなら戦争なんかしないだろ?

戦争は同じ国、同じ民族でもするものなんだけど?
同じ国や民族で戦争が起こらないなら、歴史はもっと戦争が少ないよ。
鎌倉時代なんて同じ鎌倉の御家人同士でも争っているし、
例として挙がっている尾張ひとつに限っても織田と斯波、同じ織田、織田家臣、
果ては実の兄弟でも戦争してるし、信長は同母の弟とまで戦争してるから、
逆に同じ地域だろうと親戚だろうと身内だろうと戦争は起きるって例になるんだけど。
お互いに同じ民族だと思ってるなら戦争なんかしないなら、
尾張はおろか、織田家、同じ父母を持つ兄弟ですら同じ民族だと思ってないってことになる。

>平安時代まで天皇が日本全体を支配してたけど元宗主国の朝鮮と絶縁してから外的の脅威がなくなって
>天皇自体が要らなくなっちゃって天皇制(王制)を廃止したら大名が国王に格上げされて互いに争うようになった

えーと、平安時代、鎌倉時代、室町時代の歴史知ってる?
平安時代からいきなり群雄割拠の戦国時代になった訳じゃなく、その間に鎌倉時代や室町時代があるんだし、
天皇制が廃止されてないからこそ、鎌倉時代にも室町時代にも戦国時代にも江戸時代にも征夷大将軍がいるんだけど?
つーか平安時代以降からずーっと天皇も皇族もいるし、関白も大臣も貴族もいるし、
平安時代以降の征夷大将軍にも皇子が何人もいるんだけど…天皇制がなかったら皇子が存在するわけないじゃん。
例として挙がっている織田信長も右大臣や右近衛大将など朝廷を幾つも歴任しているから、
逆にこの時代にも天皇がいて朝廷があり、大名がその権威や官職を利用していたって例になるんだけど。

>征夷大将軍が皇帝に格上げされて諸大名(王)を束ねる役割をした。
戦国時代終わった後の江戸時代にも天皇はいるし、皇帝を名乗ったことなんて一度もないけど。
つーか江戸自体にも、将軍の娘を嫁がせるくらい権威としての必要性は保っていた。

354 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 21:56:34.77 ID:FywXgOh5
>>352
>軍事的にも経済的にも独立してれば自動的に国として認識される。竹田の甲斐国、信長の尾張国
>今川の駿河国、お互いに同じ民族だと思ってるなら戦争なんかしないだろ?

というか『お互いに同じ民族だと思ってるなら』って、
まさか甲斐と尾張、武田と織田が別の民族だと思ってるの?

そんな説、ろくに支持されてないマイナー説ですら聞いたこともないし、
もちろん史実資料にそんなもの全く見たことないけど。

355 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/05(土) 22:17:54.04 ID:7Vf+7jcc
「創価学会」への日本のマスコミ報道は「タブー」だが、「韓国の文化」に関する真実の報道も、また「タブー」である。

現代の遺伝子調査では、今の韓国人の遺伝子は、「百済、新羅、高句麗」時代の頃の、朝鮮民族のではなく、
中国軍の、度重なる、朝鮮半島への侵攻についてきた、ツングース系のエベンキ族や女真族の遺伝子と判明している。
それまでの朝鮮半島に在住民族のDNAは、14世紀末迄には、言語と共にほぼ消えた(たび重なるジェノサイド)。

1392年に、李成桂が反乱を起こし、「高麗」を滅ぼして朝鮮を建国し、土地は500年間ずっと、李氏一族が私有化した。
一般国民は、土地が簡単には与えられず、空き地を不法占拠して、乞食同然の住居を密集させ、地べたで暮らした。

両班(役人)を始め国民は、怠け癖が強く労働を嫌い、白丁(賤民)や奴婢を、牛馬以下の「奴隷」として「板の首かせ」
をはめて酷使し、一方、自分たちは喫煙する際にも、キセルまで奴隷に持たせた、また、医者まで労働者として軽蔑された。

また、毎年、三千名もの若い女性たちが、「中国」(清など)に献上させられ、朝鮮国内には若い女性が極端に少なく、
朝鮮人は、自分たちの性欲を満たすために、「試し腹」の風習ができ, 父親は「自分の娘」を犯し、また「息子」は母親と
姦淫し、生まれた子供たちは、男女を問わず、ほとんどが奴隷にされ、物品扱いにされた。
その風習は、李氏一族の崩壊まで500年も続き、韓国民はずっとその間、「近親相姦」に明け暮れてきた。
そのため、障害者の出産数が異常に多く、国民は「病身舞」なるものを踊って「弱者」をバカにし、いじめて、楽しんだ。

おまけに、朝鮮人には、トイレを作る発想が無く、家の内外に糞尿があふれ、悪臭で不潔を極めたが、全く平気で、
なんと、結核の特効薬として「大便」を食べ、万能薬として人糞を溶かした酒(野人乾水、トンスルなど)を飲んだ。
さらに、「肌の見てくれ」が良くなると信じて、「小便」で顔を洗った。
また、今でも、魚の「エイの人糞漬け」(ホンタク)は韓国の超高級料理とされている。

19世紀に朝鮮で布教した「白人宣教師」の報告書によると、街の中は不潔で耐えられなかったと記している。
新渡戸稲造や福沢諭吉でさえ、明治初期に韓国を訪問して、「朝鮮人とは付き合うな」と書き残している。
李朝末期には、「清」の影響で、国民はアヘンに耽り、主な土地は、殆どが欧米列強の借金の抵当に入り、破綻した。

1910年に日本が韓国を併合すると、今までの非人間的な悪習を禁止し、膨大な借金も、全額肩代わりして返済した。
しかし、いじけた韓国人は、圧政と奪略の限りを尽した李氏一族はとがめずに、「救い主」の日本人を逆恨みした。
おまけに、朝鮮人は不潔で、風呂に入る習慣がなく、ニンニク臭と悪臭が強烈で、清潔好きな日本人から嫌がられた。

また、大戦で日本が無条件降伏したときは、日本中が無法地帯になり、それまで従順な振りをしていた在日朝鮮人
達は豹変し、徒党を組んで、あらん限りの犯罪を行ない、日本市民を惨殺しまくり、財産強奪や日本人戸籍まで盗んだ。
戦後、アメリカは、「軍事大国・日本」を壊滅化させる目的で、韓国を強引に日本から分離させ、独立させた。
現在では、韓国人は、幼少から、捏造の反日教育で洗脳され、親日家は袋叩きにあい、一人も、生き延びれない。

356 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 01:02:46.50 ID:frh18uoS
>>354
日本は昔から事実上単一民族だし、大名が地方ごとに主権を主張しても天皇と言う共通の尊重すべき存在がある。
それを別々の国家と見なす愚か者がいるなんてチャンチャラおかしいよね。
逆に今の支那みたいに言葉も満足に通じん他民族が存在するのに一つの国と見なしている時点で国とは何か?という問題になる。
さらに同じ民族なのにいがみ合ってる朝鮮はどうなるんだ?と。

357 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 04:06:02.55 ID:Uh+0k5SA
まるでペルシャ軍とギリシャの戦いみたいだね

358 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 05:04:15.52 ID:OEh+BrNo
>>352
内戦って知ってる?

359 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 05:52:09.07 ID:0ahaa9Ze
>>352の頭の悪い歴史観に、こっちの頭がクラクラさせられた
朝鮮学校じゃそう習ってんのか知らんが、日本人相手にデンパ日本史を披露とか、
勘弁して下さい

360 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 08:18:17.31 ID:loT7zsHP
>>352
県主 村主 これの読みは?

361 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 08:44:51.58 ID:UYGNQRdl
 >>352
  >軍事的にも経済的にも独立してれば自動的に国として認識される。

だから、それは戦国時代(15世紀〜16世紀)の話だろ。
奈良時代、平安時代の郡とか国というのは、単なる行政の単位で中央政府から
派遣された役人が統治していたんだよ。
もう少し基本的な歴史を勉強しろ、バカチョン。

362 :稗田朝臣無礼@転載は禁止:2014/07/06(日) 10:06:34.26 ID:caVrLRaE
日本(の為政者など)が日本の「国」のことを、
時代の変遷はあるけれども、
他国と区別する時はヤマトとか大八洲とか日の本(日本)と
という国号で認識した。
他国との区別に関係なければ、
日本全体のことは「天下」(天の下)と称した。
これはヤマト朝廷(天の下治らしめす大王)から
戦国時代(織田信長、天下布武)から江戸時代まで
そう称していた。
もともと「天下」というのは、
中国皇帝の支配下にある(皇帝の徳があまねくいきわたる)地域のこと。
ごく短い一時期、冊封、朝貢関係にあったとはいえ、
日本はもとから属国意識はないから、
大王、天皇、そして、武家に権力が移行した後も、
日本国全体を「天下」と称した。

363 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 10:46:22.12 ID:fo0ylGpD
在る人曰く。
江戸時代にも毎年のように朝鮮から逃亡してきた漂流民が
わが国の九州や鳥取方面に辿りついた。
事情を問い質すと我ら帰国すると死罪。
其の酷な事情を鑑み、このような者たちは江戸送りにし
非人頭、弾佐衛門の手下に組み込ませた。
此れは裏の歴史話と言うべき。

364 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 11:26:17.79 ID:frh18uoS
海流からして半島→日本は船の上で寝ていても漂流できる。
逆はあいつらの技能ではどうやっても無理。
それだけの話だったんだろう。

365 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/06(日) 16:56:31.27 ID:yOoLrnQk
>>352
>平安時代まで天皇が日本全体を支配してたけど元宗主国の朝鮮と絶縁してから外的の脅威がなくなって
>天皇自体が要らなくなっちゃって天皇制(王制)を廃止したら大名が国王に格上げされて互いに争うようになった
>から征夷大将軍が皇帝に格上げされて諸大名(王)を束ねる役割をした。

時代区分の年数くらい調べてから書いてた方が良いぞ?
百済や高句麗が滅亡したのも、高句麗の移民が来たのも、
新羅との関係が悪化したのも飛鳥時代(592〜710)や奈良時代(710〜794)の出来事で、
平安時代(794〜1185)はその後に約400年も長く続き、天皇と貴族が政を行う王朝時代が来ている。
無論その頃もそれ以前も、半島の国家のどれもが日本の宗主国になったことなんか一度もない。

なお平安時代の終焉は1185年、戦国時代の始まりは1467年(応仁の乱、または)1493年(明応の政変)。
平安時代終わってから戦国時代が始まるまで300年近くの間があり、
その間の鎌倉時代や室町時代の国内事情が大名の台頭の原因。

366 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/08(火) 13:27:08.45 ID:gP0ms/uG
>>300
でかい口たたいた割にいざ戦ったら少数の現地勢にすら押し負けた連中が
「許してやるから降伏しろ」とか使者送ってきたらそりゃ斬られるわなって話だよね

367 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/09(水) 17:29:24.89 ID:V6B6iVU4
鎌倉武士だけはガチ

368 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/09(水) 18:04:02.31 ID:heq8PZ87
>>366
スパイというか現地偵察の役目を帯びていたって説もあるな

369 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/10(木) 07:11:42.59 ID:jt9WIxiQ
>>365

韓国人の考える歴史というのは、都合の良い展開で組み立てられる妄想。

全ての文化は、中国から、わざわざ遠回りで朝鮮を経由し、朝鮮の文化人を通して、日本に指導されることになっている。

しかし実際は遣隋使、遣唐使などが、直接中国に渡っているし、明とは普通に貿易をしている。
4世紀頃、応神天皇の時代に百済の王仁が日本に漢字を伝えたことになっている。
しかし、応神天皇は、「三韓征伐」の直後に生まれた天皇。
「三韓征伐」とは、新羅を降伏させ、百済と高句麗を支配下に置いた戦争のこと。
その直後に、教えていただいたというのは、時系列的に不思議。

さらにいうと、「金印(漢委奴國王印)」は、西暦57年に日本にもたらされたもの。
つまり、この当時に中国との通交があったということ。

ところで、朝鮮半島は中国よりも古い歴史があると彼らは考えているが、実際は、
「紀元前108年に漢の武帝が朝鮮半島に4郡を設置」したことに始まる。
それ以前の歴史は、全て後に考えられた妄想。

韓国人の歴史は、解釈が全てだと分かる。
都合の良い解釈ができるように、歴史を小説にしてしまう。
愛国的なことが言えれば、事実など、どうでもよいのだろう。

370 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/11(金) 18:44:07.02 ID:Nb91MJzs
>>369
新羅設立は紀元前4世紀、漢王朝は紀元前3世紀

日本建国7世紀wwwwwwwwwwww



371 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 00:55:41.23 ID:Luk6nn+X
7世紀って日本という国号が使われはじめた時期だよ
建国の年代と同じじゃない

372 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 05:44:54.59 ID:5QX6mI8t
チョンはそんなことすら分からない

373 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 14:41:13.43 ID:0tr24oc4
蘇我氏は天皇を殺して自分たちが天皇になったwwww

374 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 14:56:43.19 ID:0tr24oc4
長い歴史で天皇が殺されたのはこの時だけ、だからこの時に民族入れ替えが
あった紛れもない証拠wwwww

375 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 14:59:27.74 ID:+x4aA4gY
>>374
蘇我氏が崇峻天皇暗殺した後に天皇になったのって推古天皇なんだけど。
母親は蘇我氏の娘だけど本人は皇族で、
欽明天皇の皇女で崇峻天皇の異母姉だよ。

376 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 15:06:56.69 ID:+x4aA4gY
>>374
なんで天皇が殺されると民族入れ替え?

藤原氏や平家もそうだったけど、天皇の外戚として権勢を握った蘇我氏にとって、
天皇は権力の源泉であり、天皇を別の蘇我氏の血を引く皇族に挿げ替えることはできても
天皇自体を失くしてしまうことは、自分の権力の源泉の枯渇を意味する。
そしてこの時、蘇我氏の血を引く皇族は男女ともに沢山おり、
崇峻天皇を暗殺してもまだ『蘇我氏を母に持つ天皇』の成り手はいたし、
実際にその推古天皇が即位している。

ついでに君主が暗殺されるってことは別に民族入れ替えなくても起きるし、
君主が暗殺された後にその兄弟や異母兄弟が次の君主になるって例もこの時に限らず外国にもある。

残酷王、正義王という違いの大きい異名で知られる中世ヨーロッパ、カスティーリャ王ペドロ1世とかな。
王権強化が国内貴族の反感を招いて異母兄のエンリケに暗殺され、
その異母兄のエンリケが次のカスティーリャ王になった。

377 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 16:00:22.67 ID:0tr24oc4
>>376
>王権強化が国内貴族の反感を招いて異母兄のエンリケに暗殺され、
>その異母兄のエンリケが次のカスティーリャ王になった。

ヨーロッパに天下という概念は無い。ヨーロッパで天皇に値する位は皇帝だけど
その皇帝がいるのはビサンティウムであり、皇帝の存在を認めたらヨーロッパがトルコの
一部になってしまうから。

日本でも王族(大名)はたくさん殺されてるよ。

378 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 17:17:39.61 ID:j6yJs0Qj
>>377
>ヨーロッパで天皇に値する位は皇帝だけど
>その皇帝がいるのはビサンティウムであり、

一国の君主が暗殺されるってことなら同じだろう。
大名は形としては大臣などの朝廷の官位を持ち、皇帝の臣下だったが、
カスティーリャ国王は別に東ローマ皇帝の臣下ではないぞ?

で、天下という概念が違ったらどうだっていうんだ?
どっちにしても崇峻天皇暗殺は民族入れ替えの証拠になんかならないし、
そもそも蘇我氏がとって変わったりもしていない。
暗殺された天皇の代わりに別の蘇我氏の娘を母に持つ皇族がとってかわっただけだ。

379 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/12(土) 19:04:59.18 ID:j6yJs0Qj
>>377
つかそもそも、蘇我氏は渡来人じゃないぞ?
そういう説なら昔あったが、今では支持の低い説だし、元々がそれほど論拠の強い説じゃない。

東漢氏のような渡来系豪族を部下にはしていたが、
東漢氏は渡来系といっても漢人系渡来人、つまり大陸か渡来した人の子孫。

380 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 11:42:25.22 ID:On9lm5I0
>>378
天下というのは一つの世界に一つの国は有り得ないという意味だ。

古代日本が中華圏に属していたときは日本は国として認識され
百済、ニマナ、新羅、高句麗、モンゴルは敵国として認識される。
なぜ? 中華圏(東アジア)が世界(天下)だから。

でも鎖国をして他の国と関わり(脅威)が無くなると今度は日本列島が世界(天下)と認識される。
ゆえに戦国武将が国家を旗揚げして天下を取りに行く。

この概念は古今東西同じだろwwww

381 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 16:43:48.22 ID:uVe6BV6/
>>380
鎖国と脅威がなくなることとは全然違うが?

平安時代のを鎖国というのか微妙だが、仮にそう呼んだとしても、
平安時代にも度々大陸から新羅の入寇、刀伊の入寇、更に鎌倉時代に入れば元寇があり、
平安時代から戦国時代に他の国との関わりは、脅威という意味でもなくなってはいない。

つーか元寇が何時起きたのかも学校の歴史で習うし、ここ元寇のスレなのに何言ってんだ?
元寇は平安時代の遣唐使廃止の『後』の出来事だぞ。

どっちにししろ崇峻天皇暗殺と民族入れ替え関係ないのは同じだろう。

382 :○醜悪な中韓語をやってはならない@転載は禁止:2014/07/13(日) 16:45:16.63 ID:OUuzMszb
馬鹿中国のバカ中国語をやってはならない。やってるのは大馬鹿だけ。
糞韓の糞韓コク語(糞ハングルすなわち糞犯愚留)をやってはならない。やってるのは大糞だけ。
地続き三馬鹿トリオ(バカ中、アホ朝、クソ韓)の連中には英語をしゃべらせておけばよい。
日本からあの醜悪下劣に陥っている中韓語を駆除しよう!
 ■日本人は糞韓へいってはならない。糞韓人は日本へ来てはならない。来るな。
  日本人は糞韓製品を買ってはならない。糞韓人は日本製品を買ってはならない。買うな。 
     ★バカ中国の便所という「歴史」に深く悩む大糞韓民コクは、遠からず「中国半島糞犬コリアン自治区」に。

383 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 16:51:05.83 ID:A982E3Uz
あれ南朝鮮人は謝罪と賠償を日本にしないの?www

384 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 19:40:43.35 ID:On9lm5I0
>>381
日本は多民族国家、沖縄の歴史をみれば一目瞭然。

385 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 19:44:28.73 ID:r35kSrw5
>>384と同じような論法のレスを最近他のスレでも見かけるが、
何時も聞かれたことには答えず、矛盾点はスルーして
全然関係ないし、過去にいったことの根拠にも全くなってないことばかり書いてるな

386 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/13(日) 19:55:21.08 ID:TWWTjhkP
でも、高麗はモンゴルの威勢をカサに着て、日本を襲撃。撃退されました。

387 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/14(月) 15:30:30.15 ID:j4rgvRmW
>>371
奴らがなんと言おうが日本は世界最長の存続国家だからね。
つまり、一度も滅亡したことがない。

388 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/14(月) 15:33:53.82 ID:S54aVVjU
>>370
統一国家じゃなくて良いなら、日本、倭以前にも複数の国があったぞ

389 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/14(月) 15:41:05.30 ID:wz/XSmkP
民間人しか殺せない朝鮮兵は今も昔も変わらない
未来も同じだろう。韓国を殺せ

390 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/15(火) 12:27:27.87 ID:yMHBPOhL
>>387
>日本は世界最長の存続国家

天皇中心から将軍中心になってはじめて地方は最高独立権を獲得したのに、明治時代に
それが断絶されて天皇中心に戻っちゃったわw

391 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/15(火) 13:39:50.14 ID:Su9jnH2d
>>390
形式上は将軍も各地の大名も朝廷の官位持ってるぞ。
水戸黄門の中納言とかな。

392 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/15(火) 15:35:52.85 ID:bMPzVUF7
>>390
征夷大将軍を知らんとはw
ゆとりってヤダね。

393 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/15(火) 16:10:51.25 ID:dxS4FdCb
しかしまぁ、朝鮮人ときたらその時その時コウモリのように強い側に従って悪いことをしてきたんだなぁ。

中国人には731部隊とかで仕返しをしたっていう感じがあるけど。

朝鮮人にはいつ仕返しをするんだ?なにもやってないだろー。

394 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/15(火) 17:00:38.25 ID:3OOcMJbu
「1000万人移民計画」は実行に移されている

http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-394.html

外国人労働者は移民か? 「1000万人移民計画」が掲げる「移民」の6つのカテゴリー。

http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-400.html

395 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/16(水) 17:34:47.89 ID:zbpBJjUq
日本は面積と人口密度を考慮してもまだ人口過多と言える状況なのに何を焦って移民なんだ?
どう考えても売国奴がろくでもない奴を手引きして日本を貶めようという魂胆にしか感じないのだが。
経済的競争力だって人口と必ずしも一致するわけでもないし。
人口ピラミッドを憂慮して外国人介護担当者を招きいれてもアメリカなどは「介護奴隷」としか見なしていない。
嬉々と批判の材料にしているだけだわ。

と思ったけど、スレ違いこぴぺのスレ違いレスだったわ。すまん。

396 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/16(水) 23:46:18.12 ID:Ma+OpIdK
古代日本を建国してくださったすべての韓国人に捧げますwwwww

397 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/17(木) 14:30:01.64 ID:jlfNI5sj
>>392
最近時代区分とかいくらなんでも習うだろってことを無視した
ファンタジー歴史を書き込むレス多いけど、そいつじゃね

398 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/17(木) 19:28:04.25 ID:JdNfinSO
>>396
何だその「韓国人」って。古代にそんな奴ら存在しなかったはずだが。

399 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/17(木) 20:11:55.59 ID:HaXHnCkn
>>397
あげんなよストーカー凸wwwww
こっち見んじゃねーよwwwwww

>>398
紀元前に三韓時代というのがあってだな、俺たち日本人よりはるかに歴史を持った
偉大な方々なんだよ。

400 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/18(金) 11:52:43.66 ID:E9serOVD
何だよ俺たち日本人って、
バカチョンがあいむざぱにーずするんじゃねえよw
で、その偉大な方々の代表的人物は誰なんだ?
ネットで調べるから挙げてくれ。

401 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/18(金) 21:43:58.38 ID:z3foI/of
>>400

>その偉大な方々の代表的人物は誰なんだ?

高野新笠、中の大江の王子、天智天皇。

402 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/19(土) 15:56:43.24 ID:3gd95J+c
>>401
全員紀元『後』の人物なんだけど
三韓が紀元後も含まれるとしても、その二人とは時代が何百年も違うぞ

というか中の大江の王子が中大兄皇子のことなら、
中大兄皇子と天智天皇って同じ人だぞ?

天智天皇(中大兄皇子)の両親は舒明天皇と皇極天皇(斉明天皇)
7世紀の人物なので三韓がとうに滅び去った後の時代の人物
もちろん半島の出身でも何でもない、日本の皇族同士の間に生まれた生粋の日本皇族

高野新笠は光仁天皇の側妾
続日本紀に百済武寧王の子孫という説はあるが、
だとしても百済武寧王の【200年も後の】子孫で、本人は半島の出身ではない
8世紀の人物なので三韓はもちろん百済もとうに滅び去った後の時代の人物

403 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/19(土) 16:07:18.44 ID:sP8YXIrv
対馬で文禄の役慰霊祭をやるべきである。

404 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/19(土) 16:08:53.07 ID:3gd95J+c
>>402
それと、「中大兄皇子」はこれで「なかのおおえのおうじ」と、いちいち「の」はつけなくても読めるよ

405 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/19(土) 20:29:19.95 ID:83gE0Gdf
>>401
なんで天智『天皇』 が三韓時代の半島の代表的人物なんだよ

天智天皇自体、学校の授業でも習うような日本史の有名人物だが、
例え忘れていても『天皇』は日本の歴史の人物だったことくらい分かるだろう

406 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/20(日) 00:04:26.48 ID:I8tgUVqz
 キムチ臭いレスはともかくとして、元寇の話に戻りたいんだけど、誰か「水城(みずき)」とか
知らない? なんか、律令時代の遺物でありながら、文永の役の初戦で蒙古軍の初見殺し戦法に押されっぱなし
だった侍たちを救った、弘安の役のときの防塁のモデルらしきものみたいなんだけど。

407 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 12:32:42.12 ID:Yq7cYsEI
初見殺しどころか十分に集合しきってない数的劣勢の現地武士勢にすら押し返されて
一日で撤退してしまったのが文永のときの元軍だぞ

武士がやられまくったなんて書いてるのは神の威徳により異国を撃退したことにしたい
寺社の文献なんだがね

408 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 12:42:57.91 ID:fJrH2bDT
>>406
作ったのは「防人」

409 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 12:47:50.35 ID:gFimm/UH
 
 まぁでも、日帝ほど勇敢ではないよね w

410 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 12:53:22.24 ID:QCfF9eV9
このころの記録をよく検証すると
撤収した後に暴風雨となったとある
だから日本には転覆したりして流れ着いた船が博多湾にも1隻もない
日本にビビッて撤収した後に暴風雨が来たのが事実
神風によって日本が救われたというのはよく検証した方がいい

411 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 16:02:23.28 ID:79DVBytE
鎌倉武士最強!

412 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 16:10:53.51 ID:ImQ9dVuO
謝罪と賠償まだかいな・中韓よ。
はよ仏壇返せ。

413 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 16:12:44.86 ID:mbM8KuPq
>>1
納期が間に合わないからと仕様を満たさない手抜き品を数だけ合わせて納品するとか、半島人は当時からやってたんだな。

414 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 16:19:34.67 ID:3Kq9ZdHV
高麗船wwwwwwwwww

神風の本質は、高麗船がヘッポコだったからか?!

っていうか、今に至るも進歩が無いミンジョクだな

415 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 16:50:34.95 ID:CuGOEZ/0
韓国人の蛮行は有名な史実

416 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 17:34:55.82 ID:A8Aj9h6r
>>410
元寇は2回あるんだよ。
一回目が撤収した後暴風雨。
二回目が、三ヶ月居座って台風にやられて死者多数。
偶然台風が来たんじゃなくて、三ヶ月もいれば台風に出くわすのはある意味当然。

417 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 22:49:55.08 ID:ZJDFPqMG
>>407
 鎌倉武士の強さを疑うわけではないけど、もっと両軍の戦術戦法は検証する必要があるん
じゃないかな?手先の高麗族漢族はともかくとして、鎌倉武者の騎馬の弱点を同じ騎馬民族
として知ってた元軍本体は決して侮れないと思う。

 大きな音と閃光に弱いデリケートな馬の弱点を知ってたからこそ、船での輸送が困難な
得意の馬を使わず、「てつはう」と、歩兵で取り囲む集団戦法を取った、ということは十分考えられる。

>>416
 日本の武士は保元の乱以降、夜襲戦法も得意としてたから、船で寝静まったところを見計らって散々に
夜襲をかけたそうだけど、それって海に釘付けにする意図もあったのかもね。

 日本人である以上、台風シーズンを知らないわけがないんだから、神風は吹いた、というより吹かせた、と
言った方が正しい、と思うのは同感。

418 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/23(水) 23:54:06.17 ID:E7nfu1wy
>>417
馬は高麗まで運んでいたらしい。ただ、そこで牧草が不足して馬を養えなかった。
日本で奪って使うつもりだったんではないかな。
遊牧民族が広大な(と考えられていた)日本列島で馬なしで侵略できるとは思っていなかったはず。

夜襲では海に釘付けにはならんよ。陸地で夜襲なら海上に釘付けになるけど。
陸では橋頭堡を築けず、海に逃げても追いかけてくるとあれば陸地から離れたところまで逃げるしかない。
この為、嵐の影響をまともに受けることになった。
神風なんざ、無力な寺社が自分たちの祈祷のおかげで撃退できたと吹聴するためのレトリックにすぎん。
九州と関東周辺の一部地頭が集結した戦いで完全勝利したのが元寇の実態。
それ以外にも、鎌倉幕府だけでも6万の軍勢が九州に向かっていたわけで(もちろんそれ以外にも兵はたくさんいる)
日本の武力に対抗するにはそれこそ元・高麗の全勢力を挙げての戦いが必要だった。
そんなことすれば周辺異民族が入り込んでくるし、
造船用の木材も伐採しつくして国が荒廃してしまうけどね。
どのみち、当時の大陸勢力が日本に勝つことは困難だったわけだ。

419 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 01:22:30.95 ID:xZiLGJ/r
>>418
 いや、夜襲で海に釘付け出来てた、て認めてるよw
「陸での夜襲は当然として」という表現も必要だったね。

 ただ、「無力な寺社」てのはどうかな?
 この頃は僧兵とかもかなり強くて、各宗派からつわものが送られてて、とりわけ
新興の日蓮宗なんかは開祖が国難を予言した、ということもあって相当な数の僧兵を
派遣してかなりな犠牲者も出した、て話もあるよ。

 あと、日本の武士のサガとして、雑兵よりもより大きな手柄になる指揮官を狙い
たがる、ということも加味すれば、元軍は夜襲のたびに何かしらの将官を失ってた
ことになるわけで、それで指揮系統がぐちゃぐちゃになって、なおのこと海から動け
なくなってしまった、ということもあり得るだろうね。

420 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 01:42:26.78 ID:zBJmY4qs
第二次世界大戦の終戦直後、日本人がどんなにひどい目に遭ったかは有名な話だが、
竹島は、そんな朝鮮人によって、竹島に居た漁民たちを虐殺されて奪われた。

当時、軍を持たなかった日本にとって、これを契機に国防の必要性が指摘され、
自衛隊の前身が作られることになった。

この竹島虐殺事件は、日本の領土であることの裏返しでおこなわれた虐殺事件であるが、
朝鮮による侵略戦争として、日本の戦後の国防にとって、大きな事件となった。


現在、朝鮮で戦争が起こった時に在日米軍の出動と、集団的自衛権について語られているが、
そもそも、朝鮮を助ける必要性は全くない。
侵略国家であり、恨みを持ち続けるのは、日本の方であるからだ。

421 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 07:35:25.32 ID:5VQWR4SU
朝鮮人を許さない

422 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 08:05:53.73 ID:U025gZJp
流石民間人虐殺において中国朝鮮人に勝る軍隊はないな

423 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 11:15:39.28 ID:eSAZur9s
こんな昔の事どうでもいいよwwww

424 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 11:48:54.61 ID:Sns0h/zT
日本人であることを誇りに思い、先人に感謝している。
昔の栄光も今の繁栄も日本にはある。
そういう国は世界中でもかなり珍しい。
落ちぶれた支那と過去の栄光がない劣等感が心の奥底に存在するアメリカとは違うんだよ(笑)

…って、他国を見下したら駄目なんだけどね。日本人らしくなくなるし。

425 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 12:58:14.45 ID:UwNGlIzt
台風シーズンに台風銀座で3ヶ月も台風に合わなかった方が幸運だろ

426 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 15:31:44.01 ID:xZiLGJ/r
>>420
元寇関連では壱岐対馬の虐殺を決して忘れてはいけないだろうね。

奴らは生きながらに島民の腕に穴を開けて紐を通し繋いで船に吊るし、御家人たちに見せつけた
らしい。

 ヨーロッパで蒙古軍を食い止めた串刺し公のような恐怖示威戦術をどういうわけか日本
に対してやった形になったわけだけど、それが御家人達を怒らせて逆効果になったことは想像
に難くない。

427 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 15:54:33.42 ID:DjKgYA4B
南無八幡大菩薩

428 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 16:11:00.68 ID:/8YK8PZ2
元寇の役ってモンゴルが明の兵隊減らす目的もあったらしいな

429 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 16:12:56.97 ID:f05BCSQO
>>428
蒙古軍本体は全く登場しなかったしねw
シナの雑兵と調子に乗った高麗軍がメインでしたw

430 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/24(木) 16:18:46.37 ID:Sns0h/zT
蒙古は海が苦手だから当然だわ。

431 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/26(土) 07:43:49.71 ID:13yl8fbB
今も朝鮮人の襲撃が恐ろしい

432 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/30(水) 09:44:26.06 ID:OVpfzMXe
今も反日は止まず

433 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/07/31(木) 16:58:34.02 ID:RQZ7ScVD
>>419

>ということもあって相当な数の僧兵を
>派遣してかなりな犠牲者も出した、て話もあるよ。

具体的にどの規模の勢力、どんな人物が実際に戦ったことが当時の史料から見えるんですかね
後世の逸話集とかだったら話半分だな

434 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/01(金) 14:46:51.57 ID:WYWvlQXV
>>433
 寺に訊けば墓とかは必ずあるでしょ。
その墓の存在真偽までも疑う、という史料主義なら史料も話半分だけどね。

 まあ、日蓮宗の話を出すとそーかが沸くから警戒する気もわかるけど、
逸話伝承には神官達なんかが山の上から恐るべき精度で元軍に矢を射かけて、
御家人を助けた、なんて話もあるし、ここで大事な論点は元寇が日本の存亡を
かけた総力戦だったか、武士だけの一局地戦に過ぎない者だったか、
てことじゃないかね?

435 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/02(土) 02:31:48.95 ID:IjKn8j5k
>>434
この時代って墓はそんなに普及してなくね?

436 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/02(土) 02:46:42.69 ID:/BTR4Jys
モンゴルの手先になって対馬・壱岐で虐殺
アメリカの手先になってベトナムで虐殺

ナチス親衛隊の手先になって絶滅収容所で働くユダヤ人より悪質

437 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/02(土) 08:06:33.91 ID:M1HJ994H
>>435
石を積んだ五輪塔みたいな墓は庶民には手が出なかっただろうけど、土を盛った
「塚(つか)」とかなら多かったはず。

死者の埋葬は寺の最優先事項だから、それらを後世に整理したり合葬したりしたもの
は必ずある。

438 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/02(土) 09:05:00.26 ID:R3NHVtp6
ファンタジー歴史好きの韓国はどうやって教えているのか?
整形韓流ドラマもあるのか?

439 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/02(土) 12:12:06.25 ID:pxfuSqht
応永の外寇の朝鮮語版wikipediaは
日本のそれとはかなり違った記述がなされているようだよ

440 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/04(月) 18:37:54.40 ID:qCE9pxxx
>寺に訊けば墓とかは必ずあるでしょ。

思った以上に話にならん答えだな
要はあんた自身何も確認できてないんだね

>逸話伝承には神官達なんかが山の上から恐るべき精度で元軍に矢を射かけて、
>御家人を助けた、

これは寺社の文献が自分たちの加持祈祷の威力を強調するために
載せてるだけだろうが

441 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/04(月) 23:02:54.13 ID:M4CW0llV
かなり昔だがNHKの番組で日本を助けるために高麗人がわざと沈みやすい船を作ったとか言ってたわな
そんな船しか作れなかっただけなのにな

442 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 16:07:58.04 ID:F6OqAPRB
いや、小さくて比較的頑丈な高麗船は大型で耐久力のない
江南軍の南宋船より台風の際に圧倒的に被害は少なかったことは
文献からもわかるが

443 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 16:46:58.39 ID:eFUdIM59
>>440
まあ、こっちの手法は歴史哲学の手法ですんで。
文献を軽視するわけじゃないけど、その一般的史学の限界がどーにももどかしいんスよ。

そちらが、文献(=モノ)を当方より重視してる、てのはよーくわかるけど、
そのせいなのか、そもそもそれ以前の前提なのか知らんけど寺社など宗教関係の
事物を軽視というか忌避してる傾向が見られる物言いは自覚したほうがいいっすよ?
幕府関係の史料は信じても、寺社関係の史料伝承が信じられぬとはこれいかに?

余談ながら、井沢元彦って人はそういう宗教軽視的唯物的史料絶対主義を批判するために
怨霊史観ってのをぶち上げたわけだけどね。


 当方はとくに宗教関係の回し者でわありませんので、念のため。

444 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 17:21:54.44 ID:F6OqAPRB
同時代の幕府からの軍忠認定をはじめとする公式の書類と
八幡神の威徳を喧伝する目的で後世編纂された「八幡愚童訓」とでは
信憑性が全く違う

つか、そちらがどのような性質の文献に、どのような人々が、どのように弓を射たか、
ということさえまともに知らなかったのをこちらは把握してるんで
その点に関してまず事物軽視はどちらなんだと言いたいわ

だいたい>>434の墓ってのが具体的にどの寺のどの墓なのかすらまずそっちは把握してないだろうが
聞きかじりの情報振り回すだけで正確な史料の情報も知らず、あるいは
自説の裏を取る努力すらもしないでマジで事物軽視はどっちだよ?

445 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 17:28:19.41 ID:YJLTAe/W
今のモンゴルのみすぼらしさよ

446 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 17:39:58.91 ID:up2d2eQB
神風が吹かなかったら日本はモンゴル軍に負けていた、みたいなことを
平気で主張する自称歴史学者がいるんだけどそんなことは絶対にありえない。
そもそも、モンゴル軍は船で渡ってきたので馬を一匹も連れてこなかったんだよ。
騎馬兵のいないモンゴル軍なんてそれだけで戦力はガタ落ちだよ。
しかも2回目の攻撃のときなど20万人以上もの軍勢が押し寄せたにもかかわらず
1ヶ月以上かけても海岸線の防護壁を突破することすらできなかったんだよ。
つまり夜になると船の上で寝ていたんだから、大軍であればあるほど食料の備蓄が
早くなくなる。こんな状態で日本を占領できるわけがない。
台風など来なくても遅かれ早かれモンゴル軍は食料や弓矢弾薬などの不足を理由にして
撤退したことは間違いない。

447 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 17:58:11.60 ID:vBStAEON
モンゴル・朝鮮(元・高麗)軍は民間人を殺してはならない、強姦してはならないと聞いていたらしなかった

【韓越】ベトナム戦争に参戦した韓国軍兵士「民間人を殺してはならない、強姦してはならないと聞いていたらしなかった」[08/05]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1407215797/

448 :イムジンリバー ◆sSnVZBH1zr7h @転載は禁止:2014/08/05(火) 18:08:20.41 ID:uE4FXnCu
>>446
わずか数人のモンゴル人に日本のスモウがやられてる現状を見れば、
日本人の弱さは一目瞭然だよ
台風がなければ日本はモンゴル領土

449 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 18:10:34.36 ID:uyBg16wl
448
中国大陸はだからモンゴル領土なんだな

450 :かなり面倒@転載は禁止:2014/08/05(火) 18:11:11.33 ID:9jaD2/+7
>>448
全力で意味が分からんが
侵略しに来て返り討ちにされたところが台風なかったら勝ってたとか負け惜しみ?

451 :イムジンリバー ◆sSnVZBH1zr7h @転載は禁止:2014/08/05(火) 18:18:03.15 ID:uE4FXnCu
あとね、騎馬兵の強みは進撃速度が速いということ
相手が戦闘の準備をしているところを急襲したり、迂回して補給部隊を攻めたりできる
ユーラシアの大陸では必須だったけど、日本のような地形ではそれほど役に立たない

452 :やせ狐 ◆7ZL.3C19WKcC @転載は禁止:2014/08/05(火) 18:20:26.75 ID:E4K12VZs
語らずとも遠からじ、大和魂

453 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 18:31:21.45 ID:sut8L7uZ
なんにも武器用意してない漁民を集団で襲ったんだよね

454 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 19:04:44.00 ID:eFUdIM59
>>444
ふむふむ。
 まあ、伝説や伝承は時として誇張を以て真実を伝えるものなんだけど、それ
が信憑性の問題に過ぎないと言うなら、あえてこれ以上は突き詰めますまい。
話半分でなんら問題があるわけでもないし。


 その上で、肝心の論点というか争点に戻るんだけど、元寇って総力戦だったの
かな?一局地戦だったのかな?

 話を聞いてると、あまりにも元軍が雑魚すぎて、
「それなら壱岐対馬も落とされなかったろうし、初戦で押されて『水城』まで後退
することもなかったろうに。」
という印象を禁じ得ないんだけど。

455 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 21:38:59.15 ID:NchFyzh4
>>454
戦争は数だよって事ですよ

壱岐対馬みたいな日本側が戦力も物資も集中できないところでは負けるし、日本側もそんな場所は決戦場に選ばなかった
残ったのは一所懸命の地元の武士たちで、そこではやっぱり負けた。

日本側は勝つために戦力も戦うための物資も集積でき、戦闘も有利な場所に陣取り、そこで戦い勝利しただけ。
水城ならかなり高い土塁で、両側は山、奥には大宰府があり、物資を安全に集積でき、結構広いから大軍を置けるし
海岸に向かっての進軍もしやすい。
そもそもあそこに水城が作られたのは、あそこが防衛のための本陣として最適だからこそ、多少奥に引きすぎる感じがあっても
緒戦の乱戦でばらけた軍を休息させ、援軍と合流させて再編成しようと思ったら水城まで引くってのは極普通の手だと思うけど
どうせ博多あたりに元軍側が即座に防御陣地を築ける訳じゃ無いし、水城で兵を整えれば奪還は難しくない

局地戦かどうかと言うことなら、元軍としては合戦に投入できる総兵力では海を渡る関係上、日本側に比べ圧倒的に少ないので、
日本側が全国から兵力を集中し、総力戦となる前の局地戦のうちに圧勝して根拠地を築かなければならなかったのに
局地戦のうちに負けてしまった訳だから、局地戦といえば局地戦

456 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 22:20:14.69 ID:eFUdIM59
>>455
ありがとうございます。

 前に博多湾から攻め入った謎を指摘してた方もいましたけど、元軍にしてみれば、大軍の数の利を活かせる
大きな上陸地が博多湾しか無かった、ということがあって、日本側にしてみてもそれは先刻承知で、隋を警戒
してた古代から想定済みだった、ということは大きいんでしょうね。

 ただ、それでも謎なのは、元軍が御家人の得意とする騎馬を完全に封じる世界史上初の火薬兵器である「てつはう」
と人海歩兵戦術、という大きな利を持っていながら、なぜ一度は水城まで達した戦線をあっさり引いてしまったのか?、
なんですよね。
 当然夜襲は受けるにしても、陣を敷いて近隣から略奪しつつ補給経路を確保し、水城を睨み大宰府をうかがいながら
野営を続ける、なんてことも出来たはずなのに。

457 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/05(火) 23:43:11.45 ID:NchFyzh4
>>456
元軍が水城まで戦線を押し上げたと言う話については資料によって異なるのでどうか分かりませんが
当時の船の荷揚げ能力を考えれば矢をはじめとする各種軍需物資の陸揚げはまだ進んでいなかったでしょう
となると元軍の兵は手持ちの武器、矢玉で戦わなければならないわけです。
たとえ元軍が緒戦で勝っていたと言う資料が本当だとしてもしても水城に陣なんて引けません、
まず陸揚げした物資を集積するために橋頭堡を築き、その後で人力でしかも砂浜で大量の物資の陸揚げを始めて、
それが終わるまでは揚陸地点と築いた橋頭堡を守らなければならないんです。
略奪しても、矢玉や武具の替えなんてのは手に入らないですしね
高性能な揚陸用舟艇が開発された二次大戦後とは違い、揚陸は物凄い手間がかかりますから

で、日本軍としては物資集積地に戻ればすぐに補給が出来る、と

458 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/06(水) 20:45:37.18 ID:QnwdgM/i
 さらに補足すると、騎馬弓射戦をありえないくらい洗練させてた日本武士の矢玉、というか
矢じり、は用途によって細かく使い分ける必要から、数十種類くらいもあって、たとえ奪えたとしても、
毒矢や弩に頼るような元(漢韓)軍に使いこなせるような代物では到底なかったみたいだね。

 橋頭堡の話は剣を交える直接戦闘ばかりが軍事や戦争じゃない、て教訓と言えるのかな?
戦争そのものは弱くても土木工事能力が高く、拠点造りがうまくて栄えたローマ帝国なんて例もあるし。
 単なる殺戮馬鹿破壊馬鹿じゃ征服者たりえない、と言えるね。

459 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/07(木) 11:09:52.59 ID:gNGKw9YD
元(モンゴル)も征服先が支那と朝鮮だったから楽に制圧できたんだろうな。
日本は一筋縄ではいかなかったからまず外交でどうにかしようと思った。

460 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/07(木) 13:53:31.40 ID:Iw9aYh1J
 使者の裴世清ってどうして斬られたんだろうね?
 そこまでされるからには、第二次大戦の時のABCD包囲網とかハル・ノート並みの無茶を
言ってきた筈なんだけど。

461 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/07(木) 21:22:46.00 ID:vvfGkBIA
>>460
>  使者の裴世清
裴世清は聖徳太子の遣隋使の答礼使で日本に来た人なので斬られてませんよ(w

斬られたのは弘安の役の前に、使者として日本に来た杜世忠、あとその次に使者で来た周福ですね
彼らが切られたのはスパイ容疑と、あとは国内を抗戦でまとめる為の意思表示ですかね、多分。

462 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載は禁止:2014/08/08(金) 02:25:48.93 ID:lJwrNHQ/
>>461
おうなんというミステイクw
でも、そうなると文永の役の前の交渉はまだ穏当だったってことか。

 元はあの大陸に銀本位で巨大な経済体制を築いてたわけだけど、それと半農半兵の
鎌倉武士の経済構造が相容れず、最初はそれの決裂くらいで済んでたところが文永の役
の漢韓人の非道行為でこじれにこじれてしまい、使者を斬るなんていう最後通告まで
に至ってしまった、てのが外交の経緯なわけか。

184 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50


read.cgi ver 05.05 2022/08/31 Walang Kapalit ★
FOX ★