5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

中世思想・中世哲学

1 :考える名無しさん:2010/09/23(木) 21:21:26 0
ログ復旧のめどが立たないようなので・・・

■前スレ

中世思想
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1099153245/

218 :考える名無しさん:2013/12/03(火) 01:25:07.11 0
「生む者は質料のゆえに他のものを生み出す」(アリストテレス)

生み出す者が生み出される者と区別されることも、
生み出される者が生み出す者と類同化されることも、
(これら二つのことは、一義的な生成のために必要とされる)
イデアなしに得られうる。

生み出す者が生み出される者と質料によって区別されるということは必然的に生ずるとしても、
質料がこのような区分の主要な原理であることによるのではない。なぜなら、
生み出す者は生成を規定する形相によって、自己の質料ではなく他の者の質料を完成するのだからである。

生み出す者は自己の形相により、生み出される者を自らと類同化することによって、
自己以外の質料を完成するのであり、したがって自己の質料は、このような形相を持たない質料と異なるのである。

219 :考える名無しさん:2013/12/03(火) 01:29:16.59 0
「馬性は馬性以外の何ものでもない」(アヴィセンナ)

或る類に属するすべての「何性・本質的存在性」は、部分的であれ全体的であれ、
「何性・本質的存在性」としてある限り、それ自体としてはこの存在性とかあの存在性とかに対しては中立である。

それゆえ、質料も形相も複合体も、それらの各々が「本性」である限りにおいて、「個的存在性」ではない。

類同化の主要な根拠は生み出す者と生み出される者との間に共有された形相なのであり、
このことは、「この形相である限り」での個体の一性ないしは同一性にもとづくのではなく、
「形相である限りでの」より小さな一性ないしは同一性にもとづくものである。
すなわち、形相はこのような一性にもとづいて生成の根拠なのである。

220 :考える名無しさん:2013/12/03(火) 01:33:10.54 0
この石の中に存在するものは何であれ、数的に一である。
或るものは第一に数的に一であり、
或るものは自体的に数的に一であり、
或るものは派生的に数的に一である。

共通であるが限定されることが可能な各々のものはすべて、
形相的に区別された複数の存在性へとさらに区別されうるのであって、
それらの一方は形相的には他方ではなく、
一方は形相的に個別の存在性であり、
他方は形相的に本性の存在性である。
これら二つの存在性は、そこから類が取られる存在性と、
そこから種的差異が取られる存在性との場合のように、
「もの」と「もの」としてあることはできない。
それらは常に同一のもののうちにあって(部分のうちにであれ、全体のうちにであれ)
同一のものに属する形相的に区別された二つの存在性である。

60 KB
新着レスの表示

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :


read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)