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歴史を知らずに哲学は語れない 10

218 :第三の波平 ◆JXLBbnYqTY :2012/11/15(木) 23:55:03.15 0
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さて、この「秘伝」書が、先に述べたように「太平記評判秘伝理尽鈔」と書名に「秘伝」の名を冠し
ながらも、一七世紀半ばに出版された。今田洋三氏が指摘するように、一七世紀は日本史上初
めて出版業が成立した時代である。まさに成立したばかりの出版業者の手にかかり、「理尽鈔」
はその享受層を一挙に拡大していった。・・・地域・身分を越えて「理尽鈔」が広く流布し、もては
やされたという。・・・直接講釈師に依らずともこれらの書物を通して「理尽鈔」講釈に接することが
できるようになったのである。

このように。一七世紀半ばを転機として、「理尽鈔」講釈は大きな変化を余儀なくさせられた。一
七世紀前半には、読み聞かせという口誦による知(知識・知恵)、いわばオーラルなメディア(情
報媒体)による知であった「理尽鈔」講釈が、一七世紀後半には書物による知、出版メディアによ
る知へと大きく変質させられた。その享受層も、前者では口誦の場を共有した限られた人々、
よって特権的な階層階層の人々(具体的には上層武士)を対象としたのに対し、後者は、地域・
身分を越えた広い層に受容されていった。・・・

実は、太平記読みという呼称は、史料的にいえば、現時点では貞享三年(一六八六)が初出で、
民衆相手の芸能者を読んだものであり、「理尽鈔」の講釈・講釈師を太平記読みと呼んだ史料は
見つかっていない。しかしながら、従来、たとえば「国史大辞典」で「太平記読」を定義して「江戸
時代前期に、主として「太平記評判秘伝理尽鈔」を読み聞かせることによって生計を立てた芸能
者、またそのような芸能。講談の源流となった。「源平盛衰記」「難波太平記」などの軍書読の代
表的なもの」と解説していることからわかるように、「理尽鈔」講釈と民衆相手の太平記読みとを
区別せずに一括して太平記読みと見なしてきた。だが「理尽鈔」講釈と太平記読みとは、先に見
たように出版メディアによる知を介してつながっているもの、やはりひとまず別のものと見るべき
だろう。そこで本書では、民衆相手の太平記読みと区別して、「理尽鈔」講釈及びその講釈師を
「太平記読み」と括弧をつけて呼ぶことにしたい。P42-45


「太平記読み」の時代 近世政治思想史の構図 若尾政希(ISBN:4582767753)
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