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【高句麗・百済】夫余系総合スレ【渤海・日本?】

1 :世界@名無史さん:2012/01/24(火) 22:16:44.85 O
謎の古代王国、夫余をめぐる歴史を語るスレです。

2 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 06:11:20.04 O
夫余は韓国・朝鮮にあらず
むしろ日本に近い

3 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 13:25:46.93 0
何をもって近いとするのか
地理的にはむしろ満洲だと思うが

4 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 14:12:10.47 0
【朝鮮民族の王朝?】渤海【中国の地方政権?】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1318947075/

5 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 14:39:08.93 0
伽耶は?

6 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 14:57:56.69 0
加羅は真番・倭・秦のミックス
夫余は高句麗ともども穢の一派

7 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 19:45:28.67 O
ウィキで【高句麗語】を引くと、日本語によく似ているってさ。

8 :世界@名無史さん:2012/01/26(木) 23:03:25.36 0
『三国志』魏志東夷伝夫余条に曰く。

夫余は長城の北に在り、玄菟郡からは一千里ある。
南に高句麗、東に邑婁、西に鮮卑と接し、北に弱水がある。
方二千里ばかりで、戸数は八万。民は定住していて、宮室、倉庫、牢獄などがある。
山や丘が多く湿地が広がり、東夷の地域では最も平坦である。
土地は五穀の栽培に適しているが、五果はできない。
人々は大柄で勇猛だが、つつしみ深く誠実で、略奪をしない。

9 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 03:46:57.68 0
326年から562年まで、日本領だったのはどこ?

10 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 07:13:41.75 O
弱水はアムール川
黄河や長江より広い流域を持つ。

11 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 11:18:15.63 0
魏晋の一里は434mなので、1000里は434km、2000里は868q。
方2000里だと75.34万km2にもなるが、吉林省と黒龍江省を併せても65万km2弱しかない。
また『呉書』によれば、当時の玄菟郡治(高句麗県)は遼東城(襄平県)の東北方200里(86.8km)に位置しており、
太守がいたものの戸数は200程度、壮丁(成人男子)は多く見積もっても300か400人程度でしかなく、極めて弱体であった。

となると、夫余の王都は遼陽市から86.8+434=520.8kmほど東北にあり、黒龍江省南部のハルビン市あたりになる。
ハルビンを中心として868km四方とすれば、東はロシア沿海州に接し、南は北朝鮮北方の長白山脈に及び、
西は内モンゴルの大興安嶺に達し、北の弱水とはまさにアムール川(黒龍江)である。また満洲平原は確かに最も平坦な東夷の地である。
戸数こそ8万戸だが、ほぼ満洲全域が一人の君主に統治されていたというのだから、堂々たる大国といえよう。

しかし『三国志』東夷伝の「里」は、晋の始祖司馬懿の功績を誇張するために誇大な数値にしてあるのだが、
地名などから実際の距離と比較すれば「1里」が一定の数値で、434mの5分の1余り(約85m)しかないことが明白である。
これを「短里」といい、上古や南朝時代の海外(長城の外側)に対する里程には、かなり短里が見られる。
だいたい次の高句麗も「遼東郡の東1000里、領域2000里四方」というのだから、1里434mでは高句麗が夫余と被るか日本海にはみ出る。

とすると、夫余の面積は方2000里=170kmとして2.89万km2。人口密度は13.84人/km2で、定住農耕が可能になる。
夫余の王都は遼陽市から172km(長里で86.8km+短里で85km)ほど東北にあり、せいぜい遼寧・吉林省境か、吉林省南部の遼源市あたりになる。
とすれば、東は吉林省東部の敦化、南は遼寧省東部の鴨緑江北岸地域、西は内モンゴル南東部の通遼で、北の弱水は松花江であろう。
夫余は「方四千里(340km)15万戸余」とされる三韓(韓国)よりも、よほど小さな国でしかないのである。(面積で4分の1、戸数で半分)

12 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 12:42:42.23 O
吉林省の扶餘は古代からの地名かな?
韓国の扶餘は百済の古都だが。

13 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 15:33:34.39 0
手扁をつけて「扶餘(扶余)」と書くのは、五代十国以降の史書からの習慣で、
『旧唐書』『旧五代史』『宋史』、12世紀に書かれた『三国史記』などで用いられている。
実際に国として存在した5世紀頃までの呼び名としては「夫餘(夫余)」が正しい。

ちなみに加羅(狗邪)を「伽耶」と雅字で記すのも、同時代史料に全く例がない。
『三国史記』に「加耶」、『三国遺事』に「伽耶」とあるが、加良、伽落、駕洛という記述もある。
伽耶は梵語gayaを漢訳仏典で音写したもので、釈迦が成道した地を仏陀伽耶(ブッダ・ガヤー)といい、
釈迦の弟子に伽耶迦葉(ガヤー・カッサパ)という人もいる。

14 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 19:36:24.56 O
8世紀の日本書紀で、扶餘と書いてクダラと読んでいる。

15 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 22:07:20.38 0
日本書紀のどこらへんだ?
http://nihonshoki.s317.xrea.com/

16 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 22:11:38.44 O
継体天皇23年

17 :世界@名無史さん:2012/01/27(金) 23:10:32.03 0
おお、ほんとだ

18 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 02:41:55.82 0
夫余とは穢の言葉で「鹿」を意味する。
朝鮮語の固有語では鹿はsaseumだし、エヴェンキ語ではula、テュルク語ではgeyikで全然違う。
ところが、モンゴル語ではbugha、満洲語ではbuhvという。
内モンゴルに包頭(Baotou)市があるが、これはモンゴル語Bughutu(鹿のいる場所)の漢字音写で、「鹿城」とも呼ばれている。

19 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 03:56:43.03 0
ということは
扶余はモンゴル系か?

20 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 05:26:17.90 O
日本語ではブタが似てるな
高句麗では豚を神に捧げていた

21 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 12:29:41.14 0
三国史記と中国史書では、百済は夫余から出たとするのは同じだが、時代・王名は異なる。
三国史記では前漢末の温祚王を初代とするが
中国史書は皆、後漢末の夫余王・尉仇台を百済の始祖としており、
「晋の時代に高句麗が遼東を占拠すると、百済は遼西を占拠した」と口を揃えている。
また、古い書物ではないが、
「慕容氏に敗れた扶余王の依羅が、数千の民を率いて海を越え、倭人を平定して王となった」
という奇妙な伝承もあり、名前のイリから、崇神天皇(みまきいりひこ)だとする説もある。

日本書紀では垂仁天皇がタジマモリを常世国(とこよのくに)に派遣したと記すが、
帰国後タジマモリは「弱水を渡った」と報告している。
夫余=おとこよ=とこよの国であろうか。


22 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 13:41:32.69 0
ウィキペディア「高句麗語」によると

中国史料の記述によれば、扶余・東沃沮・ワイ・百済(支配層)の各言語とは同系とされ、
中国東北部から朝鮮半島北部にかけて夫余系諸語ともいうべき言語グループを形成していたらしい。
この言語グループは沿海州のユウ婁とは、「容貌は似ているが言語は異なる」と『後漢書』や『三国志』に記されている。
また、朝鮮半島南部に広がっていた韓系諸語(百済の被支配層の言語や、朝鮮語の直系の祖語にあたる新羅語)
とも言語的な異同が著しかったようである。

再構された高句麗語語彙と周辺言語との比較の結果、高句麗語は中期朝鮮語よりも上代日本語との方が、
類似語が見出される割合が大きいという研究もある。
また日本語は、高句麗語で判明している数詞4つすべてにおいて日本語との間で一定の音韻的共通性が認められるとして、
日本語の起源として考える研究者も存在する。


23 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 14:37:34.35 0
ただし、そもそも「魏志東夷伝」などの「中国史書」に全く言及がないことから、
三世紀当時の朝鮮半島北部から中部にかけて、どのような言語が分布していたのかについては未だ不明であり、
再構された「高句麗語」なるものが、本当に高句麗の言語だったのかについても未だに実証はされていない(金芳漢: 1985年)。
また、中国史書に記録されている高句麗語と三国史記における同一語が食い違っていたりする例もある。

また、三国史記で高句麗地名が記録されている領域の多くは、もともと百済や穢の領地であったところを高句麗が自国領とし、
更にその後新羅が版図に加えた地域であることから、再構された語彙はむしろ百済語や穢語と見なすべきではないかという意見もある。
また、再構語彙の根拠となるものが、資料的な制約から孤例や少数例であることも少なくないため、
その精度を疑問視し、再構語彙はあまり信用が置けないとして新羅・高句麗・百済の三言語の同質性の方を主張する研究者(金東昭)も存在する。

24 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 15:04:59.32 0
『晋書』によれば、285年に夫余は遼西の鮮卑慕容部によって撃破され、王の依慮は自殺した。
その子弟の依羅は東に逃れて沃沮に保護され、夫余王を継いだ。
晋は夫余王が代々朝貢して忠義を示してきたので、これを憐れんで東夷校尉に夫余の復興を援助させた。
のち晋軍は慕容部の軍を破り夫余を復興させたが、その後も慕容部は夫余人を拉致しては晋に奴隷として売り払った。
晋の皇帝はこれを憐れみ、夫余人の奴隷を国で買い戻してやり、北方での夫余人の奴隷の売買を禁じたという。

「依羅、衆数千を率い、海を越え、遂に倭人を定めて王と為る」と記すのは「高句麗系の史書『朝鮮史』だ」というが、
実は『桓檀古記』大国本震国本紀という、20世紀に成立した有名な偽書が出典である。

25 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 15:08:03.50 0
×大国本震国本紀
○大震国本紀

大震国とは、いわゆる渤海国の最初の国号である。

26 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 17:19:38.70 O
ワイはさんずいで【シ歳】だが変換できない
しかし倭とワイは似てる気がしてしょうがない。

27 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 21:46:58.88 O
依羅との関係は知らないが、依羅連【よさみのむらじ】という氏族がいる。

28 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 22:44:39.93 0
『三国志』魏志東夷伝夫余条に曰く。

漢の時代、夫余王は葬祭に用いる玉匣(遺体を包む玉を綴り合せた屍衣)を常に玄菟郡に預け、王の葬儀があれば取りに来た。
(238年に)公孫淵が誅伐されたとき、玄菟郡治の庫には、なお玉匣の一具が保管されていた。
夫余の庫には玉璧・珪・玉賛など先祖伝来の遺物があり、伝家の家宝である。
古老は「これらの宝は王の祖先が中国から賜ったものだ」と言い伝えており、「昔に亡命してきた者たちである」と自称する。
また王の印璽には「穢王之印」と彫られており、国内には穢城という名の古城がある。
思うにこの地は穢貊の故地で、夫余は後から来て君臨したもので、自ら亡命者と称しているのも理由のないことではない。

29 :世界@名無史さん:2012/01/28(土) 23:49:12.33 O
訂正、ムラジじゃなかった
記紀では依網アビコ
姓氏録では依羅スクネ
摂津住吉の氏族で、神功遠征などで活躍した。

30 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 07:49:47.07 O
依網アビコは崇神の兄弟の子孫
崇神は依網池を造った。
ま、偶然かもしれん。

31 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 10:23:08.85 O
崇神の宮は桑間宮もあり、住吉粉浜かという。

32 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 12:24:36.36 O
まあ、依羅本人でなくても、夫余系の伽耶王が崇神の可能性はある。


33 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 13:44:11.65 0
どうしても日本とむすびつけなくちゃならないのか?

34 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 15:54:41.31 O
直接の関係はほとんど無いだろう。
ただ、夫余と百済、百済と倭はきわめて深い関係。

35 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 15:56:32.21 0
高句麗も結構関係が深い

36 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 17:03:58.49 O
逆に夫余系でない新羅とは犬猿の仲。

37 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 17:19:03.49 0
『隋書』東夷伝
「新羅の王はもと百済人で、海から逃げて新羅に入り、ついにその国に王となった」

38 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 17:29:52.78 0
新羅とも多く交流してるようだし、新羅との険悪イメージは新羅が最後まで
生き残ったからじゃねえのかな?

39 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 18:27:52.02 O
百済は王家が夫余系、庶民は韓族の国。
新羅王は韓族だろうね。

40 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 19:22:06.01 0
ノルマンコンクエストみたいなもんか
が問題は、誰が日本列島に馬と馬具及び騎乗技術を持ち込んだか、ってところだな
自律的なものなのか、それとも他律的なものなのか
どちらにせよ、列島や半島の騎馬文化には鮮卑族の前燕の影響がありそうだが

41 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 19:48:17.43 0
高句麗や夫余は騎馬民族でも遊牧民でもなく、馬はいたが「果下馬」といってポニーのたぐい
匈奴の劉淵の親戚が楽浪郡に亡命して小間使いやってたりするので、こうした半漢胡人が騎馬文化を伝えたらしい
日本語の「うま(古くはむま、読みは「ンマ」)」は漢語「馬(ma)」が伝わって訛ったものであり、
朝鮮語mol、モンゴル語morjのようなr/lの音はない

42 :世界@名無史さん:2012/01/29(日) 20:32:03.36 0
昔の遊牧民族が使ってた馬も大抵はポニー並みだよ

43 :世界@名無史さん:2012/01/31(火) 10:32:34.91 0
>>37>>40
同じく隋書「百濟之先出自高麗國」だし、欧州で例えるとノルマンつーか民族大移動期の
玉突き国家乱立にも似てるような。

44 :世界@名無史さん:2012/01/31(火) 15:29:40.91 0
殷の暦を使ってたというのが興味深い

45 :世界@名無史さん:2012/01/31(火) 20:08:08.95 O
てか、民族大移動は東西一体だろ。

46 :世界@名無史さん:2012/01/31(火) 21:40:25.81 O
殷とは箕子朝鮮を通じてつながりそうだ。

47 :世界@名無史さん:2012/02/01(水) 20:30:30.57 O
地味だが沃[シ且]も夫余系で、古くは夫租と書いた。
日本も一時、扶桑と名乗ったらしい。

48 :世界@名無史さん:2012/02/01(水) 21:00:53.13 0
pgr

49 :世界@名無史さん:2012/02/02(木) 10:31:52.50 O
弱水は松花江
松も橘も雪に耐える木

50 :世界@名無史さん:2012/02/02(木) 16:20:19.45 0
とりあえずツングースとは系統が違う

51 :世界@名無史さん:2012/02/03(金) 10:27:44.79 O
そうか? ツングースは豚だが高句麗では豚を飼っていたぞ?

52 :世界@名無史さん:2012/02/03(金) 14:33:51.15 0
ブタを飼うだけならチャイニーズでもやっている。

53 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 14:58:14.32 0
松花江はアムール川最大の支流で、長白山系の最高峰、長白山(朝鮮語名:白頭山)
の山頂火口のカルデラ湖(天池)から発する。

松花江マンモス: 学名: Mammuthus sungari
が有名。
スンガリは満州語で松阿里鳥喇(スンガリ・ウラー、sunggari ula)すなわち「天の川」
ロシア人、日本人もスンガリと呼んだ。

54 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 16:32:09.09 0
「弱水」というのは固有名詞ではなく、遥か遠方にある神話的な「溺れる川」を指す。
山海経や禹貢に見える弱水は、支那の東北方ではなく西方の彼方にあり、
崑崙の周りを取り囲んでいて、その水には羽毛も浮かばず沈溺してしまうという。

日本書紀の田道間守伝説に「萬里蹈浪、遥度弱水、是常世國」とあるのは、
仙郷(神仙秘区)より仙果を持ち帰るという神話から、漢文的装飾として用いたに過ぎない。
浦嶋子伝説と同じく、支那の蓬莱伝説や倭人の海上他界伝説から作られたのだろう。

またタチバナは東海地方・瀬戸内・九州など温暖な土地に自生しており、
「五果は産出せず」と記される夫余の地では自生しない。
魏志東夷伝倭人条には「生薑、橘、山椒、茗荷があるが、食用にすることを知らない」とあり、
イザナギが禊をした場所は「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」であるという。

55 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 17:00:23.44 O
白頭山からは高句麗の鴨緑江、沃ソの豆満江も流れる。
まさに夫余系の聖地。

56 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 17:29:54.66 O
タチバナは研究が必要。
続紀や万葉集では雪に耐えるめでたい木とされ、南国のイメージではない。

57 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 17:52:39.24 0
万葉集の「山橘」はヤブコウジ
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/flower/yamatachibana.html

橘は「霜降れどいや常葉の木」とはいうものの…
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/flower/tatibana.html

58 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 18:41:41.42 O
謝謝
あと垂仁の年代と、その時代の夫余情勢とかもあるな。
王の亡命とか、百済の遼西進出?とか

59 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 20:17:28.19 0
『宋書』『梁書』『南史』の百済伝によれば、百済はもと高句麗と共に遼東の東1000余里にあった。
また晋代に高句麗が遼東を侵略すると、百済も「遼西を略取」したとある。
では、帯方の故地にあった百済が高句麗を飛び越えて遼西に進出したのだろうか。

西晋末、遼西には鮮卑の段部や宇文部が割拠していたが、やがて慕容部の前燕に併呑された。
『晋書』慕容載記によれば345年、前燕の首都(遼西)の周囲には、
高句麗・百済・宇文部・段部の人々が10万戸近くもおり、みな兵勢によって遷されたもので、
義を慕ってきたものではない、とある。「遼西の百済」はこうした移民連中であった。

342年、前燕は高句麗を大いに破り、首都の丸都城を破壊して略奪し、前の王の墓を暴いて屍を持ち去った。
346年正月、前燕は夫余を襲撃し、夫余王の余玄を捕え、部落5万人余りを捕虜として連行。
これ以後、夫余は前燕の属国となり、余玄は燕王の娘を娶った。
またこの頃、帯方の故地では夫余系移民の余句(肖古王)が百済を建国し、高句麗から独立している。
おそらく「遼西の百済」も夫余系移民で、同族の「帯方の百済」とは別に行動していたのだろう。

60 :世界@名無史さん:2012/02/04(土) 21:12:39.34 O
北朝鮮で白頭山を特別視するのは夫余の遺産だろうな。
民族は違うけど。

61 :世界@名無史さん:2012/02/05(日) 18:07:12.15 0
新羅=ヤマト朝廷
百済=土蜘蛛
高句麗=アイヌ
済州島=沖縄

62 :世界@名無史さん:2012/02/07(火) 15:20:38.57 O
遼西の百済の他に、倭の百済もあった。
摂津国百済郡。建郡の時期は不明。

63 :世界@名無史さん:2012/02/07(火) 15:31:13.26 0
上方からくだらねえな

64 :世界@名無史さん:2012/02/07(火) 20:04:39.65 O
百済郡は仁徳の高津宮に重なり
百済の都と同じ小地名を持つ(東部・南部)

65 :世界@名無史さん:2012/02/07(火) 22:51:39.55 O
敏達の百済大井宮、舒明の百済宮もあった。

66 :世界@名無史さん:2012/02/08(水) 11:20:25.94 O
河内国錦部郡
ニシゴリ氏は近肖古王の子孫というから、元の氏は扶余

67 :世界@名無史さん:2012/02/09(木) 21:42:21.73 O
大阪は百済だらけ?

68 :世界@名無史さん:2012/02/15(水) 08:59:42.13 O
難波の百済郡は特に気になる。
倭と百済はどんな関係だったのか。

69 :世界@名無史さん:2012/02/15(水) 11:11:25.94 0
「くだらない」とはチョンがやるような最低なことが語源。百済ない。

70 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 01:09:01.09 0
>>68
宗主国(倭)と属国(百済)でしょ。
日本は新羅が半島を統一してからも属国扱いしてたし
渤海も属国扱いして朝貢貿易で大損してたw

71 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 02:33:07.16 0
「倭は百殘・新羅を破り、以って臣民と為す」(好太王碑文)
「新羅・百濟は、みな倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びにこれを敬い仰ぎて、恒に使いを通わせ往来す」(隋書)

72 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 13:03:39.95 0
韓国KBS放送2010年の大河ドラマ「百済の王クンチュワゴン」

4世紀になぜかフィリピンや台湾に国家があり、百済王に朝貢。
倭のヤマタイ国から王女「チング」姫が来るが、
原始人に毛の生えた程度の身なりのため使臣扱いされず門前払い。
しかし百済王の配慮で謁見が叶い、ヤマタイ国の使臣たちは感激して土下座で臣下にしてくれと懇願。
百済の臣下たちは倭人は海賊ばかりで信用できないと反対するが、百済王は広い心でヤマタイ国を百済の臣下となることを許す。
4世紀の倭人たちがなぜか稲や鉄器を見て驚き、チング姫は百済で勉強したいと土下座して懇願。
ヤマタイ王が病没すると、百済の第二王子がチング姫と結婚し、新しいヤマタイ王となる。
百済王から、ヤマタイ国に「大和」の国号が与えられ、倭の統一を命じられる。
大和王となった第二王子は、百済の臣下として倭の統一に乗り出す。


・・・・・・。

73 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 13:12:02.88 0
>>72
そんなクソ番組をまさか日本で放送はしないだろうな?

74 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 17:40:41.62 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E3%81%AE%E7%8E%8B_%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%B4%E3%83%AF%E3%83%B3

2011年1月13日から2011年8月10日までの間、KBS WORLDで毎週、水曜日・木曜日の午後10:05-11:15に放送された。
2012年1月31日より、サンテレビで毎週月〜金曜の13:00-13:55に放送中。

75 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 18:56:33.28 0
統一新羅の王が日本人だったことにして大河作っちゃえよ
「本国からの独立を描く」とか何とかで

76 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 21:50:48.04 O
日本の大河は平将門が最古だっけ?
なぜか古代はタブーになってるらしい。

77 :世界@名無史さん:2012/02/16(木) 22:53:21.38 0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%A4%AA%E5%AD%90_%28%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E%29

NHK大阪放送局では古代ものをテレビドラマでやっているが
なんかコリアンがいたりする

78 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 17:04:33.26 O
七枝刀の銘文から見ると
初めは対等だったと思われる。

79 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 17:46:12.58 0
高句麗から独立した当初、百済は東晋を宗主国とし、倭国とも対等の友好関係を結んで高句麗に対抗した。
しかし4世紀後半に高句麗に追い詰められ、以後は倭国の軍事的・政治的庇護下に入った。
王子が倭国の人質にされたり、倭国で生まれ育った人物が王位についたり、属国というほかはない。

80 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 18:26:39.45 O
だけど文化は百済が進んでいた。
漢字・儒教・仏教・暦など
百済のおかげで倭は文明国になったのも確か。

81 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 18:58:29.21 0
大陸の先進文明のストローとしてな
王仁は旧楽浪郡出身の漢人だし、百済観音は日本製だし、
稲作や前方後円墳は倭国から半島に伝わってるが

82 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 19:48:54.00 0
>>79に同意


83 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 19:58:26.50 0
なんで国号を倭から日本に改めたんだろうな
一文字国号の方が格上だろうに
へりくだらなければならない事情でもあったのかな

84 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 20:52:20.52 0
倭のほうがよっぽどへりくだってるだろ

85 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 21:30:52.06 0
>>83
そもそも倭は自称他称どちらの国号でもないっていう
国名は2文字、一文字は種族名に多いよ

86 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 21:33:21.75 0
二文字国号の方が百済だの新羅だのと同列じゃないか

87 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 21:34:29.03 0
結局百済とかかやとか、にんなとか新羅とか、倭人が建国したんだね

88 :世界@名無史さん:2012/02/18(土) 22:00:05.61 O
いやいや、百済は夫余系ですって

89 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 13:57:02.53 0
百済系の子孫が日本各地に住んでるから、当時の様子を聞いてみたらどうだ。

90 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 14:40:09.07 0
今のコリアンは百済を滅ぼした新羅の末裔

91 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 15:10:07.49 O
今、韓国では夫余も高句麗も韓国史として教えてるって?

92 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 16:29:29.40 0
渤海国さえも韓国史として教えている

93 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 17:27:10.74 0
ペルシャ帝国やアッシリアも先祖は韓民族だから韓国紙として教えてるよ

94 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 19:03:12.43 O
宇宙帝国の大統領も韓国人だったからな

95 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 19:24:41.68 0
ビッグバンも韓国人の仕業

96 :世界@名無史さん:2012/02/19(日) 20:30:57.56 0
韓国国定歴史教科書
http://f17.aaacafe.ne.jp/~kasiwa/korea/textbook_korea/

97 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 12:49:14.58 O
>>70
宗主国属国の関係は冊封して初めて成立する。朝貢それ自体に服属の意味はない。百済遺民は日本国内で臣下として冊封され、その関係を滅亡以前まで遡及させた。
新羅渤海にしても、戦略上、日本と関係を持つ必要があったが、日本側が臣下形式の国書を要求したのに対して、新羅は国書自体を一回も送らなかった。
渤海は国書を送ったものの臣称しなかったし、国王の名前を記すときに姓を記さず、国家間外交には、相応しくない私信で広く用いられた「啓」を使用した。
日本側にしても「問」や「勅」ではなく「敬問」という形式を用いて最大限、配慮した。
敬問の用例は中国が匈奴と突厥に送った国書に見られる。





98 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 18:42:47.53 0
職貢図、宋書、日本書紀

99 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 19:29:13.81 O
>>97
朝貢をしていたいう立場においても、それは戦略的なもので国際情勢
という外的要因の結果であり、日本の実力ではないという冷静な論調だよ。
戦前の日本の国威を怖れたという主張とは明確に区別されてることは述べておく。
例えば森公章氏は上記の立場だが、朝鮮諸国、とりわけ唐を退け統一を果たした新羅の戦略を賞賛する一方で、日本については無策と切り捨てている。

100 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 19:59:27.99 0
新羅の戦略ねぇ……
俺には西域で吐蕃が大暴れして、渤海が国境に割り込んでくるという
ラッキーで助かったようにしか思えんが……

101 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 21:04:12.33 O
名将・薛仁貴の水軍に壊滅的打撃を与えた新羅軍の司令官は県令城主という下級役人。
下級貴族、地方豪族が活躍するのが特徴的な戦争でもある。


102 :世界@名無史さん:2012/02/21(火) 21:23:02.05 0
吐蕃が大暴れ、ウイグルも跳ねっ返りが当主に収まって反唐姿勢を取った中で
唐軍が引き上げ数百程度の役所駐屯の護衛兵しか残留していなかった所を
友好的な宗主国を空き巣狙いする、不義民族たる新羅人らしい騙し討ちで奪い取っただけ

103 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 01:14:33.09 0
例えば・・・
現在の東北人は、「先住のツングース系民族と入植してきた山東漢族が混血」しているから「人々の言葉・習慣・容貌なども独特である」だとか?

黒龍江省ハルビンの小学校
http://www.youtube.com/watch?v=odUepNnKe4k
「黒龍江省気質」
http://byeryoza.com/china/topic/yomoyama/topic/kisitu.htm

104 :103:2012/02/22(水) 01:16:11.50 0
ごめんなさい誤爆しました

105 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 02:00:22.38 O
>>102
増援含めて10万の唐軍を破ってるけどね。

106 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 02:02:22.82 O
>>102
言い忘れたが、唐が新羅との約束を破って朝鮮全域を支配しようと欲出したのが発端だからな。

107 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 02:47:51.28 0
>>105-106
破ってないよ、そんな大軍を送ってないから破りようが無い。
唐は高句麗と百済の故地に都督府を置いて羈縻支配を行ったが
領土欲に憑かれた新羅は、友好国の兵を騙し討ちにより殺害して侵攻を始めた。
息する様に歴史捏造を繰り返すから在チョンと韓国人は馬鹿にされるんだよ

当時は吐蕃の侵攻に対処するため高句麗征伐兵を還して西へ5万の援軍を送った
東へ送った援軍は第一次が2万、第二次が満州で集めた蕃兵4万
10万なんて数字は歴史物語の三国史記にしか出て来ない

108 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 03:47:56.21 O
>>107
中国が約束を破ったことに端を発するのは日本人学者による著書に書かれてることで、下級貴族や地方豪族の活躍もそれに拠る。

109 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 04:07:08.93 O
陸戦の勝敗は中国朝鮮でお互いが勝利したと述べているが、前記の薛仁貴の海戦については4000級を斬首され敗北したと中国側も記述している。

110 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 04:43:07.46 0
>>108-109
薛仁貴の海戦なるものは、中国側の記録には全くそれらしきものが存在しない
それも当然で、薛仁貴は高句麗征服後、当時の主要敵である吐蕃戦の指揮を執り帰還後も突厥と戦っている。
息をする様に捏造を繰り返しウソを吐き続けるから在チョンは嫌われると分からないかな

新羅が旧百済と旧高句麗南部に配備されていた友好国の駐留軍に対して
通知もせずに騙し討ちを働き領土を掠め取ったことは、日本人学者による著書にも書かれていること。
そもそも新羅は唐の属国。

111 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 05:36:58.18 O
>>97
渤海は正に苦肉の策といった感じだね。
現在でいうと日本の総理が代替わりごとに植民地支配を韓国に詫びるが、
あくまで個人として謝るんであって日本が国として正式に謝ることはしないのと似ている。


112 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 20:27:07.55 0
日韓基本条約にある日本の資産約1兆円(当時の評価額、韓国の国家予算5ヵ年分)の韓国への割譲
始めから韓国も合意していた併合で、収奪どころか台湾や満州華北と違い赤字経営
かつ膨大なインフラ整備すらしてやった、この何所が植民地支配なのか解説して貰いたいね。
徴兵基準も内地人と変わらず、高給で雇われて財を成した売春婦まで居たというのに。

113 :世界@名無史さん:2012/02/22(水) 21:06:23.91 0
朝鮮通史スレ2
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1307973798/

こちらへ。

114 :世界@名無史さん:2012/02/25(土) 20:43:38.28 O
朝鮮史は14世紀からです。

115 :世界@名無史さん:2012/02/25(土) 20:47:27.07 0
http://en.wikipedia.org/wiki/Buyeo_languages

夫余語族は韓日祖語ニダという主張をするチョンの学者がいるのか。

116 :世界@名無史さん:2012/02/26(日) 19:44:56.62 O
経過はどうあれ、新羅は唐を追い出しんだろ?

117 :世界@名無史さん:2012/02/26(日) 22:36:35.58 O
結局、韓・倭・ワイの関係が謎。
新羅は夫余系ちゃうで。

118 :世界@名無史さん:2012/02/26(日) 23:14:53.34 0
高麗:穢+漢、韓
百済:穢+漢、韓、倭
新羅:韓+倭、漢、穢
任那:韓+倭、漢、穢
倭国:倭+漢、韓、穢

119 :世界@名無史さん:2012/02/26(日) 23:35:09.40 0
>>118
位置関係はこんな感じ
  夫
   余
遼東 高句麗
 楽浪 東
  帯  穢
  馬  辰
  韓 弁
   倭
夫余:夫余系
句麗:夫余系
東穢:夫余系
馬韓:上夫余下韓
弁韓:韓系
辰韓:韓系
倭国:倭

120 :世界@名無史さん:2012/02/27(月) 17:37:21.24 0
「三国志」の時代には、まだ百済や新羅という国はない。
馬韓諸国のうちの伯済国や辰韓諸国のうちの斯蘆国はあるが、
馬韓の支配層が穢系であったというわけでもない。言語や習俗も馬韓と穢では違う。
辰王は辰韓の対外代表みたいなもので、馬韓諸国全体の王はいなかった。

百済・新羅の成立は4世紀半ばで、百済における穢系の支配層は、
高句麗が313年に晋の楽浪郡・帯方郡を接収した時に入ってきたもの。
新羅の支配層は、この頃に馬韓から逃亡した人々(>>37)。
中国史書もこの地域には「中国人も倭人も韓人も穢人もいた」と記す。

121 :世界@名無史さん:2012/03/02(金) 20:33:45.05 O
[シ歳]
ワイが変換できん!

122 :世界@名無史さん:2012/03/02(金) 20:46:14.55 0


123 :世界@名無史さん:2012/03/03(土) 18:20:29.66 O
のぎへんは汚い字だから
さんずいに変えてもらったんでしょ?

124 :世界@名無史さん:2012/03/03(土) 23:20:35.00 0
>>高給で雇われて財を成した売春婦

これ嘘
軍政統治のハイパーインフレで高級に見えるだけで
日本軍兵士の給与でもにた現象が起こってる

125 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 01:47:36.87 0
>軍政統治のハイパーインフレで高級に見えるだけで

これもまた嘘
志願従軍した売春婦の給料は日本軍兵卒の20倍以上だった

126 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 19:11:05.05 0
百済王族も最後にはブルガール人みたく完全に韓族化してたかもしれないぞ。
日本に渡ってきた百済王族が「オラカ」でなく「コニキシ」っていうカバネを与えられてたからな。

127 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 20:25:33.18 O
でも百済は扶余姓を名乗ったりして、夫余への思いは強かったみたいだな。
渤海王も日本への国書で
「われらは夫余の古俗を守るものだ」と言っているw

128 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 21:26:09.69 0
>>126
少数が多数を支配する場合、言語的には同化する場合が多いね。
モンゴル帝国も西の方は言語的にテュルク化したし、
満州族も言語的に漢化した。
フランク王国も西フランクはラテン化したし、
西ゴート王国もラテン化した。
遺伝子的には有力者同士で婚姻した場合、同化は遅れるだろうけど。

129 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 22:37:41.69 0
扶余姓を名乗ること自体、
南部に遷都して韓族化したからかもしれない。


130 :世界@名無史さん:2012/03/04(日) 23:18:59.92 0
>>128 同化しなかったのはアフリカーナーとマジャール人とアナトリアのトルコ人くらいか。最後のは最終的には宮廷の言語がアラビア語やペルシャ語由来の単語が混じりまくりのものに成り果てていたそうだけど。
アタチュルクがわざわざ純化運動をしないといけないほどだったてことは、庶民の言語も同様に「汚染」されてたのかな。

131 :世界@名無史さん:2012/03/05(月) 20:06:31.95 O
百済は都の名も扶余、国名も南扶余を自称。
よほど拘りがあったのか?

132 :世界@名無史さん:2012/03/05(月) 22:42:47.36 i
>>11
張華はちゃんとしたデータを持っていた?
そして知り合いだった陳寿はそれを本当は知っていた…かな

133 :世界@名無史さん:2012/03/05(月) 23:29:07.40 0
張華の出身は幽州范陽郡で、今の北京のちょい南。
282年から287年まで持節・都督幽州諸軍事・領護烏丸校尉・安北将軍をつとめ、
「馬韓など遠方の東夷諸国を懐柔して朝貢せしめた」と『晋書』張華伝にある。
知らない方が不自然だし、陳寿も分かった上で数値をいじっている。

134 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 01:33:25.92 0
松花江以北の黒竜江支流から発見されてる遺跡も松花江以南の扶余時代の物と
よく似た遺物が発見されてるから、陳寿は扶余の記述に短里を使ってない。

135 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 01:49:53.40 0
交易で手に入れてたんじゃねえの
その遺跡から「ここは夫余の一部です」って書かれた資料が出れば別だが

136 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 02:16:37.34 0
交易で使いもしない農具や住居を輸入するのか、素晴らしい発想力だなww

137 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 03:05:36.70 0
夫余じゃない穢の一派なんじゃね

138 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 14:06:56.25 O
昔は黒が北を表す色だったから黒竜江。
雪の白じゃないんだなw

139 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 14:39:34.44 0
後漢初期、王充の『論衡』吉験篇に曰く。

昔、北夷に索離国があり、その王は侍女が妊娠したので殺そうとした。
侍女は「鶏卵のような気が私に天下って身ごもったのです」と釈明し、赦された。
その後、彼女は子を生んだ。王はその子を豚小屋の中に捨てたが、豚は口さきで息をふきかけて暖めた。
次に王はその子を馬小屋に移すと、馬もまた息をふきかけ、その子は死ななかった。
王は不思議なことだと思い、「この子はきっと天の子なのであろう」と考えて、その子の母にひきとって奴隷として養わせた。
この子は東明と名づけられ、牛馬を牧した。東明は弓を射ることが巧みであったため、王は彼が自分の国を奪うのを恐れ、殺してしまおうとした。
そこで東明は、その国を逃れて南に走り、掩施水にやって来た。東明が弓で川の水面を撃つと、魚鼈が浮かび上がり、橋を作った。
東明がその橋を渡って川の彼岸に着くと、魚鼈は解散したので、追手の兵は渡ることができなかった。東明は夫余に都を置き、王となった。

140 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 18:19:27.35 O
広開土王碑の高句麗建国伝説も似ている。

141 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 18:29:19.05 O
>>131
韓化で失われた北方民族の戦闘力を取り戻したかったとか?

142 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 21:49:55.95 O
夫余語は日本語に近い?
英雄ヘモスのへは太陽の意味だが
韓国語イルより日本語ヒに近いな。

143 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 22:04:17.92 0
>>131
>>141
百済が「南扶余」を名乗ったのは、聖明王の時代だな。
538年のこと。
ちょうどこの年、百済は首都を熊津(現在の公州市)から泗沘(現在の扶余邑)に遷した。
日本に仏教が本格的に伝えられたとされるのも、この年だね。
そういう、内政・外交の両面で百済が大いに盛り返した時代背景から考えても、
「南扶余」という新たな国号が、扶余系を名乗る誇りを標榜したものであったことはもちろん確実だけれども、
その後、諸々の史書にほとんど現れていないところを見ると、
あまり定着しなかった国号のようでもある。
百済びいきの色合いが強い(というか、編纂グループに百済系の人がかなり大勢いたと見られる)日本書紀にも、
この国号は出てこないし。

ちなみに、この地域が「扶余」と改称されたのは百済滅亡よりも後で、統一新羅の時代だよ。

144 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 22:10:15.37 0
>>142
韓国語で「日」を「イル」と読むのは、韓国語の固有語じゃなくて、漢字の音読みだよ。

ちなみに、カフカス地方のオセティア人の始祖伝説には、「ヘミュツ」という人物が登場する。
ただ、この伝説と人名に、高句麗の始祖伝説とのつながりがあるかどうかは、分からない。

145 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 22:50:33.13 0
>>140
似てるというかパクリだし

146 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 22:56:06.69 0
>>144
いつの時代にも日の音読みがイルに近い発音だったことは無いよ

147 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 23:15:27.68 0
>>146
金正日(きむ・じょんいる)

148 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 23:33:01.18 0
>>144
そういや、漢字導入時期にそれほど差がないためか、日朝で音読みが近似してることも多いけど、
「日」に関しては全然ちがうね。現代マンダリンの「リーとズィーの中間音」ほうがまだ近い。
中国での変化は、呉音「ニチ」 or 漢音「ジツ」→その後「ジツとリツの中間音」→「ズィーとリーの中間音」
みたいな流れだったろうけど、それに従えば半島でのイルは比較的あとに入った発音になるのかねぇ。

149 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 23:33:18.22 0
天然パーマ男28歳死ね。バケモン。身障。気色悪すぎ。ボーズで天パ隠すなよ。
その目気色悪すぎこっち見んな。バケモン。39歳白髪。人殺し。身障。オタク男。死ね。その目気色悪すぎこっち見んな。バケモン。身障。オタク男。死ね。人殺し。
その目気色悪すぎこっち見んな。ど田舎富山DQN男29歳その目気色悪すぎこっち見んな。ど田舎富山DQN男その目気色悪すぎこっち見んな。ど田舎富山DQN男その目気色悪すぎこっち見んな。ど田舎富山DQN男
デブ男死ねデブ男死ねデブ男死ねデブ男死ねデブ男死ねデブ男死ねデブ男死ね
富山DQN男の家族死ね 富山DQN男の血繋がってるやつ死ね 富山DQN男の子供死ね 富山DQN男の親死ね 
肉体労働男死ね 肉体労働男死ね 肉体労働男死ね 肉体労働男死ね 


150 :世界@名無史さん:2012/03/06(火) 23:50:29.17 0
【上古・中古】 漢字音スレ 【中・日・朝・越】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1319625988/

朝鮮半島での漢字音も時代によって相当に変化している
日本の「呉音」は南朝から百済・対馬を通って来たと伝承されるが定かでない
高句麗や遼東・遼西では鮮卑化した北朝漢語を用いていたかもしれない

151 :世界@名無史さん:2012/03/07(水) 00:06:46.63 0
>>148
アルタイ系言語は、固有語の語頭にRやLが出ない特徴がある。
日本語も韓国語もモンゴル語もトルコ語もそうだ。

漢字の音の読み方についても、高麗時代くらいまでは語頭のR音が残ってたようだ。
その後、語頭のR音はN音に変化したり脱落したりした。
そういう理由から、現代韓国語では「日」の語頭がi音になってるってことらしい。

152 :世界@名無史さん:2012/03/07(水) 00:44:20.21 i
>>143
というと、尉仇台とかもウソ?

153 :世界@名無史さん:2012/03/07(水) 00:46:34.41 i
日本=ジツポンでジパングなんだろう?
ポルトガル人が習ったなら呉音の可能性が高いか

154 :世界@名無史さん:2012/03/07(水) 01:04:18.01 0
>>147
漢音の話ね、イルはンジツ・ヴィツからかなり変化してるって意味

155 :世界@名無史さん:2012/03/07(水) 01:23:52.49 0
ilは漢音(唐代華北音)系統で、李氏朝鮮時代にzilの語頭子音zがとれてilになったもの。
http://www26.atwiki.jp/crescent_castle/pages/159.html

「アルタイ系言語」というくくり方はかなり崩壊しており、日本語や韓国語はともに孤立言語と言ってよい。
語頭のrだってついたり消えたりする。
http://www26.atwiki.jp/crescent_castle/pages/73.html
http://homepage3.nifty.com/rosetta_stone/wissenshaft/Altai_JP_Kor_2010_1.htm

156 :世界@名無史さん:2012/03/08(木) 01:01:33.67 0
倭ってそもそも「小さい」という意味なんだよね
だから今でもその名残として中国はわが国のことを「小日本」なんていうのか

157 :世界@名無史さん:2012/03/08(木) 04:33:04.33 0
日本国、中華人民共和国、大韓民国

日本がごく自然な伝統的名称を使用してるのに対して
事大臭のする朝鮮を捨てたのは解るが何故か高麗や新羅を飛び越えて
古代まで先祖返りするガンコクもしくはアーンコクと中国

158 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 00:19:08.02 0
国号に新羅や高麗を採用するのは非常に危険じゃね
再び国家の分裂騒動が勃発すると思う
それでなくても北にややこしいのがいるからね
以前北朝鮮の金日成が提案した「高麗民主連邦共和国」構想と
いうのがあったが韓国は一顧だにしなかったね

159 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 00:59:41.14 0
高麗・コリア系の名前は統一時のオプションにおいとくつもりのようでもあり
中華は王朝史を超えるぜ的なノリかな

160 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 05:42:03.52 O
高麗なんて高句麗のパクリ

161 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 07:18:20.66 O
>>158
北朝鮮は高句麗視点の歴史観点だからなあ。

162 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 11:35:39.24 0
高句麗と朝鮮人なんて関係がない
金や遼や清を朝鮮国家だとは普通思わんだろ
李成桂は建国後、なんと「国名」を選んで欲しいといい、
「和寧」と「朝鮮」の二つの候補を奏上した
明はかつて漢の武帝によって滅んだ朝鮮王国からインスパイアされて、
朝鮮を選択した

史記に登場する「朝鮮」は、民族名なのか地域名なのか判然としない


163 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 16:07:58.37 P
>>155
唐代も層代も日の末音はーtで、モンゴル語は普通の単語の末尾にtがこないから、元領だったときの名残りかな?

164 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 16:14:06.74 P
>>162
キ氏が封じられて始まる土地だから疑いの余地なく地名。

165 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 23:03:20.99 O
高句麗の民族構成も謎だよな。
王族も百済みたいに韓化してたのか?
それとも滅亡して新羅に併合されるまで扶余文化を保持?

166 :世界@名無史さん:2012/03/09(金) 23:59:48.44 0
国内に韓人はいたが、韓化するほど南下してないぞ

167 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 00:04:58.34 0
ピーク時には現大韓民国の中ほどまで押し込んだ
その後、押し返されて現軍事境界線付近で膠着したようだ

168 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 00:46:52.72 0
>>165
韓族はかなり南部に居た集団だぞ。
その東北の東穢は扶余と同類で西北の馬韓も扶余系と韓系の交雑地帯
馬韓より北部は扶余系と東胡系が時代によって伸縮を繰り返してた。

169 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 01:14:21.68 0
>>164
具体的に朝鮮の由来はなんだろう?
意味のある熟語なのか、地名の音写か?


170 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 01:19:22.26 0
>>165
高句麗の基礎は玄莵郡の高句麗県だ
おそらく行政体系もこの時代の官僚制を踏襲したもんだろう
邪馬台国の使者も大夫とかを名乗っていた
まして元中国だった高句麗は、論じるまでもない

171 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 01:52:33.48 0
何故朝鮮は中国化しなかったのか?
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1295700255/34

172 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 09:52:03.83 O
渤海も謎だよね
高句麗と夫余の後継を名乗り、日本と仲良し
滅亡後は高麗に合流?

173 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 10:03:35.63 0
滅亡後は契丹や金に合流

174 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 11:26:07.49 0
>>172 >>173
韓国では「滅亡後は高麗に合流した」と教えてるらしいけど
高麗に逃れたのは一部の遺民だけだと思うよ。

175 :世界@名無史さん:2012/03/10(土) 14:52:42.38 0
高麗の元になった後高句麗ってのも、怪しいんだよね、どうも


176 :世界@名無史さん:2012/03/11(日) 12:40:47.08 O
後百済もあったな。

177 :世界@名無史さん:2012/03/11(日) 17:48:41.96 0
沿海地方教科書だと2/3が契丹に移住させられ、1/5が高麗に逃亡、残りは
居続けたとなっている

178 :世界@名無史さん:2012/03/11(日) 18:06:00.76 0
ロシアの教科書が取り扱うのは基本年代記以後の時代
況してやモスクワから遠く離れた極東の渤海国、全く言及されていないよ

179 :世界@名無史さん:2012/03/11(日) 19:06:15.36 0
ロシア沿海地方(プリモーリエ)の歴史
http://www.akashi.co.jp/book/b64727.html

第1章 古代のプリモーリエ
 §1 石器時代のプリモーリエ
 §2 金属器時代のプリモーリエ
 §3 古代のプリモーリエについての簡単な歴史的情報
第2章 中世紀のプリモーリエ(4〜17世紀)
 §4 靺鞨(勿吉)の諸部族
 §5 渤海国(698〜926年)
 §6 女真帝国金(1115〜1234年)
 §7 13〜17世紀のプリモーリエ

180 :世界@名無史さん:2012/03/14(水) 21:33:07.19 0
高句麗が南下した時に百済も扶余化したのかな?

181 :世界@名無史さん:2012/03/14(水) 22:09:23.58 0
百済は夫余人が馬韓に建てた国だってば

182 :世界@名無史さん:2012/03/14(水) 23:25:31.18 0
「再扶余化」か

183 :世界@名無史さん:2012/03/14(水) 23:29:43.20 0
@扶余族の戦闘力を取り戻す
A民衆との差別化
B新羅との差別化
C高句麗との同盟

あたりじゃないか?

184 :世界@名無史さん:2012/03/14(水) 23:56:26.55 0
そもそも百済王族(および首都が漢城だった時代以来の有力氏族)は、
扶余系またはわいばく系だったと考えられるから、
国土と首都が南下してゆく中で王族を含め韓化が進んでいったであろう中で、
扶余系の国だということをあらためて確認しようとしたとすれば、
それは、南扶余の国号を名乗った538年頃だったろう(その国号は定着しなかったようだが)。
しかもその時期の百済にとっては高句麗こそが敵対関係の国だったのであって、
百済は新羅との同盟関係にあった。


なお、百済が新羅と敵対関係に入ったのは550年代に入ってから。
高句麗から漢江流域をようやく取り戻した・・・はずの百済が、
その漢江流域を新羅に奪取されたとき以来、
百済と新羅は敵対関係に入る。

新羅としては、
防衛面・経済面で戦略的にきわめて重要な、
また黄海への出口(つまり、中国への直接の回廊)でもある、
漢江流域を得ることで、
周辺諸国との関係において優位な立場を得ようとしたようだ。


そして、百済が対新羅の牽制の必要上から、高句麗と実質的な同盟関係に入るのは、
それよりもずっと後のことで、7世紀に入ってのことになる。



185 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 00:21:59.41 0
馬韓の時代には少なかった入墨者が百済時代に入ると頗る多くなったのも韓化の影響かね?

186 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 00:43:05.41 0
http://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E5%BF%97/%E5%8D%B730
馬韓…其男子時時有文身

187 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 01:28:32.64 0
梁書、百済 其国近倭,頗有文身者。今言語服章略与高麗同。増えてね?

しかし宋史に百済と新羅の伝無いのな、なんで?って、そうか、自己解決。
魏書も百済はあるが新羅は無い、これはやはりそういう事か?

188 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 02:04:00.86 0
魏書の編纂と漢江併合がほぼ同時期なのか
漢江を手に入れるまでは中国と縁薄かったようやね新羅

189 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 02:20:20.83 i
高句麗は前燕の攻撃で一度滅ぶ
そのときの帯方郡司令か何かがどさくさ紛れに独立したんだろ
実際、史書に百済の名が現れるのもその後

問題はなぜ馬韓の伯済国の名を冠しているか?じゃないのか
日本語読みのクダラが謎解きのキーかもよ


190 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 02:50:37.53 0
日本語読みは音読みじゃなく訓読みっぽいけどなあ、百家で海済ったからヒャクワタリ。
建国も高句麗じゃなく扶余が祖先と自称してるうえ
高句麗が前燕の軍門に下ったのは旧帯方郡地域を併合する前だしどうだろう。
>>188
新羅が国家の体裁を成したのは百済よりかなり後っぽいよな

191 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 16:22:48.77 O
国内の一勢力の力で全体を統一するのは非常に難しいことみたいだな。

192 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 17:25:25.02 0
日本語では百済を「くだら」「くたら」と読む。
これは475年に百済が高句麗に滅ぼされた後、南の久麻那利(くまなり、熊津、熊川)に遷った後の呼び名で、
「くまなり」が訛って「くたら/くだら」になったとおぼしい。(韓国の偽史では古莫那羅などと表記する)

また高句麗を「こま」というのは、『梁書』百済伝に
「治城を固麻と号し、邑を檐魯という。中国で言う郡県である」とあるため、
百済人が高句麗や旧都を「固麻」と呼んでいたものであろう。

193 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 17:30:59.47 0
うちの所は、百済寺(ヒャクサイジ)

194 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 20:19:32.17 O
日本も、応神天皇あたりは渡来系かもな。
仮に渡来系としても、もともと日本の国家と密接な関係を持ってただろうけど。

195 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 20:25:20.82 0
新羅王が大倭や馬韓からの天下り出向だったり
倭に友好と人質のために来ていた王子が帰国して百済王に即位したことはあっても
逆は未だかつて無いよ

196 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 22:53:30.40 0
>>192
くまなりは熊津の訓読み、音読みはaeiuN-tsien、どちらも百済関係無い
百済の音読みpoek-tseiも違う

197 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 23:24:44.81 0
熊を久麻・固麻と読むのはともかく、日本語の訓読みで川や津を那利とは読まん
神功紀に「阿利那礼」という川があるように、那利/那礼は現地語で川を意味する

198 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 23:47:58.65 i
日本書紀に列挙してる朝鮮語は手がかりになると思う
まったくの創作たも思えない

馬韓の伯済国は残念ながら位置がわからない


199 :世界@名無史さん:2012/03/15(木) 23:55:47.61 0
>>194
応神 インシェン YingShen 英申 影申 ・・・ 猿猴系の神話なのかな?

200 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 00:33:09.63 0
>>197
当時の漢語だと熊津はaeiuN-tsien、クマナリから音写された可能性は0
浜や津のような単語は元は川岸や(集まった)水のように河川や湖水に関する言葉だから
順番が逆だろう、まず熊津があってそれを訓読みした

201 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 09:27:23.20 0
だからなんで漢語で読むんだよ

202 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 10:07:39.40 O
クマナリという地名に意味の合う漢字を当てはめたんだろ。

203 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 10:10:01.96 O
>>194
神功皇后が新羅人アメノヒボコの血を引いていたり、
神功皇后の出身氏族の息長氏が渡来系だったりする。

204 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 11:14:42.78 0
錦江(くむがん)=熊津江(くまなり)=白馬江=白村江(はくすきのえ)=白江

205 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 16:36:53.95 P
>>201-204
熊津は唐の文献にも現れる百済の地名、意味解るよな?

206 :世界@名無史さん:2012/03/16(金) 23:55:40.37 0
>>196
>>197
>>200
韓国語(ではあるけど相当古風な表現)では、
港、船着き場のことを「ナル(naru)」という。
(漢字の「津」は、港の意味だよね。)

韓国語では漢語の訓読みは普通しないけど、
あえて「熊津」を訓読みするとすれば、
kom naru だな。

207 :世界@名無史さん:2012/03/17(土) 00:10:15.08 0
言語学の知識が無いからよく解らないけど、古代音がkom naruに近い音なら
熊津(kom naru)→コムナル→古莫那羅、は自然な感じがする

208 :世界@名無史さん:2012/03/17(土) 12:37:14.10 0
クニの名に新羅、耽羅(現済州島)、安羅、多羅、加羅とあるので共通項はあるんだろうね
それを特定するには史料が足りないが

209 :世界@名無史さん:2012/03/17(土) 15:40:06.18 O
コムナリは韓語、シヒは扶余語かな?

210 :世界@名無史さん:2012/03/17(土) 20:00:29.20 0
>>26
倭の発音はウェイ
ワイ族のワイの発音はフイ

このようにもとの中国語からすれば全く異なる

211 :世界@名無史さん:2012/03/17(土) 22:51:47.60 0
倭人の意での「倭」は烏禾切だから普通話ではwo

212 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 12:24:24.79 0
>>209
「コムナル」も「泗沘(しひ)」も、
たぶん語源としては韓系だろう。

なぜかというと、これらの地域は、
後代になってから百済首都になった地域だから。
元来それらの地域を基盤としていたとみられる有力氏族は、
地域的に見ても韓系だった可能性が強いので。

で、コムナルの語源の有力説については上のレスのとおり。

そしてもう一つ、泗沘のほうは、
「所夫里」という名称もあったという記録があって、
実は、こうした漢字表記での記録が、
現代韓国語の「ソウル」に通ずる同一の単語についての
複数種類の当て字だった可能性が相当ある。
そもそも、現代韓国の首都名になってる「ソウル」という言葉そのものが、
「みやこ」の意味の名詞由来なんだよ。

現代韓国語音で漢字をそのまま読むと、
泗沘は「サビ」、所夫里は「ソブリ」と読む。
もちろん、時代を経ての音韻変化がかなりあったと見られてるけどね。
また、百済以外にも、新羅の都は「徐羅伐」と表記されたりした。
現代韓国語だと、徐羅伐は「ソラボル」と読むよ。

213 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 14:00:50.94 0
夫余・高句麗・百済支配層、嶺東の穢や沃沮(夫租)は、みな「穢」と呼ばれる種族(言語・文化集団)に属する。
『史記』匈奴列伝に「匈奴の左方の王や将軍は東方領土を支配し、漢の上谷郡の真北にいる。東に穢貉・朝鮮と接する」とあり、
同・貨殖列伝に「燕もまた渤海・碣石山の間の一都会である。…北は烏桓・夫余に隣接し、東は穢貉・朝鮮・真番の利益がある」とある。
これらは穢や夫余が史書に現れる最初である。

より古くは、燕や趙に隣接する種族として「貊(ばく)」が見える。
貊はムジナやマレーバクではなく豹を指す古い文字で、満洲付近の狩猟民(狄)が、
豹などの毛皮(文皮)を商品として各地へ交易(商売)していたことがうかがわれる。
殷商王朝を築いた商人は、夫余・高句麗や満洲族と同じく「呑卵懐妊神話」を持ち、
狄の一派が山西高原東部を南下して、先住民の都市文化圏を征服・支配したものであった。
殷の王族の箕子が朝鮮に封じられたとか、夫余が殷暦を使っていたというのもそのためである。

214 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 14:33:25.69 0
前134年、漢の武帝は「穢州」を取らんとして城邑を築いた。
前128年冬、穢君の南閭らが28万もの穢人を率いて投降、その地(日本海沿岸)に蒼海郡を設置した。
前126年春、蒼海郡を廃止。この時、現地の首長に「穢王之印」を授けて自治を認めた。
前108年、漢は朝鮮王国を滅ぼし、その跡地(平壌)に楽浪郡を、楽浪郡の南(韓国)に真番郡を、
 単単大嶺(馬息嶺山脈)東方の海岸部(江原道・咸鏡道)に臨屯郡を設置。
前107年、漢は遼東郡の東・楽浪郡の北に隣接する地(穢貉)に玄菟郡を設置。
 その郡治は玄菟城(夫租県、咸鏡南道咸興市)で、高句驪(遼寧省本渓市桓仁)・上殷台・西蓋馬などの県があり、周辺の穢も管轄した。
 この時「穢王之印」を所持した穢人の政権は北西へ逃亡し、鹿山の地に依って夫余国を建てたわけである。

前82年、維持コストがかさんだ真番郡・臨屯郡が廃止。臨屯郡のうち6県は楽浪郡に編入されたが、残り9県は放棄される。
前75年、玄菟郡治は高句驪県に移り、日本海沿岸部(咸鏡道)は放棄される。
 また夫租県は楽浪郡に編入されたが、既に楽浪郡は真番・臨屯の諸県も合併していたため土地が広遠になった。
 そこで単単大嶺の東、夫租県と旧臨屯郡六県を併せて「嶺東七県」とし、楽浪郡の東部都尉(東部を管轄する軍政官)を置いて分治した。
 この東部都尉の治所は、旧臨屯郡の不而県(安辺)に置かれ、周辺の穢の居住地も全土が県となった。

前59年、玄菟郡はさらに縮小移転を開始。吉林省集安市通溝郷(丸都)を経て、西暦107年には遼東郡の北部辺境を管轄する矮小な郡になった。
 のち周辺の穢は、漢が放棄した高句驪県城に入り「高句驪侯(県侯)」として自治を認められた。
 12世紀の『三国史記』の記載では、高句麗は前37年に建国されたとするので、ちょうどこの時期にあたる。
 13世紀末の『三国遺事』には、まさに前59年(漢宣帝神爵三年壬戌)に「空から天帝の子・解慕漱が乞升骨城に降臨し、北扶余国を建てた」とある。
 解慕漱は高句麗の始祖・朱蒙の父とされるし、乞升骨とは高句麗のことである。

215 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 14:49:59.25 0
「倭」という呼び方も酷いが「穢」という呼び方はもっとひどいなw
特にのぎへんのかわりにさんずいだろ?ひどすぎるというか実態を表しすぎるw


216 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 18:26:53.77 0
>>210
穢は普通話ではhui4だが、広東語でwai3、ベトナム語でue、朝鮮語でyeと発音する。
歳は戉(まさかり)+歩で、年一回の祭儀から「とし」を意味し、歳月が経過して雑草が生い茂る様が穢。
歳にさんずいをつけて呼ぶのは、彼らが川辺や海辺に住むためか。

217 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 19:47:23.17 O
>>212
シヒはあえて扶余語の名前を付けた可能性もあるかも。

218 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 20:45:53.12 0
泗水も水も中国にあるな

219 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 21:49:21.29 0
>>213
貊は豹じゃなく獏を指す単語。
狄は胡や東胡を指す言葉、穢貊は夷。
殷文化が遼西まで広がっていた事から解るように、穢貊系民族の天光懐妊神話は殷のモノを模倣した。

220 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 22:00:12.58 0
古代の中原にもマレーバクはいたらしいが、さすがに満洲にはおらん
本来の夷は山東から江蘇にかけての低湿地の住民(淮夷)で、
満洲・朝鮮などの諸族も「夷」と呼ぶようになったのは漢代以後
殷商の始祖の母親は「有戎氏の簡狄」で、そのまんま戎狄だ

221 :世界@名無史さん:2012/03/18(日) 22:59:14.10 0
貊は豹じゃなく獏を指す単語、貊という呼称は音写であって字義は無関係。
殷商時代の戎狄は中原や関中にも居て農耕民と共に雑居していた。
戦国時代には東方の東夷は貊、貉、白と呼ばれ、北方の狄は葷、胡、昆と呼ばれた。
穢貊が発見された時代の夷は東方の東夷を指す言葉。

222 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 10:00:47.90 0
前漢の揚雄『方言』に「貔(ひ)は、陳楚江淮の間では貅(きゅう)と言い、北燕と朝鮮の間では貊(ばく)と言う」とある。
後漢の許慎『説文』に「貔は、豹に属す。貉国で産出する」という。
『史記』五帝本紀に、黄帝は「有熊氏」の帝王であり、熊羆・貔貅・区虎を飼いならし、
北方の阪泉の野において三度炎帝と戦い勝利して、これに代わって即位したと記されている。

『史記』五帝本紀には「帝舜は四海の内外を服属させ、南は交阯、西戎は渠搜・抵羌、
北は山戎・發・息慎、東は長・鳥夷を安撫した」とあるが、この發も貊のことと見られる。
『管子』軽重甲篇に「燕の紫山の白金、發や朝鮮の文皮は、ともに逸品である」
「發と朝鮮は朝貢してこないが、文皮をもって貨幣との交換を請う。豹皮を金の重さで容認すれば、千里の彼方の發・朝鮮も必ずや参詣する」とある。
漢の『爾雅』に「東北の美しきものは、斥山の文皮。登州(山東)をもって發・朝鮮の通商窓口とする」とある。
『三国志』魏志穢伝に「土地には文豹が多い」とある。

223 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 10:24:52.66 0
>>217
>>218
「泗沘」についても、やはり有力説は「所夫里」と同一語、新羅の「徐羅伐」と同根語の当て字ということらしい。
新羅語はほぼ明確に韓系言語なので、百済の「泗沘」「所夫里」の単語も韓系言語と推定される。

「泗」「所」「徐」の部分の語は、古代〜中世の言語で「ひがし」を意味する言葉の当て字と見られてる。
「沘」「夫里」「伐」の部分は、「のはら、ひろの」を意味する言葉。
「夫里(ブリ)」の字を当ててある発音が、より古い発音だったようで、
「沘(ビ)」「伐(ボル)」はそれが縮まったものと見られてるね。

224 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 10:50:40.11 0
>>207
>>209
こまなり・くまなり(・意訳して熊津)は、
百済当時の推定される発音としては、
「コマヌル」といったものに近かったと見られてる。
カタカナだと、特に「ヌル」の部分の母音を表現しにくいんだけれども、
高麗期くらいまでは、この「ヌ」「ル」の部分の母音は、
いわゆる「インヴァーティドV(英単語の us などを発音する際の母音)」の音だったようだ。
(ちなみに、現代韓国語では、この母音を「アレ・ア(下のア)」と呼ぶ。
 現代標準語では他の母音に遷移して使われなくなってるけど、済州島方言の発音には今も残ってる)


コマヌルの「コマ」の部分の発音は、koma だったと見ていい。意味は、まさに「熊」。
現代韓国語では縮まって kom で、もちろん現代韓国語でもその意味は「熊」。

コマヌル(熊津)の現代の地名は公州(Gongju コンジュ)だけど、
これは高麗期に改称されたもので、
kom の発音に「公(kong)」の字を当てたものだと見られてる。

225 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 18:33:11.76 P
>>222
前漢の揚雄『方言』では「貔(ヒ)は、陳楚から江淮の間では[豸夾](ケフ)と言い、
燕北から朝鮮の間では[豸否](フェ){貊ではない}と言う、これは所謂狸である。」とある。

226 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 19:50:41.27 0
方言・巻八
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%96%B9%E8%A8%80/%E5%8D%B7%E5%85%AB
貔,陳楚江淮之間謂之[足童],北燕朝鮮之間謂之[足敦],關西謂之狸。[衣袁]關西謂之猯。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AF

むう、どうも貊ではないようだ

227 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 20:28:56.75 0
>>72
本当にそんな番組作りそうだ。

228 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 20:56:11.94 0
関連スレ

【伽耶】任那日本府【倭国】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1332073255/l50

229 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 20:57:00.35 0
大陸百済領土説とか百済海外領土説とかって、
当の韓国でも、本気にしてる研究者は至って少数。

ドラマの脚色の話は、よそのカテでしてください。

230 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 21:01:07.39 0
それに、任那の話も、このスレとは直接には無関係。
無理にこっちで議論しなくていいです。

231 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 21:51:10.40 O
>>223
もしかしたら、「ソフリ」とかいう土地がたまたま都になったため、
都を表す言葉が「ソウル」になった可能性もある?

232 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 21:59:49.41 O
日本語が扶余語の一種とは信じられないな。
仮に応神あたりが渡来系だったとしても、
倭人との連合政権だろうし。

233 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 22:16:12.01 0
>>231
結論から言うと、「同根語として」という限りでの関連性がある可能性は、かなり高い。
ただし、史実上の統一国家を最初に建てたのは新羅だったから、
「みやこ」を意味する名詞としての「ソウル」という単語の源は、
直接的には、百済の都の「所夫里」ではなく、新羅の都の「徐羅伐」だろうとされるね。

中世の頃の言語では、古代の「徐羅伐」に当たる単語は「ショボル」と発音されてたと見られてる。
この「ショボル」がさらに変化して、「ソウル」という発音の単語になったと見られてるよ。

234 :世界@名無史さん:2012/03/19(月) 22:28:31.15 0
ソウルってカタカナですから和製外来語じゃないの?

235 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 00:09:28.72 0
中古音の徐羅伐はZiLaBiuœt、所夫里はSioPioLi
徐羅伐の可能性は無い、所夫里が変化してソウルになった可能性はあるね。

236 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 03:20:00.67 0
ブルガール人も、ルーム・セルジュークもあっという間に現地に同化してたっけ。

237 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 07:43:34.61 0
ブルガールはスキタイ系を上書きしたよ、文化的言語的にスキタイ系は滅びたでしょ。
セルジュークの支配階級は行動様式がシリアやアナトリアの旧領主とは違って
都市よりも自らの属する部族と戦士を大事にしたし、部民も都市より田園地帯を重視したのか
時代が下ると田園の方が経済力を付けたのがトルクメンの特徴だったよ。

238 :世界@名無史さん:2012/03/20(火) 23:07:04.59 0
>>235
それは中国語としての音韻の実態でしょう?
古代の新羅語の当て字としての漢字表記とは、また状況が違うわけで。

音韻変化の歴史の上では、
おそらくは「夫里」の当て字に相当する発音が縮まって「伐」の当て字に相当する発音が出てきた、と考えられてるし、
「伐」の当て字の発音は「ボル」で、これは「平原」を表現する際の現代語にも、ある程度痕跡が残ってる言い方だよ。
上記の、中世頃の「ショボル」の名称は、「羅」にあたる部分の音韻が脱落したものと考えられてるよ。

そういう事情を勘案したうえで、直接的には新羅語系統から「ソウル」という名詞が現れた、と見られてるってことだよ。
また、これは新羅史専門家ばかりが唱える説というわけではなくて、
百済史のほうの専門家の間でもある程度認められてる考え方と言っていいようだし。

239 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 00:31:50.45 0
ア段の韻Lが脱落するとか聞いた事も無いね
中世頃と酷く曖昧な言い方するのも胡散臭いことこの上も無い。
中世に編纂された三国史記には徐那伐と書かれているから
脱落したのではなくlがnに置き換わったと考えられる。
徐那伐とソウルはあまりに音が違う、対して所夫里とソウルは近しい。

240 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 06:14:03.37 0
239氏の説が通説のはず。
「徐羅伐」がソウルになった可能性はまず無いよ。
音韻的に無理やり過ぎる。

新羅の「徐羅伐」も百済の「所夫里」もソウルの語源としては同等
みたいなことを井上秀雄は匂わして必死だけど
ぜんぜん通説にもなってないでしょ。

241 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 08:26:00.14 0
日本書紀のおかげで古代朝鮮語とやらの研究ができるのだから、
韓国人も哀れなものだ
また血圧上がるかもな

242 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 20:41:02.36 O
百済時代の漢城は「ソウル」の同系の言葉で呼ばれたことは無いんだよね?

243 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 20:54:25.17 O
クダラ、カラ、シラの「ラ」は「ハンナラ」の「ラ」?

244 :世界@名無史さん:2012/03/21(水) 21:53:25.83 0
>>242
漢城時代の百済首都が「ソウル」と同系の名称で呼ばれたことは、おそらく無い。
漢城時代百済の都城の名は、「慰礼城」だったという記録がある。

現在、漢城時代当時の都城として最有力説になっているのは、
ソウル市の松坡区の、漢江沿いに土の砦の遺跡が残る「風納土城」。
また、風納土城から少し南側、オリンピック公園近隣には、
「夢村山城」(通称は「夢村土城」だけれども、実際には小高い丘の上に築かれた城なので、
 史学・考古学上では「夢村山城」と呼ばれることが多い)の遺跡があって、
これは、風納土城を守る要塞と首都機能バックアップ施設を兼ねてたらしい。

245 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 01:53:49.73 i
帯方郡もその辺りか…

246 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 01:59:23.62 0
帯方郡治は漢城説、広州説、大同江付近説と色々あんだっけ?
スレ違いだけど

247 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 17:41:20.92 O
一応ソウルのあたりまでが韓族メインの土地だったということかね。
大体38線付近が韓族と扶余族の境か。

248 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 18:51:19.37 0
黄海側はまあそうだが、山がちな日本海側では韓国領江原道のあたりまで穢が南下している
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Ancient_Korea_Taihougun.png

249 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 21:37:57.35 0
燕が朝鮮を討った時に貊も服属させてるから
両朝鮮の在った地域も支配層が漢人なだけで庶民は穢貊かも

250 :世界@名無史さん:2012/03/22(木) 23:34:58.36 0
満は椎結蛮夷服となって朝鮮に行ったらしいから朝鮮の住民は
椎結蛮夷服なのだろう、多分

251 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 01:12:38.89 O
ローマ時代のロンドンみたいなもんか?

252 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 01:43:28.64 0
蛮夷服着るぐらいだし漢人だから支配層として良い目がみれる、
ってほど地位が確立してなかったかも

253 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 02:11:43.27 0
漢人っていうか燕人だな

254 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 03:40:15.56 0
>>249-253
半島の先住民はしらんけど前四世紀くらいから北朝鮮には漢人(正確には燕人斉人?)の移民かかなりの数じゃないかな。
衛満の「椎結蛮夷服」は現代人の考えるような民族=エスニシティーの問題じゃなくて
中華の礼の秩序の外側に脱出して、つまり独立を求めるって意図だろう。

>>247
韓族と夫餘族の境じゃなくて、韓族と漢人(楽浪郡のち帯方郡)の境じゃね?
いつからと言いにくいけど早くて後漢の中頃、遅くても公孫度の段階では、
夫餘人は精悍で中国に懐かない馬韓人を支配するために郡県に招かれて
事実上の県侯みたいなもんになってたんじゃないかと思う。

>>242-246
「所夫里」はもともとは首都を意味する一般名詞だったろうから
北漢城にしろ慰礼城(南漢城)にしろ「所夫里」とよばれた可能性はなくもない。
帯方故城(北漢城)は今のソウル、慰礼城(南漢城)は今の広州という
比較的有力と思われる通説のままでいいと思う。
帯方郡治を北にもってく説は妥当性ないとみんな思ってるんでしょw

255 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 11:06:10.13 0
後漢書高句麗伝によれば121年、高句麗王の宮とその子遂成が、
馬韓と穢貊の数千騎で玄菟郡治を囲んだという。
高句麗は嶺東の穢ばかりか馬韓も服属させていた、ないし反漢同盟を組んでいたようだ。
夫余国は王子の尉仇台らが漢の地方軍と協力して出兵し、宮はこの年の内に死んでいる。

256 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 15:08:06.96 O
扶余と韓族の関係は蝦夷と倭人の関係に似ているが、
朝鮮の場合は狩猟民の方が中華に近くて
進歩してたりするんだよな。
土地も蝦夷地に比べて広大だし。

257 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 18:29:17.14 0
>>254
文字記録的には無いわな

百済は海を渡って馬韓へ移住した事と尉仇台の子孫であるのを自称していたから
馬韓は、弁韓や辰韓と言葉が違うのと併せると、純粋な韓族じゃなく夫余族、漢族、韓族が雑交してたじゃないか
扶余族が山がちな日本海側だけに居て渤海、黄海側に居ないのも不自然だし。

258 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 18:31:17.05 0
>>256
穢貊は農耕民、特に夫余は満州から半島にかけての東夷の中で
最も農業技術や農耕器具が発達していた国

259 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 19:18:31.81 0
「純粋な韓族」と言っても、辰韓や弁辰の共通語は秦語であって中国系移民が多い
三国志東夷伝の馬韓は「礼儀知らずの野蛮人」、中国に従順な夫余や東穢は「礼儀正しい」と描写される
また高句麗は「山がちで農業に向かず、属領から貢納を徴収し、中国の郡県から略奪する」という

260 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 20:47:06.43 0
高句麗語には日本語と朝鮮語両方の語彙が含まれてるが
日本語と朝鮮語の間には殆ど語彙が共通しないという事は。
元々韓系は遼東あたりにいて漢族の拡大に押し出されて半島南部に移動してきたとかじゃないのか?
先史時代の半島の出土品から言語集団=文化が切り替わったりした証拠はないんだろか?
半島南部にも縄文文化があったんだろ確か?朝鮮人は認めたがらないだろうけど。

261 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 20:53:26.35 0
満州南端朝鮮北部から出る遺物は前20世紀前後と前11世紀頃に大きく変化してるらしいね

262 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 21:24:39.09 O
>>260
長江下流域から移住してきた人間達がしゃべっていた雑多な言語のうち
たまたま生き残ったのが日本語と朝鮮語だった、という考え方とかもできそう。
ニューギニアやシベリア東部を見ると、先史時代は多彩な言語(語族)が存在したようなので。

263 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 21:52:07.44 0
>>254
広州に漢城があったという説が有力だったのは、昔のことだよ。
最近では風納土城説のほうが有力と言っていいと思う。
近年、風納土城で大規模発掘調査が行われて、
相当に有力な地域中心地だったことが分かってきてるし。

>>259
秦語って何?
言語的痕跡を調べても、
いにしえの秦の住民が、はるばる弁韓や辰韓まで移住してたというような形跡は
まずもって見当たらない。

264 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 21:54:52.25 0
楽浪朝鮮(平壌)の先住民は燕人や遼東・穢と同系だが、韓(真番)とは縁が薄い。
現代の韓国・朝鮮語は新羅語・韓語・真番語の末裔と見てよく、真番は南方系。
箕子朝鮮の王が馬韓へ逃げて韓王になったという伝説はあるが、『史記』『漢書』に箕子朝鮮滅亡時の話はなく、
3世紀の『魏略』にようやく現れることから見て、後付けの捏造くさい。

265 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:08:42.80 0
http://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E5%BF%97/%E5%8D%B730

辰韓在馬韓之東,其耆老傳世,自言古之亡人避秦役來適韓國,馬韓割其東界地與之。有城柵。
其言語不與馬韓同,名國爲邦,弓爲弧,賊爲寇,行酒爲行觴。相呼皆爲徒,有似秦人,非但燕、齊之名物也。
名樂浪人爲阿殘;東方人名我爲阿,謂樂浪人本其殘餘人。今有名之爲秦韓者。

陝西省(秦地域)の人が韓に来たとか、秦の始皇帝の時に亡命してきたというより、
漢代に真番郡が一時設置されたことから、その遺民が土着民と結んで辰韓・弁辰諸国(都邑)を作ったものだろう。
前漢の都は秦の地の長安にあるし、共通公用語も秦の方言で、燕や斉の方言とは異なる。
郡県設置により派遣された官吏・軍隊などは、共通公用語として秦方言を用いたと思われる。
なので、馬韓よりも中国から遠いのに、彼らは「中国化」の度合いがより高く、文明化していた。

266 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:11:35.93 0
>>263
秦語は、我々=ngatho くに=ba とかチベット語みたいな音価なの。

其名國為邦、弓為弧、賊為寇、行酒為行觴、相呼為徒、有似秦語

267 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:14:06.13 O
「燕」ってのも謎の多い国かも。

268 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:21:05.60 O
>>263
中国人はブリタニアのローマ人みたく、撤退するか現地人に同化して
消えたのかも?

269 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:28:21.25 0
燕の言語がシナ・チベット語族じゃなく朝鮮系だったって可能性は?
当時の言語資料って全部焚書されたのか?

270 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:35:06.92 0
>>265
梁書
其國小,不能自通使聘。普通二年,王募名秦,始使使隨百濟奉獻方物。
無文字,刻木爲信。語言待百濟而後通焉。

文明化していたとも、中国化していたとも思えんが。

271 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:37:12.53 0
>>269
無いw
方言はあっても、中山国等とは違って言葉通じてる

272 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:48:57.24 0
現代の朝鮮語と、古代楽浪朝鮮の言語は別系統
上の方に出ている「方言」によれば、北燕と朝鮮列水の間ではほぼ同じ方言が話されていたという
また燕は孤竹国・箕侯国ともども殷や戎狄・東胡との関係が深い

「中国語(夏語・雅言)」は中国文字が作りだしたピジン語で、
始皇帝統一圏には邑や国ごとに無数の「方言」があったし、シナ・チベット諸語以外の言語もあった
今でさえ広東語や福建語はタイ語に近く、アルタイ化した北京語とは会話がまるで通じない

273 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 22:59:49.24 0
そうだな。南のほうは音声からしてまるで違うのに表意文字だけは一緒。

274 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 23:03:45.96 O
それでも言葉が通じているように思えるが、
春秋時代にも上流階級には共通語があったのかな?

275 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 23:08:21.84 0
>>272
史記や燕策の記述では昭王の時代に朝鮮を破って併合した事になってるけど
その150年以上前から燕による支配の痕跡が有るとか無いとか

276 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 23:08:22.77 0
後漢のように、便利な場所に首都がデーンと構えてないと無理
そこへ上流階級が通ってきて、やっと音を覚えることができる。
それまでは筆談して親しくなってから、相手の音を覚える程度だろう。

277 :世界@名無史さん:2012/03/23(金) 23:45:19.26 0
>>271
中山国って旧名が鮮虞なのか
騎馬民族征服説って朝鮮半島にはどれくらい当てはまるんだろ。

278 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:09:52.79 i
>>272
うむ
“古代中国語”とかいうのも幻想で、実態は各地バラバラな言語を話している
古代に、現代の北京語のようなものはない
漢字という表意文字が発達した理由はまさにそこで、
言葉は通じずとも漢字で意味を通じてコミュニケーションが図れる
種子島で日本人と中国商人がやりとりしたように

ただ、公用語のようなものはあるらしい
首都の言語だ。北京語もそうだね
辰韓・弁辰の秦語とやらは、長安に首都のあった時期の言語、
つまり前漢代の言語と解すればよい
真番郡は武帝の時代だから、まさしくそうだね
言語は、われわれ日本人は特に民族固有のものと考えたがるが、一般的にはそうではない
また、時代によって変化もする
実際、日本書紀にも意味不明の言葉は頻出する


279 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:13:34.85 i
>>274
「詩経」だったか、うろ覚えだが、孔子は詩を読むとき“雅言”を用いたとある
雅言は「夏言」で夏王朝の言語だと考えられている
ヒントにならないだろうか?

280 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:16:57.24 0
上の方で方言が出てたように、わざわざ方言を載せる程度の違いだったってこと

281 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:17:27.66 0
中原河南省の洛陽の漢語でないなら
華夏族ではなく、胡族である可能性も大なのだ。
だから秦語とよばれている。

282 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:20:44.44 0
>>280
介詞で語順が違うものを合わせたり
複文で修飾語を作っていたものを「的」で語順の辻褄あわせたり
五胡十六国や北朝になると、やるようになるんだが・・・

283 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 01:45:59.59 0
>>282
そら、五胡の国や北朝はやるだろw

284 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 02:31:02.81 0
国家が無かったからツングースと韓族に同化していったんだろうな。
扶余系の国家の最後のってなんだろうか。
高句麗?それとも渤海?

285 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 02:35:03.49 0
夫余族最後の国家高句麗の滅亡後も
高句麗の遺民は記録上12世紀まで確認できるらしいよ

286 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 02:39:34.23 0
え?渤海人のこと?

287 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 08:18:17.84 O
渤海王は日本への手紙で、われらは夫余の古俗を守ると書いてるね。

288 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 10:31:19.44 O
渤海の再興運動が何回もあったのは、扶余族の
自分たちの国を持ちたいという意志からか。

289 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 10:59:45.88 0
もし夫余族としての国を持ちたい願望が強かったならば、高句麗の再興活動をしただろうね。
それが無く渤海再興のみが数度も試みられたのは
渤海国が文明的で、統治が渤海人にとって身近な存在だったという事かな。

290 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 11:19:16.96 O
渤海自体が高句麗の後継国家の上に、
高句麗の領土(首都を含む)や住民の一部が韓族に吸収されたからな。
もし実態と合わない「渤海」という国号を否定して昔の国号を復活するにしても、
「高句麗」より「扶余」を選ぶかもしれない。

291 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 11:50:13.96 0
渤海は粟末靺鞨の建てた国、渤海王の呼称もツングース語風とされる。
高句麗の遺民も参加してはいるが、渤海の公用語には靺鞨語や文書語としての漢語が使われ
高句麗語は一部の高句麗系渤海人のみが使っていた事から解るように、後継国家では断じてない。

292 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 12:01:14.38 O
粟末はツングースでなく、扶余族の一派伴聞く。

293 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 13:10:37.07 0
>>290
というか建国時の「震」にしても713年以降の「渤海」にしても
唐から貰った爵号、王号(震国公、渤海郡王)が元だろ
中国の学者は渤海と靺鞨が近音だったから、という説を紹介してるが
それを除けば、国民が散り散りになった時点で彼らの自称は
(あったとしても)永遠に喪われたのでは

唐の時代に本邦が滅びて国民がいなくなったら「ヤマト」は消えて
大陸から見た「日本」なり「倭」しか記録には残らなかったろう、それと同じで

294 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 14:28:58.16 0
【朝鮮民族の王朝?】渤海【中国の地方政権?】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1318947075/

295 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 16:13:19.68 0
夫餘も高句麗も渤海も王朝発祥の地の「地名」からとってるわけで
これらは漢字文化の習慣に従ってるだけではないの?
靺鞨は勿吉の訛り、勿吉は部族名で、これらは国名として使うことがあっても
元々は部族名でしょう。
震はわからん。誰か由来しってる人いない?

>>263
だから風納土城が北漢城だろと言ってんじゃんよ。
北漢城も南漢城も帯方県城も尉礼城もぜんぶ同じ場所だという説が
学界で有力だとは思えないし
そういう説があっても俺は賛同しないね。

296 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 16:23:21.57 O
渤海は王朝発祥地の名前とは関係ないでしょ。
中国側が自国の土地の中で一番近い場所の王位を授けたとか

297 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 16:37:39.35 0
>>270
新羅と辰韓はまったくイコールってわけではない。
三國志東夷伝の中での辰韓の記述のうち
中国化の進んでるようにみえる記述は真番郡の置き土産の
中国系の移民によるものとみるのが通説でもあると思われ。
少なくとも三世紀の段階での辰韓ははっきりと中国系の文化。
ところが、その後で変化が起こった。
日本に来る前の秦氏と新羅は仲が悪かったという日本書紀から察するに
新羅はある時期から辰韓の領域から中国系を追い出したため
文化の民族色が強まったんじゃないのかな。
中国系の排除が漢字(文字の不在)や中国語(通訳の不在)という結果に。

>>271,>>277
中山も言葉は通じるだろ。
中山初代の武公は周の定王の王子なんだから。
中山王国の遺跡からも漢文の刻まれた青銅器でてなかったっけ?
先祖やルーツは赤狄ってだけでそれ以外は普通に中華の国じゃんよ

298 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 16:40:19.84 0
>>296
いやだからさ。唐に冊封されたのが公式には渤海王朝の発祥じゃん。

299 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 17:09:38.32 O
渤海の震国は辰国と同じで、東の国の意味じゃないか?

300 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 17:45:33.39 0
少なくとも、秦氏の中で官僚っぽいことをやっていたのは
「秦人」の子孫だろうね。
もちろん後で渡来してきた他の新羅人も吸収して拡張していったんだろうけど。

301 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 17:49:18.59 0
>>298
しかし、渤海国はぜんぜん渤海湾とは関係ないわけで
そんな国号をずっと大事にしていた理由がわかんない。
「扶余」では北のツングース民族を排除するイメージがあったんだろうか。

302 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 17:51:09.82 0
>>297
3〜4世紀の新羅は、漢(華夏)族系ではなく
雲南滇国のようなスキタイ黄金文化でしょう。

シナ・チベット語族っぽいことは、辰韓と雲南滇国も共通。
雲南滇国の後継である烏蕃白蕃は、シナ・チベット語族であること確定。

秦もシナ・チベット語族であることは、秦簡から判明しているが
漢(華夏)族系であるとは断定できない。

303 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 18:44:29.82 0
唐の藩属国だから、賜った国号を勝手に変えちゃまずいだろう
今は手に入っていなくても、渤海湾沿岸地域を何かの拍子に占領できたら、
国号を根拠に正当性を主張できるかもしれんし

304 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 22:02:42.85 0
>>301
フン族がスキタイやサルマタイを名乗るようなもので、縁起悪いだろ滅びた国の名前なんて。

305 :世界@名無史さん:2012/03/24(土) 22:41:47.43 0
後漢やら後唐やら高麗とかは滅びた国の名前を名乗ってるぞ。

306 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 04:29:32.80 0
後漢と後唐は正当性の表明と権威づけでしょ少し前まで存在していた王朝だし、南は謎だけど。
高麗名乗ったのは反新羅の大義名分じゃね?あと、他に半島北部で候補になるのは朝鮮しかない気もする

307 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 11:28:50.95 0
本来地名だからな、漢とか宋とか

308 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 18:15:36.70 P
んだな
秦、漢中(漢)、随(隋)、太原(唐)、開封(宋)、明州(明)

309 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 19:02:35.23 O
明って地名か?

310 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 20:35:37.85 0
明州(寧波)は国号の明とは関係ない
白蓮教の指導者が、弥勒の化身として明王(光明の王)を号していた
呉王朱元璋は1366年に大宋小明王の韓林児を招いて殺させ、
翌年に張士誠を破り、1368年に国号を大明として皇帝を号した

311 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 21:19:10.06 0
それも多分関係無いよ、朱元璋は建国後にマニ教を制限している。
韓林児の自称も小明王ではなく明王、朱元璋が小明王と呼ばせた

春天祭日秋天祭月から採ったとか、水徳の元に克った火徳から火→明としたとか
明王を僭称させないよう大明としたとか、色々言われてるけど明の国号の由来は今以って謎

312 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 21:57:40.37 0
>>306
その割には弓裔は国号を変えているよな(摩震と泰封)。
あの国号の由来も分からん。
新羅の王族と称してもいるし。

313 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 22:43:03.21 0
まず、縁起がいいとかわるいとか、正統性がどうとか以前に
選択決定段階では「単に地名にすぎない」って前提で
発祥の地や由来の地の地名をとるのがデフォルトの習慣のはず。
しかるのちに、縁起が悪いとか良いとか、正統性やら継承性やらが
特殊な事情下では考慮されることもある、っていう程度。
だからこそ例外がまれに発生する。それでもあくまで例外ね。

314 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 23:09:55.60 0
三世紀の辰韓と四世紀の新羅をごっちゃにして
「3〜4世紀の新羅は、漢(華夏)族系ではなく
雲南滇国のようなスキタイ黄金文化」だなどと大雑把な議論は成立しない。
三世紀の辰韓が漢族系の言語だったことは確定的で動かないし
滇や新羅がスキタイ系ってのもトンデモ説の類。

始皇帝の秦の言語が漢族の漢語とほぼ同じなのは秦簡から判明している。
シナ・チベット語族ではあっても漢(華夏)族系であるとは断定できない
なんてのは電波。

315 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 23:22:11.92 0
なんか上海機関のチャンコロがいるな

316 :世界@名無史さん:2012/03/26(月) 23:59:51.98 0
>>299
震国の震は「辰韓」の辰かもしれんね。
唐の時代にはすでに三世紀の馬韓・辰韓・弁韓の正確な位置はわからなくて
いろんな説でぐちゃぐちゃになっていたって話を聞いたような…。

>>306
南漢と南唐は姓が劉と李だからじゃね?

>>306,>>312
弓裔の国が後高句麗ってのは三國史記の作為で、
本当は最初から「高麗」(&通称「後高麗」)だったんじゃね?
そもそも歴史事実としては俺らが勝手に高句麗と呼んでる国は
5世紀から滅亡まで「高麗」と呼ばれていたんだから
高麗王朝以降の人間でもない弓裔が「後高句麗」なんて発想するか?

弓裔の勢力の発祥の地は確かに新羅・百済・高麗の三国から選べば
高麗で間違ってるわけではないんだが
満州を含む広大な高麗の辺境の一部にすぎないから
半島政権・半島民族の意識からすると少しおかしいと感じたんだろう
だから摩震とかえた。これは馬韓・辰韓の「馬辰」。
でも実際の馬韓・辰韓がどのへんなのかってこともこの時代すでに曖昧だった。
やはり場所が違うんでないかってことで「泰封」にしたが
これは帯方郡の帯方。この時代には楽浪郡の他に楽浪国があったとか
帯方郡に北帯方と南帯方が別々にあったとか情報が錯綜してたので
また間違えてたと気づいたが、四番目の案がなく棚上げされてたんだろう
それで王建が政権についた時に、元の「高麗(後高麗)」に戻した。
最初から高句麗の正統性を引き継ぐ意図などなかったと思われ。

317 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:07:49.27 0
>>315
おまえはなにをいってんだよ。アンカーつけろや

318 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:17:38.44 0
日本人は呉の太伯の子孫とかいっているやつは
福建マフィアのチャンコロ

319 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:20:52.36 0
楽浪郡は華夏の漢人なんて言っているやつは
江蘇のチャンコロ

320 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:31:35.51 0
漢人や中国人ってのは「ローマ人」「アメリカ人」ぐらいのくくり
朝鮮民族だの華夏民族だの、近現代の民族概念を古代や中世に持ち込んでもしゃあない

321 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:35:02.91 0
始まったよ、既知外の荒らしが。

誰かのレスがスイッチに触れてしまったらしいなw

322 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:37:45.20 0
チャンコロが紛れてこんでるぞwww

323 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:38:29.68 O
「泰封」が「帯方」ってのは考えたことあるな。
発音はしらんけど。

324 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:48:14.40 0
>>316
震と辰は音も違うし100%無いな、辰韓じゃなく振韓だったのなら音同じだけど

325 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:55:31.94 0
震国を称したのは乞乞仲象繋がりでしょ

326 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 00:56:17.70 0
十二支を方角に当てると辰は東南東で、辰韓はまさに半島の東南東隅にある
八卦を方角に当てると震は東で、渤海国の旧都・東牟山(吉林省敦化市)は唐、
特に営州都督府(遼寧省朝陽市)などから見てまさに東にあたる

327 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 06:32:35.90 0
>>316
「摩震」「泰封」の由来についてはそのまま首肯しにくいけど、
「高麗」の由来については、大筋でそれで合ってる。

「三国史記の作為」というよりも、
三国史記そのもので、弓裔が国名を「高麗」と定めた、とされてる。
(「後高句麗」や「後百済」は後世の人々による通称だ、というのは、そのとおり。
 いわゆる「後百済」も、本来の国号は「百済」だった)

王建はその「高麗」の国号をそのまま使ったってことだね。

328 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 12:41:02.02 O
「高麗」ってのは将来渤海を併合する意図があったのでは。

329 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 17:30:55.10 0
新羅がスキタイ文化だっていうオカルトは時々聞くけど、
根拠はなんなの?
半島の黄金はたぶん日本列島産だと思うけど…
だいたい、慶州盆地なんて田舎だから盗掘を免れただけで、
もっと凄い副葬品は当時いくつもあったはず


330 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 18:20:45.26 0
>>316
高句麗の全盛期は首都を平壌に
移して国名を高麗に改称した時期だぞ。
その前の首都だって中朝国境だし。
むしろ大陸部が辺境だろう。


331 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 18:51:38.04 0
極東のローマ
http://park11.wakwak.com/~siori/sinwa.html
http://www1.odn.ne.jp/museum/gulas.html

4世紀から6世紀の新羅には、西方的・騎馬民族的な黄金文化が栄えていたという。
歩揺冠などは鮮卑が好んだものであるから、高句麗を通して鮮卑・北朝文化が伝わったものか。

332 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 19:21:28.12 0
なつかしいなw
江波みたいな無能で馬鹿で浅慮な愚物が電波飛ばしてたっけww
しかも西方から入ってきた物品はほとんど無く、常に東方からの大幅な輸出超過

333 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 20:09:20.57 0
東方から西方へ輸出されたものというと
奴隷とか鉄とか?

334 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 22:04:38.57 0
奴隷は西方の輸出品だよ、他に売れる物が無かったからね

335 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 23:45:02.22 0
なお、半島の王墓にはとりあえず西方の金製品とガラス製品はあった
言うまでも無く当時も草原ルート・オアシスルートは稼動してるのであって不思議はない

336 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 23:51:10.27 0
なお、じゃなく、それ以外に売れる物が無かったため
常に西方諸国が東方の優れた産品を輸入し続ける大幅な輸入超過だったんだよ

337 :世界@名無史さん:2012/03/27(火) 23:55:03.51 0
中国・インドの生産力・消費力は突出してたようじゃね

338 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 00:14:35.82 0
>>329
副葬品。
スキタイに限らず騎馬民族の使う腰佩(小物をぶら下げるベルト)や
五指全てに指輪をつけたり、シナ文化の冕冠でなく西方式の樹木冠を用いた事。
黒海周辺で出土したのと同型のガラスも出土。
そういう支配層の文化から見ても新羅だけが扶余系でなく異質であり、
シナ文化とも違うって事は支配者のルーツはどこよ?という疑問で
上で言う黒海の辺りから通ってた、ステップ・ロード経由でやってきた騎馬民族、というのが一説に。

339 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 00:49:16.46 0
ステップ・ロード経由でやってきた騎馬民族、というのは誇張にすぎるよな。
カザフ東端〜バイカル湖西方にいたモンゴロイド・コーカソイド混血民がスキタイの影響受けてタガール文化を興して、
それがモンゴル高原〜オルドス(黄河北辺あたり)まで拡がって、匈奴もほぼ近似した文化を有するようになった。
それが東胡を経由して半島方面まで伝わって・・・というのが正確だわな。
東胡から先はスキタイの血が混じっている可能性は99パーセントない。どれだけ大目にみても、匈奴まで。

340 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 00:51:25.77 0
騎馬民族が誕生した後に南下して半島南部へ到達したなら
新羅語はモンゴル語から分化してない言語にならないといけないけど別物だからな
好き勝手出来た時代ならまだしも、今となっては完全な電波

341 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 00:56:43.89 0
>>339
逆だ逆、インドからカザフスタンへ拡散した遊牧民は西へ広がり東へは広がっていない。
もっと後の時代、匈奴が帝国を築く前も常に東から西への移動

342 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 01:32:21.56 0
>>341
バクトリア・マルギアナ複合またはアンドロノヴォ文化が発祥地だったとして話を進めよう。
アンドロノヴォ文化複合の東端フョードロヴォ文化から次のカラスク文化までは自然展開されているが、
その次のタガール文化については、西方で並行展開されたスキタイ文化が接木される形になっている。
つまり、ここで一度、西→東というキックバックが起こっている。

343 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 01:48:50.89 0
農耕文化を持ち出したんじゃ話の進めようが無い。
タガール文化の墓制は東方の匈奴とよく似ていてスキタイの墓制とは差がある
つまり、西から東へ文化が伝播した形跡は無い

344 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 02:03:58.22 0
スキタイはもともと中央アジア北東部、アルタイ山脈付近にいた。
彼らは騎馬遊牧民の生活スタイルを作り、ユーラシア各地にその文化を伝えた。
もっと東の連中にどつかれて、玉突き式に黒海北岸にもやってきたのが、
アッシリア人にイシュグザーヤ、ギリシャ人にスキタイと呼ばれた。
中央アジアに居残ったのがサカやソグド。

345 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 13:22:30.19 0
>>331-344
スキタイの話は面白くて俺も好きたい。でもスレチだからやめれ。

日本の古墳時代でも銅鏡にスキタイ文化の影響があるの有名だし
スキタイだけでなくペルシアの文物も入ってきてる。
高句麗や百済は攻撃されて滅亡したから王墓古墳が守られず
さっさと盗掘に荒らされてしまったのに、
高麗が正統性を新羅から引き継いだため「先王」の墓としてその後も
守られ続けたから、かなりいろいろ残ってるってだけ。
新羅が特別どうこうだったのではない。

346 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 13:56:48.96 0
>>293,>>295,>>298,>>301
渤海郡とぜんぜん関係ない領土の王なのになぜ「渤海郡王」だったのか、だけど
これは唐側と渤海側にそれぞれ事情があって両者の利害が一致したから。

渤海側としては本来は「靺鞨国」だがこれはもともと種族名であり、
いかにも蛮族の国名っぽいから漢字文化らしく地名で名付けたい。
王が渤海郡王に叙されたからその地名を国号とするのは利にかなう。
また、わざと狙ったのか偶然か別として靺鞨[ma-ka]と渤海[mo-ka]
は音が似てるから漢字を毛嫌いする国粋派がいても、
ただの当て字で民族名を変えたわけではないと言い訳できる。
王としては形式的とはいえ中国内陸の地の諸侯扱いだから、
唐の権威を背後にして国内に向かうことができる。
また渤海郡は、漢代以降続いている名門貴族の「高氏」の本貫の地。
この高氏は高句麗王家の高氏とは関係ないのだが、ともかく、
渤海郡の正統の領主である渤海王の大氏は、
(旧高句麗王を連想させる)高氏一族の管理者という格上の立場となる。

唐側としては渤海王国の誕生は、せっかく苦労して滅ぼした
高句麗の復元も同然であり、当然おもしろくない。
だから形式上、大祚栄はたかが渤海郡という郡一つ与えただけ
という形式であって、高句麗の独立を認めたわけではないという立場。
靺鞨=事実上の旧高句麗領と念頭においた上で
「え?靺鞨?なにそれ渤海ってきこえたよ(藁」って感じ。

347 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 16:40:40.05 P
>>345
スキタイの影響じゃなくて、匈奴・鮮卑・柔然・突厥文化の影響ね。

348 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 17:26:17.96 0
スキタイ文化は遊牧民一般に広まった北方文化の総称だろ
五胡時代は遊牧民の時代だから、半島や日本列島に下層民を通じて広まったはずだ
しかし、騎馬民族のままでの支配は無理
半島や日本列島みたいな起伏の激しい土地で騎馬が暴れる余地はない

349 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 19:30:43.07 0
そんなに似てるかねえ

350 :世界@名無史さん:2012/03/28(水) 21:21:47.99 0
>>347
滇国モナー

351 :世界@名無史さん:2012/03/29(木) 00:58:29.29 0
渤 蒲没切 bo
海 呼改切 xaei

靺 莫撥切 mo
鞨 胡葛切 he

352 :世界@名無史さん:2012/03/29(木) 04:08:54.29 0
渤 蒲没 bu't
海 呼改 xai

靺 莫撥 mwat
鞨 食列 tywet

似てるといえば似てる

353 :世界@名無史さん:2012/03/29(木) 15:22:50.47 0
何か上の方で勘違いされてるようだが、新羅古墳にあったローマ文物からの比定をやったのは
江波じゃなくて由水常雄な。ガラス専門のひと。
騎馬民族とか征服王朝とかじゃなくて、扶余系をすっとばして交易品が沢山あった=繋がりが深かった
→新羅の漢化が半島で一番遅かったのは西方文化の影響が大きかったのではないかと言っただけ。

354 :世界@名無史さん:2012/03/29(木) 17:10:54.02 0
由水電波は無知蒙昧だから仕方ないなw
東亜に入ってきたガラス製品はサーサーン朝やシリアの物。
瑠璃は交易品の量が少ない奢侈品、また新羅との交易は皆無。
被征服民である半島北中部人の墓は暴かれたり盗掘されたりしてしまった。
新羅の漢化が半島で一番遅かったのは、最も遠いのと
発展の遅れで国家が整備されず文字も無かったから。

355 :世界@名無史さん:2012/03/29(木) 17:43:58.52 0
梁書諸夷伝東夷諸戎新羅条
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%A2%81%E6%9B%B8/%E5%8D%B754#.E6.96.B0.E7.BE.85

…其國小,不能自通使聘。普通二年,王募名秦,始使使隨百濟奉獻方物。
其俗呼城曰健牟羅,其邑在?曰啄評,在外曰邑勒,亦中國之言郡縣也。
國有六啄評,五十二邑勒。土地肥美,宜植五穀。多桑麻,作?布。服牛乘馬,男女有別。
其官名,有子賁旱支、齊旱支、謁旱支、壹告支、奇貝旱支。
其冠曰遺子禮,襦曰尉解,?曰柯半,靴曰洗。其拜及行與高驪相類。無文字,刻木爲信。語言待百濟而後通焉。

百済は「今言語服章略與高驪同,行不張拱、拜不申足則異。
呼帽曰冠,襦曰復衫,袴曰褌。其言參諸夏,亦秦韓之遺俗云」とある。
辰韓時代の秦語を話していた秦人たちは、百済・高句麗・倭国などへ逃げ去ったのだろうか。

356 :世界@名無史さん:2012/03/30(金) 07:02:45.23 0
悪名高い鉄と血と銃と伝染病には、文明や技術の進んだ国からの移住者でも
人間はすぐに移住先の環境へ適応するから、環境次第では数世代で退行した原始的な暮らしに戻る
とか書かれてたな、ちょっと眉唾だけど。

357 :世界@名無史さん:2012/03/30(金) 20:24:57.87 O
イングランドの場合は、ラテン語の影響は完全に消えたんだよな。
ローマ人は撤退したか、現地のケルト人に同化したか。

358 :世界@名無史さん:2012/03/30(金) 20:47:36.15 0
>>357
ローマが撤退した後異民族が侵攻してきたんだから
歴史は残らないよそりゃ

359 :世界@名無史さん:2012/03/31(土) 15:36:12.86 O
まあ、秦氏ってのもいろいろいるんだろうけど。

360 :世界@名無史さん:2012/03/31(土) 22:56:50.59 0
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1331984711/151n-

361 :世界@名無史さん:2012/04/01(日) 21:14:34.01 0
日本語が夫余諸語の一派だとしたら、水稲栽培が始まって爆発的に人口を増やすようになるよりも何千年も前から日本列島に住み着いて南島語・ツングース語と語彙を混合していないとつじつまが合わないな。
縄文時代の日本は縄文人だけが住んでいたのだろうか?

362 :世界@名無史さん:2012/04/01(日) 21:28:08.37 0
縄文時代の日本は弥生人の祖先の縄文人が住んでいたし
弥生時代も住んでいたのは縄文人の子孫の弥生人が大多数でしょ

363 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 00:37:33.25 0
にわかな質問ですまんが、夫余って水稲栽培してたの?
半島をけっこう降ってこないと、気候的にきびしい気がするのだけど。

364 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 01:15:29.71 0
五穀は育つらしいが五穀は稲を含まない場合もあるからなあ
渤海は和竜市のあたりに稲の産地があったようですけど

365 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 01:18:24.79 0
満州で水稲作し始めたのが1000年とちょっと前だから、夫余が作ってたのは穀物じゃね

366 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 01:24:39.37 0
>>365 歴史書には大米としかでてこないので、1000年ちょっと前でも水稲である確証はない

367 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 01:36:11.95 0
>>366
水稲だよ、あの辺で陸稲作する意味無いからな

368 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 01:50:45.06 0
>>364
満州南部は古代朝鮮の時代から水稲作してるよ

369 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 02:19:57.33 0
プラントオパールとか水田稲作遺跡とかはありますか?

370 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 04:04:42.20 0
中京府のあった和竜市のあたりから水田跡が見つかってるようですけど
他所の地域だと鉄嶺市以南の東北平原にもあるとか

371 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 08:07:46.23 O
稲作は長江下流域から朝鮮半島西南部まで伝わったわけだが、
遼東半島を経由するとスムーズにいけるらしい。

372 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 13:36:37.46 0
>>371
捏造乙

373 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 19:02:15.64 0
>>372
一応遼東半島南部で前1000年頃の水稲が発見されてる

374 :世界@名無史さん:2012/04/02(月) 21:19:03.36 O
長い時間を掛けて渤海を回ってきたのではなく、
海路でサッと遼東半島を経由したんじゃないのか?

375 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 05:34:04.59 0
長江文明人が沿岸航海術を持っていなかった訳がないだろうし
普通に考えて遠隔地との交易は海運を使うだろう。

376 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 13:50:44.11 0
三国時代にも孫呉と遼東公孫氏や高句麗との海路連携があったりする
まあ遼東半島の大嘴子遺跡(前1100頃)の炭化米は陸稲だが

377 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 19:39:16.49 0
>>374-375
遼西郡の在った地区で前1500年頃の区画と水路の設けられた水田跡と思しき遺跡が見つかってるから
渤海をぐるっと回って伝来した可能性もある、当時は今より2,3度暖かかったし。
>>376
大咀子遺跡から発見された炭化稲は水稲

378 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 20:53:29.39 0
このへんは古気候学の観点を含めないとどうしようもない、>>377の言うとおりかどうかは知らんが。
3500年前はたしかに温暖期だった。その後2000年前にかけ漸進的に気温は低下。むろん地域差がある。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/ca/Holocene_Temperature_Variations.png

379 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 21:21:40.50 0
夫余国が存在したのは紀元前2世紀末から西暦5世紀末までだが
紀元2世紀頃からは寒冷期に入る

380 :世界@名無史さん:2012/04/03(火) 22:40:16.05 0
3世紀からまた温暖期で寒冷化が本格化するのは9世紀以降だけどね

381 :世界@名無史さん:2012/04/04(水) 12:05:10.07 0
>>362
本当に古モンゴロイド的形質の濃い縄文人が米を食うだけで顔が平たくなるのか?
現代日本にだって米食ってるのに日本人離れした奴いるだろ。
栄養状態で顔の形が変わるんだったら江戸時代から戦後にかけて日本人の顔は大きく変化してないといけないだろ?
たしか弥生人の人骨の遺伝子を見ても変わってるという話を見た気がするんだが。

382 :世界@名無史さん:2012/04/05(木) 20:39:39.00 O
>>378
寒冷化によって、稲作が遼東半島から南下していったのかもよ。

383 :世界@名無史さん:2012/04/05(木) 21:37:06.15 0
>>381
足利将軍や徳川将軍の面々は、親子継承に限ると代を経る毎に華奢な細面になってるよ
明治時代から現在にかけても非常に大きく変化してるし。
伊勢湾岸の遺跡から見つかった人骨も稲作の広がりと共に似た変化が起きたらしい。

384 :世界@名無史さん:2012/04/05(木) 23:40:18.87 0
>>382
華北(特に燕のあたり)に西周・東周時代の稲作跡ってそれなりに見つかってるの?
それがないと、華北を抜かして江南から一足飛びに東北方面に伝播するってのは変なルートだと思うけど。

385 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 04:33:43.90 0
>>381
普通に海外からやってきた弥生人と混血してるよ。
日本人のY染色体には縄文人由来のD2の他に
弥生人や渡来人由来のO2bやO3がかなりの割合で存在するからね。

この割合を考えるに、縄文人と弥生人は弥生時代初期に早々と混血しちゃって
混血した状態で人口を増やしていったと思われる。

386 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 05:16:21.16 0
燕京から山海関くらいまでは戦国時代の水田跡が幾つも見つかっているし
漢は普通に屯田してるから、河北〜遼東の燕領くらいまでは水が豊富なら稲作出来たんじゃね
それより北部のぶるっちょさむさむな地方で稲作してたとは思えないけど

387 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 05:20:24.86 0
>>385
九州から東北まで日本人の遺伝子分布は等質性が高いから
渡来してきた大勢の集団と混血したなんて与太話を信じるまともな人間は居ないよ
日本へ渡って来たのは、ほとんど誤差の範疇に収まる人数

388 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 06:08:20.09 0
>>387
大勢の集団と混血したなどとは書いてない。
少数の縄文人と少数の弥生人が混血し、
早い段階でD2、O2b、O3などが混ざった混血民族(大和民族)が誕生し、
その混血民族が水耕稲作による食料の安定によって人口爆発し、
列島全域に広がって行ったと書いてるんだ。

日本人のY染色体の半数がO2bやO3なんだから混血してるのは確実。
あとは紀元前300年頃に大量の弥生人が渡来して混血したか、
紀元前1000年頃に少数の弥生人が渡来して混血したかの問題だが、
D2の割合が高いことを考えると、紀元前1000年頃に少数の弥生人が渡来して混血し、
時間をかけて人口を増やしたと考えた方が納得がいくわな。

389 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 06:20:55.11 0
>>388
O3とO2bは日本人では1/3程度、大陸や半島では2/3を超える頻度で見られる
逆にO2b1やDは日本では半数近くが持ち、大陸や半島には僅かな頻度でしか見られない遺伝子
となると渡来人は男が非常に少なく女性ばかりだったことになる、んなアホなww

しかもY染色体の分布頻度が日本人と一番近いのはモンゴル人
大陸や半島と違い日本はモンゴル領になった事が有史以来一度も無い、残念だなw

390 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 06:39:50.27 0
>>389
O3やO2bをしっかりと持ち込まれてるのに、
どんな理屈で渡来人は男が非常に少ないって話になるんだ?

大体さ、アイヌはD2が9割で、残り1割のC3はオホーツク文化人由来。
つまり混血が起こってないなら大和民族もY染色体のほぼ全てがD2のはずだろ。
O2b1だって弥生人が大和民族に持ち込んだものだ。

そしてD2が大量に残ってるってことは、
弥生人と縄文人は平和に混血して大和民族になったってことだ。

391 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 06:52:16.70 O
Y染色体以外の指標は使わないの?
Y染色体が共通だからって遺伝的に近いとは必ずしも言えない

392 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 06:55:36.19 0
>>391
遺伝的に近い、遠いの話なんてしてないから使う必要はない。
縄文人が米食うだけで弥生人になったかどうかについて
いいや、混血してるよって話だ。

393 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 09:48:53.16 0
>>389
>しかもY染色体の分布頻度が日本人と一番近いのはモンゴル人
とりあえず資料

394 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 11:51:27.47 0
>>383
将軍家は普通に公家から嫁を貰っていたので当たり前。
未だにルイセンコか?

http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/hensen/hensen02.html
江戸時代と現在を較べても別人種といえるほどには変わってはいない。
逆に縄文人と弥生人の間には生まれつきとしか考えられないほどの違いがある。
現在でも現代的な食生活をしているのに古モンゴロイド顔の日本人はそれなりに生まれている。

395 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 13:02:21.47 0
日本人・Y染色体(父系血統)による系統分析
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA#Y.E6.9F.93.E8.89.B2.E4.BD.93.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E7.B3.BB.E7.B5.B1.E5.88.86.E6.9E.90

C3はオロチョン、ブリヤート、エヴェンキで非常に強く、ハルハ・モンゴルでも半分を占めるが、
満洲族はO3(漢人系)の割合が高く、だいぶ漢化している。
朝鮮はO3やO2b(江南系)が強く、C3はそれほど多くない。
ニヴフやケット、ユカギールなど孤立言語民族でもC3が多く見られるので、ツングース系特有というわけでもないか。

日本人には、C3がほとんどない。
ブリヤート人のミトコンドリアDNA(母系遺伝)に見られるM7aは日本人にも多いが、
台湾や沖縄に特に多いタイプであり、むしろ南方起源らしい。

396 :393:2012/04/06(金) 13:55:01.30 0
>>395
それ見たって「Y染色体の分布頻度が日本人と一番近いのはモンゴル人」
なんて言えないよなあw
C3は大和人は1割以下だがハルハモンゴルは5割超えてるし、
逆にO2b1は大和人は3割程度だが、ハルハモンゴルは0だし
一体どこからそんな妙な学説吹きこまれたんだ?
まあネトウヨの巣じゃ学問と言えない決め付けが横行してるからそこらへんだろうが

397 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 14:10:37.08 0
モンゴル人だの、朝鮮人だの、北方モンゴロイドは
日本人に比べて酒に強いしなぁ。
日本人の下戸の多さを考えるに、
弥生人は中国南部の下戸遺伝子発祥地域から
漢民族に追いやられて移ってきたと考えた方が自然だ。

398 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 15:57:25.02 0
>>396
最近は二次裏mayって場所でそんな事吹聴してるの多い
あそこは2chと違って数時間でログが消えるから
仮に捏造したとしても誰かがログ保存でもしない限り証拠も消せる

399 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 16:22:23.59 0
下戸遺伝子の分布をみると、一番下戸なのはベトナムで57%に達し、華南の50%、日本の44%がこれに次ぐ。
モンゴルは30%、韓国は25%、タイは18%、フィリピンは14%に過ぎない。
また日本全国で「酒豪遺伝子」とされるN型遺伝子の分布を調べたところ、
秋田・岩手・鹿児島で70%を越えたのに対し、愛知と三重では40%しかなく、
中部・近畿・北陸から遠ざかるほど酒に強いという結果が出たという。
韓国は酒豪遺伝子が70%を超えており、華北で59%、日本全国では56.4%。

ついでに、Y染色体のC系統はC3以外みな南方(インド・スンダランド・サフール・オセアニア)に分布しており、
C3bはアメリカ先住民にも見られるので、スンダランドから海沿い川沿いに北上していったグループがC3になったらしい。

400 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 17:13:46.97 0
>>399
愛知、三重と言えば濃尾平野に伊勢平野。
広大な沖積平野からなる大穀倉地帯だ。
縄文人にとって価値は低いが、弥生人にとっては宝の土地。

逆に秋田、岩手、鹿児島と言えば稲作不毛地帯。
今でこそ品種改良が進んで米所となっているが、
古代において寒冷な北東北で稲作なんて無謀すぎるし、
水捌けの良すぎるシラス台地の鹿児島で稲作するのも馬鹿げてる。

それらを考えると、この下戸遺伝子の分布は理に適ってる。

401 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 17:21:34.52 0
なんかスレチの話題が続いてるから便乗するけど、Y染色体D系統の詳細情報。
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/012_4Y_chromosome_no_kennkyuu.html
中国の少数民族が個別に計測されているので、よくみるWiki図より経路を捉えやすい。
基本は変わらないけどね。(東南アジア島嶼部→モン・ミエン、ダイック、チベット・ビルマ、日本)

402 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 18:10:12.26 0
いちおう弥生時代前期には、おそらく海路を通じて水田稲作文化が青森県にまで広がっていた。
津軽地方の垂柳遺跡には整然とした水田跡が残っており、
西日本を中心に分布する遠賀川式土器も発掘されている。
日本海側には「やませ」が吹かないので、稲作には向いていたようだ。
しかし寒冷化によるものか、弥生中期を境にぱったりと稲作の形跡が消えてしまったという。
http://inoues.net/family/tareyanagi.html

403 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 18:16:56.87 P
>>390
O2b1に属さないO2bは日本人のY-DNAからは非常に低い頻度でしか見られず
O2b1はチョンやチャンにはほとんど見られないタイプ。
O3はある程度の頻度で見られるが日本国内での分布に偏りが無く、沖縄や東北でも同程度の頻度で見られる。
>>394
江戸時代と現在を較べると骨格が大きく変わっている、明治時代と比べてすら大きく変わってる
その例はわざわざ大名の人骨を例に挙げた恣意的なもの、現代人と似ていて当然

404 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 18:28:12.39 0
>>403
O2b1が中国人や朝鮮人に多かろうが、少なかろうが、
縄文人が最初から持っていたY染色体ではないだろ。
つまりは弥生人が大陸から持ち込んだってこった。
米食ってたらD2にO2b1やO3が混ざりましたなんてアホな話はないからな。

405 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 18:49:37.00 0
>>404
O2b1は縄文人の間に広く分布していたY-DNAだよ
O2b1が分岐したのは9000年前の前後なんだから
>>393
日本人になった祖先達、今読むと結構眉唾な本だけどね

406 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 19:05:40.86 0
>>405
それなら、どうしてアイヌにはO2b1が存在しないんだ?
大陸でO2b1が分岐し、それが弥生人によって日本へ
持ち込まれたと考えた方が自然だろ?

407 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 19:55:28.94 0
>>406
O2b1は日本で発生してかなり後の時代に半島へ広がった。
アイヌはそもそも本土人と言語が違うよな

408 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:14:32.79 0
>>407
O2b1が日本で分岐したなら、誰がO系統を日本へ持ち込んだんだ?
D系統人種の移動と、O系統人種の移動は時期が異なるから、
異なる時期に日本列島へ入ってきて混血したことになるが、
一体全体、いつD系統人種とO系統人種が混血したと考えてるんだ?

言語に関してはアイヌ語を縄文語、日本語を弥生語と仮定すれば一気に解決するよな。
まぁ、仮定すればの話だが。

409 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:35:10.12 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

410 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:51:11.20 0
>>408
O2bは満州で分岐したあと、1万年よりもっと前に日本へ入った

しないよwww
縄文時代と弥生時代の間に言語的な断絶は存在しないww
妄想も程々にw

411 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:51:28.47 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

412 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:54:27.10 0
日本人の半分は、アイヌでは9割近いD2で、旧石器以来の縄文系。

O系統はもともとN(ウラル・シベリア系)と同祖で、3万年前にシベリアから東アジア大陸部へ南下してきた。
最初に来たO1は今の台湾先住民の祖先で、江南から押し出されて台湾・東南アジア・オセアニアへ拡散。
次に来たO2は華南・東南アジアにO2a、琉球・日本・韓国南部にO2bが分布。
最後のO3は1万年前に南下した原漢人(ミャオ含む)で、琉球にはいない。

O2b1は琉球南部と日本本土で強く、韓国には少ない。
琉球南部ではO2bが非常に強い(67%)かわりにD2が少ないが、琉球北部ではD2が半分ほどに増える。
日本や琉球でO2b1が発生したというより、江南から琉球・日本へ渡って来たと見た方が自然。
満洲にもO2bがちょっとだけいるが、これも南から来たもの。
http://www26.atwiki.jp/crescent_castle/pages/56.html

413 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:55:03.05 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

414 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:58:04.37 0
>>410
縄文と弥生の間の言語断絶の有無がどうして分かるか解説よろ
どんな資料に基いてんだ?

415 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 20:58:38.96 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

416 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 21:40:07.91 0
百済王氏の嫡流ってどうなったの?
将門の乱で滅亡?

417 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 21:54:03.64 0
>>412
Y-DNAのNはOと同じく東南アジア起源、スンダランドから中国や日本列島へ拡散し
更に満蒙やシベリアへ到達したあと西へ広がったた集団に属するもの。

O2bの起源は満州もしくはその周辺、O2bは南下してきた集団の遺伝子。

江南ではO2b1がほとんど全く見られないよ、日本でO2b1が発生し半島南部へ広がった。

>>414
生活環境が下部と上部で断絶している遺跡が全く見つからないか非常に少ないよね

418 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 21:54:19.81 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

419 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 21:56:43.33 0
>>417
「生活環境」w

420 :世界@名無史さん:2012/04/06(金) 23:36:31.34 0
百済王姓 三松氏系図
http://www.k2.dion.ne.jp/~tokiwa/keifu/keifu-k-mimatsu-kudara.html
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/03/03013.htm

421 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 00:01:13.52 0
>>417
地名から類推してアイヌ語から日本語に移ったと推定される北東北は
生活環境がどう変わったと遺跡から分かるんだ?

422 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 02:36:38.72 0
夫余に話を戻そう

穢系諸族はツングース+東胡+華北漢人と考えると
配分的にはC3やO3あたりが強そうで、満洲族的なブレンド具合だろうか

423 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 05:02:03.03 0
政治的文化的に滅びても子孫が絶滅したわけじゃないから
東北平原に居た夫余は西部の満州人に近いんじゃね

424 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 10:43:56.33 0
>>416
室町時代までは氏の長者への叙位の儀式が細々と続いていた。

425 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 15:21:55.31 0
<丶`∀´>「日本の大阪は百済属国の中の一つであった!百済のきらびやかな歴史覗いて見ること!」
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1333606514/

426 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 15:43:21.94 0
「倭は百殘・新羅を破り、以って臣民と為す」(好太王碑文)
「新羅・百濟は、みな倭を以て大国にして珍物多しとなし、並びにこれを敬い仰ぎて、恒に使いを通わせ往来す」(隋書)

427 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 18:22:17.47 O
>>424
さすがに扶余文化はもとより、韓文化も全く残ってなかったろうな。

428 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 21:13:26.26 0
>>424
日本人って古い物残すの大好きだなw
書物を丸コピペしたり、公家を養って存続させたり、天皇家を(ry
お中元とかお歳暮とかパッと見進歩の無い日本料理とかも

429 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 22:14:33.14 O
>>428
日本料理に進歩が少ないのも、料理の主役の座が西洋料理に奪われたからかも。

430 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 23:13:45.06 0
>>428
今に残っている文献は
ほんの一部だけだよ

日本は史料や記録の焼却をすぐに行ってしまう国

431 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 23:23:33.22 0
一部が今も残ってるんだよ日本は。
編纂物を創るのに併せ史料や記録の焼却をすぐに行ってしまう地域と違って

432 :世界@名無史さん:2012/04/07(土) 23:44:21.44 0
武士の台頭によって朝廷の力が衰えたのは残念だ。
地方の報告を集めまくる朝廷や、日記好きな貴族と違って、
初期の武士は記録マニアじゃないからなぁ。

433 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 00:00:02.58 0
明治に入ってかなり史料を捨てちゃったらしいしな

434 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 00:31:24.62 0
古事記だって某寺で14世紀の写本が発見されなきゃ失われた書物になってたし
正史の交替(この場合日本書紀)に合わせて旧い方を破棄する風は日本にもあったさ
歴史書に限らず、京が荒れて貴族がおちぶれるに随って古書は散逸・焼失していったし

何故それが残ったかと言えば写本者の多さ(特に女性の手でコピーされていった源氏物語)、
識字率の高さ(江戸時代の書付なんぞは民家から出てくる)、
朝廷が力を失い、トップが焚書しろと言えば全土でその命令が実行されるような中央集権体制が長らくなかったこと

435 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 01:11:22.77 0
写本の多さってのも、中国だと写本する時好い様に写したり
注釈や再編纂すると古い方を破棄する等違いがある。

焚書のような愚挙は半島王朝でしか実施してないよw
史書や史料の厳格な管制や大規模な焚書の実施等々
半島王朝の歴史に対する姿勢はかなり異常。

436 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 03:06:49.36 0
言語と文化って一致するもんなんかね?
縄文文化って沖縄本島から宗谷岬・千島まで広がっていた訳だけど、仮にこれが言語集団に依存したものだとしたら、
縄文人=アイヌ語話者になりかねないわけだが、日本語のアイヌ語との関係の薄さと夫余との関係の濃さを考えるとなんだか不自然な感じがする。

437 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 03:31:24.09 0
>>436
扶余諸語は実体が殆ど分からないから考えるだけ無駄だな。
それは縄文語についても同じだけど、最近の研究で
縄文人の遺伝子には大なり小なり地域差があったようだから
地域によって話されていた言語が違った可能性もある。

438 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 03:51:25.58 0
>>437
無いね。そういうデマばかり流しているから歴史捏造主義だと批判される。

439 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 03:54:50.76 0
>>438
【人類】縄文人、多様な起源 遺伝子分析で解明 北海道・東北集団と関東集団で大きく異なる
ttp://unkar.org/r/scienceplus/1266392759

440 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 04:12:18.07 0
>>438
どこらへんがデマか詳しく

441 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 06:15:16.14 0
>>439
言語も文化も違う蝦夷と本土人の遺伝子が異なるのは当然
だいたいが蝦夷は縄文人の範疇に含まれない。
>>440
>最近の研究で縄文人の遺伝子には大なり小なり地域差があったようだから
>地域によって話されていた言語が違った可能性もある。
ここらへんがデマ、というかお前の書き込みはいつもほぼ全てデマだな

442 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 06:32:16.93 0
>>441
お前、アホだろ?
弥生時代の北海道住民を何と呼ぶか知ってるか?
続縄文人だ、続縄文人。
蝦夷は弥生時代になっても縄文文化を続けた典型的な縄文人だろうが。
蝦夷は縄文人の範疇に含まれないとか、馬鹿も休み休み言え。

そしてお前の言う通り蝦夷と本土人で言語、文化、遺伝子が異なって当然なら
まさしく縄文時代の日本列島には複数の言語が存在したって事になるじゃないか。
お前、本当にアホだな。

443 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 06:45:06.56 0
>>442
見苦しい言い訳すんなカス

>地域によって話されていた言語が違った可能性もある。
アイヌ語が日本語と違うのは誰でも知っていること
蝦夷のことを念頭に置いていたなら「可能性もある」なんて書くわけないよな

444 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 06:49:25.32 0
>>442
今、蝦夷やアイヌを縄文人とは呼ばない
呼ぶとしても大昔に教育を受けた老人くらいのもの

445 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 06:57:07.46 0
>>443
見苦しい言い訳してるのはお前だ。
アイヌ語が日本語と違うのは誰でも知ってるが
日本語が縄文人に由来するのか、
弥生人に由来するのかは誰も知らないだろ。
縄文人が複数の言語を使用していたなら、アイヌ語だけでなく
日本語も縄文人に由来する可能性があると言ってるんだ。

>>444
当たり前だろ。
北海道が続縄文時代だった頃の北海道住民を続縄文人と呼ぶんだよ。
擦文時代に入れば擦文人、アイヌ時代に入ればアイヌだ。
教育の古い、新しいは関係ない。

446 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 07:07:26.46 0
>>445
どう見てもお前だよ。
日本語は縄文時代のうん千年も前から日本語
未だに弥生人に由来すると主張してる様なキチガイはお前の同国籍人以外存在しない

今は蝦夷、アイヌ、北東北北海道先住民とは呼んでも
北海道縄文人とは呼ばない、お前の自己定義を勝手に現実認定しないように

447 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 07:28:00.45 0
>>446
お前は縄文時代の何千年も前に話されてた日本語の資料を持ってるのか?
万葉仮名が誕生する5世紀まで日本語を表記する方法すらなかったのに、
どうして縄文時代の何千年も前から日本列島の住民が日本語を話してたと断言出来るんだ?
そんなことは証明出来ないんだから、お前の単なる妄想じゃないか。

それと続縄文人って歴史用語くらい知っとけ。

448 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 07:50:49.52 0
っていうか、どうしてそんなに弥生人由来だったら嫌なのかね。
日本語と朝鮮語、日本語と中国語は別系統の言語なんだから
仮に弥生人由来だったとしても、弥生人は大陸にいた頃から
中国人や朝鮮人と異なる言語を喋る別民族でしたってなるだけなのに。

449 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 08:13:04.32 0
>>447
日本列島には断絶的に住民の入れ替わった痕跡が存在しないよな
周辺に同系統の言語を使うミンジョクもいない。はい、証明終わり

続縄文人も北海道縄文人も使われない、認識を改めましょう
>>448
歴史捏造主義者は駆除されて然るべきだからね。
小さなことからこつこつと捏造するのが、お前の同族の常なんだから

450 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 08:35:44.39 0
>>449
縄文人の人口は最盛期で26万、縄文末期で数万。
日本列島はスッカスカ。
しかも人口が東日本に著しく偏ってるもんだから
西日本はスッカスカもスッカスカ、超スッカスカ。
そこに入植して人口増加率で縄文人を上回れば
縄文人は日本におけるアイヌみたいな少数派に転落しちゃうんだなぁ。

そして言語は消滅するもんだ。
扶余諸語なんてまさしく消滅してるだろ。
周辺に同系統の言語が存在しないからといって、
過去にも存在しなかったという話にはならない。

451 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:01:31.97 O
ニューギニア島なんて語族が数十あるらしいな。
大陸も昔はそんな状態で、日本語も朝鮮語もその中の一つだったのかもね。

452 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:05:54.82 0
>>450
縄文時代の人口はまだまともな推定が出せてないけどね
少なくとも最盛期に26万って説を唱えた過去の人の主張は既に破綻した
同じく人口が東日本に極端に偏ってたって説も説得力が全く無くなってるよ。
しかも大量の移住を窺わせる証拠も未だ何も見つかってない

そりゃ夫余は高句麗とユウロウに、高句麗は唐に滅ぼされたからなww
話し手が政治的な集団としては滅びた夫余語が現代に続いてる方がおかしい。
一方の縄文人は滅ぶ処か減った形跡も窺えない

453 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:25:07.04 0
>>452
日本人のY染色体の半分を占めるO系統は
何処から湧いて出たんだよ。
と言っても、お前はO系統は縄文人が最初から持ってたって言うんだろうなぁ……

454 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:39:14.64 0
日本人のY染色体の約半分をO2b1とO3が占めてるんだから
先祖に漢民族やベトナム人に近い人々がいたのは確実だよな。
弥生人がベトナム系で、秦氏や東漢氏といった有力渡来系氏族が
漢民族系だったら話は簡単なんだが。

455 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:43:03.23 0
>>453
縄文時代に入る遥か前に日本へ住み着いたんだよww

456 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:45:33.43 0
>>454
O2b1は珍しい支系統で日本以外の土地にはあまり保持者いないけど

457 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 09:52:46.58 0
>>452
>しかも大量の移住を窺わせる証拠も未だ何も見つかってない
何度も言ってるが北東北での大量の移住の証拠はどこにあるんだ?

458 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 12:23:17.29 0
>>457
城郭、住居、水田、土器、武具なんかはアイヌと日本人で全然違うからね
あとはまとまった戦傷人骨なんかも

459 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 12:46:33.22 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/


460 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 13:07:18.20 0
それ縄文→弥生でも一緒だろw

461 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 14:09:30.23 0
日本人はどこから来たんだ?32
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1327010038/

462 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 14:15:20.84 0
ハプログループO2b&O2b1は夫余、沃沮、穢
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1288487602/

463 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 14:56:15.57 0
>>435
言うほど何度も焚書の記録なんぞあるか?
シナも朝鮮も実録を付けてるから政府の命令は全部記録に残ってるはずだが

朝鮮は懲録の様に輸出禁止の命令なら何度か出てるけど(そしてそれをかい潜って日本に輸出されていた、というオチが)
清朝のが文字の獄を代表に漢族系の言論弾圧は徹底してたけどな
これも長崎経由で日本には流通してて、嘉定屠城紀略みたいな満州族による虐殺記録を
清末期に日本へ留学に来た漢族が初めて読んで、滅満の意思を新たにしたとか

464 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 19:59:36.46 0
スレチだから人類学板へ逝け>ALL

http://awabi.2ch.net/geo/

465 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 21:31:38.61 0
>>436
必ずしも一致する訳じゃない
特にテュルク系言語なんって言語と人種とDNAと文化と環境の差異がそれぞれ大き過ぎる

466 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 21:34:08.75 0
扶余諸語なるものは日本ではまだまだ懐疑的な見方のが多いけど
海外特に北欧系の学者には何故かそれなりに一定数の支持も有ったりする
この辺り歴史観の相違は相当に有るものだとは思うけど
北欧の学者は日本語に特異な面は何一つなくその言語の全てが大陸からの影響で培われたもので
主に北方系等からがメインで南方系がそれに合流したっていう見方が主流だと

467 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 21:50:25.54 0
扶余語なんてさっぱり分かってないのにな。
中国の史書には北扶余の末裔は契丹と同じ言葉を喋るって
書かれてるから、扶余はモンゴル系の可能性すらあるのに。

468 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 22:14:10.97 0
東アジア人より優秀な北欧人がいうことだから真実に違いない

469 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 22:31:11.91 0
扶余系の言語ってモンゴルやツングース(一部にはテュルク?)の相互影響も有るらしいけど
それぞれの系列ではない言語だってのが今の見方だっけ
かつてはツングースって言う説は今ではほぼ完全否定されたようだし
アルタイ諸語って概念も今や薄くなりつつあるけど
まだそれが有るとしてそのアルタイ諸語なる祖語から直接的に分派したとか?
まぁそれ言うならそもそもアルタイ諸語が今は大分そう言うのが有ったかどうかってレベルまで疑問もたれてるけど

470 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 23:09:22.33 O
>>466
稲作自体は長江らへんから来たが、
日本や朝鮮西南部の稲作はかなり北方の要素が強かったはず。
だから、日本語も扶余由来でもおかしくないわな。

471 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 23:30:26.93 0
はいはい

472 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 23:43:41.18 0
http://inoues.net/study/japonica3.html
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/ine_denpan.htm
http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000116_all.html

中国から日本へ稲作が直接伝来した裏付けとなる「RM1-b 遺伝子の分布と伝播」。
日本の各所に点在するRM1-b遺伝子。中国では90品種を調べた結果、
61品種に、RM1-b遺伝子を持つ稲が見付かったが、
朝鮮半島では、55品種調べてもRM1-b遺伝子を持つ稲は見付からなかった。
なお現在の日本に存在する稲の遺伝子は、RM1-a、RM1-b、RM1-cの3種類。

473 :世界@名無史さん:2012/04/08(日) 23:57:16.84 O
複数のルートがあったか、遺伝子が欠落したか。
いずれにしても朝鮮半島を経由したルートが重要だったことは揺るがない。
そうじゃなかったら、どうやって遼寧の土器や雑穀や金属器が
弥生文化に含まれるのか。

474 :世界@名無史さん:2012/04/09(月) 01:32:21.24 0
>>472
それ出して何が言いたいのか不明だが、
類推すると「長江下流から」って言いたいの?
その研究が確かだと仮定しても、「長江下流からの直接のルートがあった」
としか言えないんだけど分かってる?
朝鮮半島経由ルートの否定にはなってないから、それ

475 :世界@名無史さん:2012/04/09(月) 02:01:20.85 0
>>473
遼寧や河北の金属器とか五穀は北九州北岸から数多く発見されてるけど
弥生時代の開始より遅い時期だぜ

476 :本当:2012/04/12(木) 00:07:54.73 0
よくも、ここまで史実を捻じ曲げられるものですね。時代背景的に4〜5世紀は百済のごとき
劣等民族は、倭国の支配下にあったはずです。この民族はこの世からなくなればいい。韓流タレントに熱を上げているから
馬鹿にされるのである。


477 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 00:20:31.80 0
はいはい、倭国の支配下にあったのは新羅な、百済は従属的な友好国。

478 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 01:03:08.04 0
はいは一回
三韓征伐のあと新羅の王は日本からきました

479 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 01:07:57.14 0
日本酒の起源は朝鮮半島発祥ですね。

5世紀を前後した頃日本に派遣され酒を醸造方法を伝えた酒造技術者 仁番の家を再現した場所です。
「古事記」には應新天皇の時に渡ってきた仁番が新しい方法で美酒醸造し、後に彼を主神として祭ったという記録が伝えられている。
このことを通して百済人達が酒を醸造し、飲酒を楽しんでいたことがわかる。


480 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 01:37:46.19 0
なんで一般人は、韓国、朝鮮人を忌み嫌うのかなぁ・・・

確かに日本が統治するまで土人国で日本がインフラや教育制度、医療制度など

全ての近代化につながる基礎を整備してやったのに、台湾と違って逆うらみや

難癖、恐喝、強姦、詐欺、エセ右翼、パクリなど悪行の限りを尽くしてるけど、

それは、ああいう根っからの極悪非道民族だからしょうがないこと。

嘘つきに嘘はいけない、泥棒に盗みはいけないと説教しても同じで無駄なんだよ。

481 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 02:27:03.77 0
遼寧式銅剣文化圏は箕子朝鮮か?

482 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 03:27:11.99 0
箕子朝鮮はもっと南でしょ、北に居た東胡とか山戎とか北狄の類

483 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 10:10:27.83 O
稲作が遼東半島を経由してきたのか、
山東半島あたりからきた稲作と北から来た畑作文化が朝鮮半島西南部(松菊里とか)あたりで合体したか?

484 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 12:31:22.59 0
ルート的には後者が妥当だろう
山東半島南岸地域には越が進出しており、比較的温暖で水田跡もぼちぼち存在する
松菊里遺跡は忠清南道扶余郡で、のちに百済の後期の首都が置かれた地
百済が少数の夫余と多数の韓・倭の混成国家であったと同様に、
ここは遼寧式銅剣文化(東胡・穢貉)と江南稲作文化(越・倭・真番)がぎりぎり交錯する地域だった

485 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 14:32:34.03 0
江南稲作文化の稲作以外の文化って、どんな痕跡があるんだろう

486 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 15:25:52.78 0
水稲が日本から半島にもたらされたものであっても、稲作文化を持った人々が江南から日本列島に渡るのに朝鮮半島を橋頭堡・補給地点にしなかったのは不自然だわな。

487 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 16:00:38.97 0
断髪・黥面・文身して蛟龍の害を避け、舟で河川沼沢を自在に移動し、
水稲を作り、潜水して魚を採る。その米と魚を使って「なれずし」を作る。
銅鐸の原型も越にある。

488 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 17:59:46.41 0
>>484
前者と後者じゃなくて、山東半島から遼東半島を経由してきた稲作と
北から来た(というか元々行われていた)畑作文化が〜って意味だろw

箕子朝鮮のあった領域からも遼寧式銅剣が発見されてるけど
遊牧民の遼寧式銅剣文化とは別物で、夫余系の居住址は地域にもよるけど農耕が盛ん

489 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 21:58:08.22 0
夫余・穢は満州へ北からやってきたというより、
朝鮮半島の日本海沿岸から満州へ北上したのかな

490 :世界@名無史さん:2012/04/12(木) 22:13:53.19 0
史書に残る記録、遺跡発掘などの考古学的発見、有史以来の人の流れた方向
誇らしい歴史を創り上げる事より現実的な判断が大切だろうね。

491 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 07:47:26.80 0
>>486
江南人が華北の漢民族に追いやられて散り散りに逃げたと考えれば、
朝鮮半島を経由していない方がむしろ自然だ。
インドシナ方面へ逃げたり、海に出て日本へ逃げたりするのは容易だが、
陸路北上して朝鮮半島をグルっと廻って日本を目指した場合、
漢民族の勢力圏を突っ切ることになる。

492 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 11:32:51.03 0
河姆渡や良渚の文化は、タイ系もしくはクメール系の文化の源流である。
屈家嶺や石家河の文化は、ミャオユオ系の文化の源流である。

普通に陸路で南に逃げているだけだよ

493 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 11:37:44.96 0
稲作始まった頃なら沿岸部はだいたい東夷かな

494 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 14:27:25.04 0
わざわざ山東から河北・遼東・北朝鮮へ進まんでも、
山東半島南東部(莱夷)から韓国南西部を経由して九州へと海路で渡りつけばいい
日本列島のほうが温暖湿潤だから、渡来者は少数でも現地で増やせる
なにも彼らまで韓国人と呼ぶことはないけれど

495 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 16:17:29.07 0
日本へ到達する場合は山東半島から遼東半島を経由して黄海東岸を南下するか
長江下流から海流に乗って直接九州西部へ渡る経路の2つのどちらかだよ
そもそも山東半島南東部は稲作地帯ではなかった。

496 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 16:28:58.00 0
山東半島って華北平原から突き出してるもんな。
稲作の担い手が長江文明人なら
文字通り長江中下流平原の辺りに住んでたんだろうけど、
長江中下流平原って山東半島よりかなり南だ。

497 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 16:33:59.90 0
■ニュースな歴史館:古代の北朝鮮は進んでいた

東京芸術大学のチームが2月、北朝鮮にある世界文化遺産「高句麗古墳群」の古墳の壁画を独自のデジタル技術を使って、
世界で初めて原寸大で復元したというニュースがありました。

北朝鮮と言えば、「人工衛星」と言いながら実際は軍事ミサイルの実験を行うのではないか……と疑われている怪しい国のイメージがあります。
しかし、こうした不可思議な国になったのは第二次世界大戦後のこと。しかも、日本の戦前の支配も原因の一つでした。

紀元3?5世紀ごろに全盛を迎えた「高句麗王朝」のころは、日本よりもはるかに進んだ文明国家があり、仏教などの宗教、学問の中には当時、
高句麗を経て中国から伝えられたものもあります。

復元された壁画は、切手などでも知られる飛鳥時代の高松塚古墳(奈良県明日香村)の美しい壁画とそっくりなのが分かるでしょう。
当時の日本は高句麗の美しい文明をそのまま、コピペしながら輸入し、やがて独自の文化を生み出していったのです。【森忠彦(もりただひこ)】

▽毎日小学生新聞 2012年04月13日
http://mainichi.jp/feature/maisho/news/20120413kei00s00s015000c.html


498 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 17:05:24.01 0
百済や円仁は山東・黄海ルートを使っているし
楊家圏遺跡や趙家荘遺跡には龍山文化期の畦畔水田が存在する

499 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 17:26:46.61 0
百済は前史時代にあった超古代文明なのか、知らなかったよ。
楊家圏遺跡や趙家荘遺跡が山東半島南東部にあったのも驚愕の新事実。

500 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 17:31:33.71 0
山東から遼東へ水稲農耕が渡ってたともいうし、まあいろんなとこから少しずつ来たんだろう
あとは考古学板ででもやってくれ
http://awabi.2ch.net/archeology/
http://www.geocities.jp/ikoh12/index.html

夫余の始祖神話は>>139にあるとおり、北方から川を渡ってきたというものだが
高句麗ではこれに南方系らしい卵生神話が加わっている

501 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 17:38:58.53 0
弥生人が百越人であることは動かない2
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1284065679/

502 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 20:26:33.49 0
卵生神話って、この辺だと殷王朝やチベット族の神話だから独特ではあるよな

503 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 21:24:17.44 0
チベット系はだいたい秦嶺山地の猿猴神話でしょ?

504 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 21:36:54.41 0
卵生神話は、基本的に北方系神話じゃなかったっけ?

扶余系の高句麗の始祖伝説以外にも、
韓系の新羅の始祖伝説や、こちらも韓系の金官加羅の始祖伝説に、卵生神話が入ってるね。


古事記や日本書紀での日本神話には、ストレートなかたちでの卵生神話は出てこないけど、
桃太郎や竹取物語は、卵生神話に似たバリエーションの一つという解釈はされたりするのかな。

505 :世界@名無史さん:2012/04/14(土) 23:18:38.56 0
卵じゃなかったけどアカルヒメとか
新羅の女が日光感精で赤い玉産んだらそれが娘に変わって、
娘は結婚したけど夫のDVから逃げて「親の国」日本に渡ったとか

506 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 05:15:44.70 0
血統的に、北朝鮮は扶余系のあとに三々五々入ってきた漢族が優勢の社会で、韓国は血統的に扶余系優勢の社会なんじゃないの?
一般的に韓国人のほうが目が細くてエラが張ってるんだよね、不思議だけど、これで説明がつく


507 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 08:29:33.11 0
<ヽ`∀´>

508 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 10:02:21.06 0
韓国人は目が細いだの頬骨が高いだのっていうのは
はっきり言って思い込みの典型だわな。

韓国絡みのスレで毎度こういうこと書いてる人たちは、
一度試しに一人で韓国国内を歩いてみれば、
実際のことがよく分かるんじゃないのかな。
日本人と韓国人の顔立ちなんて、都市を歩いても農漁村を歩いてもまるで違わないし、
地元の人から韓国語で話し掛けられることだって、一度や二度じゃないだろう。

てか、古代の人はそんなこと一々こだわんなかったかもしれないな。
古事記とか日本書紀とか読んでると、
海を越えてずいぶん大らかに付き合ってたと読める箇所はたくさんある。

21世紀の今時の人間のほうが、あれこれネットで思い込みを書き散らしてて、
よほど度量が小さく見えてしまいそうだ。

509 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 10:05:58.24 0
古代人には民族自決って概念すらないだろw

510 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 14:24:37.03 O
>>504
天孫降臨の話は金官加羅の首露王の話と酷似してるが、
ニニギも何かでくるまれて降臨したはず。

511 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 19:46:07.76 0
日本書紀の天孫は天児屋命、太玉命、
天細女命、石凝姥命、玉屋命ら五部の神を従えて
猿田彦に案内されて普通に降臨してるが、
古事記では何かに包まれて降臨するのか?
古事記は持ってないから分からねぇ。

512 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 22:38:01.86 0
>>510
酷似と言うほど似てない。

瓊瓊杵尊は「真床追衾」を以て降臨したが、
金官伽耶のソレは住人が天から降りてきたヒモを引っ張ったら赤い布(紅幅)
にタマゴが6つ入ってて、翌朝タマゴが6人の男の子に化けた、という話。
そもそもこの話自体、三国遺事所収の「駕洛国記(現存せず)」の引用、というスタイルだが
三国史記列伝の金ユ信の項では、金首露の子孫である彼が「金海金氏は軒猿の子孫」
と主張してると記述してて、タマゴが天から降臨したとかいう話はカケラもない。

513 :世界@名無史さん:2012/04/15(日) 23:41:01.30 0
そういや、突厥だったかウイグルだったかの創世神話も
卵だか竹だかがパカっと割れて生まれてくる話じゃなかったっけ?
殷の伯益と徐の偃王も卵から生まれてくるって伝説

514 :世界@名無史さん:2012/04/17(火) 09:12:02.46 O
>>512
天皇もユシンも、先祖が卵から生まれたのが気に入らず
改竄したのかもね。

515 :世界@名無史さん:2012/04/17(火) 20:40:02.42 0
【訃報】 「広開土大王碑文、日本軍改ざん説」提唱した考古学者、李進熙(イ・ジンヒ)和光大名誉教授 [04/16]
1 :蚯蚓φ ★:2012/04/16(月) 22:48:38.57 ID:???

 李進熙さん82歳(イ・ジンヒ=考古学者、和光大名誉教授)15日、肺がんのため死去。葬儀は
近親者のみで行う。喪主は長男明浩(ミョンホ)さん。

 韓国慶尚南道出身の在日1世。古代日朝関係史研究の先駆けとして、好太王碑文や拓本の編
年を行った。好太王碑文については、旧日本陸軍が、4世紀末に倭(当時の日本)が朝鮮半島に
進攻したように改ざんしたとする説を唱えた。

 著書に「広開土王陵碑の研究」「日本文化と朝鮮」「江戸時代の朝鮮通信使」など。

ソース:毎日JP<訃報:李進熙さん82歳=考古学者、和光大名誉教授>
http://mainichi.jp/select/news/20120417k0000m060046000c.html


516 :世界@名無史さん:2012/04/17(火) 20:41:06.50 O
卵はギリシア神話にもある。
トロヤ戦争を招いた美女ヘレネと双子座の双子は
ゼウスを父としレーダが生んだ卵から生まれた。

517 :世界@名無史さん:2012/04/17(火) 23:19:12.79 0
天皇陛下は爬虫類でもなければ鳥類でもない。
某半島みたいに卵から産まれることなどありえない。

518 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 10:32:07.17 0
これって関係ある?偶然っぽい気もするが…。
[天照大神]                               [デーメーテール]

・太陽と豊穣の大女神                        ・太陽と豊穣の大女神

・弟スサノヲは海と嵐と地震と武の神               ・弟ポセイドーンは海と嵐と地震と武の神    

・姉が弟の性的な暴行を受ける                  ・姉が弟の性的な暴行を受ける
  逆剥ぎの馬を落とされ性器を傷つける              馬に化けたうえ犯される

・天照は怒って洞窟に隠れる                    ・デーメーテールは怒って洞窟に隠れる

・世界は暗黒になり大地は実りを止める             ・世界は暗黒になり大地は実りを止める

・アメノウズメが性器を露出して見せ女神の機嫌をとる    ・侍女イアンベー、またはバウボが性器を露出して見せ女神の機嫌をとる

・女神は洞窟から引き出される                   ・女神は洞窟から引き出される

・世界に光が戻る                           ・世界に光が戻る


・アマテラスは弟スサノヲと協力して子を産んでおり、     ・デーメーテールは弟ポセイドーンとの間に娘ペルセポネーがあり、
 一面では夫婦神とも見られる                   一面では夫婦神とも見られる

・アマテラスは聖婚により稲穂の実りを表すともみられる   ・デーメーテールは聖婚により穀物の実りを表すともみられる
 ホノニニギを生む                          プルートスを生む

・アマテラスは子ホノニニギに稲穂を持たせて          ・デーメーテールは子トリプレモスに麦の種子を与え地上に送る
 地上に降臨させようとする

・弟スサノヲの暴行の対象は、所伝により             ・弟ポセイドーンの暴行の対象は、所伝により
アマテラス自身であったり分身ワカヒルメであったりする    デーメーテール自身であったり分身コレーであったりする

519 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 15:56:12.92 0
>>517
爬虫類でも鳥類でもないが、魚類ではあるから困る。
豊玉姫や豊依姫の正体は鮫っぽいからなぁ。

神武天皇は天神・天照、山神・大山祗、海神・豊玉彦の血を引いてるから
天地海を統べる正当な支配者として誕生したんだなぁ。

520 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 18:48:41.57 0
>>518
そもそもギリシャ神話は、フェニキア←アッシリア←アッカド←シュメル神話と
エジプト神話からの丸パクリなんだけどな

521 :世界@名無史さん:2012/04/19(木) 20:33:14.64 0
うむ。確かに
しかし、神話は単なるお話しだから日本列島に伝わった可能性はある
イソップ物語が伝わるくらいだから


522 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 12:25:31.17 0
集合的無意識ってやつだろ

はともかく、古代人の発想の引き出しなんかそう多くもないだろうし
貴種を主張するのに神とか人外の生物に関連づけるのもありがちなこと
キリスト教化されたとこは人外が祖じゃ座りが悪いから色々消しただろうけど

それでも地域によって傾向はあるわな
朝鮮半島なら「海の外から来る」はあっても「海の生物が絡む」建国神話はない、とか

523 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 16:44:39.83 0
>>510
卵の降臨なら倭よりも新羅の建国神話のがよっぽど似てるじゃん

新羅 6人の村長がいる所に降りて来た卵から産まれたのが朴赫居世
金官伽耶 9人の村長がいる所に6つの金の卵が降りて来て最初に産まれたのが金首露

新羅 金閼智が金の櫃に入ってた事からとって慶州金氏
金官伽耶 金首露が金の卵から産まれた事からとって金海金氏

524 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 19:34:02.92 0
>>504
秦の祖先誕生は母親が鳥の落とした卵を飲み込み生まれる伝説で、高句麗のそれとそっくり
これに夫余の天光受胎伝説をくっ付けて出来たのが、高句麗の始祖誕生伝説だろう。

525 :世界@名無史さん:2012/04/20(金) 22:06:48.05 O
日本のアメノヒボコ伝説も注目。
卵じゃなく玉になってるが。

526 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 01:36:30.32 0
>>523
新羅六部って三国史記だと「朝鮮遺民」だけど三国遺事だと天から降りた事になってるから
伽耶の「天から降ってきた卵から産まれた6人」って似てるってレベルじゃないような
元の話は一つでどっちかがパクった(影響を受けた?)んじゃねーの
脱解の箱から出てきた話とキムアルチの櫃から出てきた話とか、ネタのバリエーションが少ないし

527 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 01:39:34.79 0
天から降りてくるのは全世界的によくある伝説

528 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 01:51:22.02 0
卵=宇宙船

529 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 15:55:45.28 0
>>513
ウイグルの始祖神話は、樹木や果実から生まれるもので、卵ではない。
高車や突厥は、モンゴルと同じく狼祖神話。
モンゴル王家ボルジギン氏の始祖ボドンチャルは、母が天から届いた光に感じて生んだという。
鮮卑の檀石槐は、天から雷鳴と共に降って来た雹を母が飲んで生んだとされる。
夫余の神話では「鶏卵のごとき気が降って孕んだ」とあり、卵っぽくなっている。
殷商の始祖契や、徐夷・趙・秦などの始祖である大業は、母が玄鳥の卵を飲んで生んだという。
これはツングース系フルハ族の神話と同じで、満洲族はこれを自分たちの始祖神話として採用した。

530 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 19:04:09.57 0
ウイグルの始祖伝説は大樹の外に出来た産室から生まれ出るというもの
樹木や果実から産まれるわけじゃない、卵生に近いと言えば近く折衷かなって感じ。

531 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 20:13:21.47 O
>>529
伏見稲荷の社家の秦氏の神話も
賀茂の社家の賀茂氏の神話もそんな感じだったな。
大陸系だから不思議はないが。

532 :世界@名無史さん:2012/04/21(土) 21:14:01.58 0
そんなんあったっけ

533 :世界@名無史さん:2012/04/22(日) 17:43:47.13 0
秦氏:秦始皇帝の子孫を自称。
賀茂氏:神魂命の子で、ヤタガラスに化身して神武天皇を導いた賀茂建角身命の子孫。
 上賀茂神社の祭神は、火雷神の丹塗矢によって孕まれた賀茂別雷命。
伏見稲荷:伊侶巨秦公が餅を的にして矢を射ると、白鳥に変じて飛び去り、
 降り立った所に稲が生えたので稲荷社を建て祀った。(始祖神話ではない)

534 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 05:04:23.14 0
卵生神話は、遊牧民というよりは狩猟民族のものか
中国でいう狄だね
半島南部にこれが伝わっているのは、やはり百済の影響か
高句麗も新羅を支配してたし、どちらもフヨ(狄族)

535 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 05:50:02.61 0
鳥の崇拝は森林地帯に住む民族によくある宗教観じゃね
要するに狩猟民だけど

536 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 09:54:31.45 O
朝鮮のソッテ、日本の鳥居

537 :世界@名無史さん:2012/04/23(月) 14:53:08.35 0
>>534
ただ異説では狄はテュルクの漢訳って説も有るんだよなこれが
まぁ色んな説が有るし狄は夫余系って説も有る訳で
思うんだけどテュルクと夫余ってどのくらい関わりが有ったんだろうな?

538 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 09:42:26.18 0
>>521
古代においての、神話の伝播や相互影響はともかくとして、
イソップ物語が日本に伝わったのは、桃山時代から江戸時代に掛けてのことだよ。

539 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 11:02:54.17 i
テュルクって突厥(トルコ)じゃないの?


540 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 13:28:59.76 0
>>537
テュルクと扶余の関係は薄いと思う。
大興安嶺山脈によってモンゴル高原と満州は隔てられているし、
扶余が活動したのって満州の中でも
東北平原より東の森林地帯が主だから、
草原で暮らすテュルクとは生活環境が違いすぎる。

541 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 19:44:48.64 0
>>540
有るとすれば高句麗と突厥勃興期の500年代後半くらいか

542 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 20:03:26.33 0
あるとすればというか、高句麗は突厥に臣従してるけど

543 :世界@名無史さん:2012/04/25(水) 20:54:27.68 0
臣従したのは高句麗じゃなくて渤海じゃなかったか?
突厥が高句麗を攻めたのは事実だけど、
隋の工作で東西に分裂して、東突厥は隋に臣従したはず
宗主国が隋に臣従してるのに、属国の高句麗が争ったら変だ

544 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 02:14:24.29 0
http://img7.imageshack.us/img7/7889/558600yilindaturkler.jpg
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f1/Gokturkut.png
トルコ語や英語に載ってた突厥の勢力範囲
Gokturk(oとuの上に2つの点々)が突厥
これをどう見るかだな

545 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 10:28:40.91 0
>>537を始祖神話の話に戻すと、突厥は卵生じゃなくて狼祖神話だから違くね?

546 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 11:52:37.54 0
>>544
上の地図は百済と新羅を分けてなかったり、
隋の領土が日本海近くまで達してたり、かなり適当な地図だね。
下の地図は西突厥と東突厥で実行支配地域の広さは同じくらいなのに
東突厥の影響力が及ぶ地域が異常に広いのが気になる。

547 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 16:39:05.67 0
>>545
突厥にも鳥や卵を崇拝するシャマニズムがあったから、始祖誕生に限らなければ違くない

548 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 17:05:48.43 0
>>546
トルコの歴史学者は突厥のことに関して
「東は太平洋から西は黒海まで、北はシベリアから南は中国、チベット、イランに接するまで
その領土の全てを手中に収め支配をした」って言う記述が有ったりで
それを鵜呑みにすると上記の様な支配地域の地図になる訳
他にもトルコ主観の地図では突厥の範囲が色々あるけど
http://www.turkopedi.com/wp-content/uploads/2010/11/G%C3%B6kt%C3%BCrk-siyasi-haritas%C4%B1.jpg
http://www.muverrih.net/wp-content/uploads/2008/01/Gokturk.gif
http://aygunhoca.com/images/sunular/kutluk%20devleti.jpg
最低でもカスピ海までは領域として見なしてる
トルコ主観の学者の記述でどっかで見たのだけど
「…東においてモンゴル、ツングース、朝鮮を服属しこれを配下にし間接的にその支配権を認知し…」なる文章も有った

この辺においてトルコと中国での文典の違いっつうか相反した記事が出てきてるんだな

まぁ匈奴の記述からしてトルコと中国でかなりの相違が有って日本は大体中国の文典中心で見るんで
トルコ主観からこう言うのを見ると(正しい間違いはともかくも)相違点の違いが浮かび上がって面白くは有る

549 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 18:51:39.60 0
唐が突厥を従属させた時期の勢力図がよく使われるだけで
シナでも最低カスピ海までは突厥の領域と認識してるし
室韋や契丹その他も臣従させてるから、日本海へ抜けるのは間違ってないでしょ

まあ日本海といってもごく狭い範囲で、日本海沿海には靺鞨がいて
日本海に面する大部分の土地は塞がれてたけども
突厥の領域もしくは強い影響下にある地域が一部日本海に面してたのは事実

>>548はスレ違いも甚だしいなw

550 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 19:07:10.21 0
そう言ってやるなよ
扶余と全然関係ない話ならともかく一部かち合ってるんなら
少しはそう言う話が有ってもいい
延々とその話ばっかりするならそっちのスレ行けって感じになるがな

551 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 19:33:55.81 0
でも>>548の一番下の地図って普通に変じゃね?
突厥が遼東半島を領有してた時期なんてあったっけ?

っていうか、直轄地と冊封国を地図でも区別してもらいたいわ。

552 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:10:49.54 0
もっとすげぇのだと
http://www.bilgilik.com/images/gokturk2.jpg
これみたいに朝鮮と樺太とチベットとイランも領有した事になってる地図まで有るし
トルコの学者連中のは話半分に聞いた方が良いんじゃねぇの?

553 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:16:18.77 0
>>550
扶余と全然関係ない話をするなよ、そっちのスレへ行け

554 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:17:29.45 0
全然関係ない話でもないしムキムキしてる>>553が分からん

555 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:19:07.38 0

扶余と突厥の話だろ
突厥ばっかなら向こう池って思うけどな

556 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:23:35.81 0
高句麗って元は支配層が遊牧民の末裔だったって話聞いた事有るけど
それってどの辺までそうなの?

557 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:39:51.71 0
>>556
扶余はモンゴル系って説もあるけど、
高句麗が存在した地域はあまり遊牧に適してないから
建国当初から農耕も行う狩猟・採集民だと思う。

558 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 20:51:14.64 0
お隣の室韋ってモンゴルの源流だけど既に遊牧民やってたん?
北魏時代は今のハルビンあたりをテリトリーにしてたっぽいけど・・・

559 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 21:08:33.29 0
>>558
室韋は遊牧も農耕もやってたとあるよ、東胡の活動範囲も東北平原だし

560 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 21:09:13.86 0
室韋は遊牧”化”したって言う人いたから
その説が仮に正しいとするとだけど元は違う生活形式だったんじゃない
正しいかどうかは知らんけど

561 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 21:19:47.73 0
生活様式が環境に合わせて変化するのはよくあることでしょ
室韋が他所から移住したならだけど

562 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 23:17:45.06 0
遊牧しながら農耕ってのは難しいから、単に農牧民であるか、遊牧民と農牧民が共存していたのかな。
太古の東北平原の諸民族の生活形態ってのは、いまいち想像しにくい。

563 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 23:23:56.34 0
親が冬営地で農耕、子が遊牧みたいなやり方をとる。
雲南のシャングリラなんかはその形態。

564 :世界@名無史さん:2012/04/26(木) 23:37:36.51 0
なるほど、三ちゃん農業みたいな家庭内分業か。

565 :世界@名無史さん:2012/04/27(金) 17:40:21.39 0
極北地帯の狩猟民族が南下して遊牧民になる
もともとトナカイなどの群集性を知っているので家畜の飼育に適応しやすい
それから、突厥の版図だが、突厥に臣従した部族の領域を足しただけで、
なにも突厥がその地域全域に広がったわけじゃない

566 :世界@名無史さん:2012/04/27(金) 17:56:13.23 0
北魏書の東北民族
http://zh.wikisource.org/wiki/%E9%AD%8F%E6%9B%B8/%E5%8D%B7100
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map_of_The_east_barbarian_3.png

失韋(南室韋)
「勿吉の北千里にある。土地は低湿で、言語は庫莫奚、契丹、豆莫婁国と同じ。
 粟・麦・稗が豊富で、豚と魚を食い牛馬を養うが、羊はいない。
 夏は町に住み、冬は水と草を追って移動する。また貂皮が多い」

豆莫婁国(沿海州か)
「勿吉の北千里、失韋の東にあり、東は海に至る。旧の北扶余である。
 (これ以下の文章はほぼ三国志東夷伝夫余からの引用で、当時の実態は不明)」

地豆于(シラムレン北方)
「失韋の西千余里にある。牛羊多く名馬を産し、皮を衣服とする。五穀はなく、ただ肉と酪(乳製品)を食う」

烏洛侯国(フルンブイル付近、のち北室韋)
「地豆于の北にある。土地は低湿で、霧が多く寒いので、冬は地下室に住み、夏は丘陵で牧畜する。
 豚が多く、穀物は麦がある。辮髪で皮を衣服とし、珠を飾りとする。勇敢で射撃にすぐれる」

567 :世界@名無史さん:2012/04/28(土) 03:07:32.38 0
【日韓歴史】 韓国の順天雲坪里古墳群で任那日本府説に反論する遺物が大量出土[04/19]
1 :蚯蚓φ ★:2012/04/19(木) 21:56:32.53 ID:???

http://imgnews.jkn.co.kr/photo/2012/04/19/20120419201747627.jpg
▲古塚古墳出土遺物

[財経日報キム・シネ記者]全南順天(スンチョン)市雲坪里(ウンピョンリ)古墳群で日本の任那日
本府説を反論できる遺物が大挙出土した。

任那日本府説は日本のヤマト(倭)が4世紀後半に韓半島南部地域に進出して伽揶(任那)に日本
府という機関を置いて6世紀中葉まで百済・新羅・伽揶を支配したという日本の一部歴史家たちの
主張だ。

順天大学博物館は19日「去る2月から紀元後500年前後の順天地域支配層の墓である雲坪里
古墳群で実施した第三回発掘調査で確認した伽耶系古塚古墳で6世紀初め大伽耶の純金製耳
飾、馬具類、大刀、かすがい、土器類など200点余りの遺物が出てきた」として「新しく出土した遺
物は当時、任那の4県中の一つ「サタ(娑陀、今の順天)」が大伽揶と同盟関係だったことを確認で
きる重要な資料」と話した。

彼らは「これら遺物は一部の日本学者が'日本書紀'に記録された任那四県に関する記事を根拠と
する任那日本府説の反論資料」とし「四県中の一つの'サタ'で日系遺物ではなく大伽揶系遺物だ
け多量出土したことは、こちらが盟主国の大伽揶の影響が受けた村だという事実を後押しする」と
説明した。

発掘結果に関する詳細は20日、順天大学博物館で開かれる諮問委員会議で発表される予定だ。

ソース:財界日報(韓国語) 順天雲坪里古墳群で任那日本府説反論遺物大挙出土
http://news.jkn.co.kr/article/news/20120419/7326567.htm




568 :世界@名無史さん:2012/04/28(土) 10:37:50.39 i
>>567
さーて、他の古墳ではどーかな?

隠さずに報告してほしいね


569 :世界@名無史さん:2012/04/28(土) 11:28:57.09 0
【伽耶】任那日本府【倭国】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1332073255/

570 :世界@名無史さん:2012/04/28(土) 15:51:05.47 0
>>568
それ以前に年代的には見つけても意味が乏しい時代じゃね
この遺跡は新羅が建国されたのと同時期で、あちらさんが騒いでるのは
弁韓辰韓地区が日本領だったのが明確な5世紀のことだし

571 :世界@名無史さん:2012/05/01(火) 19:14:09.14 0
うん
個人的には広開土王碑にある391年(辛卯)に倭軍の居留地ができたと考えてる
正確には任那倭府だったと思う
「府」ってのは将軍府のことで遠征先の独立行政区のことだ
日本書紀には、勝手に振る舞う倭人軍人の話が複数出てくるもんな

572 :世界@名無史さん:2012/05/07(月) 14:03:20.06 0
http://megalodon.jp/2012-0505-0337-28/wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E3%82%92%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%99%E8%A8%98%E8%BF%B0

573 :世界@名無史さん:2012/05/07(月) 16:38:23.94 0
・100年前の皇族
竹田宮恒久王
ttp://miyake.yaekumo.com/photo/019.jpg 
朝香宮鳩彦王
ttp://miyake.yaekumo.com/photo/041.jpg 
北白川宮成久王
ttp://deliriumtremens.cocolog-nifty.com/shoku/images/2008/11/09/p1010024.jpg
有栖川宮威仁親王
ttp://stat001.ameba.jp/user_images/20101117/21/mago7ro/5e/1f/j/o0384051210865186757.jpg 
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/33/The_prince_Takehito_Arisugawanomiya_as_a_naval_commander.jpg/200px-The_prince_Takehito_Arisugawanomiya_as_a_naval_commander.jpg
明治天皇
ttp://gunka.sakura.ne.jp/foto/images/meijitenno.jpg 
ttp://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/00664/images/015-1.jpg 

旧皇族写真館 (100年前 12宮家)
http://miyake.yaekumo.com/index.html

・現代
皇太子徳仁親王
ttp://clixonair.com/uploads/3d735cf7-b2ff-8c27.jpg
秋篠宮文仁親王
ttp://livedoor.2.blogimg.jp/bookkeepingworld/imgs/e/c/ec3ff554.jpg
ttp://pds.exblog.jp/pds/1/201011/03/25/e0213825_11125184.jpg
常陸宮正仁親王
ttp://fimg.freeml.com/data/photo/70/43/7587043/l_0157bc7373be53b6b29c446bd73576ce348aed6c.jpg
今上天皇
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Akihito_090710-1600b.jpg

574 :世界@名無史さん:2012/05/23(水) 17:30:32.07 0
見た目アラブ系だな


575 :世界@名無史さん:2012/05/25(金) 04:28:00.64 0
吉林の朝鮮族自治州の朝鮮族
ttp://image.ankang06.org/picture/201205/2021/b_1849407_2012052021490914.jpg
ttp://image.ankang06.org/picture/201205/2021/b_1849407_2012052021490916.jpg

咸鏡道に15世紀まで雑居していた女真人と混血しているせいもあるが朝鮮半島東北部の朝鮮族は
顔立ちがはっきりしている。
ネットウヨの偏見の中の「朝鮮人の顔」とは随分かけ離れているようだ。

576 :世界@名無史さん:2012/05/25(金) 14:08:56.37 i
>>575
>朝鮮人の顔
<ヽ`∀´>←これのことニダか?


577 :世界@名無史さん:2012/05/25(金) 15:04:40.60 0
>>575
完全にスレ違い、満州族スレかチョンスレでやれ

578 :世界@名無史さん:2012/05/25(金) 15:12:01.61 0
「韓国人は欧米人より小顔」 韓国人が大顔に見えるのは「目の錯覚」-食品医薬品安全庁
http://mimizun.com/log/2ch/morningcoffee/1288673522/

579 :世界@名無史さん:2012/05/26(土) 01:52:46.82 0
>>571
391年は遅すぎる。
その段階であれだけの素早く大規模な対応できたのは
すでに一定の利権基地があったと考えるべき。
三国史記の新羅本紀にみえる「倭国大臣」や「倭使臣」や
新撰姓氏録の「任那鎮守将軍」とか考慮してくれ

580 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 08:07:56.64 i
無論、漢書の段階で、鉄をもらいに倭人は来ている
そういう長い伏線があってのことと想定してよいと思う

581 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 19:58:03.97 0
鉄は年代測定ができないから悩ましいなぁ
近いの地層から出た土器で年代論じられるとお手上げ

582 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 20:16:04.12 0
土器そのものも年代測定できないだろ
それのみで出来るのは青銅器

583 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 21:48:39.62 i
日本製の銅鏡は、素材は中国産だからね
半島経由の貿易ルートはあったはず
もっとも、その頃の半島は中国だけども

584 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 22:07:56.34 0
【歴史】 百済武寧王の「墓誌石」、日本の歴史操作暴く〜歴史犯罪集団、日本史学界にとっては原爆に等しい![05/25]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1338044387/l50
【歴史】 百済武寧王の「墓誌石」、日本の歴史操作暴く〜歴史犯罪集団、日本史学界にとっては原爆に等しい!★2[05/25]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1338080765/l50

585 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 22:09:48.84 0
>>581
文献に記述あるやん

>>582
土器は炭素法があるだろ

>>583
だから?

586 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 22:33:21.42 0
またデマ流してるのかこの在チョンは
日本で日本産の鉱石を使って青銅器が作られ始めたのは紀元前、神話の時代

587 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 22:39:02.22 0
神話じゃあダメだろ

588 :世界@名無史さん:2012/05/27(日) 22:47:23.59 0
>>587
紀元前の日本が神話の時代だと何がダメなのか
詳しく↓どうぞ

589 :世界@名無史さん:2012/06/05(火) 08:28:55.36 0
>>585
ばーか
ひっこんでろ、ゆとり

590 :世界@名無史さん:2012/07/07(土) 13:07:18.87 0
■釜山遺跡・莱城遺跡
周辺でもっともふるく、規模もおおきい釜山遺跡・莱城遺跡などでは、
鍛冶炉の周辺で日本列島由来の須玖式土器を残す住居跡が発見されていて、
倭人が直接製鉄をおこなっていたことがわかっている。

『倭人と鉄の考古学』には釜山市の莱城遺跡の鍛冶遺構から弥生時代の土器が出土したことが、以下のように記されている。

>釜山市の莱城遺跡の鍛冶遺構からは、鉄素材と思われる長さ6.3 センチ、幅4.4 センチ、厚み1.5 センチの鉄塊が出土している。
>この遺構からは特異な出土品がある。出土土器の94%が北部九州の弥生時代中期前半の土器です。
>この鍛冶遺構を含む住居の集まりが、倭人の生活空間と評価されています。

591 :世界@名無史さん:2012/07/07(土) 13:08:18.80 0
■考古学的見地からの古代国家の考察

いわゆる「前方後円墳体制論」が主流。おもな提唱者は阪大名誉教授・都出比呂志など。

三角縁神獣鏡の分有関係をもとに、近畿に発した「前方後円墳国家」が、
四世紀前半までに西日本の政治支配を確立したとする小林行雄説を継承し、
さらに「前方後円墳国家」が、四世紀の後半代、「鉄の流通機構を掌握する」ために朝鮮半島に軍事進出し、
五世紀代には全国的国家統合をはたしたとする説。

参考資料 :
「日本古代の国家形成過程」1990年度日本史研究会大会全体会シンポジュウム。
『NHK人間大学「古代国家の胎動」』1998年1〜3月。

592 :世界@名無史さん:2012/07/09(月) 03:59:27.53 0
弥生時代中期前半って、今の時代区分だとどう考えても紀元前だよな

593 :世界@名無史さん:2012/07/26(木) 16:29:35.09 0
<<<< 慰安婦像を世界中にもっともっと立てよう。 >>>>
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1291254687

594 :世界@名無史さん:2012/09/12(水) 16:22:56.43 0
ぶっちゃけ百済刀と日本の古代刀ってどっちが強かったの?

595 :世界@名無史さん:2012/09/12(水) 21:51:37.23 0
ぶっちゃけ百済にも当時の日本にも刀は無かったよ

596 :世界@名無史さん:2012/09/13(木) 11:30:53.54 0
百済刀ってなに?

597 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 09:55:44.53 0
剣しか無いって事?じゃあ当時の東アジアの鉄剣は全部性能同じですか?

598 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 13:24:06.91 0
当時の東アジアは刀が主流ですが

599 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 19:00:31.50 0
槍とか使ってたの?

600 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 19:07:11.81 0
4世紀の倭は新羅と戦った時どんな刀を使用したのでつか?

601 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 20:27:14.03 0
高句麗古墳群って箸墓の原型ですか?
扶余人て天皇家の末裔?

602 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 22:16:17.36 0
>>599
はい
>>600
その頃は剣を使用していたのでつ
>>601
いいえ

603 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 22:20:01.62 0
>>601
高句麗語とされている単語が日本語そっくりな事から天皇家というか日本人自体が扶余人の生き残りという説もある。
しかしそもそも三国史記に載ってる高句麗の地名が本当に高句麗の支配層が使っていた言語なのかは定かではなくて、
平壌あたりまで倭人が進出して地名に倭系の語彙が入っただけという説もある。
どちらにせよ半島の半ばまで大和朝廷や天皇とどれほどの関係があったかは不明にしろ現在日本語を話している日本人という集団と言語的共通性を持った人々が活動していたという事は否定しようがない。

604 :世界@名無史さん:2012/09/14(金) 22:34:25.34 0
>>603
あれ、高句麗語ってちょろっと数詞が大和詞に似てるって以外には依然正体不明だと思ってたんだが。
最近動きがあったのかな・・・・詳しくわかる本またはサイトってある?おしえて。

605 :世界@名無史さん:2012/09/15(土) 13:24:26.46 0
>>602
その剣は青銅ですか鉄剣ですか?鉄剣輸入品は全体の何%位ですか?

>>603
濊人と扶余人と百済人と倭人て言語共通だったのですか?

606 :世界@名無史さん:2012/09/15(土) 14:17:40.50 0
>>605
鉄剣でつ
輸入品の鉄剣は全体の0.01%くらいでつ
輸入された刀はもう少し多かった

607 :世界@名無史さん:2012/09/15(土) 14:45:12.89 0
では剣が主流で湾刀は無かったのですね?

608 :世界@名無史さん:2012/09/15(土) 15:25:49.59 0
>>604
動きはないと思うぞ。
ただ素人が独自に検証してるのはある。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/koukuri.html/

>>605
日本列島からの豪族が建てた前方後円墳が同時期に現地式の首長の墓と混在しているという解釈をすれば、百済自体は倭韓混合の複数言語体制だったんじゃないんかな?
そして三国史記にある統一後の地名の改名を見るとどうも倭式地名を排除するような意図があったのかも知れない。そして朝鮮語自体も古代に日本語との共通部分をあえて捨てて漢語と入れ替えたのかもな。
その時期に日本語の方でも万葉仮名が成立して漢文とは独立した書き言葉の体系が確立され始めたのも、白村江の戦い以降大陸からの決別をしようとする感情があったのかも知れない。
古代に混住していた形跡があるのに同源の語が数える程しか伝わってないという事実に何か意図的なものを感じる。

609 :世界@名無史さん:2012/09/15(土) 15:52:46.50 0
>>607
いいえ、但し当時の刀は主に輸入品でつ
また、生産が剣から刀へ移行するのは4世紀後半から5世紀前半に掛けてでつ
新羅という国も5世紀の建国なので当時は無かった

610 :世界@名無史さん:2012/09/17(月) 12:13:20.24 0
大変参考になりました!皆さんは詳しいですね。
では、やはり当時の戦闘って剣が主流で刀が少数って事ですね
刀は4世紀に入るまでは、ほぼ輸入品で占められ。
もっぱら剣・弓・槍・刀・盾での戦いが主流だったと。
では、吹矢とか投石とか馬戦車とかの導入はやっぱ7世紀以降なんですかね?

611 :世界@名無史さん:2012/09/19(水) 10:48:21.62 0
>>610
吹き矢とか縄文からあったわいボケが

612 :世界@名無史さん:2012/09/20(木) 12:54:42.61 0
吹矢wwww

613 :世界@名無史さん:2012/09/24(月) 12:25:21.63 0
日本最古の古墳は2〜3頃の建造ですか?
扶余人の古墳は高句麗の紀元前建造の物が多数ありますが、
これらは倭の古墳にも大きな影響を与えたと言う人もいますが
本当ですか?

614 :世界@名無史さん:2012/09/24(月) 15:30:55.10 0
高句麗の初代指導者死は西暦0年以後ですが

615 :世界@名無史さん:2012/09/24(月) 19:07:40.61 0
>>614
「高句麗古墳群」は、2003年6月30日から7月5日パリの
ユネスコ本部で開催された第27回世界遺産委員会で
登録物件名 Complex of Koguryo Tombs(高句麗古墳群)
分類 古墳群
年代区分 紀元前3世紀〜紀元後7世紀

↑と紹介されてるサイトも有りますが…
では紀元前3世紀というのは何かの誇張ですかね?

あと、倭奴国は倭の奴国という意味では無くてワイヌ(アイヌ)と
発音していたという説を聞いたのですが本当ですかアイヌは漢から
金印を貰っていたのですか?

616 :世界@名無史さん:2012/09/24(月) 23:08:56.19 0
>>615
誇張じゃなく捏造ですよ、いつもの通りね
高句麗ではない集団の墳墓を高句麗扱いしている

617 :世界@名無史さん:2012/09/25(火) 11:22:36.77 0
つまり、一世紀から建造が始まるのが高句麗の古墳で
それ以外は別の氏族の墓か高句麗王権発生以前の豪族墓
であるという事ですね?

618 :世界@名無史さん:2012/09/25(火) 15:58:28.03 0
実際どうなんだろう?
誇張は誇張として、高句麗集団の祖先に当たるのか他の同祖集団なのか
ってまあ、夫余も同祖集団に含まれちゃうけど

619 :世界@名無史さん:2012/09/25(火) 16:55:20.72 0
前方後円墳は大陸から伝わったのですか?

620 :世界@名無史さん:2012/09/25(火) 17:09:41.66 0
大陸の陵墓は堀廻らさないよ

621 :世界@名無史さん:2012/09/29(土) 11:30:03.73 0
韓国人小説家の書いた好開土王を主人公にした小説で
サカラって名前の倭人武将が出てきたのだけれど、
サカラって百済語ですか?どういう意味になるの?

622 :世界@名無史さん:2012/09/30(日) 13:38:56.68 0
サカラ=桜?
向こうさんも、あんま深く考えないで書いたんでしょ?

623 :世界@名無史さん:2012/10/01(月) 09:35:37.88 0
>>619
古墳は日本オリジナルだが、中国や高句麗の古墳壁画を
大和朝廷が取り入れたのは事実だろう?

624 :世界@名無史さん:2012/10/01(月) 19:07:33.68 0
神功皇后って2世紀の人?4世紀の人?

625 :世界@名無史さん:2012/10/01(月) 20:47:47.79 0
>>623
古墳壁画はエジプト先王朝時代どころか
クロマニヨン人にも風習あったから、本源的に備わってるんだろ

626 :世界@名無史さん:2012/10/02(火) 04:30:46.25 0
クロマニホン人

627 :世界@名無史さん:2012/10/03(水) 10:45:55.00 0
そうか?幾何学模様とかは日本オリジナルだろうが
高松塚とかは大陸の絵の影響受けてると思うが・・・

628 :世界@名無史さん:2012/10/03(水) 23:24:19.60 0
影響を受けるのと丸々導入するのじゃ程度が大分違うからな

629 :世界@名無史さん:2012/10/04(木) 10:05:22.78 0
>>621
4世紀ならサクラじゃなくムラジとかタケルとかワヒコとかの
方がシックリ来るのにね?向こうの人って本当に歴史考証嫌いだよね。

630 :世界@名無史さん:2012/10/06(土) 09:40:18.94 0
高句麗や新羅や百済の民衆はどんな服着てたの?

631 :世界@名無史さん:2012/10/08(月) 17:36:16.21 0
>>614
東明王(高朱蒙)が死んだのは紀元前19年。

632 :世界@名無史さん:2012/10/08(月) 17:38:10.21 0
>>630
詳しく知りたければ、Truth in history 朝鮮三国志27(新紀元社)にあるよ。

633 :世界@名無史さん:2012/10/09(火) 12:04:42.41 0
>>632
さんくす

634 :世界@名無史さん:2012/10/11(木) 09:31:10.00 0
銅鐸は大陸由来の神器ですか?そうならば大和朝廷の天皇家の始祖は
任那帰化人の木満致や曾我氏で決まりですか?
それとも銅鐸を持たない邪馬台国や奴国が渡来人系だったのですか?

635 :世界@名無史さん:2012/10/11(木) 18:35:07.54 0
新羅・高麗・李朝の文明的な物総てが中国由来なので、全歴代朝鮮王朝の始祖は中国人で決まりでつ

636 :世界@名無史さん:2012/10/12(金) 09:28:03.07 0
応神天皇の父親は九州王朝出身ですか?
仲哀天皇と血が繋がっていないのは本当ですか?
オキナガタラシヒメとは何者ですか?どの
一族の出身である可能性が高いですか?
半島の例えば百済や任那等の王族が実は父親である
可能性はどの位ありますか?
神話上神武天皇の母親は鰐(鮫?)神ですが、
当時(紀元前?〜4世紀?)の古代太陽信仰と
古代鰐神信仰ではどちらが主流だったのですか?

637 :世界@名無史さん:2012/10/12(金) 19:52:15.71 0
高句麗の末裔は突厥建国に多大な貢献をしたから韓国人とトルコ人は兄弟だと韓国人が言ってた。

638 :在日朝鮮人4世:2012/10/12(金) 20:19:26.78 0
朝鮮半島北部には古代パンダが住んでたって本当?
貉族の貉はパンダらしいのだが・・・本当だろうか?どうもな・・・

http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/koukurigaisi/koukuri-tsusi-1-kigen.htm

639 :世界@名無史さん:2012/10/12(金) 21:35:32.41 0
森林は豊富だからパンダが棲んでても不思議じゃないが
情報の発信元がなぁ

640 :世界@名無史さん:2012/10/12(金) 23:50:00.34 0
>>637
高句麗滅亡後ということは東突厥第二可汗国ということかね
高句麗遺民は節度使になって藩鎮形成したり色々活動しとるようだが

641 :世界@名無史さん:2012/10/13(土) 02:07:57.34 0
隋唐時代の満州にあっては最も制度の整備されていた国家の遺民だしな

642 :世界@名無史さん:2012/10/13(土) 10:37:18.54 0
4世紀頃の倭国って太陽信仰?鰐神とかの部族神信仰?

643 :世界@名無史さん:2012/10/13(土) 14:32:15.08 O
>>634
昔は日本だの朝鮮だのという区別が薄かったんじゃね
よく人が行き来してたんだろ
逆に朝鮮は南北で日本は東西で結構差があったとか

644 :世界@名無史さん:2012/10/13(土) 18:59:12.01 O
むしろ先住民系のクズやら毛人の方が
外国人みたいな扱いだからなー

645 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 00:07:07.15 0
日本も半島も先住民が住んでたとこへ大陸からやってきた奴らが支配したんじゃないの

支配者層に関しては日本も半島も一緒な気がする

646 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 00:10:45.48 0
「高句麗語」とされてる地名って楽浪まで出向いて交易してた倭人に対して使われていたピジン倭語なんだと思う。
倭人の定住地は半島西部沿岸の交易路沿いにあって、前方後円墳もそこに分布してるんだろう。

647 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 01:17:25.99 0
>>645
自分たちの祖先の歴史が自尊心を満たさないものだからといって
人様の祖先の境遇を、歴史捏造してまで同じ水準へ落とそうとしては駄目だよ。
我々日本人の支配者は常に日本人なので内省的に発展してきたが
半島人の支配者は、箕氏朝鮮、衛氏朝鮮、漢の四郡、唐の熊津府が中国人
高句麗、百済、李氏朝鮮が満州人、元の征東行省がモンゴル人、大日本帝国の朝鮮総督府が日本人であり
様々な出身の支配者によって、半島が発展してきた事を忘れてはいけない。

648 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 04:50:45.82 O
>>647
ニニギやら神武天皇を見て、
日本の先住民系だと思うのか?

649 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 09:06:05.30 O
ようするに、「倭」なり「日本」なりといったものが
大陸から入った支配者に確立され
先住民もそれに組み込まれていったということか。


650 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 12:06:07.64 0
>>648
普通に読み解く限りどれも異民族性を窺わせないね
ニニギや神武が日本土着の集団じゃないという珍奇な主張をしても
誰にも相手されないだろうから、自費出版するといいよ

651 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 12:10:05.24 0
ようするに、「倭」なり「日本」なりといったものが
半島や大陸へ入って支配者として確立され
先住民を併合して組み込んでいったことはあっても
残念な歴史を持つ民族の願望は現実には起きず逆は無かったということか。

652 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 12:52:31.74 0
半島より日本の方が食糧生産力が高いから、半島はどうしても2つの文明圏の谷間になってしまう。

稲作が大陸と関係のある人々によって伝えられ、大陸系の遺伝子が日本列島の住民の中に拡がっても、
それは暴力的に行われたのではなく、平和的な混血だったって事は考古学的に見ても明らか。

別にインドのカーストみたいに侵入者の方が支配者で先住民の形質が濃い者の身分が低いという様な事はない。

653 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 13:56:00.40 0
そして、考古学的に見ると大陸系の集団というのは人口の0.1%に満たないので
後世の渡来人と同じく極小規模な、偶発的移民だった事が明らか。

654 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 14:05:10.81 0
今日も妄想全快
頑張って逝こー

655 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 16:35:53.57 O
>>650
ニニギもニギハヤヒも天神と言っているが。

656 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 17:19:58.78 O
>>651
大陸出身の民族が弥生時代にやってきて日本で増えて
そいつらの子孫がヤマトを打ち立て
朝鮮まで進出したんだろ

657 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 17:58:06.03 0
>>655
日本の学会で発表するような日本人学者は
天孫とは地方土豪に対する中央氏族の顕彰から産まれたものと言ってるが。
>>656
証明出来たら学術賞獲れるぞ良かったなw

658 :世界@名無史さん:2012/10/14(日) 18:17:45.77 0
それを一生かけて研究の対象にしてください。
学士院入会を目指して。

659 :世界@名無史さん:2012/10/15(月) 01:25:10.45 0
日本も半島と同じ君には
新機軸を立証すべく是非とも頑張って貰いたいものである。

660 :世界@名無史さん:2012/10/15(月) 10:09:24.22 0
2、3世紀に刺青入れてた倭人は縄文系で間違い無いよな?
何で刺青入れなくなったのかが知りたいんだよね。
次第に流行らなくなって止めたのか?異民族の文化が入って
来て止めたのか?そもそも身分の低いごく一部の人間
しか刺青を入れてなかったのか?逆に高い身分の者達だけ
に許された特権だったのか?

661 :世界@名無史さん:2012/10/15(月) 15:57:49.19 0
2、3世紀に刺青入れてた倭人は弥生系で間違いないよ。
2、3世紀は弥生時代だ。宋書以降、入墨の習俗が書かれなくなる。

662 :世界@名無史さん:2012/10/17(水) 00:58:28.09 0
それを一生かけて研究の対象にしてください。
学士院入会を目指して。

663 :世界@名無史さん:2012/10/17(水) 07:24:06.27 0
それを一生かけて研究の対象にしてください。
学士院入会を目指して。

664 :世界@名無史さん:2012/10/20(土) 10:45:38.49 0
神武東征伝説で、九州から来た大久米命が目に刺青をしているのを見て
ヤマトのイスケヨリヒメが不思議がったという。
何かの参考になるかも。

665 :世界@名無史さん:2012/10/20(土) 11:30:33.61 0
百済第14代の近仇首王の子は一般には辰斯王で孫は辰孫と言われるが
韓流ドラマで辰孫らしき人が近仇首王の子だと描写されてたんだけど
実際どちらはが正しいのですか?説が分かれてるのですか?単なる脚色?

666 :世界@名無史さん:2012/10/20(土) 16:28:36.98 0
脚色こそ真実の民族だからどちらも同じこと

667 :世界@名無史さん:2012/10/21(日) 12:26:54.43 0
辰斯王の妻って誰?ググっても子孫の名前しか出てこないんだが・・・もしかして倭人?
あと、韓国では神功皇后って事になってんの?韓流ドラマでチング(神功?)って
ヤマタイの女王にヨグ王子(辰孫?)が婿入りする話だったんだけど、年代的に言って
可能性があるならば辰斯の方だろ?つうか近仇首王の時に王族が渡来した記録ってあったっけ?
なんで辰孫をタイムスリップさせてまで話を作ろうとするんだろうか?

668 :世界@名無史さん:2012/10/23(火) 15:43:56.76 0
日本のタブーだしな

669 :世界@名無史さん:2012/10/23(火) 16:25:13.95 0
http://www.d7.dion.ne.jp/~sekai/uniue.gif

670 :世界@名無史さん:2012/10/23(火) 19:35:50.07 O
http://jackassk.web.fc2.com/funny/photo/unko/art1.jpg
http://jackassk.web.fc2.com/funny/photo/unko/art2.jpg

671 :世界@名無史さん:2012/10/23(火) 20:02:41.53 0
>>669
帯方郡が北に寄り過ぎだなw

672 :世界@名無史さん:2012/10/23(火) 20:37:05.34 0
大氏と高氏以外に渤海ルーツの氏族っているの?

673 :世界@名無史さん:2012/10/24(水) 11:35:08.78 0
>>667
辰斯王=仲哀天皇
つまり、↑という事か?俺もその可能性は濃厚だと思う。

674 :世界@名無史さん:2012/10/24(水) 21:19:32.13 0
証明されたら韓国人は発狂ものだな

675 :世界@名無史さん:2012/10/25(木) 12:17:01.73 0
「百済辰斯王は日本の朝廷に無礼だったから殺されました」
て自国の教科書に書く日が来る事になるんだよな?
だから、反日教育やてるわけね?

676 :世界@名無史さん:2012/10/25(木) 13:14:55.08 0
神功の夫は少なくとも仲哀では無い

677 :世界@名無史さん:2012/10/26(金) 18:05:20.91 0
神功は伽耶の女王だよね?

678 :世界@名無史さん:2012/10/26(金) 19:08:12.74 0
チンギスハンも蒼狼の子孫を名乗ってるけど、途中で蒼狼ブルテ・チノの男系子孫ドブン・メルゲンが死んだあとに、
未亡人アラン・ゴアが太陽光にあてられて妊娠して、普通より妊娠期間が長い異常出産をしてるよね
明らかに断絶してるのに…

679 :世界@名無史さん:2012/10/26(金) 23:46:38.34 0
>>677
大倭の女大王であり加羅の女王だったかもね

680 :世界@名無史さん:2012/10/27(土) 15:14:47.45 0
>>677
>>679
根拠を聞いてもいい?


681 :世界@名無史さん:2012/10/28(日) 20:11:59.25 0
>>679
確かに書紀の記述とも一致してるね

682 :世界@名無史さん:2012/10/29(月) 13:38:05.23 0
加羅は倭の同盟国か植民地だったのでは?でなければ韓国の学会の主張みたく
加羅が倭を支配していたという事だろう?普通に考えて全部嘘って事は無いだろう?

683 :世界@名無史さん:2012/10/29(月) 17:57:31.93 0
高句麗や東穢の在った穢貊族居住地域の北中部と違って
韓族の居た南部地域はまとまった国の形成時期が遅いから
加羅も百済と同じ様な倭人→韓人の体制だったのだろう。

684 :世界@名無史さん:2012/10/30(火) 17:08:04.63 0
半島へ移住した倭人もいたし、韓人や伽耶人の帰化人も居た。
つまり新羅王とか百済の黒歯常之は倭人だったかも知れないし、
応神は渡来人だったかも知れないという事です。

685 :世界@名無史さん:2012/10/30(火) 17:59:55.81 0
辰韓人や新羅人が舟の扱いを苦手としていた事
加羅が倭人の領域である事、正式建国前の新羅が倭の傘下に居た事からして
倭→半島南部への流れが基本だろう。

あと、韓族と倭人の話題はスレ違いな

686 :世界@名無史さん:2012/10/31(水) 22:05:21.29 0
>>684
韓人と倭人って人種的に区別とかできるとは思えない

687 :世界@名無史さん:2012/10/31(水) 23:54:51.47 0
2世紀くらいの話なら、見た目には刺青と弓で区別付くはずだ。
みずらとかも。


688 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 00:07:03.56 0
辰韓人と弁辰人

魏志韓伝にみえる、辰韓と弁辰の人種的違いに関して考えてみたい。
現在半島南部の古代人骨に関して、勒島、煙台、礼安里などの資料が知られているが、
いまだに全体像と言えるものはわかっていないように思われる。
調査結果を見ると、日本の古墳並行期の礼安里は日本の渡来系とされる人骨にちかく、
弥生中期並行期の勒島は在来系とされる人骨と渡来系の中間、
縄文並行期の煙台は縄文人を思わせるものがあるという。

http://kaken.nii.ac.jp/d/p/16570197

半島南部の種族的性格に関して、最も古い東夷の記録である魏志の韓伝はどのように記録しているか見てみよう。
まず前提として、韓伝の辰韓条と弁辰条について、イリヒコ氏の説をとる。

http://www.geocities.jp/thirdcenturyjapan/zatu/zatu02.html#tetsu

辰韓弁辰に関する人種的記述を見てみる。

辰韓:男女近倭、亦文身。
弁辰:其人形皆大。(衣服潔清)長髮。

弁辰については

弁辰與辰韓雜居、亦有城郭。衣服居處與辰韓同。言語法俗相似、

のように、辰韓との対比によって表現している。
このことからするに、弁辰の人種的記述も辰韓に対する比較で書かれている可能性が高いのではないか。
そう考えると、辰韓人は弁辰人に比較して、長髮とは言えず人形も大きくないと言うことになる。
辰韓人が倭人に近いとすれば、倭人もまた弁辰人に比較して、長髮とは言えず人形も大きくないと言うことになろう。

689 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 00:07:52.44 0
長髮とは言えないと言うことはどのように捕らえればよいだろう。
ここで文身に注目する。
倭人もまた中国人にとって文身を特徴とする人々であり、倭人伝において

男子無大小皆黥面文身。(中略)夏后少康之子封於會稽、斷髮文身以避蛟龍之害。今倭水人好沈沒捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽、後稍以爲飾。

と記述され、倭人の文身は倭水人の潜水漁法と関連付けられ、また中国南方の斷髮文身と結び付けられている。
おそらく中国人にとって、文身は斷髮を連想させるものではなかったか。
それゆえに弁辰の長髮という記述が出てくるのでは無いだろうか。
実は韓伝に引かれた魏略に下記のような記述がある。

「我等漢人、名戸來、我等輩千五百人伐材木、爲韓所撃得、皆斷髮爲奴、積三年矣。」

これは辰韓廉斯[金齒]がその邑を出たところで出合った、漢人戸來の言葉とされている。
戸來らは韓に捕まり、斷髮してその奴となったのである。
状況からしてこの韓は辰韓であろう。
この伝説がどの程度信憑性があるかは分からないが、中国人の想念の中で辰韓人と斷髮が結び付けられていたことを物語るものであろう。

690 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 00:08:33.08 0
では人形が大きくないとはどのような実態を示すのだろうか。
弥生人の人骨研究から、弥生人には在来系(縄文系)と渡来系の二種類があると言われている。
韓伝で倭と呼ばれている人はどちらに属するのだろうか。
文身に対する倭人伝の記述からするに、ここで倭人を代表しているのは、倭水人と呼ぶべき人々であろう。
日本では北西九州型弥生人が在来系と呼ばれる人々で、壱岐の人骨もこれに属する。
倭水人として倭人の特徴を代表したのは、在来系(縄文系)の人々ではなかったろうか。

これに対して弁辰狗邪国と思われる金海には、礼安里に代表される人々がいて、これは渡来系弥生人に似ているとされる。

これらのことから、三世紀の半島南部には、日本の在来系と渡来系に相当する二種類の人々がいたことが想像される。

縄文期の結合式釣針の分布は、北西九州から半島日本海側に広がっている。
半島日本海側といえば辰韓の中心「斯盧」=「新羅」=「慶州」を思い起こす。
縄文期からこの地域は縄文人と交流があったとすれば、辰韓人が縄文形質に似た人々であっても不思議はないだろう。
またおそらく弁辰人は、それとは見た目の異なる、渡来系弥生人の形質に似た人々であったのかもしれない。

691 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 01:37:18.72 0
なるほど、黄海側の任那・加羅地域と九州北部に、勃興した新興の在来弥生人政権が出来
日本海側の辰韓地域へは進出が為されず、また当地域には統一権力も成立せず
同じく九州南方地域に於いて旧態の在来部族社会が存続していた、と

692 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 12:16:41.66 0
神功は九州じゃなく伽耶(弁韓)出身か?
息長って名は素潜り漁してた海洋民族の事?

693 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 16:59:17.72 0
嫁ぎ先で新羅を征服し百済を切り従える活躍した、ってのは面白い話だけど
神功は九州出身だろうね、なにせ皇后だから。

694 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 19:35:55.50 O
神功皇后が新羅人の血を引いているのも気になる

695 :世界@名無史さん:2012/11/01(木) 20:05:46.03 0
新羅王が倭人だった事はあるけど
神功皇后に後に新羅を構成する土地の部族の血が入った事実は無いよ

696 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 13:12:19.63 0
妊娠期間はどう説明すんの?

697 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 19:50:02.10 0
説明する必要が無いしな
支配民族の倭人がわざわざ新羅人を正式な配偶者にする必要皆無だから

698 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 20:30:55.36 O
>>695
アメノヒボコの子孫じゃないの

699 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 20:37:12.94 0
妊娠期間が短かったり、長かったりすることは神話じゃよくある話じゃん。
特別な生まれであることを示すのに手軽な方法。

700 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 21:38:40.62 0
>>698
天日矛は倭人の新羅王の子孫でしょ

701 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 23:29:59.47 0
っていうか、応神以前にニニギ自体が渡来系でしょ。

702 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 23:32:11.34 0
ニニギは土着系だよ、というか他所から来た土着系と
元から居た土着系の違いでしかないけどね。
倭人が王位に就いた属国の新羅・百済や
倭人統治地域の任那・加羅と違って

703 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 23:38:09.41 0
土着系って?
縄文系っていう意味?

704 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 23:47:28.17 0
西日本の、特に瀬戸内海側と畿内は新モンゴロイドの比率が高く、
そこから離れると縄文系の比率が高くなっていくという時点で
お察しくださいとしか。

705 :世界@名無史さん:2012/11/02(金) 23:57:23.89 0
そもそも縄文系も大陸の人間も共に南方モンゴロイド
北方モンゴロイドはモンゴルやシベリアにいる集団
>>703
弥生系も縄文系も日本列島土着って意味だよ

706 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 16:28:27.78 0
遺伝的には蝦夷・縄文系は弥生系と混血した形跡
があるから虐殺は無かったんだっけ?
でも、遺跡からは銅鐸が破壊されてたり剣や矢の
刺さった頭骸骨も発見されてるから、虐殺が
無かったというより単に男を皆殺しにして女子供を
奴隷にしただけ?
つまり関西は民族浄化みたいな状態だったの?
それとも、少数の渡来人を倭人集団が受け入れた
って事?

707 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 17:00:49.03 0
強い者賢い者が勝った。それだけだ。他に意味はない

708 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 17:07:52.78 0
>>706
遺伝的には南方系と北方系が混血した結果が縄文人。
渡来系に特徴的な遺跡は北九州沿岸部の狭い範囲に少数存在しているだけで
人口に与えた影響は最大でも数%に満たないって事。

709 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 17:24:41.75 O
>>706
・西日本はもともと縄文人の数が少ない。
・渡来人はもとの数が少なくても、農耕民なので
人口の増加率が縄文人より高い(もちろん開拓しきったら下がるけど)。

710 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 17:45:33.99 0
なんかで知ったけど父系遺伝子が多いって事はその
数少ない南方系と北方系の混血の縄文人は、爆発的
に増えた渡来系弥生人達に征服はされたろうけど
虐殺はされなかったって事?日本のメディアが言う事
だし恣意的なフィルターがかかってる可能性は無い
かね?

711 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 18:46:51.51 0
縄文人が虐殺されたとかはあり得ない。
関東では、鎌倉時代まで縄文時代まで貝塚が作られている。
つまり、縄文時代と同じ生活をしていたことが分かっている。


712 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 18:47:46.89 0
>>711
×縄文時代まで貝塚
○縄文時代の象徴である貝塚



713 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 20:10:39.09 O
>>710
渡来してきた時点での人数は少ないと見られているから
日本語の起源もわからない。
渡来人の言葉か九州の縄文人の言葉か。

714 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 20:28:30.85 0
>>709
・西日本はもともと縄文人しか居ない。
・渡来人はもとの数が非常に少なく、かつ縄文人も農耕民なので
人口の増加率も縄文人と大差ないという結論が出ている。

715 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 20:32:36.19 0
南方系と北方系の混血の縄文人に対して極少数で人口増加率も変わらなかった
渡来系渡来人は、郷に入れば郷に従う道しか無かったって事
在日特別永住者の儚い願望と事実が合致する可能性は無いよ。


716 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 20:34:52.56 0
>>708
渡来人が遺伝的プールに与えた影響は極めて小さいと見られているから
渡来人の使用言語は数世代で縄文人の言葉になってしまった。

717 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:04:39.42 0
渡来人と弥生人を混同してないか?
弥生人が半島南部で交易していた倭人だとしたら、人の行き来は前々から盛んだったので遺伝子プールが急激に変化する訳がないだろう?

718 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:17:56.93 O
>>717
例えば歯の形や大きさなんかはわかりやすい例だが、
縄文人と今の日本人は全く違うからね。

719 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:24:14.41 0
台湾と与那国の間の遺伝子の絶壁は弥生時代の到来によって形成されたのか?
琉球諸島では12世紀まで稲作がなかったと聞くが。

720 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:46:56.08 0
>>717
例えば歯の形や大きさなんかはわかりやすい例だが、
明治時代の日本人と今の日本人は全く違うからね。

721 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:52:40.48 0
>>717
交易相手は河北東部地方・朝鮮地方の燕人ね。
弥生人というのは元来は九州から関東に居た集団で
弥生時代後期に半島南部へ進出したようだ

722 :世界@名無史さん:2012/11/03(土) 21:59:25.19 O
>>720
縄文人の歯は小さく大きさも均一で裏がシャベル状ではない。
弥生人の歯は最大サイズで大きさがバラバラで裏がシャベル状になってるという。

723 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 02:39:34.98 0
>>722
縄文人の歯は最大サイズで大きさがバラバラで裏がシャベル状になってるのが多数派だよ。

724 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 10:39:47.96 0
渡来人の元々の人口と増加率が低かったって本当?
広開土王との戦いや白村江で負けて人口が激減した
為って可能性は無い?
人口が少ないのでは無くて減ったという事、つまり
渡来人の縄文人への国譲りの可能性。

725 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 10:51:04.13 0
中国の史書に倭と大倭と日本が連続したものとして記録されてるよ。
というか、そもそも大陸系の遺跡は玄界灘へ面した沿岸部に見られるくらいで
他の地方にははっきりした物は見つかって無いし

726 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 11:58:45.84 0
縄文人ってアイヌと親戚みたいなもんなの?
金印に倭奴国ってのがあるけど、アイヌ(ワイヌ)の事じゃね?

727 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 14:11:25.53 0
【毎日新聞】 青野由利「縄文か、弥生か…日本人は韓国人や漢民族ともはっきり分かれるというから驚きだ」★2
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1351903919/l50

縄文系のモデルさんはすぐ見つかったのに弥生系が見つからなくて」。人類学者の馬場悠男(ひさお)さんから苦労話を聞いたことがある。
国立科学博物館で「縄文VS弥生」展を企画した時のこと。プロの女性モデル10人を面接したら、みな「濃い顔」の縄文系。
2度目の面接でやっと「彫りの浅い」弥生系に出会ったというから、現代人は「縄文好き」らしい。

「自分はどっち?」と思うかもしれないが、多かれ少なかれ混血だ。定説は、「縄文人が住む日本列島に弥生人が渡来。遺伝子が混じりあったが、
北海道と沖縄ではその度合いが少ない」。最近、日本のチームが発表した「アイヌ民族と琉球の人が遺伝的に近い」という論文もこの説を支持している。

結論は「やっぱり」だが、インパクトを感じたのは最新技術の力だ。個人差のある遺伝子型60万種類を分析。グラフ化すると遺伝的に近い集団がまとまり、
一目でわかる。日本人は韓国人や漢民族ともはっきり分かれるというから驚きだ。

「無罪主張に転じたのは科学技術の進歩で鑑定が可能になったため」。マイナリさんの冤罪(えんざい)事件で東京高検が述べている。
だが、その結論を得るのに人類集団を分析するような高度な技術はいらない。技術のせいにするのはお門違いだ。

むしろ、今回の論文をみると、技術はもっと先に進んでいて、やがて遺伝子分析で人種までわかりそうな気がしてくる。
とすれば、さらに注意深い使い方が必要になる。検察はもちろん、遺伝子知識のバージョンアップは社会全体の課題だ。

ゆくゆくは遺伝子のデータからモデルを選ぶ? 妄想と科学の距離は案外近いかもしれないのだ。

毎日新聞 2012年11月02日 01時48分
http://mainichi.jp/opinion/news/20121102k0000m070154000c.html

728 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 16:00:22.91 O
>>724
増加率が低いなんてことは聞いたことがない。
縄文人と現代日本人が大きく違うのは明らかで、
昔は数十万の渡来人が縄文時代から古墳時代に来たと言われていた。
しかし、大規模な渡来の跡が無いから
最近は少数の渡来人が日本で増えたと言われてる。

729 :世界@名無史さん:2012/11/04(日) 18:34:06.60 P
>>724
増加率が高いことの合理的な論拠は聞いたことがない。
弥生人と現代日本人が大きく違うのは明らかで、
それは生活環境と技術があらゆる面で大きく発展進化してきたからだ

昔は特定の人達が、少数の渡来人が日本で増えたと言い張っていたが、
最近では本土日本人に地方的特徴が見られず非常に均質な事や
縄文時代にも農耕が行われてきたから、妄想に過ぎないと笑われている。

730 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 03:14:11.15 0
>増加率が高いことの合理的な論拠は聞いたことがない。
稲作は狩猟採集生活やその他の作物より遥かに効率がよい。水稲地帯の人口力を舐めるな。
水稲が齎されるまでは東日本の方に(縄文系)人口が集中していたが、弥生時代以降西日本の(弥生系)人口が増えた。

>本土日本人に地方的特徴が見られず非常に均質な事
百済が滅亡して半島との行き来が少なくなって1300年以上経つんだから当然だろ!
絶えず民族移動してる大陸とは違うんだぞ。

731 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 04:27:10.65 P
稲作は西日本に於いて半島より早い紀元前4千年紀には始まっていた
農耕も紀元前8千年紀には確実に行われており
縄文時代には既に狩猟採集民ではない農耕民が大多数を占めていた。

西日本の地形の特徴として山地帯から海面までの傾斜がきついために
馬鹿が比較の為に使ったサンプルは時間と共に流出するなどしてしまい
東日本に人口が集中していたという誤った主張をしてしまったが
幸いな事に今では誰も信じていない。

高々1300年程度では異質な集団が元から複数あった場合均質にならない。

そもそもスレ違いな話題な上に
在日バカチョンの願望が生み出した妄想を垂れ流すなよ

732 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 09:20:51.99 O
>>726
アイヌっていつからその集団をアイヌって呼ばれたり、アイヌと自称するようになったのかな?
調べてみて欲しい。私は知らない。
ちなみにアイヌ民族ができるのは鎌倉時代から。


733 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 12:15:09.55 0
>>731
>高々1300年程度では異質な集団が元から複数あった場合均質にならない。
朝鮮人は完全に単一系統の言語を話し人種的にも日本人より差は小さいぞ。
お前はまず日本人が人種的に均質だという決め付けで話をしている。だが日本人の遺伝子プールは少なくとも朝鮮人よりは多様だぞ。
脳内ソースで語るなら在日馬鹿チョンと同レベルのチョンだ。

734 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 16:27:49.59 0
縄文=南方と北方のモンゴロイドのハーフで漆を東アジアで初め使用。関東以東に多い
弥生人=百済・高句麗などの扶余系渡来人、ククリ=コウクリ等地名にも、九州に多い
現代日本人=弥生と縄文のハーフと思われる、関西に多い
ブリヤート人=ロシアに住む人々だが不思議な事に縄文人とほぼ同一の遺伝子
現代朝鮮人=ブリヤート人程では無いが中国人平均に比べれば日本人に近い遺伝子
中国人=古代人と現代人で大分遺伝子が違う、日本に渡来したのは多分古代の方


※俺がネットを見回して収集し公平に出した答えです

735 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 21:03:51.17 P
縄文=南方と北方のモンゴロイドのハーフで漆を東アジアで初め使用。本州四国北部九州に多い
弥生人=南方と北方のモンゴロイドのハーフ。本州四国北部九州に多い
現代日本人=南方と北方のモンゴロイドのハーフ。本州四国九州北海道に分布
ブリヤート人=ロシアに住む人々、縄文人とは遺伝子にかなり遠い
現代朝鮮人=北部中国人と極めて類似する遺伝子を持っている。
現代韓人=遺伝的ばらつきが異常に乏しい、済州島・在日一世・朝鮮人とも異なる遺伝子。

※俺がネットを見回して収集し公平に出した答えです

736 :世界@名無史さん:2012/11/05(月) 21:11:14.05 P
>>733
朝鮮人の調査は公表されてないよ、なんせ朝鮮だからね。
南韓人の調査結果では、世界の他地域の調査結果と比べ異常に多様性に乏しく
済州島民や在日一世や朝鮮人とは明らかに遺伝的距離が離れており
遺伝的には我々日本人や華北中国人やモンゴル人等と同じような別個の集団と判明した

737 :世界@名無史さん:2012/11/06(火) 13:27:40.19 0
>>735
>ブリヤート人=ロシアに住む人々、縄文人とは遺伝子にかなり遠い

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%AB%E6%B9%96%E7%95%94%E8%B5%B7%E6%BA%90%E8%AA%AC

738 :世界@名無史さん:2012/11/06(火) 18:38:34.66 P
>>737
ウィキペディアはソースにならないw

739 :世界@名無史さん:2012/11/07(水) 12:50:02.36 0
>>738
全てに提唱者と参考文献と脚注が付いているのにソースにならない?
一体どんな証拠ならソースになるんだろ、あ、脳内ソースかw

740 :世界@名無史さん:2012/11/07(水) 17:31:15.35 0
>>733
>医学的には、韓国人、タイワン人、日本人の中で日本人が最も単一民族に近い。
>単一民族であることを誇る朝鮮民族は2番目、タイワン人は3番目に‘純粋な血統’である。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2001010317828

カトリック医学大学のキム・ドンウック教授と慶応大学の岡本真一郎教授がHLA(ヒト白血球型抗原)を分析した結果、
日本人と比較すると遺伝的な同質性が低いという結果が出ている。

741 :世界@名無史さん:2012/11/07(水) 19:04:23.39 P
>>739
ブリヤートのY染色体分布はC系統が60%、N系統が30%
日本人の父系はOが50%、Dが35%、Cが15%と全く一致しないよ

mtDNAも日本人は中国人、台湾人、ベトナム人などとよく似通った分布
しかし、ブリヤートはヤクート、エベンキ、モンゴル人などの
シベリアで卓越したC系統の頻度が高く、これも全く一致しないよ
電波飛ばすのは程々になw

742 :世界@名無史さん:2012/11/07(水) 21:32:52.75 0
朝鮮人は北方民族由来のC3cが多数派なの?

743 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 13:39:24.55 0
神功皇后の神功という名はどう考えても百済王族の血を
天皇家に入れた事に対しての功績を賛えた諡ではないか?
つまり公武合体みたいな発想だろう?半島の任那支配権
強化とか百済との血縁強化の狙いがあった。
それに飛鳥はどう考えたって三足鳥(ヤタガラス)の事だろ?
「アスカ」という読みはどう考えても「アショーカ」つまり
朝鮮半島百済の佛教勢力に関連が有るとしか思えんしな。
でも、現代朝鮮人は全く関係無いと思うがね?

744 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 16:31:08.69 0
この手の話題は、すぐトンデモが湧くね。
資料が少ないせいだろうけど。

745 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 18:53:26.28 0
发现O2b不是夫余
http://www.ranhaer.com/thread-14992-1-1.html

746 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 19:00:37.09 P
済州島と全羅道は夫余系の子孫が多いのか
百済の胡地だから不思議ではないけど、ちょっと意外だは。
支配層が乗っかる形じゃなく、元々黄海側は夫余系多かったとは

747 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 19:00:40.92 0
日本神秘的C1人
http://www.ranhaer.com/thread-1219-1-1.html

748 :世界@名無史さん:2012/11/08(木) 22:52:20.95 O
王建は南下して三韓統一するより、
北上して渤海と合流して扶余か高句麗を復興して欲しかったな。

749 :世界@名無史さん:2012/11/09(金) 11:10:17.75 0
極寒の北方よりは温暖な半島南部を地政学的に抑えて置きたかったんじゃない?

750 :世界@名無史さん:2012/11/09(金) 18:23:56.33 O
渤海は何度も復興したり、モンゴル帝国時代も民族として残っていたな。
やはり言語もツングース語ではない、扶余や高句麗の言語だったんかな

751 :世界@名無史さん:2012/11/09(金) 19:43:47.39 P
渤海は何度か復興運動が起きたが、滅亡数世紀後の遼代まで認識されていた高句麗遺民と違い
金、モンゴル時代には早くも女真と同化していたな。
やはり言語もツングース語で、高句麗とは言語が異なったな

752 :世界@名無史さん:2012/11/10(土) 10:52:44.79 0
三足鳥信仰って百済にもあったの?

753 :世界@名無史さん:2012/11/10(土) 12:09:38.94 O
>>749
なら後百済がまず新羅を併合しなきゃダメか

754 :世界@名無史さん:2012/11/10(土) 12:57:53.65 0
>>752
三足烏信仰って、要は道教だから、
中国人がいたならあったんじゃない?
でも、中国人以外の住民はそうとも限らない。

たとえば、日本のヤタガラスが三本足なのも、玉藻前がいつの間にか九尾になってたのと同様に、
後世に漢籍からの輸入されたもので、記紀や縁起には三本足という記述はでてこない。

755 :世界@名無史さん:2012/11/11(日) 13:06:06.92 0
聖なる鳥の伝説って世界中にあるしな。
東南アジアの船の先にとまってる鳥の絵は
日本の古墳だけじゃなくて東南アジアから
も見つかってるよね?ずっと前に世界不思議
発見で特集してたよね?

756 :世界@名無史さん:2012/11/14(水) 21:03:08.83 0
日本人はチベット人とブリヤート人に近いんだよ

757 :世界@名無史さん:2012/11/14(水) 21:51:09.70 0
特定の遺伝子だけ見てそういう事言ってる奴は浅学。

758 :世界@名無史さん:2012/11/17(土) 10:59:36.90 0
>>756
お前みたいなのが歴史を歪めるんだよな
太平記とか読んだ事無いだろ?
朝鮮半島からね渡って来た九州の強大王朝が
当時どれだけ日本を強大支配してたか知らんのか?
大量移民で証拠とかであるんだし、日本の記録
だって弓月君とか神功とか渡来人がいっぱい
出て来るんだぞ?少数のブリヤート人とか
持ち出しても説得力無い?
縄文人の王朝が仲哀天皇の事で残念ながら
我々らの祖先に力及ばずで負けてしまた事…
西日本のアイヌ人死に絶えて東北に逃げた
って事です?
誰でもわかった理屈!

759 :世界@名無史さん:2012/11/17(土) 11:08:58.88 0
すぐ電波が湧くな

760 :世界@名無史さん:2012/11/17(土) 19:47:33.67 P
そもそも日本語書けてないしなw
機械翻訳なのか、語学力の非常に低い限界なのか知らんが
日本人ではないのがバレバレw

761 :世界@名無史さん:2012/11/25(日) 00:40:30.38 0
「ワイ族」っていつごろ歴史から消えたの?

762 :世界@名無史さん:2012/11/26(月) 23:41:21.28 0
668年に

763 :世界@名無史さん:2012/11/27(火) 21:42:58.48 0
高句麗滅亡ですか。ワイ族が現代韓国朝鮮人の祖先というなら、
古代に日本にも来て混血してないのかな。

764 :世界@名無史さん:2012/11/27(火) 21:55:49.04 0
してないんじゃね

765 :世界@名無史さん:2012/11/27(火) 21:58:25.67 0
北朝鮮人の祖先は穢貊だけど、南韓人の祖先は三韓だろ

766 :世界@名無史さん:2012/11/28(水) 20:51:24.43 0
えっじゃあ今も違う民族というのか?
知り合いの在日は、南北どっちにも親戚がいると言ってた。
違ってたとしても高麗と李氏朝鮮の時に、混血して同化したんでは?
・・・身分制度が厳しいから、厳然と分かれてる?

767 :世界@名無史さん:2012/11/28(水) 23:32:56.51 0
民族や文化の同化と、遺伝的な混血は違うからなあ
世界的に見ても例え大々的な移住と共に征服されたケースでもあまり混血していないし

それとは別に、南北統一されていた李朝と高麗でも
南北対立が激烈だったのは、別のものとみる意識に由来しているのでは?

768 :世界@名無史さん:2012/11/28(水) 23:40:55.93 0
キムジョンイルは全州金氏で新羅系

769 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 00:48:12.82 0
そんなことを言い出したら
李成桂は女真族、商胥余は華夏族、衛満は漢族なんだが

770 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 01:19:47.02 O
>>769
李成桂が女真という確たる証拠は無いしな。
北方へ移住する高麗人は結構いたらしいし。

771 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 03:04:11.84 0
>>769
確かにそうだな、しかし李朝そのものが
女真による征服王朝の側面もあるから、大した問題ではないかもしれない

772 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 18:38:56.37 0
男子サッカー北朝鮮代表
http://www.dw.de/image/0,,4916657_4,00.jpg

773 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 23:16:41.94 0
司馬遼太郎の「韃靼疾風録」に、女真は豚を飼う狩猟民なので、
馬と羊を飼う遊牧民のモンゴルからは低く見られていたとあった。
朝鮮は両方ともケダモノ扱いしてた。(倭はケダモノよりは多少ましな程度。
しかし足元を見れば豚のような形の靴下を履いているのでやっぱり獣と。)
でも朝鮮て、実際は低く見てたこの三つに次々攻められるという悲劇・・・
歴史もそのままでは書けないのでは。

774 :世界@名無史さん:2012/11/29(木) 23:30:05.59 0
まあでも、野蛮人の方が戦争には向いてるし

775 :世界@名無史さん:2012/11/30(金) 00:10:26.48 0
女真と蒙古はどうか知らんけど、
日本人は確かに「野蛮人」と言われても
不敵に笑うような感性があるな。
「ウチは野蛮と違う!小中華なの!」なんてムキにならない。

776 :世界@名無史さん:2012/11/30(金) 03:49:13.51 0
蛮人と呼ばれようと冊封体制から一歩引いた日本の方針を何と言うんだけ?
なんか4字熟語みたいだった

777 :世界@名無史さん:2012/11/30(金) 13:07:15.52 0
http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201211270001/

778 :世界@名無史さん:2012/12/01(土) 02:46:09.13 0
>>766
黒水靺鞨とかの勢力範囲だったり雑居していた時代も長い朝鮮北部(北朝鮮)の朝鮮民族は形質だけみればその影響がみられるのかなあ?
南の同胞である韓国人よりもシベリアのツングース系民族に近い顔立ちがちらほら

吉林の朝鮮族の子ども
ttp://s7photo.30edu.com/600/2000/uploadimage/kcqsn/image/2df1bb22-3e6e-42e4-b05f-b63e398cb25a/201012221921120747/dscn2757.jpg
ttp://s7photo.30edu.com/600/2000/uploadimage/kcqsn/image/2df1bb22-3e6e-42e4-b05f-b63e398cb25a/201012221920470278/dscn2756.jpg
ttp://www.zifenghuang.com/news/admin/edit/UploadFile/bazx04.jpg
ttp://image.tianjimedia.com/imagelist/2009/089/9m9i7644b3m1.jpg
ttp://www.chinadaily.com.cn/hqgj/jryw/201109/c227b6e3b085cd82b8128bd3e821ef7a.jpg
ttp://www.he-n-tax.gov.cn/hbgsww/gszt/sfxczt/sjdt2/200804/W020080408556421877107.jpg
ttp://61.157.144.56:8000/uploadfile/jpg/2009-12/20091218203729459.jpg
ttp://61.157.144.56:8000/uploadfile/jpg/2010-3/201035152440178.jpg
ttp://www.wch.hledu.net/InfoUploadFile/201211/20121129120149454_s.jpg

779 :世界@名無史さん:2012/12/01(土) 07:27:49.05 0
ツングース系民族オロチョン
http://s1.zetaboards.com/anthroscape/topic/4934763/1/
http://www.ahnenkult.com/wp-content/uploads/2012/07/Image-6.jpg

780 :世界@名無史さん:2012/12/01(土) 08:41:15.06 0
>>778
吉林の朝鮮族は、集中して住んでいることで有名だが
近代になって移住したものである。延辺州はその集住地域で最大のもの。
咸鏡道の各地から移住した集団が最大派閥。
ちなみに黒龍江省の朝鮮族は、分散して住んでいるので咸鏡派閥は無い。

咸鏡道には粛慎を本貫とする氏族がいる。名乗るかどうかは不明。
朝鮮王朝時代に、オランケから帰順した者は、固有の訛りがあり
全く別の言語(ツングース系)からの切替があったといわれている。
咸鏡北道の方言は朝鮮韓国語としては、音声が特異であるとされる。

781 :世界@名無史さん:2012/12/01(土) 12:24:20.11 0
「高句麗語と扶余は似てるけど、ユウロウ語とは違う」
みたいな記述あったから、
高句麗語扶余語はツングース語じゃなくて「ワイバク語族」じゃないの?

782 :世界@名無史さん:2012/12/01(土) 15:30:33.00 0
そうだよ
北朝鮮地方北部から朝鮮族自治州に掛けての現代朝鮮族は
李朝時代に併合された女真族の末裔が多い、って話だから
夫余系とは関係無い、有体に言えばスレ違いw

783 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 00:03:08.60 0
夫余と穢貊って
日本でいうと、縄文と弥生、または蝦夷と大和の関係みたいなもんかな?

784 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 00:50:48.43 0
日本でいうと、縄文と弥生、倭と大和、または蝦夷と蝦夷の関係みたいなもの

785 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 18:30:43.74 0
つうか日本語ウィキペディアでは日本では高句麗語と扶余はツングース系と言う説が一般的
とか書かれてるけどハッキリ言ってごく一部の学者以外日本ですら既に否定されつつ有るのに
なんでそれが一般的なんって記述書かれてるのか分からん
しょせんウィキペディアだからって言えばそこまでだけどさ

786 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 18:45:40.89 0
編集すればいいじゃん

787 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 20:48:53.17 0
本文中に「〜によれば」と誰がそういう説を唱えていて、誰がそれに異論を唱えているか明記しないと中立的な観点にはならないからな。
少なくともツングース系だと断言してるのは不適切。

788 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 21:26:33.74 0
高句麗語と扶余はツングース系ってのは実は戦前の説で
その説だと朝鮮語と日本語もツングース系って事になってた
当然戦後になって明らかな誤りだと言う事で既にその説は否定されてる
これは日本に限らずどこの国の学者でも既にそう
だから既に誤ってる学説をさも一般的とか言ってる事自体問題だとしか言い様が無い

789 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 21:34:20.67 0
朝鮮語と書くとややこしいよな
古代朝鮮の民衆が喋ってたのは夫余語の系統だけど
いわゆる中世朝鮮語は韓語の系統で全くの別物だから。

アメリカ先住民の言語と米語を同じ呼び方してる様な物っていう

790 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 21:55:47.97 0
日本にとっての蝦夷征服は文明の送れた民族を吸収するだけだったが、
韓族にとっての三韓統一はむしろ文明の進んだ先輩民族を吸収することだったのに、
よく跡形もなく扶余語が消えてしまったものだ。

791 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 22:07:47.23 0
扶余系民族が農耕専門ではなく、牧畜民であったなら
その高機動力から、どこかへ去って
有力な遊牧民の勢力へ合流したと考えるのが自然であろう。

現代の達斡爾の民のように、蒙古系の中において
契丹の語彙を保持しているように、
もとの扶余要素をどこかに保持しているとは限らないが。

792 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 22:39:21.20 0
そこで仮説として浮かび上がってるのが第4のアルタイ諸語ではないかと目される扶余語族あるいは扶余諸語なる説だが
これ自体おぼろげな仮説でしか無く穴や不明点ばかり多すぎて学説足りえるものにはまだなってないからな

793 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 22:41:43.30 0
>>791
扶余の最初期の支配層が遊牧民ではなかったかって説はどっかで見た事が有る
それがテュルク、モンゴルの系統に近いのかまた違うのはともかく
それとは別に扶余はツングースとは言語は別だが文化は有る程度共有してたって話しも有るが
その共有の度合いがどのくらいのものなのかはちゃんと見てなかったので分からん

794 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 22:47:18.62 0
>>790
夫余語も韓語も古代の記録が何も無いから、実態は何一つ解ってないしなあ
オスマン治下のルームやシリアの様に他言語が温存されたかもしれないし
英王国やソ連の様に他言語を根絶したかもしれない
次代の高麗の思想統制の強さから見ると、後者だと思うけど

795 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 22:55:07.40 0
よく考えたら、いきなり新羅が高句麗の領土を併合したわけではなく、
李朝までにじりじりと旧高句麗領を併合したわけだから、
後代朝鮮の国家に吸収された旧扶余系の民族が言葉を失ったのも当然か。

796 :世界@名無史さん:2012/12/02(日) 23:26:53.42 0
>>795 朝鮮の時代になって帰順してきた集団は
女真の言葉を話していたことが明確であり
史書(1430年代あたり)にも記述があるのだが・・・

797 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 02:56:35.08 0
海で囲まれた日本の中世以前のことすらさっぱり解らないのに

大陸の周辺部族の歴史なんてさっぱり解らないよね

798 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 07:15:37.20 0
埼玉県の高麗駅にあるキモイトーテムポールみたいなのは高句麗の文化なんですか?

799 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 08:55:01.41 0
>>798
そのきもいトーテムは見たことないけど
高句麗人がやってきて住み着いて巾着田〜
とかステキやん。

800 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 09:09:58.32 0
高句麗遺民が開拓を命じられた土地ってのはいいんですが、
ただでさえキモイ造形なのに、
高句麗の文化でもないのに、さも昔からの伝統であるように偽ってるとしたらますますキモイです。

801 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 09:36:21.40 0
ttp://www.saturn.dti.ne.jp/~nakao-m/2_IMG_3834.jpg
高麗神社のはいつくらいに作ったんだろうね。
歴史はなさそうだ。

802 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 10:08:36.05 0
>>801
コラージュにしちゃ、結構うまいね

803 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 10:54:33.44 0
48 名前: 利根っこ 投稿日: 2012/08/27(月) 13:30:30 ID:VhkYzmmg [ FLH1Aej088.stm.mesh.ad.jp ]
>>46
高句麗ってそもそも満州民族の祖先に当たると言われてるし、
現在の韓国人の先祖とは違うみたいよ。
高麗駅に昔はトーテムポールなんかなかったのに、あんなことに。今では絵馬にまで描かれてるね。
キムチやトッポギってトーテムポールの人らと同じで後から移り住んだ人が便乗してやってるだけでは・・。

そんで中国人は高句麗は中国だったと教わってる。
何がほんとか分からんわ

804 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 11:01:54.99 0
高麗駅の将軍標は何度か再建されており、初めて立てられたのは
高麗駅の方が早いのである。
因みに、高麗駅前のものは木製である。

駅ができる前にはなかったようだから
高句麗を自分の歴史に組み込みたい現代チョンの
ゴリ押しだろうね。景観が悪くなって迷惑。

805 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 12:14:21.47 0
ミトコンドリアは母親から遺伝し受け継がれるので、
日本人には16種類の地域の母親からのルーツがあるそうな。

その中には、M7aという他のアジアには見られない日本独自のミトコンドリアを
DNAルーツに持つ人々がいるという(たぶん琉球・アイヌからの系統)。

韓国人と朝鮮人にはそういうのはないの?

806 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 13:02:42.32 0
M7aとN9bが縄文女性の遺伝子とされてる。

807 :世界@名無史さん:2012/12/03(月) 14:29:16.55 0
>>805
M7aはアイヌから出てない

808 :世界@名無史さん:2012/12/04(火) 01:12:09.75 0
M7aはブリヤート人からも出てなかったか?ガセか?

809 :世界@名無史さん:2012/12/04(火) 06:31:48.38 0
ブリヤートは、寒冷地対応した「新モンゴロイド」ですが?

810 :世界@名無史さん:2012/12/04(火) 06:45:54.92 0
現代ブリヤート人が新モンゴロイドだからといって、
太古に遡るミトコンドリアDNAが縄文人(古モンゴロイド)と同じものを持っていてもおかしくない
一応、日本人も新モンゴロイドでしょ

811 :世界@名無史さん:2012/12/04(火) 06:55:52.90 0
日本人は古モンゴロイドに近い、古新の混血という結論だよ。
3〜2万年前にほぼ今の遺伝子プールが確立して
その後はあまり変化してないって見方が大勢だね

812 :世界@名無史さん:2012/12/04(火) 11:00:18.25 0
>>805
若干あるみたい
ttp://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_1/nipponn_to_syuuhenntiiki_no_mtDNA_bunnpu.jpg

>>807
結構あるみたい
ttp://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_1/mtDNA_nihonnrettou_no_3minnzoku.jpg

813 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 00:45:50.68 0
そりゃ、昔縄文系とされてた遺伝的グループは
実際には半島〜満洲〜華北まで広く分布している
早い時代に東アジアへ移住してきた集団が持っていたDNSだしね
大陸や半島にあっても当然、同じく昔弥生系と呼ばれていた遺伝的グループも
旧石器時代には既に日本に居た

814 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 00:57:27.55 0
>>813
十分あり得ると思うけど、根拠は?
旧石器時代の人骨から、遺伝子を調べたの?

815 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 01:20:58.11 0
>>814
その遺伝子グループの中でそれぞれ今の日本、半島、大陸の住人が持つDNAへ
分岐した年代は、縄文時代より前の旧石器時代
つまり、いわゆる弥生人は旧石器時代には日本列島に居たという事だそうな

816 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 01:47:12.51 0
分岐した年代が旧石器時代だからといって、旧石器時代に列島にいたとは限らないんじゃない?
旧石器時代に大陸で分岐して、弥生時代に列島に入ってきたとしても、
現代人の遺伝子を調べただけじゃ、どっちのシナリオでも同じ結果が出る。

817 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 02:01:09.82 0
分岐した年代が旧石器時代だという事は
旧石器時代に大陸で分岐して、旧石器時代に列島に入ってきたという事
旧石器時代にはいわゆる弥生人の祖先は日本に居たという結論

旧石器時代に大陸で分岐して、それぞれの人口が増えた後
全く交雑せずに大量の人口が弥生時代に列島に入って来る事は
どんな空想的な奇跡が多数重なっても、100%起こり得ない

818 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 02:13:24.34 0
これって、ミトコンドリアDNAの話だよね?

819 :世界@名無史さん:2012/12/05(水) 15:01:13.74 0
それが、M7aは台湾沖縄地域で多く、北限はシベリアなので、
縄文人は南から北に進出したという説と、
ブリヤート人と縄文人のミトコンドリアが近いので、縄文人も北方起源で
シベリア沿海州からサハリン北海道→本州と南下してきたという説がある。
>>809 古モンゴロイド=縄文、新モンゴロイド=弥生というのは、
考え直さないといけないのかもしらん。

820 :世界@名無史さん:2012/12/06(木) 00:23:01.21 0
台湾にM7aはほとんどいないよ
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_3/nipponn_to_syuuhenntiiki_no_mtDNA_bunnpu1.jpg

821 :世界@名無史さん:2012/12/06(木) 00:34:17.30 0
いたちGUY

822 :世界@名無史さん:2012/12/06(木) 01:13:25.01 0
ごめん、台湾琉球その辺りがM7系の故郷と思われてる。と書くべきだった。

823 :世界@名無史さん:2012/12/06(木) 02:34:54.60 0
M7aじゃなくM7とかプロトM7a?

824 :世界@名無史さん:2012/12/06(木) 18:28:55.34 0
板ちがい

825 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 01:51:58.85 0
元に戻って、これまでは何となく
「大陸から朝鮮経由で来た弥生人(?)が、
先住民の縄文人に文明の手ほどきした」
みたいなのが定説だったんだけど、
逆に縄文人が朝鮮半島に北上してたってことはないのか?
M7aがシベリアにまで進出してるんなら。

826 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 02:02:02.10 0
アジア人は南インドからスンダランド経て北上して日本列島へ入り
更に半島へ進出した後、満州〜シベリア〜北米へ拡散したと結論出てるじゃん
今の分布は寒暖の適応性の差で選択圧が掛かった結果だと

827 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 03:21:37.80 0
いたちGUY

828 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 09:03:05.75 0
>>826
北上する最中に樺太から北海道・東北・関東へと南下して行ったのが縄文人らしい

829 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 16:14:46.32 0
これだな
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_09/old_monngoroido.jpg
http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/33/0000039233/61/imga9083186zikfzj.jpeg

830 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 19:57:08.20 0
日本が蝦夷を征服し各地に連行して様々なトラブルが起きてるが、
新羅や高麗でそういうことはなかったんかな

831 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 20:17:26.49 0
と思ったが、高句麗はむしろ新羅より文明高く、
新羅は高句麗を師匠みたいに思ってたろうから
丁重に扱ったはずだな。

832 :世界@名無史さん:2012/12/07(金) 22:02:10.76 0
あっちは同族同士で争ったらものすごい残酷になるぞ。
おれの知り合いの韓国人、いいトシだが兄弟で
「あんなやつはもう兄でもなければ弟でもない」と悲惨な喧嘩をしている・・・。

833 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 00:12:55.33 0
>>829
2枚目はまちがい、数年前に世界中のサンプル調べた結果
モンゴルやシベリアの新モンゴロイドは
南東から西へ向かって拡散したという真逆の結論出てるから

834 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 03:25:10.45 0
歴史の話にもどる。(司馬遼ふうに)
北畠親房の「神皇征統記」に「昔、日本は三韓と同種なり、ということのありし。
かの書をば桓武の御代に焼き捨てられしなり。」とある。
百済のルーツを母方に持つ桓武天皇の時代までは、
大和朝廷と三韓諸国は同祖だという認識だった。
天智天皇のころ、白村江で大敗を喫し百済が滅ぼされると、
日本は曾孫の桓武の時代には律令制を布き、遷都し、蝦夷を平らげ、
新羅(朝鮮半島)とは「もうお前のところとは関係ない」と決別したのだ。
日本は平安時代になり独自の文化を完成させていくが、
新羅は文化習俗を悉く唐風に改め、ふたつは違う国への道を歩み始める。

835 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 04:37:20.15 0
神皇正統記では三韓を新羅としているからスレ違いな

それに加えて、毎年我が国に朝貢していたとあるから
5世紀の新羅建国以前は新羅は大倭に属し
中でも任那は大倭との結び付きが強く、倭領もしくは統治機関が置かれてたのだろう。

836 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 11:25:32.17 O
>>834
イングランドが大陸よりブリテン島内部の統一を志向するようになったみたいな

837 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 12:06:53.46 0
かの書って何?

838 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 14:57:33.72 0
聖徳太子の「国記」のことじゃない?
乙巳の変の時「天皇記」は焼かれたが、
「国記」はその時は火中から救い出された。
中大兄に渡されてから、記紀ができて、それから行方不明。

839 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 15:06:48.94 0
行方不明なら、なんで北畠親房は内容知ってんの?

840 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 16:35:35.13 0
後醍醐から聞いたんじゃないの?北畠家自身も村上天皇の出だし。
それが「国記」かどうかは知らん。別な歴史書の事かも。

そろそろ倭人の話なんか知らんわよそ逝けと叩かれそうだな。
新羅の話でも怒ってるやついるのに(全羅南道出身?)
>>836島国は似るんだろかな。イングランドの話しよかw?

841 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 16:54:34.91 0
ワロタ
碌にソースの裏取りもせずにドヤ顔でスレ違い

842 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 17:11:22.17 0
出たよソースソース野郎。どっかの人のお説をコピペしてきて。

843 :世界@名無史さん:2012/12/08(土) 19:58:03.94 0
ワーイ濊ワーイ穢Why?

844 :世界@名無史さん:2012/12/09(日) 23:34:04.78 0
関わりがあるんだったら、
別に周辺諸国や他民族の話でもいいんじゃない?

845 :世界@名無史さん:2012/12/10(月) 23:01:05.02 0
来週月曜10:00NHKのファミリー・ヒストリーで、南果歩さんのルーツやるそうです。
1300年前の朝鮮半島中国まで遡るそうな。

846 :世界@名無史さん:2012/12/13(木) 02:55:30.59 0
>>21
倭人が領有してたのは南端の任那と加羅だけかと思ってたら
黄海沿岸にも居たとは、思ったよりも広い地域に居たんだな倭人

847 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/14(金) 00:50:37.28 0
>>846
 領有じゃの近代の概念じゃし、当時にそがん概念は無ぁわ。
ほいから、広開土王碑の倭は、当時一番軍事的性格の強い伽耶の
北方木槨墓人じゃけぇ、列島の集団じゃ無ぁわ。
倭人自体は、北東アジアの水辺民よ。

848 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 07:08:19.19 0
ホモ牛は巣に帰れ

849 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 13:03:24.16 0
渡来人=進出していた朝鮮半島から戻ってきた日系人難民説について。
当時の朝鮮半島は鉄鉱石の産地として日本にはとても重要な地域だったらしい。
だったら日本人を送り込んで鉄利権を抑えたというのは大いにありえる話。
送り込まれた日本人たちは現地で貴族化して、鉄を日本に輸出していたのだろう。

ところが白村江の大敗で全部パーになり、日本に帰らざるを得なくなった。
まるで第二次世界大戦後の満州からの引き揚げ・・・。

850 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 14:09:40.88 0
百済の王の墓を調査したら縄文人と同じ骨格だったらしいんだよね。
古代の朝鮮人は縄文系民族で日本人と近縁だったのかも知れない。
でも半島の奴らも天皇陛下を自分たちと同じ民族とはよほどの馬鹿でもない限り思ってなさそう
女系天皇とか作って天皇陛下の遺伝子を絶やそうとしてるのが
奴らが皇室をアカの他人だと思ってる何よりの証拠だ。
儒教的な価値観を押し付けて日本支配を正当化しようとしてるだけだな。

851 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 15:04:24.01 0
>>849
朝鮮人が聞いたら発狂しそうな説だねw
興味深い

852 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 16:20:26.50 0
http://i.imgur.com/bWAHK.gif

853 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 21:15:48.82 0
403-forbiddun

854 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 22:50:04.90 0
そもそも朝鮮側唯一の古代の史料である三国史記が編纂されたのって11世紀だし。
日本書紀は7世紀の編纂だから実に400年の差。
もし渡来人が朝鮮人であるなら、なぜ日本と朝鮮でこんなに史料編纂の間が空いているのか?
朝鮮でも史料を残してやればよかったのに。

855 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 22:57:16.33 0
>>854
三国史記が12世紀で、日本書紀が8世紀だった。
思うに、渡来人は大陸に進出していた日系人であり、彼らは中国に敗れて日本に帰還せざるを得なかった。
その際に中国の進んだ文化や技術を日本に持ち帰り、日本書紀が編纂された。
朝鮮は戦略資源である鉄を供給する植民地&ただの通り道に過ぎなかった。

856 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 22:58:27.95 0
渡来人って大抵は滅亡した百済とか高句麗から亡命してきたんじゃないの

857 :世界@名無史さん:2012/12/14(金) 23:32:44.14 0
>>856
後期渡来人はそうだが、前期は自主的渡来、百済から恵んでもらったなどがメイン。
ちなみに、高句麗は殆ど後期だね。そもそも倭と高句麗は余り仲好くなかったしね。

858 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/15(土) 01:15:46.88 0
>>850
 また、嫌韓ネット右翼の毎度の嘘吐き体質じゃのう。
百済の支配層は、北方系じゃに。
百済貴族の男性。
http://www.culturecontent.com/content/contentView.do?search_div=CP_THE&search_div_id=CP_THE014&cp_code=cp0425&index_id=cp04250136&content_id=cp042500170001&search_left_menu=3
忠南扶余のヌンサンリ50号分で出てきた6世紀頃の百済貴族の男女のうち
男の頭蓋骨を利用して復元した。
百済貴族女性。
http://www.culturecontent.com/content/contentView.do?search_div=CP_THE&search_div_id=CP_THE014&cp_code=cp0425&index_id=cp04250017&content_id=cp042500170002&search_left_menu=3
忠南扶余のヌンサンリ50号分で出てきた6世紀頃の百済貴族の男女のうち
女性の頭の骨に復元しました。
高顔狭顔の北方新モンゴロイド。
百済の庶民、奴隷階級なら、エラの張った縄文形質の倭人タイプ。
http://www.culturecontent.com/content/contentView.do?search_div=CP_THE&search_div_id=CP_THE014&cp_code=cp0425&index_id=cp04250014&content_id=cp042500140001&search_left_menu=3
この女性人骨が発掘された全羅南道光州の地名である。
韓半島には1万年前頃に移住してきた2チャヒョン南方系型を呈している。

859 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/15(土) 01:23:32.80 0
>>854
記紀の8世紀が、4〜5世紀を語ってもトンデモなんは、朝鮮の史書と
大差無ぁわ。
>>857
 四隅突出墳も考えたら、高句麗系も早うから日本へ渡来して、
列島の支配層になったろう。
4〜5世紀の倭は、朝鮮南部〜日本で当時一番軍事力があった
伽耶の北方木槨墓人で、漢に生口(奴隷)を献上しとった軟弱な列島の
倭じゃ無ぁで。

860 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 01:38:18.05 0
>>859
朝鮮人が渡来して日本に進んだ文化を伝えたというなら、、
彼らの本国の朝鮮で文書史料が異常に少ないのはなぜなのか?

861 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/15(土) 01:57:40.36 0
>>860
 新羅僧の慧超の『往五天竺国伝』じゃの、本国より西域から発見される
もんもあるし、日本にこれだけの世界旅行記じゃの記述した人物は
おらんよ。さすが海洋国家新羅だけあって、島国の大陸小中華国家
の日本より遥かに先進国じゃったのう。
『花郎世紀』『鶏林雑伝』じゃのも新羅文書よのう。

862 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 02:13:18.77 0
エベンキ族は、いつ朝鮮半島を席巻したのか?
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1330948589/l50

863 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 04:27:23.70 0
白馬青牛とは何者か
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1349110164/

864 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 04:35:30.72 0
>>861
それ朝鮮の史料じゃないし、『花郎世紀』『鶏林雑伝』も残ってないじゃん。

865 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 10:57:38.69 0
『大金国史』は、満民族(金の民族)は、粛慎を祖先とすると書いている以上

高句麗・百済・渤海よりも、粛慎が一番発展したといえるであろう。

866 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 11:23:50.53 0
《新羅殊異伝》から、類推するしかないのかな?
ttp://books.rakuten.co.jp/rb/%E6%96%B0%E7%BE%85%E6%AE%8A%E7%95%B0%E4%BC%9D-%E6%95%A3%E9%80%B8%E3%81%97%E3%81%9F%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%AA%AC%E8%A9%B1%E9%9B%86-%E5%B0%8F%E5%B3%AF%E5%92%8C%E6%98%8E-9784582808094/item/11221028/

867 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 14:10:31.24 0
>>865
粛慎が「みしはせ」と読まれてオホーツク文化人らしき人々を指したり、
刀伊の入寇で半島から襲撃してきたりというのは当時はツングース系が海を渡って環日本海北部一円に進出してたということなんだろか

868 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 14:19:48.56 0
倭寇にしろ、刀伊の入寇にしろ高麗の制海権の脆弱さは異常

869 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 17:05:53.31 0
>>861
新羅は倭に攻め込もうと謀った時
まともな水夫や舟が無くて諦めたんだけどな

870 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 17:29:02.24 0
>>869
倭にいっても逆白村江になるだけだし。
長距離航海に適した船は海戦に弱く、海戦に強い船は長距離航海できない。

871 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 17:35:49.99 0
>>870
それ以前の水準だよw
まとまった軍勢を渡海させる舟と船乗りすら居なかった

半島東南部が九州北部までは近いうえ
海岸線は開けていて広く、まともな舟を揃えれば望まない海戦が起きる可能性も無い

872 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 18:30:23.63 0
ホモ牛の言ってることにいちいち取り合うのは時間のムダ

曲学阿世、虚実ない交ぜ、姑息、日本を貶して半島を挙げるやり口
>>861もそう)・・・、どの板スレに行こうがやってることは10年来
まるで変わらない判子型、真正のゴミクズ。なぜここまで言われるのか
過去ログを辿れば分かるだろう

873 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 19:30:42.05 0
毎度同じ妄想を延々と繰り返し、他人の意見を聞かない

159 : 日本@名無史さん[sage] : 投稿日:2009/03/28 00:17:32
それにしても白馬氏に聞きたいのは、
なぜ滅んだ新羅をそこまで持ち上げるのか。

卑弥呼の王朝を征服した天皇家は朝鮮からの渡来人?
http://www.logsoku.com/r/history/1215868927/

874 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 22:16:50.07 0
【日韓】 日本にある大伽揶の痕跡〜未開だった倭国に先進文物伝えた大伽揶人の気性★2[12/15]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1355573789/l50

http://www.imaeil.com/news_img/2012/local02/20121212_171050002.jpg

1千500年余り前、大伽揶人らはとても遠い倭国まできて何をしたのだろうか?彼らが当時未開だ
った日本の土地に文物を伝え交易した事実は誰でも十分察することができる。記録もなく伝えられ
る話もない。残っているのは古い墓だけだ。日本で5世紀中後半の古墳を発掘すれば例外なく大
伽揶人の遺物が大量にあふれ出る。

パク・チョンス教授(慶北(キョンブク)大考古人類学科)は日本列島の大伽揶の重要遺跡だけでも
27県、70カ所に達すると言う。当時、辺境地を除き人口がある程度ある所には大伽揶人の跡が
発見されている。大伽揶人らが倭国を自分の家のように往来したことは明らかだ。優れた文化的
素養を持つ彼らがこちらで何をしたのか、どのように暮らしたのかその痕跡を探してみた。

875 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 22:17:28.79 0
■四国は中間寄港地
日本へ行く航海ルートの出発点は大伽揶が制海権を掌握した蟾津江(ソンジンカン)下流の慶南
(キョンナム)河東(ハドン)だった。そこから釜山(プサン)近海をすぎ本州と九州の境界である関
門海峡を通過し海岸線にそって航海する。瀬戸内海を経て大和政権がある関西地方(大阪とその
近隣地域)に向かった。瀬戸内海は最も大きな島の本州と小さい島の四国の間を分け幅が狭くて
小さな島が点点とある平和な感じを与える小さい海だ。

小さい木船に身を任せ数千里の旅行をしてきた大伽揶の旅行者らは目前にせまる四国島に自然
に上陸し旅行の疲れを取ったろうし、一部は長く留まったりもしただろう。大伽揶の旅行者なら、誰
でも訪れたと見られる場所が現在の愛媛県今治市と松山市の海辺だ。この話を証明するかのよう
に今治市の海辺から4キロ離れた低い丘陵地にある唐子台遺跡から大伽揶産特有の脚のある
皿2点が発掘された。

「カラコダイ」という名前から分かるように大伽揶人らの集団居住地だった可能性が高いところだ。
隣接した朝倉村にある樹之本古墳と城ケ谷古墳では各々首の長い長頚壷とふたのある脚皿、首
の短い壷が出土した。首の長い壷は首の部分に三重の波紋とやわらかい曲線の胴が特徴の美し
い土器だ。光山郡芝山洞(チサンドン)32号古墳から出たものと同じ形だ。朝倉美術古墳館学芸
員、窪田利子(54)氏は「昔はこの村に港があったし交通が便利で暮らしやすく豪族がたくさんいた
と伝えられる。ここの地理的特性上、航海者などが下関を通過したら一番先に見る港だっただけ
に、伽揶人たちがこちらの豪族と文物をやりとりして交流したでしょう」といった。
(中略:>>2-5あたり)

1千500年余り前、日本列島のあちこちに鉄、土器、文字など先進文物を伝えてその威勢をふるっ
たと考えると胸が満たされる。大伽揶人らは優れた文化力だけでなく挑戦精神まで持った偉大な
人々だった。

日本、愛媛県=パク・ビョンソン記者

ソース:韓国毎日新聞(韓国語) [伽揶文化の世界化]F日本で探した大伽揶の跡〜未開だった倭
国に先進文物伝播した大伽揶
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=65668&yy=2012

876 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 22:18:15.46 0
■伽揶人の集団居住地発見
今治市、松山市など愛媛県のあちこちで大伽揶人の遺跡が発見されている。現在まで愛媛県で
伽揶産土器が発見された場所だけでも14カ所だ。愛媛県埋蔵文化財センター岡田敏彦(58)調査
課長は「5世紀の墓を発掘すれば日本様式でない土器がしばしば発見され、新羅産1点を除いて
大部分が大伽揶産」といった。(中略)

さらに興味深い点は松山市近隣で伽揶人の集団居住地が発見された事実だ。1990年代後半、高
速道路の工事中に200世帯余りの集団集落跡を発見したが、そのうち10世帯で伽揶産土器破片
が大挙出てきたという。その土器破片はボックスに入れられ愛媛県埋蔵文化財センターに所蔵さ
れている。愛媛県教育委員会専門学芸院トミタ・ヒサオ(45)氏は「まだ本格研究に入る段階ではな
いが、伽揶人の集団居住地が確認されたことは初めて」としながら「大伽揶出身の技術者らの集
落だった可能性が高く、そうでなければ政治的理由でこちらに集団移住したかも知れない」とした。

松山市近隣で驚くべきことに韓国式御輿の跡も3カ所も発見されたという。日本に散在した大部分
の大伽揶と関連する古墳と同じように、こちらも予算問題によって3カ所全部試掘調査しただけで、
発掘はしなかったといった。オカダ課長は「予算が確保されれば優先順位で発掘を始める計画」と
明らかにした。だとしても大伽揶人らの偉大さは消えない。

877 :世界@名無史さん:2012/12/15(土) 23:30:49.27 0
>>855
なんで日系人が秦の始皇帝の子孫とか名乗るんだ?

878 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/16(日) 00:03:27.41 0
>>862
 北ツングースのエヴェンキ族は近世に成立した民族で朝鮮人との関連は
薄いよ。
>>864
 海洋国家新羅は、国際的に知られた人物やその文書も残っとるけど、
日本は島国の小中華大陸国家のガラパゴス史書しか残ってとらんけぇ、
当時は劣っとるよ。まあ日本の記紀にしても、後世の写しじゅけぇ
記紀の時代の成立とも云えんけぇ、肩身が狭いのう。
>>865
粛慎は満州の原住民でツングースよりシベリア古アジア族に
近かったろう。女真や前の高句麗じゃの南ツングースは、
遼西から東への流れじゃろう。文献は経典じゃのうて、
意志、思惑に過ぎんよ。
>>867
 梅棹忠夫氏のツングース水軍日本征服説なら、日本海ルートは想定
されとらんね。
>>868
新羅全盛の頃は、黄海制海権も新羅が握って、性能の良い新羅船に
日本帰国をお願いしたんが日本の遣唐使。
高麗も、刀伊の列島入寇の帰途刀伊を高麗が撃退し、日本人男女
二百余人を救出し、日本へ送り返して呉れたけんのう。
対馬の判官の長岑諸近も母や妻子が女真に拉致されたゆえ、
高麗で母らの死をたしかめて、救出された者を連れて帰国しとるんよ。
 朝鮮に侵攻した倭寇なんか、済州島在留モンゴル人や、
朝鮮で賤視され禾尺、楊水尺じゃので日本の倭寇なんか少数派に過ぎん
よ。

879 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/16(日) 00:05:08.91 0
>>869
現実にゃ日本の遣唐使が新羅人に泣きを入れたんじゃに、
日本は造船技術、航海技術でも新羅より劣っておったんよ。
ライシャワー駐日大使が云われるように。
>>870
あんたの思い込みと現実は違うよ。思い込みの旧国軍同様、
幸せ回路の脳内お花畑で、希望的観測で作戦立てても、
結果は日本帝国が無条件降伏したんと同しじゃわい。

880 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 00:06:14.27 0
>>877
日中混血もあったんじゃないの。

881 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 00:06:26.65 0
古墳が韓国各地で発見されたから必死の神の手工作かw

882 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 00:32:54.47 0
>あんたの思い込みと現実は違うよ

なんかブーメラン発言過ぎてワロタw

883 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 00:39:33.08 0
デンカの宝刀、ホモ牛ブーメランっっ!!

884 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 01:42:59.46 0
「白馬青牛は どこから来たか」
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1328939662/

885 :世界@名無史さん:2012/12/16(日) 01:49:36.36 0
白馬青牛って夫余じゃなく鮮卑の始祖伝説だろうに
なんで在日が名乗ってんだw

886 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/16(日) 02:09:58.42 0
>>881
 捏造体質なら日本の旧石器捏造よのう。
韓国から古墳出土品が増えたけぇ、伽耶の北方渡来系支配層(扶余系かの)
軍事集団の古墳も見つかったけんのう。
>>882
 ユートピア思い込み妄想については、さっき他スレ≫428に書いたよ。
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1330182785/
元陸軍大尉越智春海氏が、
「日本軍は常に、敵状判断が甘かった。なるべく自己に有利に、
なるべく都合のよいように、諸情報を整理して、敵の動きを、
極めて楽観的、願望的に想定しては、対応策を講じていた。
そんなナンセンスな敵などはいないから、常に破綻した。これは全戦場に
共通、いや開戦決定から終戦処理まで、すべてこのパターンだった。
読者は、当時の軍人や政治家を笑ってはいけない。今日でもこの
パターンで政治は動かされており、国民の日常生活は進行しているの
だから…。」と、軍人官僚の時代から現在進行形で変化が無ぁのう。
旧国軍上層軍人の楽観主義もユートピア左翼思想じゃし、
現在進行形のネット右翼も排外攘夷で日本が健全になると妄想する
左翼ユートピア思想。まあ、攘夷朱子学思想は、朱子学本場江南の
老荘的ユートピア思想の影響があるけんのう。
まあ、日本にほんまの保守は少ないよ。>>410-413の如く保守を自称する
国家権力の奴隷の御用評論家文化人の受け売りする無知な大衆が
多いけんのう。まあネット右翼らは、古代史でも縄文系と
北方渡来系の共存じゃの、楽観的脳内お花畑で、自国の歴史の悲劇的感覚
も無ぁ、社会進化論楽観ユートピアの左巻ブサヨに過ぎんわ(笑)。

887 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/16(日) 02:25:31.41 0
>>885
 わしゃ、ネット右翼が認定工作したがる在日じゃ無ぁし、
白馬青牛伝説は鮮卑じゃのうて契丹じゃに。
鮮卑拓抜部のんは、山地から、形が馬で、声は牛に似たんに案内されて
平原に出た説話じゃろうに。
まあ、渡来系東漢氏の神牛に案内された説話に似とる。東漢氏の
新沢千塚古墳の鮮卑色からも、説話の類似は当然で東漢氏も、
北方牧畜民説話系で漢人系出自は、源平藤橘が如く家系偽装の可能性が
強いのう。

888 :世界@名無史さん:2012/12/17(月) 09:45:21.59 0
馬青牛は、他人の作った板に寄生する害蟲です。

白馬青牛は自分の興味のあるスレッドを見つけると、煽り言葉を吐きながら近寄
ってきます。煽りは「意味あるまぁに」などに象徴されているように、レスの
全否定から入る場合が多いです。

白馬青牛は、自分の発言が正しく、相手のレスが間違っているという思考法です。
文章の構造は、@自己の主張、Aそれに沿うようなブログなどの記事の引用、
B相手に対する誹謗中傷、によって成り立っています。

@が全体を駆り立て、Aは@の妄想によって恣意的に曲解されたりしています。
@Aは極めて長文です。文章は廣島弁(?)で書かれ、それに通暁しない読み手
に対して、往々にして誤解を生じさせやすいものです。また、この長文は独特の
論理展開と勝手な言葉遣い(これを「目本語」といいます)で書かれているため
に、読み手にとって意味不明であるばかりで無く、読む気を失せさせるのに充分
な効果があります。

つまりAには相手の気勢を殺ぐ効果があるのです。さらにBは白馬青牛のレスに
とってもっとも重要な要素です。白馬青牛は、文章の最後にB(「意味あるまぁに」
など)を加えることで、自分が正しいのだという主張を完遂させ、相手の意欲を
さらに殺ぎます。

889 :世界@名無史さん:2012/12/17(月) 09:46:02.24 0
白馬青牛は相手が呆れてレスを返さなくなることを「勝利」と考えている節が
あります。また、「勝ち負け」ということを非常に気にします。「逃げるのか」
という言葉を浴びせると、意味の分からない説教が飛んできます。これは白馬青
牛が長い2ちゃん歴(コテ歴は8年くらい?)で身につけた考え方(軍事板など)
、あるいはこの世代に独特なものがあるのかもしれません。

白馬青牛は、基本的に自分の言いたいことだけを喚いて、他人の意見などはお
構いなしなのです。「ここには自分の話を聞いて貰いたい」という非常に
幼い欲求が見え隠れします。相手が自分の意見と反対のレスを返すと罵詈雑言
が飛びます。

この際多用されるのが、「宗教カルト右翼」「ネトウヨ」「レイシスト」
などの文言です。これらの多くは根拠の無い決め付けです。これも相手を
怯ませる効果を期待しているのでしょうが、もはやネタになっています。
白馬青牛は、相手の3行レスでもネトウヨを認定し、それを連呼し続ける能力者です。
こういう発言は相手にしない、取り合わないのが無難でしょう。

890 :世界@名無史さん:2012/12/17(月) 09:46:43.59 0
また、白馬青牛は自分が優れている、議論に勝ちたいというような自己愛性も非常
に強いのが特徴です。そのために、他人のスレッドに寄生し、他人のレスにちょっ
かいを出し、他人を貶め、最終的に自分の言いたいことだけを喚くということを繰り返
しています。白馬青牛は他人を貶めて自分を高めるという手段をよくとります。
白馬青牛のちょっかいレスはスルーすることが基本です。

白馬青牛は、自分で面白いことを言ったり、新しく話題を提供できない(何もか
にも受け身)ので、相手に寄生するしかないわけです。宿主あっての寄生虫です。
従って白馬青牛にレスを返すときには充分に注意して下さい。白馬青牛はあなたの
レスを待っています。

そして、そのレスをどのように自分に活かせばいいのかも知っています。
自己を立てるためにはどんな手段もとります。曲学阿世の徒とは白馬青牛
を言います。

多くの過去ログを見てみて下さい。白馬青牛が現れたスレッドは最終的に
罵詈雑言で埋め尽くされ、スレタイは無視され、非常に中途半端なかたちで
終了するのが常です。この寄生虫のただひとつの使い道は、スレ伸ばしに
ありますが、その場合でもスレッドが白馬青牛の存在を切っ掛けとして
蹂躙されるということは覚悟して置いて下さい。

891 :世界@名無史さん:2012/12/17(月) 18:16:25.59 0
半島の古墳はどういう経緯で成立したんかな?
日本府があったの?というか国境の概念が無かった
から半島人の土地に倭人が一緒に住ませてもらって
古墳を勝手に作っただけか?それとも連合王朝か?
古墳時代は新羅より倭の方が造船技術は発達してたん?

あと新羅が海戦が苦手って本当?「日本強すぎてヤヴァイ
から遠征止めとこう」とか書いてる文献とか解説してる
動画があるけど、それって没落期の話じゃないのか?
新羅全盛期はソコソコ強かったんじゃね?
イースター島なんか全盛期はモアイ何体も作ってた
けど没落期はロンゴロンゴを火にくべて人食い
野蛮人に成り下がってたらしいし。
唐に使者を送って蝦夷国と認められた東北・関東の
アイヌが居たらしいけど、彼等は新羅とどの程度
交流してたんかな?新羅船が行き来してたと言う事?

892 :世界@名無史さん:2012/12/17(月) 21:40:47.49 0
半島の古墳は大倭国が直接支配していた経緯で成立したよ。
任那日本府があった。その辺りまでが大倭の国の境だった
から半島の土地を支配していた倭人の支配階級が母国と同じ古墳を作った。
複層的な支配体制で現地人が支配階級の大倭人の下に居ただろうね。
古墳時代は新羅より倭の方が造船技術が発達していた。

あと新羅は海戦が苦手。「日本強すぎてヤヴァイ
から遠征止めとこう」とか書いてる文献とか解説してる
動画があるけど、それって黎明期の話。新羅の建国は5世紀
新羅は建国以前から滅亡する10世紀まで断続的に
度々日本へ朝貢してる。度重なる飢饉の発生によって流民化した
略奪を生業にする新羅の賊も返り討ちに遭っている。
唐書にも唐会要にも蝦夷国は存在しない。
日唐貿易程の重要性は無いが新羅船も行き来してただろうね。

893 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/18(火) 01:32:42.98 0
>>888-889
わしが他板に書いたら、追うて他者印象工作したがるストーカー君じゃ
のう(笑)。
>>891-892
 古墳は、新羅の北方積石木槨墓なんか、アルタイ直系で、任那伽耶の
北方木槨墓も支配層は北方系で現地の韓人倭人は被支配層、奴隷層
じゃし、そもそも倭人は、三上次男氏が云われるよう北東アジアの
水辺民よ。広開土王の時代の倭も、後世の三国史記の倭も
当時朝鮮南部から列島で一番軍事力のあった伽耶の北方木槨墓人
軍団じゃに。列島の漢に生口(奴隷)を献上しよった軟弱な列島の
倭に軍事力なんか無ぁよ。伽耶勢力が列島と支配する時期に
過ぎんわ。
古墳期なら内陸的新羅より高句麗や百済の方が航海技術が発達しとった
ろう。日本が国家形成期の奈良期なら半島部を統一した新羅や渤海が
航海、船舶技術に優れ、日本は最初から駄目じゃね。

894 :世界@名無史さん:2012/12/18(火) 01:58:42.48 0
事実を書かれて印象工作にはしるホモがいると聞いて

895 :世界@名無史さん:2012/12/18(火) 11:15:03.19 P
>>893
なる程ね!広開土王と戦った倭人は列島人では無くて北方系支配者に
率いられた伽耶人だったのですね。
でも、中国西岸骨董市場で発見された百済人の祢軍の「墓誌銘拓本」には
「660年官軍(唐軍)が私たちの蕃国(百済)を平定した(中略)…日本の残党
が扶桑(列島!?)に立てこもって殺戮を免れ、風谷に残った輩は盤桃を
信じて堅く抵抗した…」と…記されちゃってるんですけど…どうしましょうかね(^_^;)?
それと鎧着た人が最近グンマー県で発掘されたけど、彼等は半島から渡って
来た伽耶勢力の人ですか?それとも渡来人を子孫に持つ列島人?それとも
列島土着豪族系の倭人ですかね?
あと新羅の海賊達は新羅人中心?それとも新羅以外の異民族?ていうか
新羅の海賊ってどの位強かったのですか?
>>892
確かエミシ=アイヌでは無いって説もあるんですよね? 7世紀の唐の
高宗の時に「蝦夷国」という国が使節団を派遣したと、どこかで(確か
封府元亀とか伊吉連博徳書?)聞いた事があるのですが…
元情報が間違っていたという事ですかね?

896 :世界@名無史さん:2012/12/18(火) 21:43:06.43 0
>>893
広開土王と戦った大倭人は日本列島から遠征した軍勢だよ。
中国西岸骨董市場で発見された百済人の祢軍の「墓誌銘拓本」には
「660年官軍(唐軍)が私たちの蕃国(百済)を平定した(中略)…日本の残党
が扶桑(日本)に立てこもって殺戮を免れ、風谷に残った輩は盤桃を
信じて堅く抵抗した…」と…記されちゃってるんですけど…どうしましょうかね(^_^;)?
それと鎧着た最近グンマー県で発掘された彼等は
異民族の新羅に追われ半島から亡命してきた人たちですよ。
あと度重なる飢餓に見舞われ発生した新羅の流賊達は
新羅人から構成され、防人に撃退され時には住人に撃退される位弱かったね。

エミシ=アイヌでは無いよ。7世紀の唐の高宗の時に
倭に随って使節団を派遣したとどこかで(冊府元亀)書かれているのは
見た事があるのですが、それは古の倭人の別種とあるからエミシでしょう
蝦夷国をアイヌと解釈した情報元が間違っていたという事ですね。

897 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/19(水) 02:28:23.35 0
>>895
 百済人の祢軍の「墓誌銘拓本」の日本は、中国人から東の百済の連中
でしょうに。
http://iwamoto.asablo.jp/blog/2012/02/07/6324195
『図書』2012年2月号、岩波書店。 東野治之、百済人祢軍墓誌の「日本」
唐の百済人将軍祢軍墓誌に「日本」の2文字があって、確認できる最古の
『「日本」国号ではないかと話題になっている。東野論文ではその文脈・
対句表現等から「日本」は倭国をさすのではなく「日の本」を意味し、
朝鮮半島諸国をさす可能性さえある表現で、むしろ当時「日本」国号が
確立していない可能性があると示唆する。』
 群馬県金井東裏の鎧着の人類学調査がされとらんでしょう。
新羅の入寇は、頻発しましたし、掠奪されて目的を果たしたもんが
立ち去ったんを撃退云う日本側解釈が可笑しいでしょうに。
防人も「強弩」が無ぁと、防禦は無理なんが実態ですよ。まともに
上陸されたら日本側は勝てん程度ですよ。
新羅側からも日本の「強弩」は警戒しましたから有効な武器ですね。
それで、貞観八年(866)の肥前諸郡司の新羅通牒事件が起きる
わけです。「造器弩器械之術」を四十五人の射手と共に新羅へ
技術を渡す計画に九州の豪族がお役人が関与した事件ですけど、
バレましたからね。まあ強弩の技術だけは新羅より上回った
だけでしょう。しかも「強弩」なんか、「短於遂撃長於守禦」
(追撃戦に弱く、防禦戦に強い)ですから、限定的に活用出来た
だけですね。
 『新唐書日本伝』が、連れられて唐へ行った蝦夷の記述が
ありますね。
>>896
希望的観測の妄想云うても意味は無ぁよ。

898 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/19(水) 02:33:49.13 0
>>895
 新羅の黄海制海権を握った親分の張保皐も百済倭人地域ですけど、
渤海のように北方系の海洋進出もあり、海洋性を百済や倭人に
還元は出来ませんね。

899 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 02:38:20.80 0
ア・ホモ

900 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 02:42:45.64 0
朝鮮大好き白馬ホモ

【韓国】 日本という国号は本来、百済の地を称する言葉だった 【まーた、はじまった】
http://touaseikei.matomesakura.com/?eid=38

901 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 02:45:07.74 0
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=bdbb5hbgbcra4h0kc0aaa4nbfc05dc&sid=1835208&mid=18915#under-deli

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=bdbb5hbgbcra4h0kc0aaa4nbfc05dc&sid=1835208&mid=18916#under-deli

902 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 02:53:36.24 0
馬牛ホモはこんな所にウソ吐きに来たのか

903 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 06:36:32.05 0
  彡 ⌒ ミ

904 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 08:13:45.85 O
九州男児に撃破された朝鮮アンコがいると聞いて

905 :世界@名無史さん:2012/12/19(水) 08:18:43.50 O
>>878
なんでサイシュウやらの連中は日本をおそわなかたの?

906 :世界@名無史さん:2012/12/20(木) 00:32:32.49 0
ミ ⌒ 彡

907 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/20(木) 23:40:56.13 0
>>901
扶桑を日本まで指すじゃの、日本誘致工作せんでも、東方のことで、
中国人が余り知らん列島まで拡大解釈してもつまらんわ。
現実に列島の日本は旧唐書からじゃに。後はガラパゴスの妄想日本書紀
からの引用ばっかしでお茶を濁して読む価値も無ぁガラパゴス幼稚園並み
のもん挙げてどうすんなら(笑)。
>>902
「息を吐くように嘘をつく」んは、あんたら、ネット右翼の習性じゃけぇ
、他者も嘘吐きよるんじゃと勘違いしとんじゃろうのう(笑)。
>>903
九州人に撃破された経験も無ぁけんのう。広島対九州なら、毎度
九州の負けが歴史の現実じゃけぇ残念じゃのう。
旧帝国陸軍でも、九州の熊本、久留米の両師団の武勲足しても、
広島師団の武勲にゃ敵わんけぇのう。
>>905
 高麗末の済州島の連中は、在留モンゴル人の倭寇が多かったし、
日本より朝鮮半島の方が近かったけんののう。ルートを知っとる
もんが多い朝鮮半島の方が掠奪にゃ好都合じゃろう。

908 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 00:05:34.58 0
ごみが荒らしに来たか

909 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 00:25:29.54 0
逃げ牛さん、虚言牛さん、コソ泥牛さん今日はどこまで逃げるのホモ牛さん

910 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 00:42:16.78 0
>>907
ミ ⌒ 彡「扶桑を日本まで〜どうすんなら(真顔)」
 
 ↓
日本語訳「リンク先に行ってみたがうまく理解できなかった。
悔しいから上っ面だけで「読む価値のないもの」とレッテルを
貼って終わりぶするわ」

911 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 02:18:43.47 0
安芸に人物なし
東条五郎 ザコ
佐伯景弘 ゴミ
沼田次郎 クズ
毛利輝元 ロリ
白馬青牛 ホモ

912 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 15:42:17.55 0
449 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2012/12/21(金) 01:01:06.08
>>433
 中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語
じゃが、あんたもその信者さんらしいのう。
--------------------------------------------------------------
極左暴力集団の動向(警察白書)
ttp://www.npa.go.jp/hakusyo/h16/hakusho/h16/html/F7005010.html

過激派集団革マル派〜見えてきたその正体〜 (警察庁)
ttp://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten258/it0.htm

日本革命的共産主義者同盟 革命的マルクス主義派 (革共同・革マル派)
Japan Revolutionary Communist League (Revolutionary Marxist faction).
・革共同・革マル派公式ホームページ
ww.jrcl.org/

中核派(前進)
革共同・中核派は反帝・反スターリン主義世界革命をめざす革命党です。
ww.zenshin.org/index.htm?_gwt_pg=1

平成9年 警察白書
ttp://www.npa.go.jp/hakusyo/h09/h090600.html
-------------------------------------------------------------------
907 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/20(木) 23:40:56.13 0
「息を吐くように嘘をつく」んは、あんたら、ネット右翼の習性じゃけぇ
、他者も嘘吐きよるんじゃと勘違いしとんじゃろうのう(笑)。

『中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語じゃが』
戻りのいいブーメランだな、嘘吐き。

913 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 15:48:40.57 0
自己擁護のために虚言を重ねる白馬醜男

144 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB []:2012/06/02(土) 02:53:27.16 ID:AWRVAgMI
>>129-130
 中核派とカルトネット右翼じゃ、どっちが民主主義先進国の価値観に
近いか、中共や北朝鮮の価値観に近いんはどっちか云うたら、
カルトネット右翼の方が中共、北朝鮮に近いブサヨになるじゃない
か(笑)。
まあ、中核派も組織内は多様な意見を抑圧する思想中毒にしても、カルト
ネット右翼の国家社会主義のブサヨほどじゃ無ぁよ。あんたらネット右翼が
一番マルクス主義に忠実な信徒であり、右を建前上名乗る国家社会主義
労働者党のナチスなんじゃにのう(笑)。
「広島の教育」じゃの全国と変わらんし、教育の強制で思想を植え付け
扇動したい思惑があんたらカルト団体の本音じゃろう。
教育は家庭からじゃし、わしゃ戦前世代の方々の国家じゃのう郷土の
価値観を大切にしとるよ。それが武士道の基盤じゃし。
 まあ、あんたら戦後の左翼やカルトの影響の思想中毒に洗脳された
患者と同一視すなや。

914 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 17:55:41.44 0
白痴青虫は相変わらずだねえ、700年ぶりだねえ

915 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 18:35:19.91 0
逃げながら、その場限りの言い訳を続けるため、最終的には本人も何
を言ってるのか分からなくなる模様

916 :世界@名無史さん:2012/12/21(金) 22:47:25.57 0
◆江南中国土器の様々な器形 (6000年前の河姆渡文化後期の江南土器)



鼎のオンパレード。鼎の初期器形の釜形鼎、日本には弥生末まで無い蓋に注意。
http://www.hemudusite.com/products.asp?sort_id=5&page=5
水差しのオンパレード。盉(カ)、簋(サン)、長頸壺、鳥型の三足土器の鬹(キ)。単耳、把手、圏足に注意。
http://www.hemudusite.com/products.asp?sort_id=5&page=4
日本には弥生末まで無い蓋、器座という器台。使用目的さえ分からない支架。甑の双耳に注意。
http://www.hemudusite.com/products.asp?sort_id=5&page=3
日本には無い器種、盂のオンパレード。日本には弥生末まで無い蓋。
http://www.hemudusite.com/products.asp?sort_id=5&page=2


   盉(カ)、簋(サン)、鬹(キ)

     / ̄\
     |/ ̄ ̄ ̄ ̄\
   (ヽノ// //V\\ |/)
  (((i )// (゜)  (゜)| |( i)))   イェーイ、白痴青虫 見えてるー?
 /∠彡\|  ( _●_)||_ゝ \ 
( ___、    |∪|    ,__ )
    |     ヽノ   /´
    |        /

917 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/22(土) 01:29:05.71 0
>>912-913
 中核派じゃのここでも8分50秒にネット右翼が使うとろうに(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=b_UHpCQD0e4
カルト新興宗教系とそれらに煽動されたネット右翼は中核・核マル派
云う言葉遊びが好きならしい。
http://www.tokakushin.org/undou/no_net_uyoku/net_uyoku.htm
 『ところで俺が暴行されて車で事情聞かれたとき、ワクテカしながら
警察官の人が被害届けだすか?と聞いてきたよ。よっぽど中華喰いじめた
いんだろうなあと思ったよ。現時点で公安の重要度は過激派
(中核・書く丸)>>>ちゃねらだから、暴力行為に出ない限りは
心配無用』
 『たとえば、「先日のOFFではちゃねらーの力により中核派の一人が
逮捕されました!」と(「2ちゃんねる」への8月7日の書き込みより)。
 そこではさらに、8月12日の「作戦内容」として「人間の鎖を更に
囲む」「プラカードを掲げる」とならんで「中核派を釣り上げる」ことが
言われています。そして次のように言っているのです。
 公安や警察が許可無し、プラカード持ちのちゃんねらを捕まえる事は
無いと思います。微罪で警察が連行するのは何か目的が有るときのみで、
今回の目的は中核派の逮捕です。8/4も概ね警察はちゃんねらに
好意的でしたよ。おちょくってたじおんぐ氏〔Aのこと〕におとがめ
無しでもわかると思いますが……何があっても手を出さないよう、
ふれないよう、相手が触ってきたら「おまわりさーん、過激派にころされ
ますー!!」で  このように呼びかけあって8月4日と同12日に
区役所前に登場したネット右翼は、小泉政権・石原都知事―東京警視庁が
「つくる会」教科書反対派を何か口実をつけて弾圧しようとしていると
いうことを明確に意識して、その手先としての役割を果たそうとしたの
です。』
 あんたも末端の宗教右翼の一員なんか?

918 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 02:24:15.03 0
449 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2012/12/21(金) 01:01:06.08
>>433
 中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語
じゃが、あんたもその信者さんらしいのう。
--------------------------------------------------------------
極左暴力集団の動向(警察白書)
ttp://www.npa.go.jp/hakusyo/h16/hakusho/h16/html/F7005010.html

過激派集団革マル派〜見えてきたその正体〜 (警察庁)
ttp://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten258/it0.htm

日本革命的共産主義者同盟 革命的マルクス主義派 (革共同・革マル派)
Japan Revolutionary Communist League (Revolutionary Marxist faction).
・革共同・革マル派公式ホームページ
ww.jrcl.org/

中核派(前進)
革共同・中核派は反帝・反スターリン主義世界革命をめざす革命党です。
ww.zenshin.org/index.htm?_gwt_pg=1

平成9年 警察白書
ttp://www.npa.go.jp/hakusyo/h09/h090600.html
-------------------------------------------------------------------
907 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/20(木) 23:40:56.13 0
「息を吐くように嘘をつく」んは、あんたら、ネット右翼の習性じゃけぇ
、他者も嘘吐きよるんじゃと勘違いしとんじゃろうのう(笑)。

『中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語じゃが』
戻りのいいブーメランだな、嘘吐き。

919 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 02:29:29.57 0
>>中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語
>>じゃが、あんたもその信者さんらしいのう。

問1 「革共同・革マル派」は韓国系統一教会か?
問2 「革共同・中核派」は韓国系統一教会か?
問3 「警察庁」は韓国系統一教会か?
問4 「日本政府」は韓国系統一教会か?
問5 「中核派じゃのここでも8分50秒にネット右翼が使うとろうに(笑)。」
   で?

問6 白馬青牛は何者だ?

920 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 02:49:07.46 0
白馬鹿牛さんって、この程度の知識で書き込みしてたんですね(笑)
馬鹿ってこわいわぁ〜

「中核派とか革マル派じゃ云う用語は、韓国系統一教会が使う用語
じゃが、あんたもその信者さんらしいのう。」

921 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 07:48:26.28 0
やっぱ白馬青牛って無知なんだな
ネット上の知識で知ったかしてるから、こんな醜態をさらす

922 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 09:02:15.40 0
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器)
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050618/4482.jpg
http://infoimages.nmgnews.com/information/20050610/2764.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器)
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://trade.socang.com/sell/view_img.asp?title=%BA%BA%A1%A3%CC%D5%B6%A6%D0%CD%B8%AA&img_url=../img/trade/2007115222431.JPG

923 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 15:04:13.40 0
917 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/22(土) 01:29:05.71 0

カルト新興宗教系とそれらに煽動されたネット右翼は中核・核マル派
云う言葉遊びが好きならしい。
http://www.tokakushin.org/undou/no_net_uyoku/net_uyoku.htm

白馬青牛が入り浸り繰り返し剽窃を行う「tokakushin」とは
tokakushin=都政を革新する会=杉並区に拠点を置く中核派系の政治団体

members.jcom.home.ne.jp/tokakushin/
www.tokakushin.org/wp/?cat=5
www.zenshin.org/links/links.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E4%B8%A6%E5%8C%BA%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%E6%8E%A1%E6%8A%9E%E9%A8%92%E5%8B%95
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%D4%C0%AF%A4%F2%B3%D7%BF%B7%A4%B9%A4%EB%B2%F1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD%E7%9A%84%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E5%90%8C%E7%9B%9F%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E8%8B%B1%E6%86%B2
http://www.wdic.org/w/POL/%E9%83%BD%E6%94%BF%E3%82%92%E9%9D%A9%E6%96%B0%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BC%9A

924 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 16:34:58.54 0
その資料には価値がないとか
その文化は大したことがないとか
どうやって決めてるのだろうか

925 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 23:23:03.29 0
>>922
中原諸国が謂う処の、淮河下流域の東夷とか夫余に見られる様式じゃね

926 :世界@名無史さん:2012/12/22(土) 23:47:43.18 0
東夷や扶余は、華北や江南の文化の影響を受けていたのか

927 :世界@名無史さん:2012/12/23(日) 00:33:11.16 0
っていうか新し目の本だと、越や楚は東夷と同祖の可能性が高い気がする
と書かれてる事が多いような

928 :世界@名無史さん:2012/12/23(日) 00:37:09.85 0
>>922は、そっち系の人がかなり前からあちこちに貼ってる宣伝工作コピペ

「これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器である。」
でググってみれ

929 :世界@名無史さん:2012/12/23(日) 01:10:27.02 0
見よ!

これが稲作が伝わった当時の長江江南や華北の炊飯器だ。

(※色、彩文、フタ、単耳、直耳に注目! これらの要素が弥生土器には一切ない。)


鬲(レキ=袋状の足を持つ三足土器) ◆内蒙古・満州から長江中・下流域まで出土
http://abc0120.net/words/images/abc2007100302.jpg
http://treasure.chinese.cn/image/attachement/jpg/site2/20091106/0023ae9bcbda0c5e04c726.jpg
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/090.jpg

鼎(テイ=棒状の足を持つ三足土器) ◆華北からインドシナ半島まで広く出土
http://www.ccnt.com.cn/antique/zhiliaoku/wenwujingcui/crockery/introdution/099.jpg
http://www.sx.xinhua.org/ztjn/2003-08/29/xin_49b7e0a2d93511d7be2c0050ba1967d3.jpg
http://www.e-museum.com.cn/dmsa/live/study/images/0708b.jpg

930 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/25(火) 00:29:42.61 0
>>918-919
 こっちでも、書いとるよ。
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1330182785/
455 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2012/12/24(月) 23:48:15.46
>>451
ほれ、あんたの韓国系宗派の主張が出とるよ。
http://ameblo.jp/lapis-yume/entry-10945072529.html
統一教会には反対派と言われる人たちがいます。
日本基督教団を始めとする左翼牧師。
日本弁護士会の中枢を握る左翼弁護士。
左翼ジャーナリストやマスコミ労連。
ヘルメット軍団(中核派)でした。
展示されていた活動写真は全て中核派のもの。
これは正に宗教の仮面を被った共産主義です。

オウムまで、中核派、共産主義扱いじゃし、原理主義を採とらん
日本基督教団まで、左翼扱いじゃけぇ、真っ当な民主主義者は
皆左翼の共産主義者、中核派レッテルじゃけぇ、あんたの
受け売り先が解るわいのう。
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/geino/1324368970/107
>おまえら腐れ中核派とやってること変わらないじゃんww同族嫌悪って
やつww?
>香ばしくなって参りましたw
草生やして暴れる奴は、心理学的に見た場合、逆に追い込まれてる事が多い
それに「中核派」とレッテル貼る手法が統一協会そのものなんだけどね。

 不正選挙は、>>446が如く米宗主国様でもやりよんじゃに、
戦前からのでっちあげ体質の日本の現在進行形で、不正せん云う根拠を
見つけることの方が余程難しいんじゃないか。

931 :世界@名無史さん:2012/12/25(火) 00:32:33.04 0
ゴキブリのようにすぐ沸くな

932 :世界@名無史さん:2012/12/25(火) 01:21:41.21 0
458 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/12/25(火) 00:44:25.97
>>455
それから、そのコピペで貴様が何を言いたいのか、おれにはよく分からん。
文脈がないし、>>451のどの箇所について、貴様がどのようなことを主張
しようとしているのか意味不明だからな。むしろ、貴様が、原発事故以降
反原発関係のサイトを漁る中で、どんどん基地害染みて言った様子が分か
るようだわ。貴様、もともとおかしかったが、ネット上での反原発運動に
関わるなかで、ひとりぼっちの寂しさを埋めるための幻想に取り込まれて
、昔ながらの幻想と陰謀論を肥大させて、先鋭化したな。

なんだおまえの剽窃先は?気持ちわるい

それから安易に他人の書いたものの剽窃に頼るなよ、糞ホモ。

オウム真理教と中核派|統一原理の生活化
ttp://ameblo.jp/lapis-yume/entry-10945072529.html

原子力発電 Vol.2
yy31.kakiko.com/test/read.cgi/x51pace/1311936148/522
【カルト】統一教会に気をつけろ【原理】
http://test.s2ch.net/test/-/yy31.kakiko.com/x51pace/1128901856/?r=1-

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:W-wlXr-2CN0J:yy31.kakiko.com/test/read.cgi/x51pace/1311936148/522+http://ameblo.jp/lapis-yume/entry-10945072529.html&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

933 :世界@名無史さん:2012/12/25(火) 01:53:58.15 0
スレ潰し用コテの白馬青牛が湧くのって
何所も韓国籍が工作に失敗した、都合の悪いスレなんだよねぇ

934 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/25(火) 23:01:49.97 0
>>932
反原発は、民主主義の先進国じゃ普通の価値観で、むしろ
反原発にブレーキをかけよる日本がガラパゴスじゃに。可笑しな
マインド・コントロールされた妄言云よるあんたが陰謀論なんよ。
>>925-926及び>>927
淮河は、北の畑作地域と南の稲作地域を分ける分岐点じゃが、
東夷は、山東の東夷が北方新モンゴロイドじゃし、江南の稲作民族の
古モンゴロイドじゃ無ぁよ。
しかも江南から日本へ直接渡来出来んし、江南以南の稲作農耕だけの
農耕は日本じゃ発達しとらんよ。まあ、ネット右翼は、江南が
朱子学の総本山で崇拝したいんじゃろうけど、日本人の起源たぁ
直接関わりが無ぁよ。言語的に近い沖縄を除いて。
>>933
 ネット右翼の在日認定工作が幼稚なんよ。

935 :世界@名無史さん:2012/12/26(水) 01:57:04.76 0
466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/26(水) 01:32:18.28
【白馬青牛の真実】
少なくとも2007年から同じような発言、ハンコ発言を多くの板スレで繰り返し
展開している。中核派の「都革新」のサイトから剽窃を始めたのも、今に始ま
ったことではない。いわゆる「ネット右翼」について語る際に参考として持ち
出されるのも、この「都革新」が書いた「ネット右翼と嫌韓流」。

これが白馬青牛の「ネット右翼」に対するネタ元のひとつであり、中核派のサイトか
ら大きな影響を受けていることは想像に難くない。まぁ、ここまでくると工作員レベル(笑)

936 :世界@名無史さん:2012/12/26(水) 02:00:01.94 0
167 : 白馬青牛[] : 投稿日:2007/10/24 22:28:17ID:Bi9R4pw9 [1/1回]
>>166
福音派原理主義者(ファンダメンタリスト)については、
http://www.ginzado.ne.jp/~ko33/bookbook164.htm
イスラム原理主義と同様キリスト教原理主義も狂信的じゃわい。
グレース・ハルセル女史の引用の「キリスト教徒新右翼は、強い者に味方
するのをことのほか喜ぶ。」なんか権力側にすりよる日本のネットウヨと
共通性があるわい。日本のネットウヨもキリストの再臨を信じとるん
じゃろうか?
http://homepage2.nifty.com/aquarian/Essay/Es030430.htm
「アメリカの、特に北東部のジャーナリストは、南部の保守的なキリスト教
のことなど、ちょっと小馬鹿にしている。進化論を否定て、悪魔の存在など
を信じている遅れた連中だと。学校の性教育に反対し、コンドームの使用に
不快感を示す連中だ。」下の方に「福音派」の定義に「聖書をそのまま、
神の言葉として受けいれる、」歴史文献主義学者には耳が痛いかのう。
http://www.tokakushin.org/undou/no_net_uyoku/net_uyoku.htm
第3回 キリスト教の幕屋とは?「宗教法人 原始福音・キリストの幕屋」
は、創始者自ら「聖書を深く読めば読むほど、民主主義というものには反対
です。」じゃと。共産主義を否定しながら共産主義やファシズムの
専制全体主義を好むんは、彼らが洗脳したネットウヨに受け継がれとる。
ほいじゃが、本文にある2ちゃんねらーネットウヨの日本人として誇りを
持たん密告等の恥知らずの行動は風が悪りい(恥ずかしい)。

日本女性は処女性を重んじない
http://www.logsoku.com/r/sengoku/1163713670/
---------------------------------------------------------------

937 :世界@名無史さん:2012/12/26(水) 02:01:52.77 0
【白馬青牛の真実】
--------------------------------------------------------------
白馬青牛[] 投稿日:2007/02/08 23:01:23
【江上】騎馬民族説は今。。。vol.8【波夫】
http://desktop2ch.org/history/1163094069/
-------------------------------------------------------------
359. 白馬青牛 2007/02/20(火) 23:30:44 ID:5MF7ClP8
出身国別 最強兵卒はドコだ?? パートA
http://www.2ch-search.net/thread/hobby9/sengoku/1168497193/
----------------------------------------------------------------
108 白馬青牛 ◆8mr41B7alChB 2010/11/26(金) 01:06:03
【通算77】焼貘風綴り【歴難13】
http://tch.viewerd.com/nanminhis/1290001527/
--------------------------------------------------------------------

938 :世界@名無史さん:2012/12/27(木) 00:18:29.39 0
呉のパープーモウホがいると聞いて

939 :世界@名無史さん:2012/12/27(木) 20:35:03.72 0
『ROMってろ』の意味が理解できずに、逆ギレする2ちゃん歴10年
もののホモがいると聞いて

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410908389

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1354929366/173-179

940 :世界@名無史さん:2012/12/28(金) 00:53:53.39 0
ゴボウでしばき倒されたら死んでしまいそうな歴史上人物
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1199460242/
チンコが物凄く臭そうな歴史上人物
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1172333176/
【廣島もみじ民】歴史発言集6【白馬青牛】
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1349110164/
逃亡の果てに
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1330182785/
武陽隠士×白馬青牛
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1206282801/
【83】水色桔梗は明智の専売特許ではありません【16】
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1325334283/
なぜ広島の武士は弱かったか
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1306345309/
幕末剣豪強さ議論と雑談
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1263473835/

941 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/28(金) 22:33:33.49 0
>>938
 パープーは、反文化相対主義のレイシズム思考のカルトネット右翼。
>>939
 わしゃ、ROM用語じゃの、知るかいや。

942 :世界@名無史さん:2012/12/28(金) 23:00:38.62 0
えっこんな叩き合いで、ココ終わるの?夫余の話は?

943 :世界@名無史さん:2012/12/29(土) 00:01:34.61 0
白馬青牛は、他人の作った板に寄生する害蟲です。

白馬青牛は自分の興味のあるスレッドを見つけると、煽り言葉を吐きながら近寄
ってきます。煽りは「意味あるまぁに」などに象徴されているように、レスの
全否定から入る場合が多いです。

白馬青牛は、自分の発言が正しく、相手のレスが間違っているという思考法です。
文章の構造は、@自己の主張、Aそれに沿うようなブログなどの記事の引用、
B相手に対する誹謗中傷、によって成り立っています。

@が全体を駆り立て、Aは@の妄想によって恣意的に曲解されたりしています。
@Aは極めて長文です。文章は廣島弁(?)で書かれ、それに通暁しない読み手
に対して、往々にして誤解を生じさせやすいものです。また、この長文は独特の
論理展開と勝手な言葉遣い(これを「目本語」といいます)で書かれているため
に、読み手にとって意味不明であるばかりで無く、読む気を失せさせるのに充分
な効果があります。

つまりAには相手の気勢を殺ぐ効果があるのです。さらにBは白馬青牛のレスに
とってもっとも重要な要素です。白馬青牛は、文章の最後にB(「意味あるまぁに」
など)を加えることで、自分が正しいのだという主張を完遂させ、相手の意欲を
さらに殺ぎます。

白馬青牛は相手が呆れてレスを返さなくなることを「勝利」と考えている節が
あります。また、「勝ち負け」ということを非常に気にします。「逃げるのか」
という言葉を浴びせると、意味の分からない説教が飛んできます。これは白馬青
牛が長い2ちゃん歴(コテ歴は8年くらい?)で身につけた考え方(軍事板など)
、あるいはこの世代に独特なものがあるのかもしれません。

944 :世界@名無史さん:2012/12/29(土) 00:02:40.98 0
白馬青牛は、基本的に自分の言いたいことだけを喚いて、他人の意見などはお
構いなしなのです。「ここには自分の話を聞いて貰いたい」という非常に
幼い欲求が見え隠れします。相手が自分の意見と反対のレスを返すと罵詈雑言
が飛びます。

この際多用されるのが、「宗教カルト右翼」「ネトウヨ」「レイシスト」
などの文言です。これらの多くは根拠の無い決め付けです。これも相手を
怯ませる効果を期待しているのでしょうが、もはやネタになっています。
白馬青牛は、相手の3行レスでもネトウヨを認定し、それを連呼し続ける能力者です。
こういう発言は相手にしない、取り合わないのが無難でしょう。

また、白馬青牛は自分が優れている、議論に勝ちたいというような自己愛性も非常
に強いのが特徴です。そのために、他人のスレッドに寄生し、他人のレスにちょっ
かいを出し、他人を貶め、最終的に自分の言いたいことだけを喚くということを繰り返
しています。白馬青牛は他人を貶めて自分を高めるという手段をよくとります。
白馬青牛のちょっかいレスはスルーすることが基本です。

白馬青牛は、自分で面白いことを言ったり、新しく話題を提供できない(何もか
にも受け身)ので、相手に寄生するしかないわけです。宿主あっての寄生虫です。
従って白馬青牛にレスを返すときには充分に注意して下さい。白馬青牛はあなたの
レスを待っています。

そして、そのレスをどのように自分に活かせばいいのかも知っています。
自己を立てるためにはどんな手段もとります。曲学阿世の徒とは白馬青牛
を言います。

多くの過去ログを見てみて下さい。白馬青牛が現れたスレッドは最終的に
罵詈雑言で埋め尽くされ、スレタイは無視され、非常に中途半端なかたちで
終了するのが常です。この寄生虫のただひとつの使い道は、スレ伸ばしに
ありますが、その場合でもスレッドが白馬青牛の存在を切っ掛けとして
蹂躙されるということは覚悟して置いて下さい。

945 :世界@名無史さん:2012/12/29(土) 00:35:47.33 0
今年もテンプレのままで、何も変わりませんでしたなぁ、白馬ホモ牛大先生
いつまで名無しの指摘する言葉通りの奴隷人生を歩むつもりなんですか(笑)

還暦からあと、何年くらい2ちゃんで工作活動できるんですかねぇ

946 :世界@名無史さん:2012/12/29(土) 06:40:52.47 0
黄山ヶ原
http://gyao.yahoo.co.jp/p/01077/v00001/
容赦なき陣取り合戦、五千の百済軍VS五万の新羅軍。歴史的ガチンコ対決の火蓋がついに
切られる!西暦660年、韓国の歴史にその名を残す「黄山か原の戦い」。唐と手を組んだ
新羅軍はユシン将軍のもと五万の兵を率い、永遠のライバルであるケべク将軍が率いる五
千の百済軍と戦いを繰り広げるが、意外にも苦戦を強いられる。百済軍有利の戦況のなか、
最後の決着をつけるため新羅軍は奇策を講じるが……。

コメディのジャンルにあるのが心配。
韓国のどんでも歴史映画?

それと、
韓国の歴史にその名を残す←ここ間違いですから。

947 :世界@名無史さん:2012/12/29(土) 07:49:03.16 0
唐と手を組んだ新羅軍←ここもまちがい
唐軍の命で従軍した新羅←せいかい

ケベクショウグン←まちがい
階伯将軍←せいかい

ユシンショウグン←まちがい
公子金&#x5EBE;信←せいかい

948 :世界@名無史さん:2012/12/30(日) 21:20:56.05 0
彡 ⌒ ミ
(/・ω・)/は ぁげー

949 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/31(月) 00:36:25.81 0
>>943-944及び>>945
 あんたのカルト原理主義宗派の「反文化相対主義」にマインド・
コントロールされ、権力者追従の姿勢こそ、奴隷根性じゃに(笑)。
>>946-947
 日本の時代劇も韓国同様かそれ以下なんは、朱子学ドラマ
水戸黄門好きなもんがおることでも明らかじゃに。
唐と新羅が手を結んだんは事実で、後に唐は、新羅によって半島から
追い出されたんも事実じゃに。

950 :世界@名無史さん:2012/12/31(月) 01:15:12.22 0
今年もテンプレのままで、何も変わりませんでしたなぁ、白馬ホモ牛大先生
いつまで名無しの指摘する言葉通りの奴隷人生を歩むつもりなんですか(笑)

還暦からあと、何年くらい2ちゃんで工作活動できるんですかねぇ

951 :世界@名無史さん:2012/12/31(月) 07:55:09.61 0
じゃにじゃにいってんじゃねーよ。気持ちワリィな。

952 :世界@名無史さん:2012/12/31(月) 09:17:30.01 0
邪馬台国はやはり日本の事じゃなかったそうです。
http://www.smjsearch.com/yamatai/yamatai.html

953 :世界@名無史さん:2012/12/31(月) 14:49:39.95 0
>日本の時代劇も韓国同様かそれ以下なんは、朱子学ドラマ
>水戸黄門好きなもんがおることでも明らかじゃに。

一昔前なら、兄さま方・姉さま方(廣島いぼ痔民より上の世代)に蛸殴りにされるだろうなぁ
わしらは由美かおるしゃん(角助)の入浴(殺陣)(ry

モノゴトを多角的に見ることを諦めてひとつの型枠に嵌めて語ろうとする。おまけに
根拠を問うと、他人の書いたものを貼付けて、じゃにじゃに押し切ろうとする。
白馬青牛は頭が硬くっていけねぇや。酢漬けにしてさしあげろってなもんだ

954 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2012/12/31(月) 23:43:40.34 0
>>950
権力追従、迎合のあんたらネット右翼こそ、奴隷人生じゃに。
>>951
あんたら、馬鹿垂れじゃに(笑)。
>>952
 邪馬台国が朝鮮半島にあっても不思議は無ぁけどね。奴国の金印から
北九州付近にあった方が解り易いけど、古代の距離。方角は出鱈目
じゃけぇ、朝鮮半島でもええかも知れん。
>>953
わしたぁ、えっと上の世代でも水戸黄門を喜びよんは、
権威に迎合し威を借りて、前線へ行っとらんのに戦争を煽った奴隷根性の
町内会組織員市民の糞外道らじゃろうに。
 だいたい、印籠の権威で土下座するんなら、腹すえとらん不甲斐ない
連中じゃに、それが悪役じゃの程度が低かろうに。印籠の権威で
土下座しとる場面ほど不愉快なもんはあるまあ。
まあ、あんたら権力迎合のネット右翼にゃ、そがん意識すら無かろうのう。

955 :951:2013/01/01(火) 01:52:28.18 0
>>951
あんたら、馬鹿垂れじゃに(笑)。

俺1人だけが文句言ってるのに、
なんで「あんたら」って複数形になってんの?
被害妄想激しいんじゃね?

956 :世界@名無史さん:2013/01/01(火) 02:15:50.16 0
牛さんというとおばさんの奴だな。

957 :世界@名無史さん:2013/01/01(火) 19:40:23.77 0
牛さんというとおばかさんの奴だな。

958 :世界@名無史さん:2013/01/05(土) 00:40:33.01 0
けっきょく牛は逃げたか

959 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/07(月) 00:20:22.01 0
>>958
 わしが書き込まにゃ、毎度の逃げ印象工作じゃう(笑)。

960 :世界@名無史さん:2013/01/07(月) 01:07:14.35 0
>>959
きえろ、キモイじじい。

961 :世界@名無史さん:2013/01/07(月) 09:36:16.96 O
連呼リアン爺

962 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/09(水) 23:42:44.44 0
>>961
狐狸庵さんなら、遠藤周作氏のことじゃに(笑)。

963 :世界@名無史さん:2013/01/10(木) 19:48:07.66 0
コリアンは韓国人のことじゃに

狐狸庵さんなら、遠藤周作氏のことじゃに

連呼リアン爺なら、白馬青牛氏のことじゃに(笑)。

ちなみに頭が薄い模様。

964 :世界@名無史さん:2013/01/10(木) 20:52:30.43 O
エラ呼吸のアンコがいると聞いて

965 :世界@名無史さん:2013/01/10(木) 22:19:43.27 0
【日韓歴史】 韓半島支配を主張する日本、「墓」のせいで偽りばれる〜百済古墳の被葬者、日本の傭兵にすぎなかった[01/10]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1357819816/l50

966 :世界@名無史さん:2013/01/10(木) 22:28:56.65 0
http://file.mk.co.kr/meet/neds/2013/01/image_readtop_2013_22382_1357788762814999.jpg
▲全南海南で発掘された龍頭里倭系古墳。

「百済三斤(サムグン)王が死んで東城(トンソン)王が帰国した際、筑紫国(チクシコク・北部九州)
軍士五百人が護衛した。」日本書紀雄略243年の記録だ。475年、高句麗軍の攻撃に百済は21
代蓋鹵王(ケロワン)が戦死し首都漢城(ハンソン)をあけ渡す。熊津(ウンジン)に移り4年で3人
の国王が変わる内紛が重なり統治機構が事実上瓦解する。

日本に留まった東城王(479〜501年)は部下の武士団を率いて帰り百済24代王に上がる。王は傭
兵を積極的に登用し百済を危機から救い出す。その後500人の武士団はどうなったのか。文献か
ら彼らの痕跡を探すのは難しい。そして倭人傭兵はただ500人だけだったのか。

ところが彼らの行跡を類推できる倭系墓が最近、韓半島南部で大量に発見され学界の非常な関
心を引いている。昨年11月、高興(コフン)豊陽面(プンヤンミョン)野幕(ヤマク)古墳を発掘した
羅州(ナジュ)文化財研究所は墓の上に石を敷き土の墓を覆った見慣れない形態の古代墓を見
つけた。

クォン・テクチャン研究員は「3世紀後半〜7世紀末、倭古墳時代の普遍的墓」といった。倭系墓は
墳墓様式と主要副葬品すべてが日系であるものを言う。野幕古墳を含み現在まで確認された倭
系墓は全25基だ。(中略:倭系墓の紹介)

東城王が混乱した国内を収拾する方便として選択したのが南への領土拡張だった。王は13代、
近肖古王(クンチョゴワン、346〜375年)以来、百済の影響圏にあった栄山江(ヨンサンガン)方面
を百済領土に編入するため地方官を派遣する上で、これを傭兵に任せる。「王が武珍州(光州(ク
ァンジュ)と推定)を巡行した)という三国史記、東城王20年編(498年)記録を見れば地方官は中央
の統制を受けたと推定される。

967 :世界@名無史さん:2013/01/10(木) 22:29:40.67 0
倭系墓から金製イヤリング、木棺・祭器など百済王室が下賜した多量の威信財が出てきたのもこ
れらが百済の隷属にあったことを見せてくれる。倭人傭兵の相当数は百済人化したと考えられる。
広徳面信徳里古墳は彼らの帰化の可能性を見せる。信徳1号墳は典型的な前方後円墳だが、す
ぐそばの2号墳(息子墓と推定)は百済陵山里(ヌンサンリ)式横列石室で造成された。

前方後円墳はまた6世紀始めだけに限定される。538年、泗沘(シビ=扶余(フヨ))遷都後、韓半
島南部を直接支配することになり傭兵の助けがそれ以上必要なくなったことを意味する。公州(コ
ンジュ)扶余の倭系墓の被葬者は高句麗防御のための傭兵だった可能性が考えられる。

西部慶南(キョンナム)地域の墓は大伽耶系倭人傭兵と判断される。大伽耶は6世紀始め、西部
慶南に橋頭堡を確保したと推測される。5世紀始め、新安と高興の古墳の主人公は百済が海路を
通じて麗水(ヨス)半島と河東(ハドン)地域を攻略する時動員された倭人と解釈される。

このような資料はこれまで日本が信じる任那日本府説を否定する証拠でもある。パク・チョンス慶
北(キョンブク)大教授は「日本史学界は、韓半島南部地域を支配した倭の任那日本府が4世紀
から発展し6世紀に消滅したと主張しているが、支配層の前方後円墳が韓半島で6世紀始め、一
時的に現れ、政治中心勢力化を意味する古墳群を形成できなかった点から推測して倭人らは傭
兵の役割をしたにすぎないことが分かる」と反論した。

[ペ・ハンチョル記者]

ソース:毎日経済(韓国語) 韓半島支配主張日、'墓'のために偽りばれる
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?year=2013&no=22382

関連スレ:【韓国】5世紀の墓発掘、日本スタイルが見えて…学界の意見入り乱れ[11/27]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1353955426/
【日韓歴史】 韓国の順天雲坪里古墳群で任那日本府説に反論する遺物が大量出土[04/19]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1334840192/

関連記事:韓国の古墳が語る、「任那日本府説」は虚構
http://japanese.joins.com/article/833/150833.html

968 :世界@名無史さん:2013/01/11(金) 00:03:06.47 0
  ★★★チベットの独立は日本の核心的利益である★★★
  http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/3729/1226114724/78

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969 :世界@名無史さん:2013/01/11(金) 04:44:23.93 O
人質になったエラがいると聞いて

970 :世界@名無史さん:2013/01/11(金) 22:01:50.63 0
【日韓歴史】 韓半島支配を主張する日本、「墓」のせいで偽りばれる〜百済古墳の被葬者、日本の傭兵にすぎなかった★2[01/10]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1357826611/l50

971 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/12(土) 00:03:15.04 0
>>965-966
他板スレもコピあったけど、倭の傭兵云う云い方は甘過ぎるし、
兵は奴隷と事実ゆうたらええのに。列島の奴隷を連行した軍人奴隷の
遺跡じゃと。日本も近世まで奴隷が兵士の構造で世界と変わらんのに。
http://tokyo-sansenkai.net/bekkan/nanyakanya/20031130-51.htm
「中南米や中近東、インドネシアにフィリッピンに現在見られる誘拐・
人質は、日本にも日常的にあった。遠い話ではない秀吉の頃、戦国時代
には身の毛のよだ奴隷狩りまであった。
薩摩軍が豊後で捕虜にした人々は、肥後の国に連れていかれ売られたが、
その年、肥後の住民はひどい飢餓と労苦に悩まされ、己が身を養うこと
すらおぼつかない状態にあったから、彼らをまるで家畜のように高来(
たかき、島原半島)に転売。その高来から上海に人身輸出。時の上海には
日本人奴隷の市がたっていた。
1598年のイエズス会による奴隷売買者破門令の決議は、こう告発した。
日本人が無数の朝鮮人を捕虜として日本に連行し、ひどい安値で売り払って
いる、とくに長崎一帯の多くの日本人は、ポルトガル人に転売し巨利をあげ
ているが、そのため日本各地を廻って朝鮮人を買い集め、また朝鮮
戦場に渡り、自ら略奪した、と。
 またイエズス会の1598に出された破門令決議書はいう。海外に流れた
日本の若者は、鉄砲や槍をもって戦争に奉仕する「軍役に堪える奴隷」
「軍事に従う奴隷」として珍重されたと。耳が痛いが日本人の好戦性が
指摘されているのか。そして、そうした東南アジアに暮らす日本人奴隷の
日常を、少年は瓢盗となって略奪を働き、少女は不品行に身を委ね、初め
からアジア漂白を志して奴隷となり、解放後にも放浪を続ける者が少なく
なかったとも。」
 海外へ売られた日本人も、奴隷兵じゃし、近代の徴兵制は、自国国家に
よる自国民奴隷兵を創ったに過ぎんのに。日本列島内じゃ
原住民の蝦夷の浮奴買いで、奴隷確保した連中を兵としただけのこと。

972 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/12(土) 00:08:34.19 0
>>963
 残念じゃが、わしゃ縄文系の髭の濃いい体質じゃ無ぁせえか、
禿とらんよ。
>>964-969
エラ張りの信州人か鹿児島人が答えりゃええことじゃ。

973 :世界@名無史さん:2013/01/12(土) 00:25:39.43 0
広島呉の頭の禿げた奴隷が死んだら、立派な塚が作られて、

副葬品には半島宗主国の王様から下賜された金細工がたくさん

埋められるらしいぜ(笑)

974 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/12(土) 02:42:09.71 0
>>971の補足はこっちに書いたのう。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1357826611/
まあ、海外へ売られたんは、九州人が多かったけぇ盗人で
名を馳せるようになるわいのう。
http://archive.2ch-ranking.net/history2/1338728823.html
工藤軍曹の話。「昨夜、道端に輜重の兵隊が脳天を割られて、
血だらけで倒れていた。もういまごろは死んでるじゃろう」
手口から見て、犯人はどこの部隊か、おおかたわかるような
気かした。まさに「ああ壮烈!ドロボー部隊」と辻参謀が戦記に
川口支隊(福岡124i)をドロボー部隊と書いた気持ちもわからぬでもない。
泥棒は日本兵だけでなく、高射砲の印度兵もまた同じであった。
暗闇の中で、変な日本語で、
「ヘイ!マスター、ドロボーか、ワタシモドロボー、ナカヨクネ」
「おう、ユー・インドか。うまくやれよ。」
まあ、九州兵とインド兵に規律を求めても無理じゃ。
隙さえあれば、味方の物でも盗むけんのう。
まあ、ガ島じゃあ東北や北海道の兵士も多かったけぇ、
そりゃあ盗り易かろうて。
福岡百二十四連隊は、ビルマでも当然他部隊の
糧まつを襲うた。祭兵団のを。『百二十四連隊の一部が襲った。
彼らは、軽機を擬して、糧秣の譲渡を強要した。
集積所の警備兵たちは言った。
「お前らの兵団のものでは無い。我々の部隊の者に渡すのだ。
彼らはお前らの撤退を援護するために戦っている。絶対に渡す
ことはできない」と。ーしかし襲撃者たちは、ききわけてはくれな
かった。彼らは威嚇射撃をつづけながら、集積されてあった糧秣を
、ほとんど奪い、分配し、渡河地点へ向けて去っていったのだ。
 おかげで我々の前線は、さらにその疲労と困憊の度を深める
だろう。絶望ーというよりほかはなくなった。』

975 :世界@名無史さん:2013/01/12(土) 02:47:16.95 0
廣島のホモはふうがわるいのう。あちこちで九州貶しの工作をやっとる。

そろそろアボーンせにゃならんかもなぁ

976 :世界@名無史さん:2013/01/12(土) 02:48:35.59 0
現代広島の団塊が品性下劣なことはよぅ分かるのう

977 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/13(日) 00:50:55.58 0
>>975-976
はあ?あんたら小学生か。小学校の頃九州からの転校生が女に近寄ると
九州人じゃけぇ強姦されるど。とか、物がのうなったら、
わりゃ、九州人じゃけぇ盗人したろうと、因縁付けよった時代じゃ
あるまあし。
 まあ、戦争体験者の多くが生きておられた時代の九州人のお笑いネタと
して、面白いだけのことよ。
じゃが、高崎伝氏は自らの郷土の九州人の掠奪、強盗行為を頼もしいと
自慢げに書かれとるんじゃに、「九州貶し」と解釈するんは、
自虐も甚だしい。
 広島師団でも、班同士じゃ食いもんや脚絆の掠奪はやっとるよ。
敵軍から武器掠奪も南寧戦でやっとるけぇのう。
じゃが、同じ日本軍でも、九州の兵隊は、躊躇せず盗人、強盗することに
罪悪感の無ぁ性質は、面白ろかろうに。日本軍の軍隊の建前規律を
「そんなの関係ねぇ、オッパッピー」の本音で済ませる欲望のままに、
行動する性質なんか、九州人の竹を割ったような明確な意思表示じゃ
けぇのう(笑)。

978 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 00:57:47.35 0
現代広島の団塊が品性下劣なことはよぅ分かるのう

これで60じゃからのう(笑)

979 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 01:13:43.93 0
コイツの九州人コンプレックスって何が源泉なんだろう?

980 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 01:20:56.13 0
そのうち、ホモ牛のコンプの原因となった過去スレでも探して
まとめてやろうかなと思ってるわ

実体験で九州人にしごうされたんなら、分からんが。この線も
ありかなぁと思うね。なんか知らんが異様に九州に拘りをお持ちらしい。

981 :白馬青牛 ◆RYwvsC45ZhAa :2013/01/13(日) 01:48:46.14 0
九州人らよ、「♪泥棒よあなたは」じゃが、>>974が如く
「♪お手やわらかに」じゃ無かったのう(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=v189Ul5jNXE
 映像じゃ曲の途中で切れとるのう。
http://www.youtube.com/watch?v=dWZc-dKqzYo
こっちの音源じゃ。
>>980
 また、あんたの願望の思い込み云うてもつまらんよ。
九州人のハッタリ強がりは大嘘話し創作なんも立花氏の吉川氏の
蔚山城武勲を自己の手柄として捏造した嘘吐きじゃが、他者の功績まで
泥棒で、何から何まで泥棒が好きじゃのう、九州人は(笑)。
「♪泥棒よ九州人は」よのう。

982 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 02:02:48.21 0
ホモ牛って九州生まれか?

毎晩嘘ついて、身の丈に合わない似非知識披露してあちこちから

批判されて逃げまわってるみたいやけど(笑)

983 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 02:07:32.23 0
最近のホモ牛の虚言

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1354929366/204-224

984 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 02:09:18.92 0
ホモ牛のツングース愛からすると、満州産まれなんじゃないの?
九州人コンプレックスどころか日本人コンプレックスを感じる

985 :世界@名無史さん:2013/01/13(日) 11:27:40.52 0
済州島や韓じゃなく朝鮮から逃げてきた在日だろ

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