5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

【伽耶】任那日本府【倭国】その2

1 :世界@名無史さん:2013/03/30(土) 22:20:26.42 0
任那日本府について語ろう。

前スレ
【伽耶】任那日本府【倭国】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1332073255/

関連スレ

縄文系韓国人のルーツを探るスレ
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/geo/1331223255/l50

【高句麗・百済】夫余系総合スレ【渤海・日本?】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1327411004/l50

日本は百済の属国だった 3
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1317533620/l50

2 :世界@名無史さん:2013/03/30(土) 23:06:03.42 0
朝鮮総督府のプロトタイプ

3 :世界@名無史さん:2013/03/31(日) 01:14:12.76 0
語ることまだあるの?

4 :世界@名無史さん:2013/03/31(日) 02:07:21.15 0
使持節都督、倭新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、征東大将軍倭国王

5 :世界@名無史さん:2013/03/31(日) 03:53:12.98 O
ホモと朝鮮人出入り禁止

6 :世界@名無史さん:2013/03/31(日) 04:50:37.68 0
>>4
倭王・武(ワカタケル大王)

7 :世界@名無史さん:2013/04/01(月) 15:07:16.95 0
三国史記には任那日本府は描かれてないのか?
朝鮮人が否定したがるのはそのせい?

8 :世界@名無史さん:2013/04/01(月) 23:13:42.00 0
>>4
その官位はいろいろと示唆的だよな
実際は百済も含めたかったようだが認められなかった
注目したいのは任那とカラを、辰韓と新羅を別けている上、百済が存在している時期に慕韓が残っている
これは名目上の支配地域を多くみせるための作為と考えられているが、
実際は辰韓や慕韓の残存勢力が存在していた可能性もある

9 :世界@名無史さん:2013/04/01(月) 23:38:12.68 0
俺も、新羅はまだ建国されず未だ多数の部族国家の中の有力国で
任那、加羅、秦韓、慕韓は地域名か有力部族の国名なんじゃないかと思うわ

10 :世界@名無史さん:2013/04/02(火) 15:51:38.38 i
新羅の古墳って日本製勾玉が一番多く出るらしくて笑ったわ
まじで倭人の分派国家なんじゃないのか?

11 :世界@名無史さん:2013/04/02(火) 19:04:37.88 0
■朝鮮半島南部は古代から日本の属国でした

朝鮮南部の主要な遺跡から発掘された、この時代の倭系の遺物の分布図
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_03/nannbutyousenn_niokeru_wakei_ibutu_no_bunnpu.jpg

「朝鮮半島南部の勾玉文化圏」
http://yamatai.cside.com/katudou/image/241-5.gif

韓国全羅南道の前方後円墳分布図
http://www.oct-net.ne.jp/~hatahata/img_1583928_39577794_21.jpg


・百済(隋書 百済伝)
>「其人雜有新羅、高麗、倭等、亦有中國人。」
(そこの人は新羅、高句麗、倭などが混在しており、また中国人もいる。)

【広開土王碑】
>百殘新羅舊是屬民由来朝貢而倭以耒卯年来渡海破百殘■■新羅以爲臣民

【新羅本紀】
>元年三月、與倭国通好。以奈勿王子未斯欣為質。

>瓠公者、未詳其族姓。本倭人。初以瓠繋腰、度海而来。故称瓠公。

【隋書】
>新羅百濟皆以倭為大國多珍物並敬仰之恒通使往來

12 :世界@名無史さん:2013/04/02(火) 19:39:03.03 0
関連スレ

任那日本府とは何なのか?
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1362859337/l50

13 :世界@名無史さん:2013/04/02(火) 20:51:42.55 0
>>11
これこれ( ^ω^ )

14 :世界@名無史さん:2013/04/02(火) 22:01:19.80 0
倭・高句麗戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E9%AB%98%E5%8F%A5%E9%BA%97%E6%88%A6%E4%BA%89

15 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/03(水) 01:49:03.41 0
>>1-11及び>>14
39 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/02(火) 01:29:42.32
>>1-32
加耶北方木槨墓人を軟弱な列島の倭に還元してもつまらんよ。
751 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/03/25(月) 00:20:14.80 0
>>1-745
http://www.geocities.jp/taru638/page028.html
「韓国慶星大学校文化大学助教授の甲敬K氏の話
金海良洞里墳墓群の発掘調査成果が契機になって知りえた事実だが、北方系遊牧民族の
習俗と文物、すなわち人と馬の殉葬、武器を折り曲げて墳墓に埋葬する習俗、蒙古鉢形冑や
挂甲といった騎馬用甲冑、馬冑、北方式銅カマ、青銅製虎形帯鉤などの文物、を持った
北方系木槨墓が三世紀末に金海地方に突然出現し、首長墓をはじめとするそれ以前の墳墓を
意図的に破壊するといった現象が、金海の全墳墓群のおいて確認できるのである。
このように金海は三世紀末の突発的で衝撃的な一大事件の為、呪術的で中国的な雰囲気の
社会から、高度な武装的・騎馬民族的な社会に突然転換する。私はこうした変化を辿る
金海地域の状況にたいして、概念的ながら、北方墓制・文物が登場する前を狗邪韓国、
以後を金官伽耶と言う風に把握している。そして金海地域における最新の考古学的知見を重視し、
今まで堅持してきた騎馬民族征服説に対する批判的な態度から一歩後退し、核心においては
肯定することが出来る部分もあると考える。
もし金官伽耶=騎馬民族説に全面的に否定的な立場をとるとすると、
三世紀末、金海地方に北方墓制が突然出現し、先行墓制を意図的に破壊したという現象に対して
合理的に納得できる説明をする事が前提とならなければならない。 一方、三世紀末、
金海に突然出現した騎馬民族の支配集団は5世紀前葉に突然金海から消え去っている。
この点も謎である。」
 これらの騎馬民族的集団は金海地区に限った話ではなく、三国時代の新羅地区に
広く見られる物であり、蒙古鉢形冑は高句麗古墳の壁画にも描かれているし、そして
蒙古鉢形冑は日本でも複数発掘されている。
 ほいで、井上秀雄氏は、朝鮮南部の倭は金海地方とされるんも妥当なこと。
http://www.d7.dion.ne.jp/~sekai/uniue.gif

16 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/03(水) 02:05:43.84 0
>>4
南朝の序列でも、伽耶、倭の安東大将軍は、官位じゃ四安将軍たる
三品下で、百済は同時期に第三品上の四鎮将軍の鎮東大将軍より
劣っとったんよ。
高句麗の車騎大将軍は、第ニ品で別格じゃし、高句麗>>百済
>伽耶・倭の序列よのう。

17 :世界@名無史さん:2013/04/03(水) 02:15:26.64 0
百済は倭国より先に朝貢したんだから中国にも義理はあるだろう

ていうか来んなよおまえは

18 :世界@名無史さん:2013/04/03(水) 02:26:06.46 0
百済王は使持節、都督百済諸軍事、鎮東大将軍
倭王は使持節、都督倭新羅任那加羅秦韓慕韓六国諸軍事、安東大将軍
名誉称号に成り下がっていた将軍号は百済が上でも
どちらの実権と勢威がより大きいかは明々白々

19 :世界@名無史さん:2013/04/03(水) 02:34:32.26 0
あいかわらずコピペ野郎が沸いてんな

20 :世界@名無史さん:2013/04/03(水) 05:12:18.85 0
>>18
だな
案外整合はとれてる
支那も憎いことするね♪

21 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/03(水) 23:53:56.13 0
>>17-18及び>>20
義理じゃの感情論解釈じゃつまらんわ。
実権そのものに百済側の見解が出とらんのに、妄想ご都合主義で
解釈してもつまらんよ。
 ネット右翼の妄言のどこに整合性があるんか(笑)。

22 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/03(水) 23:57:55.20 0
>>17-18及び>>20
768 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/03/26(火) 00:48:18.75 0
>>755
 ほいから、形質人類学的にものう。
22 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2012/03/17(土) 23:30:22.55 ID:bCr4rsOz
 縄文系は本土日本人だけじゃのうて朝鮮南部でも先住民じゃし。
伽耶は北方木槨墓人が支配した地域じゃが先住の現地の韓人、倭人の
古モンゴロイドもおったよ。
http://ds.gimhae.go.kr/sub/02_01_02.jsp
ここに礼安里の人骨から復元された伽耶の武人が出とるが、
上が12号墳の高顔、狭顔(高上顔)の北方新モンゴロイド。
下の方が41号墳のエラの張った広顔、団子鼻、広鼻(広低上顔)の 南方古モンゴロイド。
それは、日本の北方渡来系新モンゴロイドと古モンゴロイドにも当て はまる。
http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%B8%84%E6%96%87%E5%BC%A5%E7%94%9F%E4%BA%BA%E9%AA%A8.jpg
右の弥生人(北方渡来系)は、上の「高上顔」の人骨とそっくりで、
左の縄文人は、「広低上顔」の人骨とそっくりでエラの張った団子鼻と 思われる人骨。
ここのブログの兵士の4階級ですが、盾を持ったり位が高い歩兵クラスが 上2つは歩兵は
北方系、兜や防具を付けて無かったりする下級の歩兵は 下2つは、南方系ですね。
上の方が南ツングース、ワイ貊系で面長な狭顔。 下の方は現地の韓人、倭人系で縄文系広顔、広鼻。
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/888107.html
 権力者の墓に殉葬された10代の女性
「同じ年頃の現代韓国女性とは多少違う。あごの骨が現在より短かったために、
顔は左右が広く上下は短い。」と、被支配奴隷階層は縄文系南方系の低顔。
まあ、人類学的にも加耶北方木槨墓人が倭を支配したんが妥当じゃに。

23 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 00:24:28.62 0
      ミ ⌒ 彡 ∩
      ( ,_`ゝ′)/ 続きはwebで!
     m9   ノ
     ノ _ _ ヽ
     (_ノ ^ ゙J
   ___________
  [ホッポーモーカクボジン  ] [検索]
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

24 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 02:57:04.88 i
自分の付けたアンカーで>>15から差され続けるモウホがいると聞いて

25 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 07:03:25.15 0
>>21
なかったんじゃないの?実権wwww

26 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 21:13:51.21 0
>>22
広低上顔って、詳しく教えてもらえっかな?オッサン

27 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 22:12:43.34 O
キムチしか自慢するものがないアンコのあると聴いて

28 :世界@名無史さん:2013/04/04(木) 22:32:25.68 i
広低上顔のモウホがいると聞いて

29 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/04/04(木) 23:31:18.92 0
>>26
 南方、縄文系の低顔・広顔形質のことに決まっとろう。
上下を押し潰したら顔が広く、鼻の団子鼻でエラが張る縄文形質云う
ことじゃ。

30 :世界@名無史さん:2013/04/05(金) 02:13:58.70 0
>>29
全然わかんないから詳しく頼むわ
ていうか来んなよ

31 :世界@名無史さん:2013/04/05(金) 12:10:15.57 i
21 15,25: 白馬青牛 >◆8mr41B7alChB [] 2013/04/03(水) 23:53:56.13 0
>>17-18及び>>20
義理じゃの感情論解釈じゃつまらんわ。
実権そのものに百済側の見解が出とらんのに、妄想ご都合主義で
解釈してもつまらんよ。

人間が政治を行う以上、感情を無視した考察は無意味だ
おまえは人生そのものから学び直した方がいい
みっとも無さすぎだジジィ

 ネット右翼の妄言のどこに整合性があるんか(笑)。

そっくり返すぜこの言葉♪

32 :世界@名無史さん:2013/04/13(土) 09:43:36.20 O
キムチ鍋をひっくり返して
玉の皮を傷めたホモがいると聞いて

33 :世界@名無史さん:2013/04/13(土) 20:39:48.21 i
無慈悲なモウホがくると聞いて

34 :世界@名無史さん:2013/04/14(日) 01:28:53.05 O
糞食いが逃げ出したと聴いて

35 :世界@名無史さん:2013/04/16(火) 00:57:49.77 O
コマ劇裏で喝アゲされたホモがいると聞いて

36 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/05/13(月) 00:48:50.58 0
>>31
つまり、あんたらネット右翼の妄言は政治論に属し、
歴史たぁ関係無ぁ云うか、歴史も政治的道具としたいわけなんじゃのう(笑)。

37 :世界@名無史さん:2013/05/21(火) 19:02:10.97 0
詳しく説明できん低能老人はいらんわ

38 :世界@名無史さん:2013/05/22(水) 05:11:11.01 0
だからよ、通史を書けよクソ牛
おまえの論は、名無しのレスに突っ込んでるだけでまったく全体像が見えてこない
言ってる年代もメチャクチャ
通史を書け通史を

できれば他所でな

39 :世界@名無史さん:2013/05/22(水) 13:10:39.37 0
できれば他所でな←まちがい 便所紙にな←せいかい

40 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 00:12:52.98 0
一方は属国にしたつもりだがもう一方は独立国のつもりでいるっていうケースは任那に限らず世界史上ではそれなりに散見されるんじゃないかと思った。
そういう状態を属国だの独立国だのと言い争うのは意味がないとおもうんよね。

41 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 02:14:53.76 0
倭国は任那を倭領として支配し、任那の倭人も倭国に帰属意識を持っていた
捏造はよくないぞ在チョン

42 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 03:20:03.68 0
ならそういう事を書いた石碑なり剣なり鏡なりが出土してもおかしくないし日本書紀や古事記にもはっきり神功皇后が自国領にしたと記述すると思うんだがねーwwwww
実際は国家?なにそれ?みたいな意識レベルの部族社会だったんだろ。伽耶で一国の王って言ったら要するに酋長なレベル。
そんな未開な連中が帰属意識云々なんてあってたまるか。そもそも当の倭国自体大化の改新までは部族連合の性格が強かったろ。

43 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 03:35:44.99 0
そういう事を書いた中国の史書が厳然として存在し
日本書紀にも自国領である事が書かれている
倭国は国司を置き日本県の臣民を百済人と峻別して管轄し
君臣の義理を結び書紀には任那が朝貢したという記述が無い
任那は倭国に帰属意識を持っていた、それが現実。

44 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 03:45:23.68 0
任那の国司というのは律令時代の国司と同じものだといえるのか?

45 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 05:41:35.60 0
同じ物でなければならない理由は?
任那にはその下に県が置かれ多くの国司が置かれた

半島南部には部族社会と酋長しかなく高麗成立まで国が存在しなかった

46 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 06:24:31.63 0
古代は民族意識もはっきりしてなくて人の行き来も盛んだったから半島南部沿岸にモザイク状に倭人が定着しててそれを管轄する長が大和朝廷に出入りしても別に不思議はないな。
当然内陸の住民は海洋勢力を異民族と見做して、支配下に入ったという意識を持たない。
倭人にとっての朝鮮半島=古代ギリシャ人にとってのアナトリア半島

47 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 06:32:12.22 0
古代には戦乱等を除けば人の往来は殆ど無く共同体内部で完結する人生が多かった
半島南東部の任那地区はある時期を境に弥生土器が原住土器に置き換わる
納税を行い軍事活動に貢献する等によって、倭国への強い帰属意識が形成された
倭国にとっての半島南部とは、ペルシャ帝国にとってのアナトリアである

48 :世界@名無史さん:2013/05/26(日) 07:02:14.30 0
原住土器って何のこっちゃ?

49 :世界@名無史さん:2013/05/29(水) 05:13:48.87 0
>>42
無論文字つきの遺物が重要なことはわかりきったこと
雄略天皇の実在は、稲荷山鉄剣で劇的に証明された
そういうものが出るといいな

50 :世界@名無史さん:2013/05/29(水) 16:14:50.83 0
白馬青牛がサイコパス過ぎる

51 :世界@名無史さん:2013/05/31(金) 18:13:39.29 0
まさにキチガイ

任那日本府とは何なのか?
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1362859337/

52 :世界@名無史さん:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
ここで任那、一名加羅(迦羅・伽耶・加耶・駕洛)の本質について説明しておこう。
任那は弁辰十二国の後身で、すでに三世紀には十二の城郭都市が連合して
弁辰王を戴いていたが、5世紀の末になってもやはり共通の加羅王というものがあったわけである。
438年に倭王珍が自称した肩書きでも、倭・百済と同等に任那を挙げてあって、
重要な一国だったことは間違いなかろう・・
しかし、やはり統一王国ではなくて、洛東江渓谷の諸国の同盟組織であった。
544年に百済の聖王が倭王に送った手紙の文面から見ると、
任那の諸国は毎年、春に代表が集まって共に神を祀り、同盟関係の事項を討議する、
典型的なアムフィクチュオニアだったことがわかる。

俗に任那日本府といってあたかも任那の諸国が倭国の属領であり、
それを統治する倭国の総督府があったかのように誤解されている。
しかし、544年の聖王の手紙では、任那と日本府は判然と別物である。
「日本府」という字面は、この手紙が「百済本記」から「日本書紀」に転載れるとき
書き直したもので、原文では「倭府」だったのだろうが、「府」とは将軍府のことである。
つまり、軍団の司令部のことであり、司令官に直属する部隊のことでもあり、
またその兵士たちが生活する屯田組織のことでもある・・

391年に倭国が初めて半島に介入して以来、百済と倭国を結ぶ交通路は、
洛東江渓谷を通る古い街道だった。
倭軍の兵站基地がこの沿線に発達したのは当然で、任那同盟の諸国に分け行って、
倭人の屯田兵部落が成長した。
これが任那の「官家(ミヤケ)」とか「日本の県邑」とか呼ばれるものである。
日本書紀の継体天皇紀には、509年の条に「百済本紀」を引用して、
「久羅麻致支弥(クラマチキミ)」がやってきて、任那の日本の県邑に住み着いた百済人を、
三代や四代の子孫に至るまで探し出して、百済に移管して戸籍に登録したと言っている。
亡命者の子孫が三代や四代を経るにはその県邑自体が少なくとも百年の歴史を持たねばならない。
391年(辛卯年・広開土王碑の倭軍介入の記述)はこれより約120年前だから、
倭国が半島に倭人の入植地を設置したのはその時であろう。
これがいわゆる「任那日本府」の正体である・・・
                    岡田英弘「倭国」p142

53 :世界@名無史さん:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
クラマチキミとは車持君クルマモチノキミのこと
ちなみに群馬の名はこの車クルマに由来するとか
君は地方の独立君主のことだが、倭国王の使いもこなしていたようだ
稲荷山鉄剣のヲワケを連想させる

日本の県邑とその屯田兵については応神・仁徳記の葛城襲津彦の記述通り、
半ば独立愚連隊だったのかもしれない

任那、新羅には勾玉など倭系遺物が多い
このように文献的、考古学的に証明がされている

54 :世界@名無史さん:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
府は建物や組織という意味で、将軍府では全く無いよ
倭人の入植は狗邪韓国以前に遡るし。
つーか、岡田英弘な時点でアレだw

55 :世界@名無史さん:2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN 0
>>54
おまえの漢文の知識なんか専門家のチンゲ以下だろうな…

56 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN 0
>>52
850 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN >>843
金海地域そのものが倭じゃに、倭を列島のみと勘違いするトンデモ。
トンデモの代表岡田英弘氏信者がまたしゃしゃり出たんか(笑)。
中国を政治的に嫌いながら、中国文明隷属者の「慕夏主義」で「中朝論」。
中華が北方民族に支配されたゆえ、本当に中華が残ったのは日本としたい
朱子学トンデモ説じゃけぇのう(笑)。しかも岡田氏の奥さんは最近
カルト系のちゃんねる桜に出て、マイント・コントロールされた人間の面持ちで
政治活動しよるど(笑)。カルト夫妻そのものよのう(笑)。
>>54
 倭は、遼河地域〜朝鮮沿岸部の水辺民の総称の時代の方が早いど。
>>55
岡田氏の漢文知識も橋本萬太郎氏にアドバイスされた程度じゃろう。
橋本萬太郎氏は、日本語を北方系言語とされとるんじゃがのう(笑)。
トンデモ岡田英弘氏は、朱子学の本場南方系言語の江南に結びつけたい
意図がため、支離滅裂になるんじゃろう。

57 :世界@名無史さん:2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN 0
> 岡田氏の漢文知識も橋本萬太郎氏にアドバイスされた程度じゃろう。

著作、読んでみれば?おまえの脳ミソがフロッピー以下だってわかるからw

58 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN 0
>>57
『漢民族と中国社会』でも読んだらどうかいのう(笑)。
P436からの対談じゃ、トンデモ岡田氏も橋本萬太郎氏ペースじゃと、
猫かぶったように温なしい。

59 :世界@名無史さん:2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN 0
相変わらずゲスい野郎だね
学者の学説を問題にしろよハゲ

相手すんのもわずらわしいわ

60 :世界@名無史さん:2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN 0
まだ糞牛をNG名に放り込んでない奴が居たとはw

61 :世界@名無史さん:2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN 0
岡田英弘は日本語の成立に関する考察がいまいち雑だね
むしろクソ牛が喜びそうな説だ
中国文献から抽出される史実を合理的に説明してみせるあっぱれな手腕が、
あすこだけいい加減なのは腑に落ちない
あまり興味がなかったのか
活躍してたのは70年代くらいなので、縄文人に対する評価も低いし、中国の三星
堆遺跡も考慮されてない
日本は現代の東南アジアよろしく華僑との混血国家だったという辺りが国粋派の反感を買うのか
オレ自身一読したときはムカついたが、案外的を射てる考察かも知れんよ

62 :世界@名無史さん:2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN 0
>>15
>そして蒙古鉢形冑は日本でも複数発掘されている。

嘘つくな、日本で発見されてる蒙古鉢形冑は、
眉庇付冑を蒙古鉢形にしただけで基本的に倭軍の武装スタイルだ。
全然違う。
だいたい日本には伽耶にある北方系木槨墓もなければ、
彼らが墓に埋葬した銅フクもない。
ましてや生贄の殉葬もない。

嘘はやめようね。

63 :世界@名無史さん:2013/07/23(火) NY:AN:NY.AN 0
見た目が蒙古鉢形冑風ではあっても組み方も止め方も違うもんな

64 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN 0
>>61
 中華朱子学派の慕夏主義と中朝論のトンデモ岡田氏と一緒にすなや。
縄文人は日本の少数派に過ぎんよ。
華僑なんか近世、近代の概念を上代に投影する妄想。
>>62
 倭軍自体が、加耶のことか、列島のことか曖昧な表現してもつまらんよ。
蒙古鉢形冑も熊本にあるし、重装騎兵たる馬面も大谷古墳から出とるし。
戦乱の朝鮮半島と違い、北方渡来系支配層が先住縄文系を奴隷にして、
平和で大型古墳を作れる列島に軍事力じゃのいらんかったが、
北方系騎馬文化副葬品が出土しとる処も人類学同様出自が隠せんのう(笑)。

65 :世界@名無史さん:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN 0
>倭軍自体が、加耶のことか、列島のことか曖昧な表現してもつまらんよ。

九州から関東まで統一の軍装なので大和朝廷軍という意味だ。
つまらんというおまえの感情なんてどうでもいい。

>蒙古鉢形冑も熊本にあるし、

地元民も知らない小さな小さな古墳からのほぼ1例ね。
お前の好きな北方渡来系の地位が分かるよなw

>重装騎兵たる馬面も大谷古墳から出とるし。

舶載品だろう。
大谷古墳は家型石棺、鉄衝角付冑、勾玉など、
全く持って倭系なのだが。
たった一つの出土品が渡来系だから、
被葬者は渡来系とするのはアホ丸出し。

66 :世界@名無史さん:2013/07/25(木) NY:AN:NY.AN 0
>>64
>先住縄文系を奴隷にして

生贄の少女が8頭身のスラッとした長身だったことは無視かい?
復元された顔も、俺には韓国代表の女子サッカー選手程度にしか見えないが。

67 :世界@名無史さん:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
古い時代だと何をするにも人力になっちゃうんで、人口がほぼ国力なんですね。
だから百済とか新羅とか、いくつもの国々に分かれた状態の朝鮮から見たら、倭国は大国ってことに

広開土王碑など海外の史料に出てくる「倭」を、倭寇的なものだとか九州あたりの地方勢力とか見るのも、違うと思うんです。
高句麗の正規軍に対抗する兵力を動員できるのは、巨大古墳を継続的に造営する動員力が証明されている、ヤマトを中心とした王権と見るのが一番いい

68 :世界@名無史さん:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN P
倭国は人口が多く政治組織が発達し農業技術に優れ冶金技術に優れ工芸技術に優れていた
一方の新羅は政治組織が未開で農業技術が拙く冶金技術も劣り工芸技術も粗かった
もう一方の百済も農業技術、冶金技術、工芸技術で倭国に見劣りした

69 :世界@名無史さん:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
となると何を貢がせていたのだろう

70 :世界@名無史さん:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN P
百済は漢籍や建築、土木技師、馬飼い、山師等等を貢いでるけど
新羅は新羅地方で住民を攫う記録が散見されるくらいで
価値の高い産物は無かったっぽいね

71 :世界@名無史さん:2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN 0
三国志(倭人伝)からするならば鉄はあったろうな
記紀だと金銀錦の国で貢納が途絶えたから出兵、貢納せよと出兵といった
按配だが、高度成長した上に倭国の歴史をも書き換えたということなのか?

72 :世界@名無史さん:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN 0
中世以前の朝鮮半島には
それ以前の色んな時代に、支那から流れてきた出身も民族も異なる雑多な人たちが多数を占め
但し、現代中国人とは血統的にも民族的にも無関係な古代の人々
逆に東シナ海を勢力域とし海洋術に長けていた倭人が朝鮮半島南部の支配を強めていった

満州北部に誕生した扶余族の高句麗が南下を始め朝鮮半島北部を接収した
但し被支配層は諸々の先住支那移民(現代中国人とは別物)

百済は元々色んな民族の100の集落が混在する地域だったが百済王が支配するようになった
ここも被支配層は諸々の先住支那移民(現代中国人とは別物)

新羅は倭人が建国に携わり、また新羅王の后が倭人だったりで
もともと日本人移民が作った国だったけど、倭国と対立していた反逆児

百済・新羅共に高句麗の支配を受けていた時代もあるが、後に共に倭国の属領となる

ところが支那に唐という軍事大国が誕生すると高句麗を滅ぼしてしまった
同時期、日本人が作ったけれどもともと日本と対立する勢力の強かった新羅は
ロシア沿海州からの侵入者エベンキ族に乗っ取られてしまう

エベンキ新羅は唐に百済攻略を進言し、唐の軍隊を手引きし招き入れた
百済の援軍要請を受けた日本は海を越えて軍を送るが、唐軍の前に敗退し、百済は滅亡する
百済の王族らの一部は日本に亡命するが、日本の朝鮮半島への足がかりは消滅した
任那日本府というのは百済・新羅を統治するための出先機関兼直轄領みたいなもの

現代の韓国では古代の日本は韓国人が支配していたという妄想を歴史教科書で教えているそうだが
支配されていたのは朝鮮半島であり、王族の人質が日本に連行されていただけである
しかも日本に支配されていた百済・新羅共に現代の朝鮮人とは何の関係もない先住民の国であった

朝鮮半島での戦いで唐に負けたとは言え、日本が丸ごと唐の属領にされずに済んだのは
日本海という障壁があったおかげだろうね

73 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN 0
>>65
 大和朝廷の存在じゃの、記紀以前に遡れんよ。
しかも西日本は豪族連合体で、独立性が強かったんじゃに、
統一国家じゃの無ぁね。
熊本のは隼人の熊襲集団征服の為実用的なものが出てくるだけじゃし、
記紀以前じゃけぇ、ヤマトよりも九州北部の勢力の可能性が強いのう。
 舶載品じゃの左翼学者の常用句。当時の東アジアや歴史の普遍性として、
農耕民や採集狩猟民が国家形成した例はほとんど無ぁし、日本を北方渡来系
が支配した証拠にもなるだけのこと。しかも形質人類学的にも現代本土日本人も
北方渡来系が多数派よ。
>>66
加耶の奴隷生贄は低顔で日本や朝鮮の北東アジアの主流高顔じゃ無ぁわ(笑)。
>>67
中国記述の人口は出鱈目じゃし、弥生期の列島の倭国大乱は、黄巾の乱と同時代現象で人口も減少し、
古墳期にゃ北方渡来系がもたらした疫病で多くの日本先住民も死んだろうに。
現代の日本人の容貌からも、北方渡来系が支配し、人口増大拡散したことは、
確実じゃのう。
>>68
 大嘘吐くなや。新羅の黄金文化に比べ日本はメッキじゃし、副葬品から
新羅の冶金技術、工芸技術の方が上じゃのう。
>>70-71
 弥生期に鉄はほとんど無ぁよ。しかも国家形成に必須な道路の舗装は、
記紀の時代になるし。
>>72
エヴェンキ族なんか、その頃存在せんのにネット右翼は、大嘘が日課じゃ
わい(笑)。

74 :世界@名無史さん:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN 0
>>73
>大和朝廷の存在じゃの、記紀以前に遡れんよ。
>しかも西日本は豪族連合体で、独立性が強かったんじゃに、
>統一国家じゃの無ぁね。

3世紀の土師器を伴う前方後円墳は、
千葉・市原の神門、薩摩の端陵(はしのりょう)、会津の臼ヶ森など、
すでに全国に展開してるわけだ。
大和朝廷の力が及んでた証拠。

君の情報は古い。
時代は進んでるのだ。

>熊本のは隼人の熊襲集団征服の為実用的なものが出てくるだけじゃし、
>記紀以前じゃけぇ、ヤマトよりも九州北部の勢力の可能性が強いのう。

九州北部の古墳から、伽耶風の蒙古鉢型冑と桂甲の武装なんて全く出てこないわけだが?

>舶載品じゃの左翼学者の常用句

俺は左翼じゃねぇし。
1つの古墳から出た20の副葬品のうち、外国のA民族の物が1つだけあったとしても、
その被葬者はA民族にならないのは常識。
残り19の要素の方が重要なのは言うまでもないではないか。

>加耶の奴隷生贄は低顔で日本や朝鮮の北東アジアの主流高顔じゃ無ぁわ(笑)

どう見たって典型的韓国人だ。
8頭身であることを見事に無視か?

75 :世界@名無史さん:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN P
             / ) / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            ./ / |  テーマは…
           / /  \          / ̄ ̄ ̄
           / /     ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄|  …愛!
         ./ /_Λ     , -つ     \          /
         / / ´Д`)   ./__ノ        ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄
        /    \ / /   ⊂_ヽ、    
        .|    へ/ /      .\\  Λ_Λ       
        |    レ'  /、二つ       \ ( ´Д`)
        |     /            >  ⌒ヽ
       /   /             /    へ \
       /  /              /    /   \\
      /  /               レ  ノ     ヽ_つ
     / ノ                /  / 
   _/ /                /  /|
  ノ /                  ( ( 、
⊂ -'                    |  |、 \ 
                       | / \ ⌒l
                       | |   ) /
                      ノ  )   し'
                     (_/     

・・・ごめん。

76 :世界@名無史さん:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN 0
>>74
>どう見たって典型的韓国人だ。
画像うp

77 :世界@名無史さん:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN 0
>>76
http://www.toyo-keizai.co.jp/news/photonews/2009/post_37.php

78 :世界@名無史さん:2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN 0
どうも

79 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN 0
>>74
西日本の豪族は「君」姓が多く、天皇家との繋がりを強調せず独立勢力と
扱われたのに対し、東日本は「直」姓で天皇家との主従関係から、
畿内勢力が東を属州として巨大化したのが記紀の時代じゃけぇ、
さほど古い時代じゃ無ぁし、旧唐書も九州の倭国と畿内の日本国と別け
とるわい。土器は流通圏に過ぎんけぇ妄想大和の根拠にゃならんよ。
あんたと思想の大和畿内王権内的発展拡張自体が左翼の自民族発展段階説を
前提としとるけぇ、左翼そのものじゃないか(笑)。
 8頭身は寒冷適応しとらん南方体型で低顔も南方系じゃに可笑しなことを
云う。
>>77
どう見ても低顔の南方縄文形質。
http://ds.gimhae.go.kr/sub/02_01_02.jsp
ここに礼安里の人骨から復元された伽耶の武人が出とるが、
上が12号墳の高顔、狭顔(高上顔)の北方新モンゴロイド。
下の方が41号墳のエラの張った広顔、団子鼻、広鼻(広低上顔)の
南方古モンゴロイド。
 それは、日本の北方渡来系新モンゴロイドと古モンゴロイドにも当てはまる。
http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%B8%84%E6%96%87%E5%BC%A5%E7%94%9F%E4%BA%BA%E9%AA%A8.jpg
右の弥生人(北方渡来系)は、上の「高上顔」の人骨とそっくりで、
左の縄文人は、「広低上顔」の人骨とそっくりでエラの張った団子鼻と思われる人骨。
盾を持ったり位が高い歩兵クラスが 上2つは歩兵は北方系、兜や防具を
付けて無かったりする下級の歩兵は 下2つは、南方系ですね。
上の方が南ツングース、ワイ貊系で面長な狭顔。
下の方は現地の韓人、倭人系で縄文的な広顔、広鼻。
平均顔は西洋人からみても、
http://livedoor.4.blogimg.jp/ko_jo/imgs/6/1/617e7161.jpg
人類学的に云うたら、アジア東部じゃ比較的鼻筋の通った高顔が
日本人、朝鮮人、モンゴル人で、中国人モデル平均顔は、稲作地域の
華南人ゆえ、台湾やタイ、ベトナム同様の広鼻低い顔になる。
まあ、縄文系も広鼻、低顔云う面じゃ東南アジア、中国南部、台湾に似とるよ。

80 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN 0
>>77
>>79の続き。
 武人、兵士の階級は日本も上位北方系、下位足軽は南方系で同じ。埴原和郎氏も、
『面白いのは雛人形の顔つきである。「京びな」は やはり瓜実顔で眼が細く、
鼻の幅が狭くて口が小さく、中高のふっくらした顔に作られている。
 これに対して「関東びな」はどちらかといえば丸顔で 目が大きく、鼻の幅が
やや広くて口は大きめである。
要するに京びなは 公家顔、関東びなは庶民顔といえそうだが、その好みの
境界線が新潟、 長野、静岡の各県を結ぶ線に一致するという話もある。
 雛人形の好みも 他の東・西日本文化の違いに重なる。
ベルツの薩摩タイプは多少とも縄文人の特徴を残すものであり、
長州 タイプは、渡来した北東アジア人の影響を示すものと考えざるを得ない。
 島原の乱を描いた絵である。ここに描かれている足軽は、応仁の乱で
略奪を働く足軽より人のよさそうな顔つきだが、四角っぽい輪郭、団子鼻、
ドングリ眼などの特徴は見事に共通している。
 一方武将たちの 顔は面長で鼻筋が通り、いかにも家柄がよさそうにみえる。
前者が縄文系、 後者が渡来系の特徴であることは改めていうまでもない。』と。

81 :世界@名無史さん:2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN 0
>>79
>土器は流通圏に過ぎんけぇ妄想大和の根拠にゃならんよ。

畿内系土器と前方後円墳がセットになってるわけだから畿内の影響だろう。
おまえって少しでも渡来系遺物があるだけで、
ためらわなく渡来系と決め付けるくせに、
逆は全く認めないのだな、このくそ左翼が。

>どう見ても低顔の南方縄文形質。

どうみても典型的韓国人。
というか形質人類学なんて古い。

あと金官に北方系が来たのは事実だが、だから何なんだろう。
彼らは日本に来た痕跡はないし死に絶えただけだろうね。

82 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN 0
>>81
 前方後円墳なんか全国に拡散した流通権を支配に捏造する左翼畿内王朝
拡張に転化してもつまらんよ。あんた左翼の癖に、わしを左翼じゃの、
わしゃ左翼の自国美化ユートピア思想なんか持ち合わせとらんど(笑)。
形質人類学は世界中で講義される学問じゃに、古い新しいじゃの、
流行に左右される軽薄な若い連中の典型の真似してもつまらんわ。
 日本は北方渡来系形質の痕跡だらけで、縄文系がマイノリティじゃに、
あんたら左翼らは、自民族拡張論妄想ばっかしじゃのう(笑)。

83 :世界@名無史さん:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN P
全ては4世紀の記録を残さなかった中国に責任がある。謝罪と賠償を(ry

84 :世界@名無史さん:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN 0
>>82
>前方後円墳なんか全国に拡散した流通権を支配に捏造する左翼畿内王朝
>拡張に転化してもつまらんよ。

畿内系土器の拡張は支配権の証拠だ。
あんた左翼の癖に、わしを左翼じゃの、
わしゃ左翼の自国美化ユートピア思想なんか持ち合わせとらんど(笑)。

>縄文系がマイノリティじゃに

日本において華北(北方)系は15%くらいじゃ。
あんたら左翼らは、自民族自虐論妄想ばっかしじゃのう(笑)。

85 :世界@名無史さん:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN 0
東晋にそんな力は無いだろう。
南朝の王朝も、後漢や曹魏の時代の記録をそのまま使いまわしていくしかなかったろう。

86 :世界@名無史さん:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN P
南朝と倭国は交易通好をしていたから記録が残り
使持節、都督倭任那加羅秦韓慕韓新羅六国諸軍事という
半島南部の司法権、警察権、動員権、徴発権、軍事指揮権を与える官職を授けているのだがw

87 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>84
あんたの内的発展段階説、自民族拡張思想自体、左翼じゃないか(笑)。
http://www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub19.html
 ここの●日本歴史のビッグ・バンに、下野氏が「マルクス史観は、なにせ
社会の内的発展が歴史の動因なんだから(自民族発展段階説)先史の解釈に
関する限り、皇国史観以上に万世一系的だったと思うよ。縄文が発達して、
弥生になり、弥生の内的発展が古墳時代を招いた… 江上・騎馬民族説が
発表されたとき、歴史左派からの批判、ずいぶん激しかったようだもの。」
●騎馬民族 来た!?来ない!?で、佐原氏が同類左翼の穴沢氏の引用で青字の
「現代の考古学界は、民族移動・移住・征服などよりもどちらかというと
地域的な住民の内部的要因による社会発展(文化進化)のほうをもっと
重要視する方向に動きつつある。」
下野氏が「なんのことはない、昭和20年代、マルクス史観の亡霊じゃ
ないか。渡来系の影響を、できるだけ少なく見積もろうとする
万世一系・のっぺり史観です。」
 江上騎馬民族説の批判者云うたら左翼共産主義者の藤間生大氏じゃが、
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/demo&pato.html
ここに、「藤間は『民族的なほこりを全民族に知らせて、わが民族が
自信をもつ』ために、記紀神話に登場するヤマトタケルを『民族の英雄』と
して再評価することを唱えたのである。」
 以下、藤間氏の政治的立場が戦後左翼マルクス主義歴史学の代表者
じゃったが、架空妄想したまで自民族の自信を国民に植え付けたいらしい。

88 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>84
 あんたら左翼と違い、わしは伝統保守思考が強いけぇのう。
今は、左翼トロツキー主義の新保守所義、新自由主義が新しい左翼運動じゃのう。
http://ktmhp.com/hp/maruo12/7/12
『ほんとうの保守は、歴史に対する悲劇的な感覚を持つ。歴史の進歩を簡単に
信じない。人間は誤りやすい存在で、その誤りをどう防ぐかということを考える。
また、政府は人間の自由を侵す敵だと考える。
しかし、いまネオコンがやっているのは、米国的価値観を外国に押しつけることだ。これは過激思想であり、
ユートピア思想だ。保守ではなく、左翼だ。』アンドリュー・べースビッチ氏。
http://sei7810.iza.ne.jp/blog/entry/1729302/
『【左派】
要約:「人間の理性によって理想社会を作ることが可能であるという立場」
・国家重視派:共産主義、国家社会主義、設計主義、マルクス主義、
社会民主主義、ファシズム・・・ ・国家要らない派:アナーキズム
(無政府主義)、マルチチュード
【右派】
要約:「人間は不完全。人間の理性によって理想社会を作ることなど不可能で
あるという立場」
・保守:歴史の中で蓄積されてきた社会的経験知・良識・伝統のような
「人知を超えたもの」を重視。 同時に、「大切なものを守るために
時代に応じて変わっていかなければならない」と、 「復古・反動を避け、
漸進的改革を志向する」
・自由主義:個人の自由に対する国家の介入を嫌う
保守は、人間の「知的不完全性」「道徳的不完全性」を認めています。
エリートの 設計主義により理想社会を作るというスタンスを認めていません

89 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>87-88
あんたら左翼らは、自民族自虐論妄想ばっかしじゃのう(笑)。

90 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>84
 ちいたぁ、あんた自身が>>88の左翼国家重視派であることを自覚
せにゃあ(笑)。
 華北は北方系じゃけど中国南部の南方系との混血を多かろうに。
日本は、西日本で北方渡来系80%〜90%で縄文南方系20%〜10%くらい。
東日本は北方渡来系70%で縄文南方系30%くらい。
朝鮮じゃ北方渡来系80〜70%で縄文南方系20%〜30%くらい。
>>86
南朝へ朝貢したんは、当時南朝鮮〜列島で一番軍事力のあった加耶の
北方系支配層のこと。
じゃが、南朝の序列は、伽耶、倭の安東大将軍は、官位じゃ四安将軍たる
三品下で、百済は同時期に第三品上の四鎮将軍の鎮東大将軍より
劣っとった。
高句麗の車騎大将軍は、第ニ品で別格じゃし、高句麗>>百済
>伽耶・倭の序列よのう。

91 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>90
>華北は北方系じゃけど中国南部の南方系との混血を多かろうに。

ならば北方系の血などもっと薄くなろうに。

>南朝へ朝貢したんは、当時南朝鮮〜列島で一番軍事力のあった加耶の
>北方系支配層のこと

しょぼくて貧相な地下墳墓しか作れないのに支配層じゃにゃぁわ。
大和朝廷に支配されとった弱者じゃけんのう(大笑い)。

ちいたぁ、あんた自身が左翼国家重視派であることを自覚せにゃあ(笑)。

92 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
>>90
偉大らしいのに自らを記した物がなく衰退した雑魚ホッポーカクボジン教をまだ崇めているのかw

オマエ宋書も漢文さえまともに読めないのに何を言ってるの
広い国と言ってるだけど言った青牛、じゃあ訳してみろよと言ったら逃走する青牛w
逃走するしかないよな、広い国で訳せば訳がわからない文になるから

93 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
ネット右翼と言いながらサヨク云々と言ってしまう牛はあほなんだろうか
ミンス政権の時でさえ慰安婦問題の証拠は出なかったのに、糞みたいな証言やポエムで唾を飛ばす牛

牛は朝鮮人の肩を持つなら生きた証拠のコピノを助けてやれw
【韓比】フィリピンの福祉団体「韓国人の血を引くコピノ、私たち韓国社会が支援しなければ」[07/29]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1375073740/

94 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
漢文読めないのに古代史やろうなんておこがましい
励め

95 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN P
>>90
南北朝時代の将軍号は名誉称号、実権を伴う官職は

南朝宋代の序列が倭国>百済>>高句麗
倭王が使持節・都督六国諸軍事
百済王は使持節・都督百済諸軍事
高句麗王は使持節・督二州諸軍事或は持節・都督二州諸軍事。

南朝梁代の序列は高句麗>倭国>>>百済>>>>>新羅
倭王が持節・督六国諸軍事
百済王は無節の都督百済諸軍事
高句麗王は持節・都督二州諸軍事
新羅は無官(失笑)

96 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
朝鮮人は半島を日本かシナに明け渡したら?
竹島問題でトンデモ主張するなら日本やシナは半島そのものを貰っても良いレベル

97 :世界@名無史さん:2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN 0
職貢図にも新羅は倭の属国だったから朝貢出来なかったとあるからねえ

98 :世界@名無史さん:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
>>96
>半島そのものを貰っても良いレベル

いらないよ、気持ち悪いし。

99 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
>>91
 大和朝廷なんか、そもそも加耶木槨墓人が支配した時代に存在せんよ(笑)。
大和朝廷自体、左翼内的発展段階説概念じゃに。
>>92
あんた、漢文読めるんか?(笑)。あんたの漢文の素養をここで披露して
みたらどうか?
>>93
ネット右翼は、ナチと同様、日本帝国の国家社会主義ファシズム信奉者
じゃけぇ>>88の『【左派】 要約:「人間の理性によって理想社会を
作ることが可能であるという立場」
・国家重視派:共産主義、国家社会主義、設計主義、マルクス主義、
社会民主主義、ファシズム』と、なるのう。
慰安婦問題の強制連行や軍関与は、部下を見捨てて逃げた連中以外、
最前線で戦われた多くの戦闘体験者の認めること。
 また、日本のお役人や政治屋の国内で証拠が無い扇情の幼稚さじゃの
世界に通用するわけ無ぁのにお馬鹿さんらじゃわい(笑)。
加害者である詐欺師や盗人が証拠を出せ云う台詞を真似たんじゃろうけど、
今は戦争体験者が回想証言を残せる時代で占領地での史料すら残せる時代
じゃに、時代錯誤も甚だしい(笑)。ナチスドイツもユダヤ人虐殺の公文書は
燃やしたけど、どうせバレることじゃけぇドイツは賢いが日本の上層部は
バレるもんに証拠が無ぁじゃの幼稚過ぎよう(笑)。

100 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
>>95
>>90の『南朝の序列は、伽耶、倭の安東大将軍は、官位じゃ四安将軍たる
三品下で、百済は同時期に第三品上の四鎮将軍の鎮東大将軍より
劣っとった。
高句麗の車騎大将軍は、第ニ品で別格じゃし、高句麗>>百済
>伽耶・倭の序列よのう。』 この官位すら解らん馬鹿がこのスレに
生息しとるたぁのう(笑)。漢文解釈以前の問題じゃし、お馬鹿さんらよのう。
>>96
領土問題じゃの双方の主張で、水掛け論に過ぎんよ。正当性なんかどの国でも
無ぁけどのう。
>>97
職貢図は、南朝の前時代図で新羅が弁辰の俗の髪型じゃし、加耶・倭の
北方木槨墓人支配の属国概念も成り立たんわ。

101 :世界@名無史さん:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
また牛がわいたか

102 :世界@名無史さん:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
>>99
>大和朝廷なんか、そもそも加耶木槨墓人が支配した時代に存在せんよ(笑)。
>大和朝廷自体、左翼内的発展段階説概念じゃに。

3世紀前半には千葉の神門古墳、
3世紀中〜後半には福島の臼ヶ森古墳、
鹿児島の端の陵など完成しておるわいのう。
おどりゃアホかw

103 :世紀の新発見!!:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
「倭の五王」ではなく、「倭の七王」だった!?〜隠れていた2人の倭王〜

413年/421年/425年「賛/讃」…仁徳
430年★「倭国王」…履中
438年「珍」…反正
443年/451年「済」…允恭
460年/462年「倭国/興」…安康
477年/478年「武」@…雄略
502年※「武」A…武烈

★430年の「倭国王」は履中。 → 438年「讃の弟珍立つ」
 430年に朝貢した「倭国王」が「讃」ではなく、「讃」の子で、
その8年後の438年に「珍」が朝貢した時に、倭国の使臣が「先代の弟」と説明したとすると、
台与以来約150年ぶりに朝貢してきた倭王「讃」のイメージが強烈だった中国側にしてみれば、
名前不明で影の薄い先代「倭国王」の弟ではなく、先々代「讃」の弟と記録してしまった可能性がある。
 つまり【父「讃」→「倭国王」/「珍」兄弟】ならば【父(仁徳)→(履中/反正)兄弟】となり、大和朝廷の大王系譜と合致する。

※倭王「武」は2人いた。
 502年梁の「武」帝が征東大将軍に進号した倭王「武」が、477年/478年の倭王「武」(興の弟)とは別人で、
雄略(幼武)の孫の武烈とすれば、雄略の没年489年や、雄略没後の大混乱(24年間の朝貢中断)とも整合する。

ゆえに
@讃(仁徳)→A倭国王(履中)→B珍(反正)→C済(允恭)→D興(安康)→E武1(雄略)→F武2(武烈)
「倭の七王」となる。

104 :世界@名無史さん:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN 0
>>100
水掛け論w
果てはあるから決着が付く
キムチ民族の後先論なら日本やシナは圧倒的有利だわ

妄想垂れてないで牛流に訳してみろよバカ牛
お前の主張がデタラメになるから出来ないんだろ

105 :世界@名無史さん:2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN P
>>100
漢文も読めない、歴史の知識も無い哀れな老害に何を教えても無駄だが

南北朝時代の将軍号は名誉称号
実権を伴う官職はどうだったかというと以下の通り

南朝宋代の序列が倭国>百済>>高句麗
倭王が使持節・都督六国諸軍事
百済王は使持節・都督百済諸軍事
高句麗王は使持節・督二州諸軍事或は持節・都督二州諸軍事。

南朝梁代の序列は高句麗>倭国>>>百済>>>>>新羅
倭王が持節・督六国諸軍事
百済王は無節の都督百済諸軍事
高句麗王は持節・都督二州諸軍事
新羅は無官(失笑)

人類学の見地から判断して、言語や文化の異なる高句麗と新羅もそうだが
↓を見れば朝鮮民族と韓民族が互いに異なった異民族であるのは明々白々


北鮮 http://img3.cache.netease.com/photo/0005/2010-06-13/692JNNDE3KT30005.jpg
南韓 http://i.imgur.com/y6OgflN.jpg


北鮮 http://d24w6bsrhbeh9d.cloudfront.net/photo/153075_700b.jpg
南韓 http://i.imgur.com/MFgOjmP.jpg

106 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN 0
>>102
 捏造体質の日本の時代区分じゃ、文化相対主義に欠けたファシズム
国家社会主義か共産主義の史観でしか無ぁわ(笑)。
>>103-104
日本の記紀に南朝への朝貢記録すら無ぁのに、語呂合わせが如く人物推定
たぁ幼稚過ぎよう(笑)。
>>100のように、官位は、車騎大将軍は、第ニ品。四鎮将軍の鎮東大将軍は
第三品上。四安将軍たる安東大将軍は、第三品下。と決まっとるのに、
捏造してもつまらんよ(笑)。
人類学的にゃ西日本は北朝鮮の方に近いよ。まあ北朝鮮代表の男子にゃ
南出身の在日も含まれとるけど。

107 :世界@名無史さん:2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN 0
任那やぶれてゴロニャーン(562)

108 :世界@名無史さん:2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN 0
>>106
>捏造体質の日本の時代区分じゃ

はいはい、ぶざまな念仏みじめじゃのう(笑)

109 :靖国参拝、皇族、国旗国歌、神社神道を異常に嫌うカルト教団:2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN 0
★マインドコントロールの手法★

・沢山の人が偏った意見を一貫して支持する
 偏った意見でも、集団の中でその意見が信じられていれば、自分の考え方は間違っているのか、等と思わせる手法

・不利な質問をさせなくしたり、不利な質問には答えない、スルーする
 誰にも質問や反論をさせないことにより、誰もが皆、疑いなど無いんだと信じ込ませる手法


↑マスコミや、カルトのネット工作員がやっていること

TVなどが、偏った思想や考え方に染まっているフリや常識が通じないフリをする人間をよく出演させるのは、
カルトよりキチガイに見える人たちを作ることで批判の矛先をカルトから逸らすことが目的。

リアルでもネットでも、偽装左翼は自分たちの主張に理がないことをわかっているのでまともに議論をしようとしないのが特徴。

...

110 :世界@名無史さん:2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN P
>>106
人類学的にチョンだけ顔付きが明らかに南韓だよねw
他の朝鮮国代表とは全く異なるアノ国に特徴的な骨格

111 :世界@名無史さん:2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN 0
>>106
貴様の信頼できる時代区分言ってみろ、ホモ野郎

112 :世界@名無史さん:2013/08/03(土) NY:AN:NY.AN 0
シルミド
http://video.fc2.com/content/%3D%3D%28%E6%98%A0%E7%94%BB%29%20%20%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%89%3D%3D/20130704AQeSAELS/&tk=T0RNMk5qWTVOVGc9
高地戦
http://video.fc2.com/content/%E9%AB%98%E5%9C%B0%E6%88%A6%EF%BC%88%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%80%E5%90%B9%E3%81%8D%E6%9B%BF%E3%81%88%EF%BC%89/20130714fhug1uQU/&tk=T0RNMk5qWTVOVGc9

韓国映画でも、北朝鮮人(役)は韓国人(役)より面長な顔の傾向があるね。

113 :世界@名無史さん:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN P
名無し「〇〇って▲▲じゃね」

白馬青牛「〇〇は××に決まっておろうに、ヤスクニ・カルト
にマインドコントロールされ・・・」

名無し「政治思想板でやれよ」

白馬青牛「わしは、わしは、わしは・・・」

名無し「どっかいけよゴミ屑」

白馬青牛「ゴミ屑たぁ何なら、礼儀を知らん・・・」

114 :世界@名無史さん:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN P
---------------------(二日後)-----------------

名無し「〇〇って▲▲だよね」

白馬青牛「「〇〇は××に決まっておろうに。あんた答えん
かったが瀬島龍三氏は、赤の売国奴かどうか? あんた真っ
赤な空気が嫌いなんじゃろ?」

名無し「専門スレでやれ、ハゲ」

白馬青牛「わしはハゲとランド。・・・戦前の日本の上層部は隠蔽
体質じゃったよ・・・」

名無し「頭頂部の写真うp」

白馬青牛「厭じゃのう。替え玉の可能性もあるけぇ、無名の
わしから歴史上の人物、現代の著名人も含め人物の証明なん
か出来んよ。写真すら他人のものかも知れんけぇ、証明の
手段にならん。」

名無し「うぜぇハゲだな。どっかいけよ」

115 :世界@名無史さん:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN P
---------------------(一日後)-----------------------------
名無し「〇〇って▲▲だよね」

白馬青牛「在特会が・・・、ネトウヨが・・・」

--------------------------------------------------------------
                     ×10年間(ほぼ毎日)

相手にしないほうがいい

116 :世界@名無史さん:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN P
>>113-115
自演乙

117 :世界@名無史さん:2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN 0
>>114
考古学板じゃ瀬島スレ建てられてんだぜ
あとクソ牛専用スレまで

118 :白馬青牛 ◆8mr41B7alChB :2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN 0
>>111
 年代区分は同時代現象として、近隣諸国と共通の年代を出す方が
真っ当じゃに、起源論じゃの時代錯誤も甚だしい、
日本の軍部国家社会主義時代の価値観を戦後左翼が引きずっとるんよ。
>>112
 北朝鮮の方が北方渡来系の影響が強い。
>>113-114及び>>115-117
 扇情工作連投たぁ幼稚なのう(笑)。

119 :世界@名無史さん:2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN 0
>>118
おまえ言うことないなら来んなよ
スゲー邪魔

120 :世界@名無史さん:2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN 0
>>118
時代錯誤は広い国とか言っちゃうお前だろ老害w
書かれてない歴史を純度100%に近いレベルで妄想し、それが正しい歴史と思う牛w
牛のホッポーカクボジン妄想脳だと、米風のシャツを着てる奴が出てきたら米人と主張し始めるな
墓に米製の何かを入れておけば、玄孫辺りで「わしの祖先は米国人じゃに」と言い出すレベル
シッキム王国を見てネパール人が支配層だとほぼ確実に誤解する思考をしてるな

121 :世界@名無史さん:2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN P
純度100%の妄想www
良い表現だわw

122 :世界@名無史さん:2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN 0
正直任那語りも飽きてきたな

この時代は熱さが足りない

123 :世界@名無史さん:2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN 0
妄想家には人気がある時代

124 :世界@名無史さん:2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN 0
日本側も最小公約数的な見解はまとめておかないと、またバカチョンのプロパガンダに悩まされることになる

125 :世界@名無史さん:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN 0
語る事がないな

126 :世界@名無史さん:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN 0
このスレは無事みたいだな

127 :世界@名無史さん:2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN 0
>>112,>>125
知らないだけだろ。
磐井の乱から近江毛野のドタバタとその原因となった当時の朝廷や
高句麗・百済・新羅・任那の四者関係しらべるとむちゃくちゃ面白い

128 :世界@名無史さん:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN 0
>>127
倭国の高句麗戦争全4回戦も楽しいね
結果的に倭国の敗退だが、高句麗が百済を制せば、すぐさま倭国が反撃
高句麗が倭国と戦えば、背後の燕鮮卑が高句麗国境を超える
鮮卑と向き合えば倭国が北上する!
現代の日本人よりよほど国際政治とその嗅覚に長けていたようだな

129 :世界@名無史さん:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN 0
鮮卑が高句麗と正面切って戦った事あったっけ?
連中は中原進出が目標だから、一撃粉砕して従属させればそれで赦してたろう

130 :世界@名無史さん:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN 0
>>129
前燕は高句麗を一度滅ぼしてるよ
先祖の遺骸と財宝を奪い去って朝貢もさせてる
高句麗は全部で三回滅んでる

131 :世界@名無史さん:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN 0
●流出しようとこの板は過疎であったか

132 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
>>1
まず、任那日本府の歴史を認めるのなら
日本側は邪馬台国=大和朝廷で、
卑弥呼=モモソ媛命(孝霊天皇の皇女)と認めないといけない。

133 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
任那日本府の正式名称は
任那倭宰な。
つまり、これって軍事基地。

134 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
府というのは行政官庁を指す詞
それくらい常識だろ

135 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
さらに言うなら将軍府のこと
中央政府の許可なしに独自の裁量権が与えられた
『幕府』ってのは日本語かも知れないが、内容は同じ

136 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
将軍府は将軍と府の合成語
府とは行政官庁を指す詞、無知は書き込むなよw

137 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
>>133
いわば古代のGHQだなw

138 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
これって、最近の歴史教科書ではどうなっているの?
まあ、倭の五王の上奏文についての資料で
それっぽいこと勉強するんだろうね。

139 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
>>138
古代史なんかマイナーだからバカチョンの妄言に騙されるヤツは多い
正しい知識で理論武装しておきたいものだね

140 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
平安以降は大河ドラマでもよくやるだろう?小説でも何でも。

でも、古代に関しては、まったくやらないから、日本人の中でも確固たる歴史感なんてないので
トンデモ説が出回る下地ができてしまっている。

いつまでも、旧皇族の竹田みたいに
天皇が100歳以上だったとして素直に読めとかいう馬鹿がいるから
一向に、この時代の歴史研究がすすまないんだ。
やつは、卑弥呼と大和朝廷の関係を否定したがっているけど
卑弥呼は皇族のモモソ媛命だろう、どうみても。

141 :世界@名無史さん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN 0
卑弥呼に対するお前の見解も圧倒的に少数派だろう
せいぜい他人を馬鹿にして自説にこだわればいいさ

142 :世界@名無史さん:2013/09/01(日) 04:23:11.86 0
>>137
正当性のある日本とGHQを同じにすんなよなー

143 :世界@名無史さん:2013/09/01(日) 12:34:56.02 0
GHQは熊津都督府とか鶏林都督府だよな
任那日本府は箕氏朝鮮みたいな物

144 :世界@名無史さん:2013/09/01(日) 14:52:21.04 0
前方後円墳のある南西部の栄山江流域と金官伽耶とは遠いな。
栄山江流域に任那日本府があって、金官伽耶は大和朝廷の属国だろ。
広義では金官伽耶も任那かな。

145 :世界@名無史さん:2013/09/01(日) 14:56:34.44 0
>>140
>卑弥呼は皇族のモモソ媛命だろう、どうみても

箸墓は3世紀後半だよ。
歴博は強引に3世紀中頃にしようとしてるが無理だ。
ホケノ山が3世紀中頃だろうね。

146 :世界@名無史さん:2013/09/01(日) 19:54:15.83 0
>>144
小任那は早くから倭人の殖民地として開発が進んでいたから
倭人土豪が乱立していて、支配者は海峡の対面である本土九州に居たんだよ

栄山江流域は未開で統合された政治権力が無く
倭人首長層による開発併合が進んだ

147 :世界@名無史さん:2013/09/06(金) 22:29:18.81 0
>>55
亀だが府ってたとえば東晋だと北府軍と西府軍があったんだが
この府というのは将軍府(あるいはそれに近い意味)を意味するの?

148 :世界@名無史さん:2013/09/06(金) 23:31:59.65 0
>>147
おそらくね
中国はもともと地方は軍政だからトップは軍人
頻繁に反乱で国が滅びるのもそのせい

149 :世界@名無史さん:2013/09/07(土) 00:30:18.11 0
>>147
意味しないよ、意味しない、全く意味しない
意味しない、解ったね?意味しないと。

北府、西府軍は軍権も付与された行政府の抱える軍に主眼を置いた呼称
中央軍だけで対処仕切れなくなると
地方政府に軍権も兼務される様になるのが中国の歴史

150 :世界@名無史さん:2013/09/07(土) 09:31:54.01 0
なんでスレ消えてるのに書き込めるんだろう

151 :世界@名無史さん:2013/09/07(土) 09:35:23.33 0
【伝統的中国人】の多い地域を内郡、異民族の割合の高くなる地方を辺郡と言う
辺郡は事実上の軍政
中国の歴史はほぼこの通り

152 :世界@名無史さん:2013/09/08(日) 09:45:33.18 0
>>148
上が軍人じゃなくとも世界は反乱だらけだから関係ないと思う

153 :世界@名無史さん:2013/09/08(日) 12:25:07.93 0
>>147だけど>>148-149のどっちが正しいんだw
西府軍の府はどういう意味だったんだ

154 :世界@名無史さん:2013/09/08(日) 23:33:06.66 0
西軍府ではなく西府軍なのだからお察しだよな

155 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 00:04:08.91 0
つまりなんとか府は中央からみた地方政府ってこと?

156 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 00:53:44.84 0
もち、なんとか府は地方政府
当時は軍を兼ねるのが慣習化してたけど基本的には軍とは別組織

157 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 04:12:44.15 0
>>153
「府」が軍事機関か行政機関かという定義付けはなく、
個別のケースで両方の用例がある。
ただし行政機関だとしても軍事施設を併設してるニュアンスの強い文字ではある
任那日本府の場合は
東部の加羅諸国に対しては軍事指揮権を発動するだけで内政には関与しないが
西部の四県二郡は直轄領だから行政権を行使している

158 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 07:48:33.94 0
任那日本府なんかなかったんだよ。
任那も日本府は8世紀の史官の捏造。
しかも、同時代史料の好太王碑によると倭軍は敗退してるから。

159 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 07:58:42.09 0
倭人が半裸でウホウホ言ってた時代に、文明国の高句麗に勝てるわけないもんな。
倭国より先進国の百済を支配してたなんて妄言もいいとこw

160 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 10:02:54.39 0
>倭人が半裸でウホウホ言ってた時代に
へぇ。
「倭人」は南洋の土人にも使う言葉なんだ。

161 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 10:38:57.86 0
魏志倭人伝の記述だと、倭人は南方系の半裸に近い衣装。刺青までしている。
倭の五王時代の倭国使を描いた職貢図巻でも、そのように描かれている。
一方、同時期の百済使節は中国風のきちんとした装束。

ウホウホ呼ばわりは当然だな。

162 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 11:04:26.49 0
卑弥呼の時代はそうだろな
でも流石に正史に書いてあるので朝鮮南部が日本の属国もしくはそれに準じる扱いだったことを否定することはできないな

163 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 11:21:29.13 0
>>161
いや、オレはあの職貢図の絵は好きだよ
明らかに中国文化と相容れない異質な格好
百済は基が高句麗だという伝承通り、完全に中国文化に浸っている
日本倭人が南方系という証明と共に、中国と距離を置いていた証にもなっている

もっとも、あの職貢図の絵は魏志倭人伝の内容を絵画化したものでしかないが

164 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 11:25:39.24 0
>>158
前方後円墳がわんさかありますがな
新羅では勾玉などの倭系遺物も多い
無論当時は【日本府】ではなく【倭府】だろう

165 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 12:31:15.97 0
結局、鉄だって。
鉄のために半島に足がかりを持ってただけ。
諸説あるが日本で鉄を自活できるようになるおおよそ6世紀以降は、
急に半島への執着心が薄れてる感じだ。
白村江だって本当は関わりあいたくなかっただろうけど、
友好国百済のために嫌々出兵したのだろうな。

166 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 13:25:45.64 0
日本で鉄を自活できるようになったのは3世紀
>>157
そんな意味合いは無い。
開府という権能からも解る通り、一般に府というのは行政組織を意味する詞。

167 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 16:47:59.09 0
>日本で鉄を自活できるようになったのは3世紀

日本の鉄の自活が3世紀とは初耳だ。
3世紀に鍛冶遺跡はある。が、
鉄資源自体は6世紀頃まで半島南部に頼ってたと思うが。

168 :世界@名無史さん:2013/09/09(月) 22:09:29.83 0
「中国では高句麗や渤海が中国の属国という事になっていた」・・韓国人留学生、中国に広まる間違った韓国情報の調査開始
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1378719856/l50

169 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 00:55:54.89 0
>>167
大量生産となれば旧真番郡の跡地の任那に頼っていたんだろうな
魏志韓伝を見ると、辰韓(秦韓)弁辰は中国人の末裔国家だったようだし
倭国の砂鉄を輸入して鉄を売っていたとしたら、共存共栄だ
漢書でも倭人が半島をうろついてる様子が描かれている

170 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 02:45:15.68 0
日本も早い時期の製鉄は鉄鉱石を使ったもの

また鉄器の成分から半島産で無いと判明してる

171 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 10:59:51.56 0
成分とかまで解ると面白いね
ま、バカチョンはあーだこーだ認めないだろうが

172 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 15:43:01.02 0
>>170
>また鉄器の成分から半島産で無いと判明してる

そういう場合、ソースを示してくれ。
弥生時代、釜山の萊城(ネソン)遺跡では北九州系土器が94%にもなる。
倭人が半島南部で鉄を採ってた証拠なのだが。

173 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 17:59:47.41 P
>>172
半島南部で弥生土器が優勢なのは、倭人の断続的な入植によって
倭人の勢力圏となってた証拠にしかならんのだが。

174 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 19:13:52.99 0
>>170
鉄鉱石ってあれか?草の根っ子に鉄が固まったやつか

あと、輸出品は丹(水銀)だと思う
あれは基本化粧品だったようだ。需要はあったろう

175 :世界@名無史さん:2013/09/10(火) 19:19:23.40 0
丹って建物に塗るほうが需要大きい気がするがそうでなかったのか

176 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 02:00:41.04 0
>>175
ホケノ古墳という最古期の古墳の玄室は丹で真っ赤に塗られていたね
死体を防腐剤の役目を果たすと考えられていたようだ
あまり関係ないかな

177 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 03:25:57.74 0
職貢図の倭人が着てる服はどう見ても、童子の仏像と同じ
土人つうかインド人だな

178 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 09:05:16.60 0
>>177
中国史書で南方世界を記したもので頻繁に【横幅】という表現で示される服装があるが、
どうやらこれは腰巻きのことらしい
そういうものからあの職貢図は描かれているのでは?
…とは思うが、梁の時代は倭国は使者を何度か送っていて、全くの想像図とも思えんねぇ
謎だわ

179 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 10:26:06.29 i
中国人から見て、いかにも遠くからきたように見えるエキゾチックな格好をしていったほうが待遇も良くてお土産も沢山もらえたんでは?

180 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 15:11:10.20 0
>>173
>倭人の勢力圏となってた証拠にしかならんのだが。

その通りだよ。
だから鉄資源は主に半島に頼ってたということ。
もちろん倭人が自発的に採っていた。

181 :世界@名無史さん:2013/09/11(水) 23:11:59.37 0
大陸の鉄器とは異なる鍛造鉄器が前3世紀になると登場し始め
紀元前後になると日本中に普及する様になる
これらは日本国内で採れる鉄を製鉄して造られた物

182 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 08:16:59.69 0
>>179
職貢図の現存する全部を見ると黒人とかもいるし、遥かにエキゾチックなのがいるな

倭人はあとになって中国かぶれになっちまって、あの服装を止めたのが残念だね
ま、年中あの格好じゃ寒いだろうなあ

183 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 08:54:26.46 0
>>182
埴輪などとも違うし、本当にあんな格好してたのかな?
中国系帰化人の外交官が、遠国からの使者であることをアピールするために船が港についたら慌てて仏像を参考に作ったコスプレに着替えてたりしてw

184 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 10:52:39.68 0
生の倭人を見たことなかったから、横幅という文献資料から適当に妄想したんじゃないの?
頭に布を巻いてるってのも、たぶん鉢巻のことだろうし、あの図は中国人の妄想の可能性が高い

www.geocities.jp/qsshc/cpaint/kamakura/seitaka.jpg

185 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 18:35:16.10 0
埴輪の服装(神話の大国主命とかの服装)は6世紀代のものだから、
5世紀の五王時代は、職貢図のような南方風の半裸体だったんじゃないの?

186 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 19:48:41.50 i
東南アジアならともかく、日本で真夏以外あんな格好してたら風邪ひきそうw
とはいえ、五世紀初めは西日本は一世紀頃から始まった温暖化のピークだったと言うから、六世紀になって冷えこんできたから服装が変わったんかな?

187 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 20:11:59.05 0
アフリカの部族王国の王様だって、上半身裸だったり布を巻き付けてるだけだったりするからな。
倭人の王や有力者が半裸でもおかしくないだろう。

188 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 21:06:41.65 i
>>187
てか西洋文明の理想?たる古代ギリシャからして何かというとすぐ脱ぎたがる裸族だしなw

189 :世界@名無史さん:2013/09/12(木) 22:02:56.62 0
ローマのトーガも布まきつけてるだけや!
それが後に不評で儀式や一部趣味人しかきなくなったのは今の日本の和服に似てるw

190 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 00:01:15.28 0
平安時代の庶民がきていた直垂は、埴輪の服の発展系らしいね
胸紐とか残ってる

191 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 01:35:11.50 0
>>183
そこだよね、最大の謎は
埴輪だと柔道着のような服を着てる
あれは鮮卑などの騎馬民族が着てる服だ。鎧の下に着るためのね
そこから騎馬民族征服説を説く向きもある
まあ、あの服自体は始皇帝の兵馬傭にもあるんだが

192 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 01:37:49.69 0
>>187
おっしゃる通り
エジプトもメソポタミアも王族は半裸、裸足
肉体を隠すのが理知的というのは儒教の勝手な定義でしかないね

193 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 01:38:30.45 0
>>190
するどい指摘

194 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 01:48:33.76 0
>>192
気候がちがうじゃんw
基本的に凍死が起こり得るような場所だと布を多く使うのが上層階級なきが
日本のでかい袖の類も無駄に贅沢だし

195 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 01:51:47.62 0
夏は暑いし冬は寒いというのが特色だからなあ
調節したくはあるだろう

196 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 02:40:54.26 0
弥生時代は30センチ前後の幅の布しか作れなかったようだから、
秦氏あたりが新しい機織技術をもってきた時点で服装は変わってそう。

197 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 18:08:46.63 0
>>196
4世紀くらいまでは、褌に鉢巻きくらいしか身につけてなかったんだろうな。

198 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 19:15:53.64 0
こんな感じ
ttp://yamatai.cside.com/katudou/image/265-10.gif

199 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 20:09:25.53 0
>>196
30センチ布を縫い合わせりゃいいんじゃんwwww

弥生時代の古墳の副葬品は案外豪華だよ
素っ裸の土人が銅鐸やら鏡やら作るわけないだろ
もう少し勉強しろよ

200 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 20:33:32.88 0
弥生時代の古墳?
まあ大人と下戸じゃあ着てる服も違っただろう

201 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 20:37:19.01 0
倭人は鯨面文身していたというが、服を着込んでいるんだったら鯨面だけで良くて文身のほうは余り意味がなくなってしまう。
少なくともハレのときは裸になる習慣があったのではないだろうか?

202 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 20:38:08.00 0
弥生時代の再現図で男が黄ばんだタンクトップみたいなの着てるのなんだろね
魏志倭人伝すら、
「男子は皆露かいし、木綿を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。」
で貫頭衣なんて書いてないのに

203 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 21:43:16.15 0
>>191
>あれは鮮卑などの騎馬民族が着てる服だ

乗馬習慣とともに入ってきたのだろう。
それでもって騎馬民族説が成り立つなら、
今や世界中がジーンズにTシャツなんで、
アメリカ人に征服されたってのと同じ。

ネクタイやズボンもヨーロッパ本来の文化でなく、
騎馬民族のものらしいね。

204 :世界@名無史さん:2013/09/13(金) 22:09:12.72 0
江上波夫はゲルマン騎馬民族とかいってたぞ
ヴァイキングも騎馬民族扱い

205 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:21:48.90 0
>>202
そこで想定されてるのが、大工などが着てた前掛け
金太郎の裸エプロンね
腕抜きなんかもある意味後付けの袖といえる
ああいう古い服は下層民の間で長く伝えられていたのでは?

206 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:32:07.54 0
>>202
カントウイは女の服かもね
銅鐸の絵なんかでも上着着てるよ

ちなみにカントウイは映画グラデュエーターでラッセルクロウが着てたね
奴隷の服だった
作るの簡単だし、安価な服だったのかも

207 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 01:34:04.74 0
>>201
海士の連中の話の部分では海蛇よけのためにしてると書いてあるね
基本魔除けだと思うが

208 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:17:58.96 0
西日本でも山間部は糞寒くなるし、貫頭衣や腰巻や前掛けじゃ冬は越せなそう
毛皮を利用したか、冬服があったのか

209 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:25:06.58 0
単純に考えると毛皮だろうね
熊とかだと大きくていい
ちなみに冬はほとんど出歩かなかったと考えられている
江戸時代でさえそうらしいから、古代はなおさらだろうね

210 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 02:35:40.30 0
九州に熊っているのか?

211 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 12:43:45.06 i
真冬の半島北部で敵の返り血で赤く染まった褌一枚で暴れまくる倭人の戦士たちに戦慄する好太王w

『スリーハンドレッド』とか『コナン・ザ・グレート』の世界だな…

212 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 12:51:33.57 0
>>210
もう20年ぐらい見かけない。

213 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 13:28:18.05 0
>>210
鹿児島市の中学のグランドに出たことがある

214 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 14:41:16.62 0
九州のツキノワグマは絶滅した、とみなされている

215 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 18:28:11.84 0
まじかい
熊が出たから集団下校というのが普通にあったわが地方とはちがうなw

216 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 18:40:41.34 0
檀君神話によるとご先祖様のはずなのに、熊の胆の取りすぎで熊を絶滅させてしまった朝鮮半島w

217 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 21:40:53.47 0
韓国人「嫌韓定番素材、韓国人の顔型模型について」
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/29693275.html

22. 韓国人
弥生人は新羅、伽耶、百済、高句麗から渡った人たちである
伽耶が最初に滅び、日本に最初に渡って行った

218 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 21:57:11.72 0
>>216
そもそも檀君神話は一部の人間を除いて、民衆に普及してなかったんだろう
日本神話も日本人一般には普及してなかったろうしな

219 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 23:03:55.82 0
>>218
日本の場合、様々なパターンの神話・伝説が存在してて日本書紀はその異伝を細々と挙げている
日本書紀自体は政治的に整理されたものだが、神話のモチーフは豊富にあったはずだ

檀君神話なんか作られたの平安時代だぜ(もっと後か? )
ホントに古い伝承か分かったもんじゃない

220 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 23:21:40.48 0
まあ高句麗、百済、新羅の神話とは遠い感じだね
獣祖ってのは狩猟民族に多い

221 :世界@名無史さん:2013/09/14(土) 23:44:03.81 0
例のごとく一番古い神話は神話の統合性を保つため
結構あとから挿入されたと言うやつだろう

あと熊は一応朝鮮半島にいきのこってるみたいよ

222 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 00:58:37.26 0
はよ百済本紀みつかれや

223 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 10:56:41.43 0
韓国時代劇だと百済とか新羅とか加羅の連中はちゃんとした服装してるが、
職貢図の百済使節の服装から判断しても、史実でもそれなりの服装だったんだろうな。

それにひきかえ、半裸の倭人って・・・未開すぎる。

224 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 11:15:25.12 0
>>216
檀君神話の元になった熊トーテムは靺鞨人だった頃の名残り
その頃はロシア沿海付近(ウラジオスットクより北東)に住んでた
虎は高句麗族のトーテム(現地に虎いるしね)

225 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 11:24:24.07 0
ギリシアからの使者だったら謁見の時にここぞとばかりスッポンポンになるんだろうな

226 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 11:47:55.47 0
>>223
単に寒いからだろ、半島は
職貢図の倭人はそれなりに着飾ってるよ
肉体を嫌うのは単に儒教の解釈だ
【君子は心胆を労し、小人は肉体を労す】という言葉に表れている
北朝鮮の指導者像はまさにこれを地でいってる感じだ
ジョンイルと側近が小高い丘の上から労働者を指揮してる構図はよく使われる
あれが目指すべき君子像なんだろうよ

227 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 12:16:59.29 0
あからさまなレス乞食の釣りにかまうなよ

228 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 12:46:08.46 0
>>223
あの半裸に近い格好の倭人が、あの中国風の服装の百済を圧倒してたなんて、
常識的に考えたら理解できないよな。

229 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 12:55:38.43 0
>>228
ファッション誌買い込んで無理してオサレしたメタボのオタ対ガテン系のDQN
ガチでケンカしたらどっちが勝つと思う?

230 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 14:02:01.22 0
そもそも職貢図の倭人は魏志倭人伝の記述からの想像図
使者を送ってない時代のものだし、あの服装は仏像に見られることからインドのものと推測される

231 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 16:33:07.55 0
>>229
百濟や新羅は生産技術や政治制度でも倭国に劣っていたから
頭も良くないしな

232 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:01:49.12 0
PHP研究所
「知っていますか、任那日本府—韓国がけっして教えない歴史
 韓国がけっして教えない歴史」
http://www.bookservice.jp/ItemDetail?cmId=5997773
古代の朝鮮半島南部は日本が支配していた。韓国よ、事実から目をそむけるな!
第1章 多島海(半島)と黄海に雄飛した倭の国
第2章 任那の前方後円墳
第3章 任那小史—その呼称の出典から
第4章 任那の日本府
第5章 任那の衰退と復興会議
第6章 任那の調—滅亡してなお倭国、百済、新羅を翻弄し続けた任那
付章 任那諸国と関連する地名

233 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 17:56:24.64 0
>>231
どの国もまともにわかってないってのが正しいな

234 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 18:21:59.30 0
>>185

職貢図であやしいツボを持っている人がいるw

235 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 19:41:55.17 0
>>232
面白そうだな
高いけど

236 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 19:45:06.97 0
>>230
確かにそうなんだ
絵の隣に書いてある説明文はまんま魏志倭人伝だ
が、あれがホントに南朝梁の職貢図だとすると、倭国は数回使者を送っているので、実態を知っていたはずなんだ

237 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 20:47:45.74 0
倭国は梁に使者は送ってないよ

238 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 20:55:02.77 0
でも502年に倭王武が征東大将軍に進号されてるし、記録に残ってないだけで何らかのやりとりはあったんでは?

239 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 20:59:27.07 0
>>238

かもしれない。

240 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 21:32:08.74 0
進号っていうのは、新しい王朝になったときの自動的な処理でしょ
冊封国の使者がやってきたなら、まず朝貢したことを書く

241 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 21:57:27.92 0
梁が先王朝のデータを入手出来たか否か

242 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 22:17:18.29 0
あの絵の人物は合掌してるし、もしかしたらインド風の服装を着た仏教の僧侶なのかもしれない。

243 :世界@名無史さん:2013/09/15(日) 23:18:24.35 0
>>241
宋書を編纂した沈約は梁にも仕えた

244 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 00:00:55.60 0
>>243
倭国は主要国じゃないから
記録が引き継げたかどうかは運次第

245 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 00:58:53.73 0
斉代に編纂された宋書が、次の梁代に散逸してるとかワロス

246 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 01:50:44.27 0
まとめると

新王朝になったら冊封国の記録が引き継げるかどうかは運次第。

梁は倭王の官爵の位すら把握できてなかった可能性があるから、征東大将軍に進号できたのは、きっと倭から使者が来て以前のことを教えたからに違いない。
そのときの使者は朝貢しなかった。もしくは陳は梁から外交史料を引き継げなかった。

梁職貢図の倭国使の絵は、実際そのときに実物を見た者が書いた、もしくは見た者からの伝聞で書いたものがベースになっているのだろう。

247 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 06:23:36.80 0
いずれにせよ、倭人(倭国の使者)は半裸だったってことだな。

248 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 07:06:13.19 0
>>246
まあ、そんな感じ
最後が問題なわけだ

別に半裸でもそれほど恥じる気持ちはないな、個人的に
あの手のファッションは呉越の原住民の服装に近い。それほど忌むべきものではなかったと思う

249 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 07:08:07.03 0
>>247
韓国人は半裸だ!半裸だ!と言って喜んでるらしいね
東亞でそういう記事を読んだな

現状、20世紀まで半裸で過ごしていたのは朝鮮人の方なんだが
写真が残ってるしな

250 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 07:19:49.25 0
>>248
どう考えても、最後じゃなくて真ん中が問題だろ
文章が魏志倭人伝のコピペであることと矛盾する

中国がまともに外交文章を保存できないことを前提にする仮説にすがりつかんでも…

251 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 07:43:05.76 0
半裸は恥ずかしいのは確か。何事も中途半端なのは良くない。
ここは全裸で大陸の粗チン野郎どもにジャパニーズウタマ〜ロを見せつけてくる気概が欲しかった。

252 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 08:12:26.25 0
>>242

あー、なるほど。

253 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 08:13:21.08 0
裸国とか黒歯国は国名がかっこいいな。

254 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 08:25:04.90 0
日本の貴族文化でも、お歯黒は中国的でない独特の文化だな
黒歯国との関係が気になる

255 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 08:42:37.49 0
>>254
中国の南方の少数民族やベトナムでは割と一般的な模様。
呉とか越とかでもやってたかも?

256 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 08:46:38.36 0
やってたら中国の史書に書かれるだろう

257 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 09:13:16.39 0
日本でも中世以降の風習じゃないっけお歯黒

258 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 09:32:02.76 0
甘いモノ食べれるようになったんで
虫歯予防(子供生むと骨が弱くなるので)だったんじゃないかなぁ・・

259 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 13:51:09.97 0
>>248
半裸は恥ずかしいよ。
職貢図の百済使節の図と倭国使節の図を並べてみたら、恥ずかしいことこの上ない。

260 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 14:56:34.69 P
>>259
まんま黒人じゃねえか>職貢図の倭人

いくら縄文系が倭人の主体とは言え、ここまで現実と掛け離れた描き方するのか
沖縄人ですらここまで黒くないだろ

261 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 15:28:33.57 0
倭人が東南アジアから北上してきたネグリトだった可能性もある

262 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 15:47:17.16 0
>>257
鑑真によって日本にもたらされたと聞いたが

で、平安時代にある天皇が歯を病んで黒くなってしまい、
大臣達が相談して天皇に恥をかかせないよう我々も黒く染めよう
という話を雑学本で

263 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 16:08:55.41 0
>>259
そら、中国化と欧米化を経た我々の認識だな
中国文化と程遠いナリの倭人、オレは好きだね

264 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 16:10:46.62 0
>>260

松崎しげるはもっと黒い。

265 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 16:43:04.70 0
お歯黒って明治三年に新政府から禁止令が出てなくなったんだな

中国や東南アジアの少数民族にはお歯黒の風習残ってるとこまだあるみたいだね
日本人やチベット人と同じハプロタイプD系統持つミャオ族やハニ族に伝わっているのも興味深い

266 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 16:45:24.88 0
後の時代から類推して恐らく倭の外交官は大陸系の帰化人だったはずなのに
あえてああいう民族色の濃い格好しているのは大国としての自信から
くる「別にこちらは中国の言うがままになる気はない」という意志表示だったのでは?

百済も事あるごとに扶余の末裔である事を誇示してたし、別に好きで中国風の装束を着ていた訳ではないのだろう。

267 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 17:15:23.31 0
あるいは中国側が民族衣装を好んだとか

268 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 17:17:25.09 0
>>262
お歯黒は古墳時代から
漢人は歯を黒く染めんだろ

269 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 17:21:16.73 0
そもそも、絵は仏像と同じ服、文は魏志倭人伝のパクリ
実際の観察に基づいたものではない可能性のほうがはるかに大きい
中国人の倭人想像図に振り回されるのも馬鹿馬鹿しい

270 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 17:27:46.47 0
>>263
大和朝廷みたく政治制度や新技術を徹底的に学ぶならともかく
服装だけ中国化しても政治制度が未整備で産業技術が低く
粗服の倭人に属国化させられてりゃ世話無いしな

271 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 18:40:39.15 0
中国人は絵がヘタクソだからな

272 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 18:43:48.07 0
倭人は儒学も暦学も医学も仏教も機織り技術も、全部、百済から学んだんだが・・・

273 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 18:56:19.59 0
え?単なる通訳じゃないの?
通訳が隣の隋唐の文化を勝手に自分起源にしちゃうのは問題あるでしょ?

274 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:00:47.28 0
百済にいた漢人から学んだのだから、それを百済から学んだと強弁してもいいじゃない。

275 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:02:51.65 0
百済が滅びた時、主だった百済人は新羅=朝鮮人になるのが嫌で日本に亡命してきたから、その色々教えてくれた百済人は現半島人となんの関係もないけどな。

276 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:07:58.04 0
しかも学ばせて「貰った」わけでもなくて
属国だった百済に寄こすように命令しただけなんだけど・・

277 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:19:49.41 0
なんにせよ、永い付き合いの友好国だったのは確かだから、その百済を滅ぼした仇敵の末裔と仲良くするのは道義にもとる話だな。
今も日本で暮らす百済王家の子孫への謝罪と賠償を要求するくらいのことはしてもいいはず。

278 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:26:00.71 0
友好国じゃないよ属国・保護国
単なる友好国から王族の人質取らないから

279 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:28:40.81 0
あと百済から逃げなかった百済人は消滅してる
集団自決したって書かれてるね唐書には
もう百済の子孫は日本が「保護してあげた」系統しかいない

280 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:30:37.60 0
なんで朝鮮人は日本に感謝しないの?

281 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:30:39.54 0
今百済の血が一応ながれてるとわかる人は高麗神社の神主家くらい?
あとは今上というのもあるがw
まぁ百済王の血が流れる王家に併合されてせっかく百済再興がなったのになんで大日本帝国の併合を恨むかね

282 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:42:18.97 0
百済人が先祖じゃないから

283 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 19:55:31.12 0
>>279
民族浄化だな。世界各地に百済人受難の像を建ててホロコーストに並ぶ蛮行として広く世に知らしめるべきw

284 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:04:22.27 0
いつの間にかレイシストにスレが占領されとるw

285 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:06:38.80 0
どこら辺がレイシズムなん?

286 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:21:02.82 0
>>285
ユダ、ウリにとって都合が悪い全ての人間=レイシスト

287 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:29:20.35 0
古代ローマ人だってハリウッド映画みたいな青い目の白人じゃなく、
むしろ黒人に近い人種で色黒縮れ毛だったんだしいいじゃんよ南方系の倭人
http://www.crystalinks.com/romecloth.jpg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pompeii-couple.jpg

むしろ朝鮮人や漢民族と別系統だって晴れて証明されてよかったわ

288 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 20:34:23.72 0
>>284
かわいそうな百済人達を根こそぎ民族浄化するのはレイシズムじゃないんですか?
相手が親日派だから愛国無罪なんですか?

289 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:01:33.31 0
>>287
下のポンペイカップルは写実的だな
まだ日本ではケモノ追ってウホウホいってた時代だぞ
写真のような肖像画からは近東や北アフリカの民族見たい
アルジェリア人とかチュニジア人とか

それと当時のローマ人は身長が160cmぐらいらしい。
映画のスパルタカスのイメージと随分違う

290 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:16:06.46 0
当時のゲルマンで平均身長170cmだったらしいけど・・
クロマニヨン人は180cmだったらしい
肉食の狩猟生活だと大きくなるのかな?

291 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:20:55.66 0
>>284
おまえ無茶苦茶だな

292 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:32:12.63 0
>>289
ローマ人と日本人の農耕開始年代は同じ時期だよ
というかローマ人の方が遅い

293 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:34:56.06 0
ところで唐書によれば百済は76万戸ということだけど>>279,>>283,>>288
完全に駆逐追放したと得心している?
あと三国史記に百済二等の達卒を新羅十等の大奈麻にしたとかあるけど
それは信じないということでよろしいでしょうか?

294 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 21:35:41.93 P
ローマ人とゲルマン人の身長さは現代の欧米人と日本人ぐらい差があったようだ
だから古代ローマ人がゲルマン人と混血せずに現代まで生き残り近代化して栄養状態良ければ
多分平均身長は東アジアのモンゴロイドと同じぐらい(170cm前後)だったろうな

295 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 23:27:23.49 0
>>276
そこなんだわ
倭国は影響力のある地域から文物を吸い上げただけ
百済も新羅も倭国の関心を買おうと必死に貢いだ
それを【文明を与えてやった】ことにされちゃたまらんわな
いつもの現実逃避なんだろうが

296 :世界@名無史さん:2013/09/16(月) 23:30:49.94 0
>>294
ケルト人もだね
ローマ側の資料には枕詞のように『デカイ奴等』と書いてある

297 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 00:25:57.07 0
統一後の新羅による、常時大量の難民と餓死者を出しまくったポルポトばりの暴政を見ると、白村江の戦いは唐の赤い帝国主義とその思想的影響を受けた血に飢えた手先どもから東アジアにおける自由と民主主義を守る正義の戦いだったということが良く分かる。

298 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 00:42:39.00 0


299 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 00:54:27.42 0
>>297
チョンも真っ青の妄想史観だなw

300 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 04:35:26.58 0
>>293
エスニッククレンジングしたんだな・・・と考えるのが自然じゃないかな
三国史記の記述時期と百済滅亡には500年の差が有るって事わかってる?
朝鮮人の自己申告を率直に信じろと・・
高麗中期には朱子学が導入されてるので執筆者はメンタル的に
今の韓国人と変わんない程度の信頼性しかないと考えた方がいいよ

この後、焚書を熱心にやり始めて
他国から歴史書持ち込んだ人間は死罪にしてるんだよw

301 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 06:48:28.22 0
エスニッククレンジング ethnic cleansing 民族浄化

302 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 07:10:07.55 0
統一新羅になって急に飢饉が恒常的になるのは恐らく農業・灌漑技術を持っていた旧高句麗・百済の倭・漢・扶余系の技術者や農民をことごとく虐殺して土人が取って代わったためだろうな。

303 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 07:23:34.94 0
三国史記は文章が歯抜けというか、これいじってるだろって所は確かにある

304 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 08:16:30.19 0
>>302
しかも滅びるしなぁ
半島の支配者が天皇家のような権威を持てなかったのは何故なのか
中国では、周の王室が、あるいは漢帝室が天皇的な権威に成りかけたことがある

ま、人間の質だと断定してしまってはもとも子もないんだが

305 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 11:00:52.35 0
半島でそーゆー立場に近かった高句麗王家(700年の継続)が唐に強制連行されて
抹殺されたからじゃん?

306 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 12:18:13.35 i
まあ満洲を本拠地とする高句麗と三韓を支配していた倭の二大国が半島における覇を競っていたはずなのに、手違いで雑魚の土人に支配されるようになってしまったからな。

307 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 14:13:04.60 0
三国史記以前の時代にも、新羅とか高句麗は記録をつけてなかったの?あったけど滅亡した時に燃やされちゃったの?

308 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 15:01:56.88 0
>>307
日本もそうなんだが、あまり歴史を残すことに興味なかったみたいだね
古墳の中には断片的な個人の経歴を記したものが副葬されるが、国の歴史ってのは見つからない
惜しいことだね、そして不思議だ

309 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 15:16:13.67 0
日本の場合文字導入以降の記録はあるのでケースは違うんだけどね
日本ですら文字が無いとそれ以前は全くわからない有様

でも百済も新羅も高句麗も日本に先んじて文字文化圏に入っていた・・とされてる
でも何故か13世紀以前の記録は無し
どんな言語だったのかも不明
変だよねぇ・・
こんなケースがありうるシュチュエーションって一つしかない
「途中で無文字文化圏の民族と交代した」

不思議な事に13世紀以降の朝鮮人は一貫して
まるで靺鞨人のようにふるまうようになるんだよw

310 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 15:55:54.75 0
大和政権を打ち立てたのは朝鮮からの渡来人だったってのは物理的に在りえるの?
世界帝国だったモンゴルですら九州すら制圧無理だったのに、それらより1000年も前に
名も無き半島からの寄せ集め敗残兵たちが大軍の騎馬隊日本海を輸送して、九州四国本州制圧→大和政権
いくら大陸のが技術進んでたとは言え、余所からやってきた得体の知れない異民族に大人しく従うほど倭人はアホじゃないよね?支配されそうになれば反抗するよね?

これだけは勘弁してくれ・・・ご先祖様が半島人なんて

311 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:16:55.01 i
>>309
日本も半島の三国も恐らくかなり早い時期から(当初は中国系の)実務官僚が日常的な外交や国内の行政に必要な文書作成を担ってた筈(それこそ卑弥呼の時代だって魏とそれなりの国書のやり取りがあったはず)。
ただ、膨大な手間のかかる国史編纂や、古い行政書類を後の時代に残すためにコピーするのは、中国のように官僚組織が肥大して、役人が人員過剰な位いないと無理だったでは?

312 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:27:58.52 0
日本人と朝鮮人の共通Y染色体ハプロタイプはO2bなんだけど
日本人のO2bタイプの75%はO2b1ってさらに変異が蓄積したタイプ
朝鮮人は大半はO2bなので別経路、別時期に到達したと考えられてる
実はあんま関係ないんじゃね?って話になってる
ただ昔の学説で朝鮮半島からの稲作を携えての移民説が
半ば常識で語られていた期間が長いから説明しても理解してもらえない場合が多々
稲についても遺伝子解析で中国華南→日本→朝鮮の順での伝播が有力
この20年くらいで従来説が他分野の傍証で崩されて来てるって構図

313 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:44:31.57 0
>>311
戦乱と飢餓の続く半島では文献は全部燃料になった・・って考え方も無いではないけど
日本も中国(これも相当酷い戦乱経験)でも残ってるのに
朝鮮半島から一切無いって作意を感じるのが普通じゃないかな?
隕石が落ちてきたとか大津波で攫われたわけでも無いんだし

314 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:49:45.85 0
一番簡単な解答は朝鮮半島は13世紀まで無文字圏でした!ってケース
それなら話しは簡単なんだけどね
実際同時期の遊牧系、狩猟系無文字圏は半島と同じく資料なんて全然無い
でも三韓時代は文化圏だったんでしょ?
だから話がおかしくなってしまう
日本側の資料だけみても百済、新羅、高句麗が無文字圏だったとは思えないしね
なんでだろー不思議だねー
ここに明快な解答の無い説明を私は信用できないと思ってる

315 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:56:34.04 P
>>309
捏造しないようにな
新羅は一貫して無文字文化圏、文字の使用も倭国より遥かに遅い

316 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 16:58:18.28 0
>>310
騎馬民族説は今ではまったく相手にされてない。
日本の武装が大陸のものに突然変異した痕跡はない。
したがって征服などあるわけない。
逆に日本の武装が任那や百済に波及してる。
これだけ見ても日本が半島南部を支配下に置いていた事は間違いない。

317 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 17:01:45.35 0
>>314
多分、半島の王たちは中国かぶれが凄まじく、
なかば自分たちを中国人と思い込んでたので、
自国の歴史編纂が遅れたのではないか。

318 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 17:08:38.24 0
>>315
そうだっけ?漢人系多いってイメージだったんだけど

319 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 17:24:04.63 0
>>318

少なくても首都には漢字の読み書きが充分にできる漢人系が住み着いていたはずだが。

320 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 17:51:40.67 P
>>318
6世紀の段階でも、文字が無い上に
漢文を読める者や通訳すら居らず、百済の使者を介して意思疎通する有様

321 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 18:07:10.45 0
>>320
新羅って辰韓の末裔で秦人に似てるとか書かれてたみたいだけど
文字文化自体は喪失したって事?

322 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 18:12:45.94 0
金春秋なんて中国風に改名したのは7世紀だっけ?
情けな〜い半島の歴史ですね。

323 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 18:21:51.69 i
早い時期に秦韓の秦人(秦氏)をイジメて追い出してしまったからな。
日本に定着した主だった半島からの帰化人はことごとく新羅に恨みがありそうな奴ばかり(百済人、高句麗人、秦氏)
元々の人数はたいしたたことはないのだろうが、世代を重ねてそいつらのDNAが日本人に拡散していくに従って嫌韓が広まっていくのは当然の成り行きだなw

324 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 18:29:25.36 0
>>317
さすがにそれは無いんじゃない?
国書以外の言語を推定するための資料すら無いのは異常でしょ

325 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 18:40:03.67 0
13世紀以前の記録が何もないのになんで朝鮮人たちは歴史に関してあんなに自信満々でドヤ顔なんだろ

326 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 20:06:22.17 0
無い故に想像をたくましくできるのだ

327 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 20:22:43.16 0
>>321
新羅には元々無かったんだろうね
中国から殖民してきた移民の国だろう秦韓は
新羅と区別され共に倭国に属していたし

328 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:04:11.67 i
例によって日本が保護した集団(恐らく秦氏がそれにあたると思われる)以外は民族浄化されたのだろう。
秦人が新羅の中心だったのなら、半島の言語は中国語の方言になってたはず。

329 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:06:28.96 0
>>309
現代では満州人まで韓国人になってますから
李氏が満州人だったことは隠してるはじだが

330 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:11:02.35 0
>>328
言語は変わるからね〜

そして新羅は倭系遺物の多いことで有名
この辺も謎だよ

331 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:39:33.44 0
>>316
邪馬台国は大和朝廷?ヤマト政権が倭人が打ち立てたのは確実として
なんで卑弥呼が死んで伊予が女王になってから140年もの間、外界と接触を経ったんだろ?
列島内で戦国時代みたいに覇権争いしまくってたのかな?国内のどっかの一勢力が中国に朝貢して後ろ盾を得て。。。
と、考え出す豪族やらが居てもおかしくないと思うんだがな140年も戦争してれば

それと古事記に邪馬台国がまったく書かれてないってのも不自然だ。
邪馬台国を滅ぼした勢力がヤマト王権だったとしても、それをあえて隠す意味もないよな?なんで隠すんだ?

332 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:41:05.16 0
謎でも何でも無いよ元々はまとまった国家が無く
倭国の領土で、その後も属国だったのだから
倭国の強い影響を受けているのは当たり前

333 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:47:25.65 i
卑弥呼は7代孝霊天皇皇女のモモソヒメノミコト。
謎でも何でもない。

334 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 21:59:02.52 0
>>331
わりと大陸の状況を把握してたんじゃないかな〜
その時代って五胡十六国時代だし
古事記は8世紀だよ?
文字がなかった時代の500年前はもう神話なんじゃないかな・・
当然口伝のみなんだし
卑弥呼が日巫女なら容易にアマテラスとも符号するから隠すとゆうより
ウヤムヤにしたんじゃないかなw

335 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:13:47.11 0
卑弥呼は中古音だとpimihoだから、日巫女ではない

336 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:21:35.26 0
書いたの陳寿だから上古音だよ

337 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:22:45.28 0
中古音は当時の日本語音を正確に記述できたの?
前に聞いた時はヒミカみたいな発音なんじゃん?みたいだったけど
最近だとまた変わった?

338 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:33:55.06 0
卑 Pje,Pe
弥 Mia,Mje
呼 ha,xa

日巫女ねえ、どうだろ

339 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:34:12.16 i
結局あるレベルまで文明が成熟するまでは、倭人も半島人もお仕着せで漢字の読み書きを習っても、それを使っていろんな事を記録しまくる中国人を見て酔狂な奴らだと馬鹿にしてたんだろうな。
半島の場合は成熟するのに十三世紀までかかったということで…

340 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:54:59.95 0
>>333 ここ、笑うとこね

341 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:56:26.29 0
>>333

神武天皇とかさ紀元前7世紀とかだろ?あの時代って漢字はもちろん無いのにどうやって家系図とか記録してたの?

342 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 22:57:12.68 0
>>334>>333

神武天皇とかさ紀元前7世紀とかだろ?あの時代って漢字はもちろん無いのにどうやって家系図とか記録してたの?

343 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:31:13.89 0
>>331
中国側の編纂方法が変わってるだけだよ
晋の張華ってのが東夷の何十ヵ国を朝貢させたらしいが、多すぎたせいかまとめて書かれてる
あの中に倭国もあるのは間違いとみる

344 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:37:35.38 0
>>342
あの辺はよく言われるように後付けの架空天皇だと思う
飛鳥時代の朝廷はそれ以前の支配層とあまり関係がなかったか薄かった
その証拠にあの雄略天皇陵の選定を間違っている
しかし古墳はキチンと残されていて、何がしかの主の墓であることは分かっていた
口伝する人間がいたはずだからね
古墳は現代の神社のような存在で、神域には違いなかった
それらを日本書紀編纂の時に、天武(舒明系ということになるのか)の直系祖先であるかのように作った
という所が妥当で現実的では?

345 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:51:00.72 0
>>341
口伝。
面白いのは古事記では没年が書かれてる天皇もいれば、
書かれてない天皇もいる。
人間の記憶にも限界があるからね。
逆に言えば書かれてる天皇の没年は、
印象深かったゆえ強く記憶されたのだろう。
したがって天皇の元年も没年も何でもかんでも書いてる日本書紀よりよっぽど信憑性がある。

346 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:54:21.18 0
神武自体は存在はしたの?あと中国人が神武=徐福とか主張してるのは?徐福って紀元前の人でしょ。時期が合わないのでは
でも徐福自体は日本にほんとに来たそうじゃん。そんな凄い人ならまだ原始的だった倭人のリーダーになるぐらいのカリスマはあったんじゃ?

347 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:56:26.81 0
>>344
>あの辺はよく言われるように後付けの架空天皇だと思う

後付けの架空天皇なら、それこそ50歳くらいで亡くなるそれらしき天皇を何人も創作すればいいのに、
100歳超えるような馬鹿な事にしてるのは帝紀に書かれてた天皇をいじくれなかったからだろう。
したがってアホな年齢は別として、欠史8代と言われてる天皇の実在性は高いと思う。

348 :世界@名無史さん:2013/09/17(火) 23:57:31.17 0
アメリカCIAとかモサドが本気で調査したら神武含めて天皇の謎ってすべて暴けるのかな?手段を問わない力づくにでも調べたら?

349 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 00:01:11.83 0
>>346
>神武自体は存在はしたの?

俺は実在したと思う。
年代は応神が4世紀後半、崇神が4世紀初頭なんで2世紀後半〜3世紀ころかな。
神武と共に大和入りした久米や大伴の実在性はゆるぎないと思う。
ならば神武だけを否定するのはおかしい。

350 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 00:05:46.71 0
>2世紀後半〜3世紀ころかな。

卑弥呼のほうが昔じゃん

351 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 00:09:56.14 0
>>333
>卑弥呼は7代孝霊天皇皇女のモモソヒメノミコト。

モモソヒメのお兄さんは4世紀頃の四道将軍の吉備津彦。
卑弥呼を3世紀丁度生まれとして、その兄が4世紀ごろに将軍ににはなれない。
100歳近くで将軍になったということになるからな。
つまり50年以上時代が違う。
したがってモモソヒメは卑弥呼ではない。

352 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 00:11:13.92 0
名前からみて始祖とされる天皇が二人いるから普通に考えると
二つの家系の伝説を引っ付けたというのがまぁわかりやすいとは思う
そういう意味で神武はいたんだとは思う
で神話の古い話はあとからつける場合が多いことからかんがみて神武は継体とかより新しいもしくは同時期の王朝かも

353 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 00:14:07.35 0
>>350
卑弥呼は3世紀前半だよ。

354 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 01:31:39.59 0
仁徳陵とかってあれは丁度神武ぐらいの時期に建てられたんじゃなかったか(西暦200年頃)
ならあそこを調べれば何か解かりそうなのに宮内庁が駄目って言ってんでしょ。何故隠そうとするのか
隠したがるってことは宮内庁や皇室は神武が何者か、邪馬台国がどうなったかなど真相を知ってるのかな?

例えばイタリアにアウグストゥスの墓がある場所が特定されてるならイタリア人は調べるだろ?何故調べるのも駄目なのか
宮内庁は藤原鎌足のミイラが見つかっても埋めたそうだ。自分らだけ建国神話の真実を知るなんてズルすぎる

355 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 01:36:16.84 0
普通に先祖の墓あらされたら不快だろ?
子孫が現存してんだから子孫の「使用人」共が拒否するのは当然

考古ファン的に見ても保存技術がより発達する未来まで開封しないのは別にかまわない
中共嫌いだが周恩来が古墳を封印したのは尊敬できるわ

356 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 01:52:19.61 0
>>309-321
ところで木簡や金石文はあるようだが、それについては如何に考える?

357 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 05:08:43.22 0
キトラと高松塚のあの体たらくを見れば今の技術水準で安易に掘っくり返したらどういう事になるか分かるだろ。
宮内庁管轄以外の古墳についても当面新たな発掘調査は禁止にするべき。

358 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 06:07:42.09 0
>>349
神武紀の久米歌から、久米氏が頭椎の太刀という日本独特の刀を使ってるのがわかるんだけど、
でも頭椎の太刀は弥生時代には見つかってない

359 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 08:19:16.38 0
>>356
7世紀頃の木簡があることは知ってるけど
それ以降ってあったけ?
だから曲がりなりにも文字文化圏だったはずの新羅と書いてるんだけど

360 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 08:57:47.68 0
あと余りに木簡の数が少なすぎる
新羅にいた中国人が書いただけじゃないかな?
あとは「焼き」忘れか
金石文についても少なすぎ&単に読めないから
トーテムとして残ってたんじゃ・・
後年の朝鮮人はやたら記念碑立てるの好きなのにねw

361 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 09:11:41.73 0
今の時代だって大統領が代わるたびに先代が死刑判決を受けるのが通例のあの国のことだから、滅ぼされた国や王朝の人間、記録や文物がどうなったかは想像に難くない。

362 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 09:57:36.12 0
>>354
天皇家が現実に存続してるってことが大きいだろうね
李氏朝鮮や始皇帝の墓ならいくら暴いても構わねえけど

363 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 12:07:41.73 0
>>358
神話と考古学を一緒にするな。
スサノオには馬の記述があるが、あの時代に馬はいないし。

364 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 12:42:19.88 0
>>359
梁の職貢図には、文字が無く、中国語を解する通訳も居ないと記録されているから
新羅では7世紀以降に漸く支配階級の一部で漢字が使われ始めたのだろう

365 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 16:06:43.46 0
日本書紀を書いた時に参考として百済三書を引用したって書いてるから
百済は5世紀くらいから漢字導入してるのと比べると新羅は遅いのね
どうも辰韓の末裔とは思えない印象だなぁ・・

366 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 17:06:14.39 i
>>365
倭・扶余・漢とは別の蛮族が南下してきて辰韓の故地を乗っ取ったんだろうな。

367 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 18:46:54.72 0
磐井葛子の王朝が邪馬台国だった可能性はない?

368 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 19:30:22.30 0
北九州説は有力説の一つで俺も個人的に支持してるが
イワイとの連続性となると流石になかんか難しいものがあるような

369 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 19:34:42.02 0
討伐したのが継体帝じゃなくて九州王朝内抗争の可能性もあるんじゃない?

370 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 19:46:16.38 0
>>363

> スサノオには馬の記述があるが、あの時代に馬はいないし。


少数ながらいたことはいた可能性もある。

371 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 20:13:06.81 0
彝濊の乱

372 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 20:37:54.42 0
磐井の墓といわれる岩戸山古墳は九州ではトップクラスのでかさを誇る前方後円墳なんだけど、
畿内と比べちゃうと見劣りがする

373 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 22:38:17.90 0
>>370
>少数ながらいたことはいた可能性もある。

スサノオを何世紀だと思ってるのかな。
そして日本での馬の登場を何世紀だと思ってるのだ?

俺の意見だがスサノオは実在すれば2世紀前半、
日本での馬の登場を箸墓の鐙や秋津遺跡の馬の歯などから4世紀前半だと思ってる。

374 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 22:53:54.91 0
スサノオ明らかに複数キャラを合わせたもんやん
逸話によってキャラ変わりすぎ

375 :世界@名無史さん:2013/09/18(水) 23:48:41.75 0
神武が2世紀頃で、それの血筋が天皇家なら
ヨーロッパで例えるなら、ダキアが滅びずにダキア王デケバルスの血統と王朝が現在まで残ってるようなもんか
(ローマ帝国が後漢として、国力的文明の発展的に倭はダキア)

そう考えるとかなり凄いことだな

376 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 00:02:44.11 0
島国ですしねぇ
あと儒教的に見て神話から続くというのも
なにしろ一度も簒奪をしてないという建前なので道徳的で中国や朝鮮より上という考えだそうな

377 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 00:12:41.14 0
孔子自身は周王朝支持派で易姓革命なんて認めてないっぽいからな

378 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 01:06:47.20 0
>>368
だね
初代倭国王は福岡で確かだと思うが、その後の変遷が激しすぎる
戦国時代以上の乱世だからね

379 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 03:12:43.50 0
スサノオってサロ国(新羅)の昔脱解尼師今のことだろ
ソクタレはタバナ国(丹波国?)から朝鮮半島に渡った倭人らしいし

380 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 09:45:41.93 0
>>374
本来はいわゆる【稀人マレビト】のような存在と言われてるね
つまり自然神
季節を変え、花を咲かせ、実りをもたらす
特に人格はなかった
悪石島のボゼみたいなものか

381 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 10:04:19.86 0
不逞鮮人はどうしてそうやって他国の文献を自分達に都合良く解釈したがるのかね?
素戔嗚尊は邇邇芸命の天孫降臨以前=少なくとも一百七十九萬二千四百七十餘年以上前の人物、そして神武天皇は紀元前七世紀です。
根拠なく妄想するのはやめましょう。その頃朝鮮人のご先祖様はただのお猿さんですw

382 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 11:29:38.21 0
家猫と馬ではどっちが先に倭国に入ってきたのかな?

383 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 13:03:07.91 0
馬じゃね?
猫は奈良時代でしょ

384 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 13:24:45.22 0
神武実在説(ただし2世紀)を支持する私でも
天照やスサノヲが実在の人物とは思わないよw
なんらかのエピソードや象徴ではあるだろうけど「誰」ではないよね

385 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 18:05:49.21 0
>>384
オレは完全なおとぎ話的な神話かと思っていたら、天照については井沢元彦の本に、
【一年に二度日蝕のあった年】というのが1世紀にあって、それを基に考え出された神話ではないか?
という話が載ってた
(うろ覚えだが)
なるほど元ネタはあったのだろうかと再考させられたわ

386 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 18:26:57.64 0
天照は本来、海を照らす神で男性紳だったのが
巫女が女王だったんでいつの間にか女性紳になった
卑弥呼が天照のイメージキャラ化したのが現在のアマテラスなんじゃないのか?
って説があったような・・

387 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 18:52:36.05 0
おまえら「任那」の話しろよw

388 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 19:06:56.57 0
日本書紀の顕宗3年(487年?)の紀生磐宿禰ってのも面白い奴だな
任那から高麗へ動き回り三韓の王になるなどと宮府を整え「自称神聖。」任那の
左魯やら那奇やら用いて百済の適莫爾解を殺し城やら港やら押さえ、これに
百済王(東城王あたり?)大いにブチ切れ。んで攻めてきた百済に対して
生磐宿禰進軍逆撃。胆気益壮。所向皆破。以一当百。とやたら威勢がいいが
すぐに俄而兵尽力竭。知事不済。自任那帰。と力尽きて失敗して帰国して
任那の左魯やら那奇やらは百済にぶっ殺されたという

最初が三韓の王で自称神聖で暴れたあげくすごすご帰国とか竜頭蛇尾すぎ
実在してたらわけわかんないし、フィクションだとしたらなんでこんな
キャラ作ったのかやっぱりわけわかんない

389 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 20:10:12.67 0
倭国が新羅地方を含めた半島南部を広く領有していた
後に属国だった百済が満州民族の高句麗に凹られて南下し
倭国領任那の西部、今の全羅道へ侵略してきたのを記録しただけだか
何か不満でもあるのか?

390 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 20:29:52.83 0
>>386
天照御魂だっけ。あれは男性神なんだよな
本来は神が男性なら巫女が、女性なら神主が奉るんだよね
天照は単に持統天皇の反映だろう。孫のニニギに譲位してる点も文武天皇への譲位と同じだ
日本書紀が書かれたのは7世紀だからな
完成まで40年というのもいかにも長すぎる
いろいろと『調整』が必要だったんだろう

391 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 20:35:58.69 0
>>388
雄略紀に似た名前のヤツが出てくるから元ネタは同じではないかな
仲間割れを起こして将軍同士で殺し合い、帰国したが、ナンチャラと一緒に天皇に仕えたくないといい、
山口県の角の国に住んだという

略奪で一儲けしただけなのでは?

392 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 23:09:20.59 0
>>389
その事情でこんなストーリーとキャラになるかなあ?
あるいは日本側に記録無く侵略国家百済の正当化プロパガンダがそのまま
入った、日本書紀の相当部分は百済史観。みたいな感じ?

>>391
紀大磐宿禰か、なんかwikipediaではまるっきり同一人物説で書いてますね
親父の紀小弓宿禰もそうだけど最初は凄い勢いだけどだんだんぐだぐだに、
というパターンが多いな

>略奪で一儲けしただけなのでは?
だとすると話盛りまくったはいいが結局帰ったという締めが上手くいかず
竜頭蛇尾のイタい話になってさらに国史に組み込まれてしまったという
展開なのだろうか

393 :世界@名無史さん:2013/09/19(木) 23:53:22.78 0
文明が発達してるほうが戦争に強いとは限らない(ローマとフン族、漢帝国と匈奴、宋とモンゴル)

そもそも百済や新羅が文明的だったわけじゃなく、その先にある唐帝国が最先端文明国家だったわけでしょ。
本州よりも小さな半島の先っちょでさらに三つに分かれてた小国百済や新羅程度が、海を跨いでその先にある広大な倭を乗っ取れるわけねーじゃん。
百済も倭も新羅も中華の文明を取り入れた時期に大差はない。百済や新羅がほんの少し早くても、国力的に倭がすぐに追いつく。
だから4世紀に百済や新羅が倭の属国になったんだろ

394 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 01:33:36.74 0
>>390
出雲風土記みたく資料集めに時間かかり著作者がいろいろ違ったりしたんでは

395 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 02:08:05.86 0
【教科書】 「日本の教科書、韓国史を悪意をもって歪曲」〜日本14出版社の歴史教科書分析した結果「日本政府の主張だけ記述」[09/15]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1379256675/

【ソウル=ニューシス】パク・テロ記者=今年検定を通過した日本国内歴史教科書が韓国史を悪意
をもって歪曲しているという主張が15日提起された。

民主党パク・ホングン議員がこの日、東北アジア歴史財団に依頼して日本国内14出版社の歴史
教科書を分析した結果、日本実教出版の教科書は広開土大王碑の碑文を引用し「倭(日本)が百
残(百済)に勝って新羅を臣民とした」として倭が百済やその他の国を支配したと解説していること
が分かった。

パク議員は「山川出版高校日本史B教科書は百済の義慈王がクーデターで執権したと記述し事
実と違った歴史的誤りを犯し、外交書信に言及しながら当時、倭が統一新羅と渤海を属国と感じ
ていたと記述した」と明らかにした。

彼はまた「清水書院高校日本史A教科書は朝鮮通信使に言及しながら'琉球(今の沖縄)とアイヌ
(今の北海道とサハリンに居住した少数民族)とともに日本地域の辺境にあった政権の外交行列と
共に扱うことによって朝鮮もまた、日本に従属した国家だったように見えた'と記述して朝鮮が日本
の属国のように描写した」と内容を紹介した。

ソース:ニューシス(韓国語) パク・ホングン"日歴史教科書、韓歴史悪義賊歪曲"
http://www.newsis.com/ar_detail/view.html?ar_id=NISX20130915_0012362401&cID=10205&pID=10200

396 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 02:08:48.83 0
日本の教科書「新羅と渤海は日本の属国」・・韓国の歴史を歪曲していると韓国野党議員が指摘
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1379478850/

韓国のニュースサイト「ノーカットニュース」によると、
韓国の野党、民主党の朴洪根(パク・ホングン)議員が15日、
日本の小中高校向けの14種類の教科書が韓国の歴史を歪曲していると指摘した。
16日付で環球網が伝えた。

それによると、日本の高校教科書の中には
「日本が百済を打ち負かした後、百済を支配した」
との記述や、
「百済の義慈王が軍事政変を発動して権力を掌握した」
「日本は統一新羅と渤海を日本の属国とした」
などの内容もみられる。

このほか、
「若い女性も工場などの場所で労役に服し、戦争に協力した」
との記述が慰安婦が存在したという事実を隠ぺいするものだと批判されている。
http://www.xinhua.jp/socioeconomy/economic_exchange/359742/

397 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 03:04:04.46 0
歴史の真実を紐解くと朝鮮人には歪曲になっちゃうんだろな。もう頭がおかしいんだし
中国の属国に戻してシカトするのが一番なんだけどね。

398 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 05:26:30.22 0
>>392
案外事実かもね
半島の中国由来のものは片っ端から奪ってたのかもw
それを現代になって【倭人に文化を与えてやった】とくるから笑える

399 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 14:25:22.69 0
天照らす大神も、陰謀論が多いな
イ族とか太陽を女神、月を男神とみる民族もいるんだがな

400 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 18:09:14.29 0
誕生譚自体は中国のパクりだろう
盤古という巨人の死体の右目から月が、左目から太陽が、鼻から風が生まれる
イザナギとまるで同じだよ
最もこれは苗族という少数民族の神話らしい

401 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 21:17:12.58 0
任那なんてなかった。
日本府なんてものもなかった。

鉄の王キムスロを見ればわかるが、文化的な暮らしをしていた加羅の人々を、
半裸でウホウホ言ってた倭人が征服などできるわけがない。

402 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 22:25:45.59 0
おっ韓国人の主張そのまんまやねw
韓国人は文献資料や考古学資料のうち鉄を輸出してたことのみをもって
鉄を持ってる=軍事力があった朝鮮半島は日本より強かったっていってんのよ

野蛮人が先進国を支配したことなんて腐るほどありますがな
中国やギリシアはそうでったんだぜ

403 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 22:27:57.84 0
とゆうか倭の任那進出は鉄生産目的でしょ

404 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:10:12.53 0
>>400
盤古にバンコマイシンは効かなかったの?

405 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:33:41.55 0
古代朝鮮も倭の進出をよく南部までで食い止めたよ
国力からいえば全然倭の方が上だったから
でもそれから千年後に出現した時空太閤殿下の領土欲の前にはなす術がなかったけど

406 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:35:11.59 0
古代においては輸送能力の問題で先進国であろうが蛮族であろうが、渡海征服は最初の橋頭堡確保がかなり無理があっただろうから、資源産地の村に毛が生えたような弱小国が自分から大国の倭に保護を求めてきたと考えるのが自然

407 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:38:41.06 0
倭人は自称呉人の末裔なんだから、中国南方の神話と共通点があるのは当然だな

408 :世界@名無史さん:2013/09/20(金) 23:43:35.39 0
>>401
古代という響きで旧石器時代を連想する無学なヤツってたまにいるんだよね

頑張ってね

409 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 14:31:41.71 0
東夷=蛮族だった倭人が半裸だったのは仕方ないとしても、
古代文明の発達していたエジプトやギリシャ・ローマですら、
半裸だったのはなぜなんだろう?

ギリシャ・ローマと中国を比べたら、中国がはるかにまともな服装だ。

410 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 15:15:08.75 0
なぜ服を着てるほうがまともだと思うの?

411 :産業が潤うから:2013/09/21(土) 15:20:51.47 0
>>410
温度調節できるから
どっかの民族じゃ熱いからってほぼ全裸で冬越せなったのいただろ

412 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 15:57:23.13 0
>>410
そもそも半裸ってのがトンスリアンお得意の捏造だからな
鉄製防具の整ってた倭国を、百済・任那諸国・加羅・新羅人が大国として崇めたのはガチだが

413 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 17:04:45.78 0
>>409
古代ギリシア・ローマでは裸こそ理想で、服は風邪をひかないために仕方なく身につける、恥ずかしいものとされていた。

414 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 17:07:20.67 0
そんなに立派なものでもないが俺でも全裸ではしったらモノがぶらぶらして走りにくいが
あの当時ぶらぶらさせてはしってたんだよなぁ・・

415 :世界@名無史さん:2013/09/21(土) 18:46:21.75 0
>>335-338
表記する側のヒアリング能力も考慮した方がいいな。
よくテレビで外国人に日本の歌を聴かせて歌わせる企画があるけど、
正確に聞き取れずに、変な歌詞で歌ってることが多い。
日本人にしても、外国語をきちんと聞き取れないことが多い。

古代の中国人が古代の倭人の言葉を、どれだけ正確に聞き取れてたか怪しい。

416 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 16:10:28.16 0
>>401
キムスロが優れた鉄器を使ってたとき日本列島各地はしょぼい青銅器しかなかったからな

417 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 16:59:47.60 0
倭国兵が鉄鎧を着て鉄の長剣を振り回していた時
韓族は皮のヨロイ着て短剣を身に付けてたんだけどね

418 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 17:05:44.63 0
金官伽耶程度の大きさだと、鉄剣どころか近代火器を装備してても数で圧倒されてすり潰されそうな予感

419 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 18:18:22.12 0
そもそも金官国は倭人の国だからな加羅地方の諸国と違って

420 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 19:37:29.95 0
日本や半島に金属製加工品が入った頃ってもう青銅器と鉄器の同時使用時期でしょ
用途に合わせて使い分けてたはず
ローマじゃ鎧は青銅器が長く使われてた
鉄のが硬いけど銅は薄くした時に粘りがあって割れにくく錆び難いのが理由だとか

421 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 20:41:47.61 0
>>418
倭国の強さは究極的にはそこだよ
人口の多さ
工業化されるまでは何もかも人力だった
人口の多さは国力、人は資源だ
そこから奴隷という商品が成立する

最初の倭国王の時だって半島は【邑君】だし
倭国は金印、韓レンシ邑君は銀印
まあ、別に階級を競うつもりはないが、これは単純に代表者の支配する人口を示しているのでは?

422 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 20:42:57.06 0
>>420
始皇帝の秦も武器類は青銅器だしな

423 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 20:44:38.34 0
秦の青銅器は下手な鉄器よりも丈夫だったんだっけ?

424 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 20:47:31.48 0
そもそも韓国人はバカだから日本を支配するなんて今も昔も無理

425 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 21:18:18.43 0
>>424
闇社会と芸能界は既に・・・

426 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 22:44:05.85 0
【韓国紙社説】ウソの歴史を子供たちに教え続ける日本への対抗策として、同じく被害国である東南アジア諸国と連携しよう [09/16]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1379810272/l50
【韓国紙社説】ウソの歴史を子供たちに教え続ける日本への対抗策として、同じく被害国である東南アジア諸国と連携しよう★2 [09/16]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1379827758/l50

最も目立つ歪曲は任那日本府説だ。これは古代日本が韓半島南部を攻撃して百済・新羅・伽耶
を支配したという主張であり、過去において韓国侵略を正当化する道具として使われてきた。古代
国家の形成が韓国よりはるかに遅れた日本がどのように韓半島南部を支配したという話なのか。
逆に百済貴族が日本の王になったという記録が残っている。さらに2010年3月、韓日歴史共同
研究委員会は「任那日本府説は事実ではなく、廃棄に合意する」という発表までした。このような
任那日本府説を歴史的事実として教える教科書が、いまでも日本にあるのだ。

427 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 22:47:45.53 0
つまり日本書紀は帝国主義者が書いたってことか

428 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 22:50:13.98 0
百済貴族が日本の王になったと言う記録はどこに残ってるんだろう?
韓流ドラマの台本?w

429 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 23:00:06.34 0
>>428
そんなの聞いたことないね
百済滅亡後 百済王族は帰化したんだから 主従逆転したとでもいうのかね?

430 :世界@名無史さん:2013/09/22(日) 23:19:20.24 0
>>388,>>392
紀大磐が三韓を一時的にでも征服できたのは
天皇の勅命を受けてやってきた全権将軍を自称したからだろう
それがあっという間に勢いを失ったのは
ただの自称で本国の与り知らぬことだってバレたから。
むろん本人は処刑されたはず、それがないのは記録が散逸して
断片的な記事を拾ってるだけだから。日本書紀にはよくあること。

431 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 00:10:19.12 0
天皇や配下の公家が朝鮮人なら、こうも半島人と日本人の気質や国力、世界からの評価が正反対な民族にならないだろう。血は水より濃い、子は親に似る。
朝鮮人が統治してたらもっと凄まじい腐敗と悪徳が蔓延る半島型の血も涙もない国になってるだろ。

432 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 01:04:40.06 0
>>423
漢代に鋼鉄を鍛錬する部分と芯の部分に分けて接合する技法が産まれるまでは
鉄剣は強度を保ったまま長い物が作れ無かったしね

433 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 04:59:41.49 0
>>429
百済は滅亡以前から日本列島にちょこちょく入ってきてたよ

434 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 05:31:36.22 0
日本書紀とか古事記は、基本半島南部は蕃国扱いだから、帝国主義に従って書かれてるというのもあながち間違いじゃない。

435 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 05:42:36.62 0
>>416
その頃にはもう鉄器使っているだろ。
たいてい日本のほうが早かったんだし。
近年の研究では倭>任那の順番で製鉄が開始されている。
ただし当時日本では砂鉄しかなく、鉄鉱石がなかった。
なので鉄を輸入したり、鉄片や壊れた鉄器を修復しながら使っていた。

日本に弥生人がきたのは2000年前ごろ。
これが中国南部あたり、今で言えば上海よりもさらに南あたりからだが、
彼らが製鉄技術を持ってきたと考えるのが妥当で、

436 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 06:09:32.76 0
そもそも伽耶とかは最初から倭人の植民都市だったと思われ。
紀元前2000年頃から倭人が切り開き開拓した、本来日本固有の領土である半島に後から来た鮮人の先祖が戦後の在日と同じような手段で不法占拠して乗っ取ったのが今の半島国家。

437 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 07:21:16.88 0
>>433
百済系渡来氏族は滅亡前から入ってるが
直系ともいうべき義慈王の子は持統天皇から百済王氏を滅亡後賜ってるから
この時「帰化」でしょ

438 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 10:48:42.89 0
天智と豊璋は同一人物だと聞いたことがある。
天武は新羅人の忍者と聞いたこともある。
源氏が新羅系で平氏が百済系とも。

あと、宮中というか天皇家の人たちは、内々ではかなりあとまで、
朝鮮語を使ってたとかなんとか。

439 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 10:52:04.37 0
>>434
んじゃ中国の歴代史書はそれこそ・・・
他国にたいして帝国主義と非難できる義理などないわな

440 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 11:28:09.17 0
釣り針大きすぎ
在日認定乙でいい?w

441 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 12:31:40.06 0
列島にいた倭が最初から文明的に高かった訳ではない
倭は半島にもいた
彼らが九州に渡り文化を伝えた

442 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 12:54:04.18 0
高い文明を持っていた半島と日本列島の先住民族である倭人は、今の日本人同様お人好しだったため、野蛮で嘘つきなDQN鮮人に半島を乗っ取られてしまった。

443 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 13:52:44.12 0
>>442
そういう話は李朝以降のスレでやっていただきたい
現代のイデオロギーを元に古代史を語るほど愚かなことはない
まずこの頃に日本人だの韓国人だのといった現代でいうナショナリズムなどないのだから

444 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 14:41:06.45 0
いつも思うんだけど、百済王氏っておかしくない?
百済が氏で王が姓でしょ
藤原朝臣氏とか言ってるみたいで変

445 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 16:38:44.03 0
>百済が氏で
ん?

446 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 17:02:53.50 0
クダラノコニキシ
ハワイノコニシキ

447 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 18:50:52.16 0
>>426

> 逆に百済貴族が日本の王になったという記録が残っている。

もうね、何もコイツらと語り合う物事はないと思う

448 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 18:53:22.12 0
>>438
オレは鎌足がホウショウだと読んだが
関裕二だったかな

449 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 19:42:32.66 O
ビッグコミックに連載中の「天智と天武」がオリジナルかと思った俺って馬鹿。

450 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 20:21:36.27 0
>>447
天皇の臣下として、王(コニキシ)のカバネを賜ったことを誤解してるんだろうな。
日本で育った子孫は長ったらしくて舌を噛みそうな姓でありがた迷惑だったことだろうw

451 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 21:47:41.62 0
>>449
あれだと天武で女系に乗っ取られているなw
ただ天武は出生に皇族としてはおかしな点があるから、
なくはないと思っている。

452 :世界@名無史さん:2013/09/23(月) 23:58:24.77 0
>>451
皇極天皇が再婚する前に産んだ漢皇子だっけか
あれが天武だとすると天智よりかなり歳上になるはずだが

453 :世界@名無史さん:2013/09/25(水) 12:15:57.34 0
とゆうより皇極天皇自身の出自が謎すぎるし
何故か斉明天皇ってもう一つの名前があるし
謎の人物だよ

454 :世界@名無史さん:2013/09/25(水) 19:48:34.05 0
正直、日本書紀の内容はアテにならない。
7世紀の内容ですら、かなり史実が改竄、創作されてる疑惑がある。

455 :世界@名無史さん:2013/09/25(水) 20:00:35.63 0
藤原フヒトが改竄したんだろう。どうにも天皇含め胡散臭い一族だよな
かと言って日本が朝鮮やシナのように美徳の一切無い腐敗と悪徳が蔓延る国だったかと言えばそうでもない。古代縄文宗教、神道も残ってるし。不思議な国だな

456 :世界@名無史さん:2013/09/25(水) 20:02:16.67 0
>>454
書紀は非常に客観的で信憑性が高いよ、三国史記と比べたらね

457 :世界@名無史さん:2013/09/25(水) 20:06:10.69 0
藤原氏の秘密
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara2.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara3.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara4.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara5-1.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara5-2.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara5-3.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara5-4.htm
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/fujiwara6.htm

458 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 00:38:39.52 0
神道って縄文宗教なんだろうか?むしろ仏教伝来以前に日本列島在来で存在したかもしくは伝来した宗教・信仰の類のものの総称のような気がする

459 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 00:51:20.48 0
寺院と神社は明らかに違うじゃん。神社のほうが日本人にとって身近な気がする。神輿とか鳥居とか

460 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 00:56:01.17 0
基本的なことを聞いてごめん
弁韓と伽耶ってどう違うのだ?
弁韓=伽耶じゃないのか?

461 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 01:11:22.11 0
>>454
まあ、そういう点もあれば、意外に事実を伝えていたことが判明する点もある
箸墓の葺き石を二上山から運んだとあるが、これは成分を調べたら事実だった


歴史書は疑ってかかるのが基本だから、そこから史実を抽出できたらいいんじゃないか

462 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 01:14:43.00 0
>>458
素朴な疑問だよね
オレは仏教という外部宗教が存在したことで初めて意識された存在ではないかと思っている
つまり光があるから影ができるというようなもの
仏教が光とは思わんけど

463 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 01:22:18.93 0
>>460
倭新羅任那(狗邪韓国)加羅(弁韓)秦韓(辰韓)慕韓(馬韓)六国諸軍事

464 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 02:08:56.20 0
>>463
加羅って伽耶のことだろ?
狗邪韓国って金官伽耶のことだろ?
加羅=伽耶(金官伽耶)=駕洛国=狗邪韓国=任那ってこと?
うーん訳がわからん

465 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 02:44:23.63 0
訳が解らないのではなく理解したくないだけな

狗邪韓国は狗邪韓国、後の任那で倭人の国
加羅(弁韓)秦韓(辰韓)慕韓(馬韓)とは位置が違う

466 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 06:50:44.78 0
倭人の国なのに狗邪「韓国」とは、これいかに?
韓族の国なんじゃないの?

467 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 08:35:49.42 0
>>464
都市国家連合のようなものだから、参加する都市の数により領域は変化する
盟主も変わる
韓は前漢時代の真番の後裔だろうね
九州人も混じってたと思う
魏志倭人伝はクヤカンコクから始まってる
示唆的だな

468 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 12:20:29.50 0
>>466
狗邪国は倭人の国じゃないだろ
だったら金官伽耶の王金首露は倭人の王ってことになる

469 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 14:37:01.65 0
>>466
狗邪韓国は倭人の国だよ、倭国の北の端だと書かれている
弁韓条などにも南を倭と接するとあるが、それが狗邪韓国

狗邪韓国長(高麗名金官国)金首露は
倭人の族長か創作された存在か、どちらかだろう

470 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 21:18:02.36 0
>>469
>狗邪韓国長(高麗名金官国)金首露は
>倭人の族長か創作された存在か、どちらかだろう

おいおいそんなこと日韓双方の教科書にも書かれていないぞ
金首露といえばその弟にあたる伊珍阿鼓王(大伽耶国王)はイザナギじゃないかという説があるな
また大伽耶の根拠地高霊(慶尚北道高霊郡)は高天原じゃないかともいわれている
そう考えれば金首露王が倭人の王だったと考えることも出来るがどうなんだろ?

471 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 21:51:26.97 i
少数の倭人が居住していた倭国辺境の過疎地帯だった半島南部に、楽浪帯方滅亡で漢人系の難民が保護を求めて多数流れ込んできたという感じでは?
伽耶の諸国が倭に征服されたというより、難民の中の有力者を王に冊封したという感じかも。

472 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 21:58:33.98 0
670年に日本という国号が出来たというのにそれ以前の4〜6世紀に任那「日本」府なんておかしくね?
もしこの地域を倭人(日本人)が治めていたとしたら任那ヤマト府にならんとおかしいやろ

473 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:12:54.77 0
え?それエンコリネタじゃん
ネタが古いよ専門板なんだからそんなしょうもない釣りすんな

474 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:45:16.41 0
>>460
伽耶は伽耶諸国の総称としていう時とその中の特定の国をさす場合がある
弁韓は12カ国の総称
総称として使う時はほぼ同じ意味
ただし弁韓を政治的な意志をもった政治主体として使ってる場合は総称じゃなくて
特定の国だろうけどね

475 :世界@名無史さん:2013/09/26(木) 22:54:47.99 0
弁韓は地域名で特定の国を意味しないよ

476 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 00:18:09.76 0
>>469
しかし「倭人在帶方東南大海之中、依山島爲國邑。」を見ると
どうにも大海中の島にいるように見えるんじゃよな
「到其北岸狗邪韓國」って倭の北側の岸の狗邪韓國って意味かもとか思った

477 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 00:54:31.79 0
>>470
高天ヶ原が高霊カヤ?誰がそんな電波を
矢追純一か?韮沢か?

478 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 01:30:21.51 0
>>476
韓在帶方之南,東西以海爲限,南與倭接,方可四千里。
三韓の土地は南を海と接していない

弁辰與辰韓雜居,亦有城郭。其?盧國與倭接界。
涜盧国と倭は境を接している

帶方郡至倭,循海岸水行,?韓國,乍南乍東,到其北岸狗邪韓國,七千餘里。
狗邪韓国到着を以て倭国へ至るとあり、狗邪韓國を倭としている

其大倭王居邪?台国。?浪郡徼,去其国万二千里,去其西北界拘邪?国七千余里。
大倭王の国の西北境を狗邪韓国としている

狗邪韓国が倭に含まれていたのは疑う余地が無いと思う。

479 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 01:46:18.73 0
> 其大倭王居邪?台国。?浪郡徼,去其国万二千里,去其西北界拘邪?国七千余里。
> 大倭王の国の西北境を狗邪韓国としている


これも魏志韓伝かね?

480 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 02:05:17.22 0
山海経=古代の矢追純一
人間何千年たっても考えることは変わらないんだなw

481 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 07:45:10.54 0
>>477
高霊の伽耶大学校内に高天原故地碑というものがあるらしい

482 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 08:36:52.29 0
>>481
ワロタwwwwけど恐ろしいわバカチョンのバカさ加減

483 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 08:38:21.89 0
>>480
いいえて妙だな
しかし正史の晋書もかなりキテるからチャンコロの史料は精査しないとね
ま、科学知識が現代と違うのだろうが

484 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 16:48:05.78 0
任那は金首露王の王妃アユタ国(サータバーハナ朝)出身のファンオク王妃がが最初に辿り着いた主浦(ニムナ)を語源としている

485 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 18:09:07.40 0
高天原って高句麗だろ?
天孫降臨って、馬に乗った天孫族が倭人を征服したことに基づいた伝承だろ?
手塚先生の火の鳥黎明編はそんな感じだったぞ。

486 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 19:09:00.46 0
けどなあ。日本語とか伝統風習がそのまんまなんだわ。
他国から大規模に流入した、征服されたにしてはおかしいことになる。

487 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 19:11:06.99 0
>>479
後漢書、書かれたのは同時期

488 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 20:22:03.40 0
火の鳥って白村江の戦いを日本の太平洋戦争敗戦に重ね合わせてるようなとこあるからなぁ・・
今見るとワリとトンデモないこと描いてると思う
手塚作品のなかでは一番評価低い(自分評価で)のが火の鳥
てゆうか手塚のダメなトコが前面に押しだされた駄作

489 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 22:11:07.96 0
第二次大戦を経験した人は戦争があのイメージが基本なんだよね
まぁたしかにエンタメ作品としてはアレだがおっさんになって知識増えてからよむと
それなりにおもろいよ
トンデモは漫画はトンデモを描くものとおもってるからなぁ
ロピタの話はおもろいんだが

490 :世界@名無史さん:2013/09/27(金) 22:20:50.61 i
>>485
つまり、そんな高句麗を滅ぼした奴らの子孫である朝鮮人は日本にとって不倶戴天の敵だからこれ以上のさばらせておくわけにはいかないって言いたいんだねw

491 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 00:59:29.04 0
>>488
古代史はひどいね
しかも映像化は角川ときた
ウンザリよ

492 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 02:42:34.61 0
半島がもし存在してなかったら、日本はどうなってたかな?遅かれ早かれ中華式の文明は取り入れるだろうからそんなに日本文化は変わりないとして
モンゴルの襲来もなく(正確には半島→九州ですら無理だったので華南→九州も失敗する)、朝鮮併合もなく、朝鮮人に悩まされることもなくなるかな?

あいつらと関わって良かったと思えるのは敗戦後に日本じゃなく半島が冷戦の対決の場になってくれて日本の変わりに分断してくれたことぐらいだよな
まあ日本はゴミみたいな乞食国家にあそこまで投資して近代化して人口も教育も増やしてやったんだからWinWINだけど

493 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 03:12:23.07 0
そもそも朝鮮から中華文化が入っていたというのが間違い。

494 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 03:20:59.11 0
てことはつまり古事記・日本書紀は完全に虚妄ってこと?

495 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 03:28:51.11 0
そもそも高句麗・百済は満洲系・中国系国家。たまたま朝鮮半島側に少し出っ張ってただけで現代の朝鮮人とは全く何の関係もない。

496 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 03:41:00.08 0
五胡十六国にも入らない高句麗が中国かなあ

497 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 05:10:57.54 0
>>493
評価の難しいところだ
前漢時代の真番郡は洛東江流域、つまり釜山近辺
三國志によると辰韓(秦韓)弁辰はこの跡地で中国人が住んでいたとある
つまり、朝鮮人が中国文化を伝えたというのは大嘘でも、半島から伝わったというのは事実だ
なにせ半島が中国そのものだったんだから

498 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 05:13:58.76 0
>>496
前漢武帝の設置した玄莵郡の郡治(首都)が高句麗県でその後高句麗という国が現れるわけさ
意味深だろ?
つまり、中国の廃棄した都市を原住民がぶん取って建国するパターン
西域なんかはそういうの多いよ

499 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 07:50:34.29 0
さすがに釜山まで漢の郡県だったってことはないだろう。真番郡って、もっと北の方だろ。

500 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 10:50:08.19 0
在日が戦後のドサクサに日本でやったのと同じ様に、その祖先は中国人が開拓した地に不法入国・不法占拠して奪ったんだな。

501 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 11:31:14.54 0
>>499
詳細は岡田英弘【倭国】(中公新書)をどうぞ

長安を去ること7840里
マイレージ換算でもぴったり洛東江流域

502 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 11:40:41.96 0
>>500
しかし三国志とか見る限り中国も現地の国・勢力を併合したことになってますな
最初の箕子は平和的に治めたことになってるけど

503 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 13:39:23.93 0
>>499
郡県ではなくても封建支配していた可能性は残る
黄海側は燕の時代から南部まで支配していたし

504 :世界@名無史さん:2013/09/28(土) 18:55:41.72 0
そもそも朝鮮開拓したの燕人だからな
箕子朝鮮なんてのは後付けだろう

505 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 00:11:52.09 0
しかし無文土器時代・青銅器時代の内、燕が関わるのは時期的にも
地理的(西北部)にも半島の一部だし

506 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 02:05:28.21 0
沿岸沿いに南部まで達してるよ広く深くってわけじゃないが点々と

507 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 02:23:34.36 0
中華王朝がローマだとすると、朝鮮半島はガリア、日本はさしずめササーン朝ペルシアといったところか

508 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 08:35:56.95 0
日本列島は倭人(とすら言えない状態の縄文人)が裸でウホウホ言って、
狩りや漁で暮らしていただけですが。

509 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 09:04:15.66 0
>>506
商業ルート沿いに都市(市場)を作るだけなのでそうだろう
中国人自体は都市にしか住まない

510 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 10:57:13.20 0
>>508

その縄文人に身体的コンプレックス抱いてる靺鞨人の末裔

511 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 13:09:17.69 0
縄文人、弥生人の区別ってものすごくイデオロジック

512 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 13:53:56.47 0
>>509
商売する相手は居ないよ、居たとしても物産の豊富な日本しかない
中国人は良好な土地に入植し周辺を開拓して定住した
勿論生活の糧は主として農耕

513 :世界@名無史さん:2013/09/29(日) 21:38:44.71 0
>>512
中国人はなんだって持ってこさせるよ
鉱物でも出ればめっけもの
原住民はなんの価値があるか分からなかったろうな
そんな調子で中国商人はどこまでも拡散してゆく
中国文明はそうして広がったわけよ

514 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 02:10:53.51 0
檀君 箕氏は伝説の範疇だよ
歴史として始まるのは衛氏からだよ

515 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 03:14:14.46 0
檀君神話は中世からの挿入だし・・

516 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 03:57:01.40 0
檀君朝鮮は伝説じゃなく神話の範疇w
歴史として始まるのは箕子朝鮮から

517 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 09:47:34.37 0
箕子は怪しいな。国としては衞満からだろう。
ま、朝鮮って種族はいたらしいが、明朝が授けた朝鮮とは無関係だろうな

518 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 11:45:38.19 0
朝鮮の「鮮」は鮮卑の「鮮」じゃないの?

519 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 17:29:38.85 0
>>518
朝鮮という言葉が出来た頃は鮮卑はまだ東胡じゃね?

520 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 17:33:10.18 P
>>517
国としては箕子朝鮮から、考古学的には疑いの余地が無い
記録的には衛氏朝鮮からかもしれんが

521 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 19:47:45.00 0
>>520
まあ、史記『宋微子世家』にあるようだね文献は
周の武王が殷王の親戚の箕子という賢人を朝鮮に封じたとある
弧竹国の伯夷、叔斉など周に反抗的だった殷人の末裔の伝説か、あるいは燕国の支配下に入った殷人の伝説なのか
この手の〇〇国の起源は中国人という話は史記に多いね。果たして事実かどうか

522 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 20:43:23.68 0
燕とは違うから、本物の箕子の方国だったか
無名の殷人集団が朝鮮の地に国を作ったか。

北部を燕に奪われた明確な時期も謎だよね

523 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 21:05:14.01 0
大和朝廷を作ったのが渡来人なのに、何故文化的に劣った土着の縄文語である日本語を喋るようになったのか?
理屈に合わないじゃない。侵略してきたくせに支配した土人の言葉喋るなんて。最先端の仏教も持ち込んだのに神道のほうが現代日本人は馴染み深い

524 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 21:26:06.37 0
>>522
まあ、結局は平壌平原を開拓したのは中国人てことか
楽浪郡の下地はすでに出来ていた

525 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 21:27:09.84 i
>>523
幸いにも弥生人はどこぞの野蛮で粗暴な半島土人ではなくて、温厚で文明的な呉越の民だったので、意外にも弥生人と縄文人はほとんど争うことなく協力して倭を建国した。
辺境の過疎地だったはずの日本列島が倭人伝の時代には大国として台頭できたのはそのため。

526 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 21:31:58.16 0
南の連中は、高山族とか苗族・瑶族みたいに、すっんげー獰猛だぜ!!!
19世紀まで首狩りしていたんだぞ (爆)w

527 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 22:05:24.71 0
>>525
>523が言ってるのはそういう外人が支配したはずなのに日本語は独特だって話
中国に日本語に近い言語があるのかな
無いんだよな
オレも呉越、とりわけ越人渡来説を信じてるけど、言語の問題は謎のままだ

528 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 22:12:15.94 i
>>527
侵略ではなく、平和的に溶け込んでいったから数が多いほうに合わせたということでは?
弥生人は海を渡ってくるんだから、いくら縄文人の人口が気候変化で減少気味だったとしても、後者のほうが圧倒的に数が多いはず。

529 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 22:42:52.51 0
>>523
征服して土着の言葉になるのはわりと例はあるわな。ノルマン朝とか清とか
ブルガールとか民族移動後のゲルマン諸国とか
まあ大和朝廷が渡来系かというとよくわからんし記紀を見る限り大和朝廷に
渡来意識は無さそうだが

>>522,>>523
秦開が活動したのが300BCぐらいとして考古学的に見ると燕の東方に
おける活動はさらに遡るらしいがさて400BCぐらいなのか、東の果てが
鴨緑江だか清川江だか大同江だか、平壌に達していたかはよくわからん
青銅器製造は既に行われていたが、300BC頃からという鉄器時代の始まりに
燕の活動が関わってるかも

燕人の満(衛満)がやってきた195BC頃、鉄器時代の朝鮮がどういう状況だったか
箕子の子孫を名乗る国があったのだろうか? 呉とか越とか(雲南の)テンとか
中国の有名人の子孫を名乗る例はわりとあったようだけど

530 :世界@名無史さん:2013/09/30(月) 23:02:00.06 0
金官伽耶
1 金首露(太祖) 許黄玉
2 居登王(道王) 慕貞
3 麻品王(成王) 好仇
4 居叱弥王(徳王)阿志
5 伊尸品王(明王)貞信
6 坐知王(神王) 福寿
7 吹希王(恵王) 仁コ
8 金至知王(荘王)邦媛
9 鉗知王(肅王) 淑
10 仇衡王(讓王、世宗) 桂花

531 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 00:03:39.61 0
百済が生き残ってたらどんな国になってたのか気になるな。日本に似てたのかな(言葉や文化習慣衣服)
大陸文化と日本って似てるようでどこか違うし。(朝鮮と中華はそっくりなのに) この差異はどっからいつ生じたのか
百済や伽耶が半島人と日本人の共通の祖国なら気質も文化も違うの

532 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 00:38:31.34 0
>>528
まあ、それが現実的だろうね
渡来といってもたどり着いたのは出航時の何割なのか
寄港先ですぐ食料にありつけるのか
アメリカ移民だって最初は餓死しかかっててインディアンに助けられてる
土着民の助けなしに渡来人もクソもないのかも
徐福みたいな大船団であっても、だ

533 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 00:42:40.07 0
>>529
衞満の場合、ぶん盗ったのは秦の城塞みたいだ
もともとは燕のものらしいけど
王険城(平壌)は後から造ったのかどうか

534 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 01:21:37.00 0
>>531
百済は支配層と被支配層の言語が異なってたという説があるけどその場合
支配層の言語は残り難かったかも
半島統一に成功すれば別言語の割合がさらに上がるだろうしその場合は
現実とさほど違いは無いかもしんない

>>533
末期燕-秦のピーク時は平壌に達したかもな。衞氏も造る時間はあったろうけど
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/28801
とか見ると漢の郡県制以降は影響が顕著なようだ

535 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 02:59:50.99 0
清って土着化したのかなぁ・・
逆じゃないの?北京語って満州語のような気がするんだけど・・
弁髪強要(しなきゃ死刑)、服装強要と徹底的に満化政策した清が言語だけ野放しってありえないでしょ

536 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 12:33:27.32 0
>>534
> 百済は支配層と被支配層の言語が異なってたという説があるけどその場合
>

隋書によれば百済最後の王都の【夫余】には『始祖仇台廟』があって四季にこれを奉ったとある
対して高句麗は三國志に『夫余の別種』と書いてあるし、
広開土王碑にも『惟うに昔、始祖スウボウ王の基を創れるや北夫余より出づ』と大書してある
岡田英弘の説だと、この仇台というのは高句麗の将軍か何かで帯方郡を任されていたが、
前燕のボヨウコウに高句麗が滅ぼされたのを見て独立したのだろうと書いている
おそらくそんなところだろう
百済の初出も345年だ

537 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 12:34:52.38 0
百済は王族が夫余でブレーンや兵士平民は中国人だな

538 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 12:55:45.36 0
>>536
スウボウ王って朱蒙(チュモン)のこと?
ボヨウコウって慕容皝のこと?

539 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 19:11:32.96 0
>>537
侵略植民地支配している黄海側の諸道は中国に返還しないとな

540 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 19:44:28.39 0
>>538
スマホだと漢字見つけるのダルくてね

541 :世界@名無史さん:2013/10/01(火) 23:27:43.23 0
>>538
朱蒙は三国史記だっけ?あんま当てにならんね
オレは信じてないわ

542 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:14:00.53 0
>>535
それだと満州語や満州文字や故宮博物館とかにある満州語文献とかは何なのよってことになる

543 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:38:17.11 0
おまえら任那の話しろよ

544 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 00:39:35.11 0
岡田英弘厨がいるな…w

545 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 02:27:13.28 0
>>542
日本語全廃してチョン語を強制されるのと
だっさいキノコカットを義務付けられるのを
どちらか選べと言われたら、誰だってキノコカットを選ぶわな

546 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 21:06:37.11 0
鉄の王キムスロを見て、太王四神記を見て、
日本書紀の伝える任那日本府なんて虚妄だということを確信した。

547 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 22:19:44.40 O
それはドラマで歴史を語りたい人がいるスレで言えばいいんじゃないかな

548 :世界@名無史さん:2013/10/02(水) 23:39:35.45 0
>>546
洗脳されてキムチを肴にトンスルで晩酌するようになったのですね

549 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 14:43:40.29 0
>>546
そんなもの見ずしても学会では任那日本府など虚妄の代物だと答えはでてるよ
未だ学会とは関係のない一部のネトウヨは現代のナショナリズムに即してこの領域の支配を主張しているが鉄器の使用なしに広域支配などありえない
まだ青銅器の剣でちゃんちゃんばらばらやってた倭国が大和を中心に日本列島を飛び越えて朝鮮半島を支配下においていたなど笑止千万
列島内でも北九州および出雲すらまともに平定しえてないのにどうやってそんなところまで補給したのかも疑問

550 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 14:58:55.91 O
それは一体何世紀を想定して言っているんだ?

551 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 15:03:58.66 0
>>550
伽耶の首露王や高句麗の東明聖王の時代だから1〜2世紀頃の話だろ

552 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 16:08:01.61 P
>>550
紀元前6世紀頃の話じゃないかな
前1千年紀後半になると半島南部は倭人に征服されてるから

553 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 16:15:29.80 0
4〜5世紀の話でしょう
6世紀はすでに撤退ムード
鉄資源求めての進出だし森林資源が枯渇すれば用無しだし
そこら辺ドラスティックだと思う

554 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 16:33:17.33 P
>>553
森林資源が枯渇した事実は無いし鉄資源は関係無いよ
百済が半島南部に南下して国を再興し、6世紀に至って漸く新羅が建国され
本土から遠く離れた倭国は領土を放棄せざるを得なかったというだけ

555 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 17:18:25.52 0
鉄器は輸入してるから存在するし
エジプトは青銅器帝国なんだが
文献や考古学資料無しに鉄一点突破で日本府を否定するのは朝鮮人だけで
共産国中国でさえ日本の影響は認めてるというのに

556 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 18:57:46.33 0
基本的に7世紀以降は半島南部はエネルギー不足だよ
8世紀からの半島の荒廃はそれは原因でしょ

557 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 19:05:37.68 0
8世紀からの半島の荒廃は
政治の全く整備されていなかった新羅が
情勢に恵まれて半島の中南部を統一したのが原因

558 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:19:14.07 0
そうなのかな〜一応新羅って歴史ある国じゃないの?
律令制だったみたいだし

559 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:28:35.65 0
新羅は確か公設の役職が確認されて無い筈
記録だけ残らなかった可能性も無くは無いけど、考えづらいかと

歴史の始まりは遅いよ、南朝宋の時点でまだ建国されて無いし
その後も暫くは倭国や高句麗の庇護下、従属下に居たから

560 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 21:34:39.50 i
>>558
歴史を通じて中国以外で曲がりなりにも律令制をきちんと運用していたことが確認できてる国は日本だけ
記録が残ってないだけかもしれないが、相当な国力がないと必要な数の官僚を養えなかった可能性がある。

561 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 22:00:03.40 i
あと、日本書紀に新羅が秦氏の来日を必死に邪魔したってあるけど、高度な技術と組織力を持った中国系半島住民が大量に日本に逃げたしたことによって、半島に漢の時代から蓄積されていた文明は三世紀ころに完全にリセットされたのかも。

562 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 23:37:43.11 0
>>549
必死すね(´・ω・`)

563 :世界@名無史さん:2013/10/03(木) 23:41:10.66 0
>>554
9世紀には禿げ山ばかりになって鉄の生産も出来なくなったと高山正之のコラムで読んだな
1dの鉄を作るために小さな山一つ無くなるそうだからあり得る
あいつらは木を切ったあと植えることをしない
日本列島ほど湿潤でもなくて森林の育ちがかなり悪い

564 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:00:38.01 0
>>554
6世紀に至って漸く新羅が建国され
>>559
>>歴史の始まりは遅いよ、南朝宋の時点でまだ建国されて無いし

前秦に対する377年や382年の朝貢、広開土王碑の399-400年の記述は認めないということ?

565 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:15:31.73 0
>>564
梁書にある通り、未統合な小部族の様な存在で
未だ到底国とは呼べない存在って事

566 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:16:34.27 0
>>563
禿げ山ばかりになる程の大量の鉄器が確認されてない

567 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:20:19.27 0
製鉄のためだけじゃなくて、そもそも新羅の農耕技術が遅れていて焼き畑農業でもやってたんじゃない?

568 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:43:03.17 0
>>566
いや鉄器なんの為に作ったと思ってんの?
日本に持ち帰る為で現地で使う為じゃないよw

569 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 00:44:55.94 0
>>565
梁書つうとこれじゃよな↓
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/siragi-kanbun1-ryosho.htm
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%A2%81%E6%9B%B8/%E5%8D%B754#.E6.96.B0.E7.BE.85
小国のようだが当時の基準で特に国ではないとも言えないような?
"土地肥美,宜植五穀。"とあるから農業的にはわりと良い土地か
6世紀に国制の整備と領土の急膨張があったようではあるが

570 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 01:11:01.52 0
>>569
だから梁の時代に国と呼べる段階へ進んだという事

571 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 02:18:42.48 0
>>566
ほとんど持っていかれたんだろ
日中に

572 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 04:18:28.91 0
朝鮮に残った分も持ち出されたものも普通に考えたら9割は鋳潰して使いまわしてるだろうから、まあそのままどっかから出てくるわけないな

古墳に副葬品として埋められるような名剣とかその類のものは別として、実用品なんてそんな扱い

573 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 08:58:48.01 0
室町後期日本や古代中国のそれ以降と比べて
圧倒的に発見量が少ないんだよ
日中以上に輸出、再生したわけじゃ無く純粋に生産量が少ない

574 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 20:52:37.71 0
549は時代すらよくわからん。

575 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 21:15:34.10 0
在チョンの願望だから時代マジェマジェだろw

576 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 23:38:22.29 0
>>570
体制は段階的に整備されるだろうけどあまり厳密なこと言うと倭とか他の国
も随分遅くならね?
倭もあんまり中国に朝貢しなくてデータ飛ぶけど西海岸併合する以前の
新羅も中国への朝貢は随分少ないからデータ飛ぶね
国と呼べる段階とかどうもよくわからん
墓の遺品などは4,5-6世紀であまり変化無いように見える

577 :世界@名無史さん:2013/10/04(金) 23:49:01.30 0
>>576
民族の存在と王権の成立とがごっちゃな観念になってる気はするね
まあ、そもそも民族概念自体、王権と関わるのだけど

578 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 00:01:06.45 0
>>576
ならないよ、倭国は邪馬台国の時点で広域国家だし
百済も南朝から官職貰う程度には国の形態を成してる。

新羅は馬韓人を王としていたり倭人を王としていたり
初期の頃はまだ新羅自体が国の体を成してないし
他国の併呑も進んでない

579 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 03:22:51.39 0
>>578
我々より小さかったら国じゃないっつーのもなー
官職っつーか中国とろくに付き合い無かったわけだし

馬韓人の王は3世紀の辰韓じゃね? 実際、その話は晋書に載ってるし3世紀に
辰韓の名で晋に朝貢しとるわけだし

太平御覧の孫引きだが辰韓朝貢から約100年後に前秦に新羅の名で朝貢した
時に昔の情報と違うと言われたそうだが、やはり楽浪郡・帯方郡の衰退滅亡
や高句麗の膨張などが玉突き状に変動をもたらしたのだろうか

倭人王って脱解のこと? しかしそれを5世紀?のこととする理由が
よくわからん

580 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 05:24:34.20 0
>>579
よくわからん歴史観持ってるヤツっているよ
皇学館の関係者かなぁ

581 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 05:44:52.84 0
辰韓から新羅へは段階的につながってる
どの段階で国ができたかなんてのは定義次第でなんとでも言えることだろ
6世紀になってようやく建国ってのは単に国号と君号を定めた話
これは503年に最終的な形式が整ったってだけだから実質はもっと前

286年の最後の辰韓朝貢から377年の新羅初見までの間に
辰韓から新羅への変化がありこれを実質的な新羅建国とするのが通説

だが俺の説としては辰韓と新羅との関係は弁韓と任那の関係のように
なだらかにつながっており、馬韓と百済の関係とは全然違ってるわけで
辰韓と新羅の間に決定的な相違は認められないと思う

582 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 08:19:05.55 0
>>581
辰韓(秦韓)の一国、斯盧国が新羅と見られているだけ
同じ理屈で馬韓(慕韓)の伯済国が百済と言うわけだが、疑問点が多い
魏志韓伝は所在地まで記していない
当時は単なる都市国家で新羅の王家と関係は薄いというかまるで無関係だろう
同じ地名だとか国名だからというだけで歴史の連続性を認めるわけにはいかんね
倭国にしても倭国王帥升と隋書のアマタラシヒコは繋がらないと思う
ただ、日本の場合文化的に大きな変化は少なく(前方後円墳等)、連続性を主張しても無茶ではない

583 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 08:22:27.38 0
>>582
訂正
×辰韓(秦韓)
◯弁辰

584 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 08:36:17.83 0
辰韓は1国の名前ではないから、辰韓と新羅は全く別個の存在

また三韓は楽浪帯方に属する支配地扱いをされてる、

585 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 13:57:21.29 0
>>584
楽浪帯方の韓ワイに対する支配もなかなかよく揉めてたみたいやね
広開土王的には高句麗が楽浪帯方を滅ぼしたから支配も受け継いだみたいな
感じなのかな
弁辰とか鉄を韓ワイ倭など皆取りに来る、銭のように鉄が流通する、
楽浪帯方にも供給すると東西南北諸勢力が入り乱れてる感じやね

http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/28801
によると辰韓・弁辰のあたり(東南部地域)は楽浪郡が出来た頃(紀元前1世紀
、青銅器の衰退期)に爆発的に遺跡が増えて独自様式が出るとともに
楽浪-漢式文物が多く流入し弥生青銅器もまとまってみられるそうだし

この辺の諸勢力がやがて"本来は我々の縄張り"的発想を持つように
なったのかな?

586 :世界@名無史さん:2013/10/05(土) 18:26:46.29 0
【社会】百済・武寧王の生誕地・加唐島など、九州の中の韓国を歩いて探そう…駐福岡韓国総領事館が企画、「市民と意見交換の場に」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1380815161/

 駐福岡韓国総領事館は朴鎮雄(パクジンウン)総領事が日本の市民と一緒に、九州に点在する韓国ゆかりの地をめぐるツアーを
5日から始める。初回は、韓国で人気のトレッキングコースの手法を取り入れた佐賀県武雄市を訪問。今後、朝鮮陶工の李参平を
陶祖とする有田焼の地元、同県有田町などを回る。朴総領事が訪問先と朝鮮半島の関係について説明し、日本の人々と意見交換
する場にしたい考えだ。

 同総領事館は「古来、朝鮮半島と活発に交流してきた九州には、関連した名所が多数点在している」とツアーを企画。日本と韓国の
外交関係が冷え込む中、総領事ら韓国の外交官が現地に足を運び、市民と両国関係の将来を考える狙いがある。

 5日は、韓国の文化や旅行に関心がある人々の親睦団体「日韓交流博多会・ナドリ倶楽部(クラブ)」(坂口隆義会長)の会員らが
参加し、トレッキングコース「九州オルレ武雄コース」を歩く。オルレは韓国の済州島の人気トレッキングコースの愛称。この「済州オルレ」
をモデルに、九州観光推進機構は、武雄などの8コースを「九州オルレ」として設定済みだ。

 今後、ツアーは公募で40人程度を集めて、福岡市発着のバスツアーとして続ける方針。有田町や古代国家百済の武寧王(ぶねいおう)
の生誕地とされる同県唐津市の加唐島などを予定しており、佐賀以外の九州各県での開催も検討中。

 朴総領事は「韓国との歴史的なゆかりや、オルレのような現代的なつながりに基づき、若い世代の交流の活性化につなげたい」と
話している。

ソース(西日本新聞) http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/43820
写真=韓国総領事館のツアーが5日訪ねる佐賀県武雄市内のオルレコース。散策しているのは韓国人旅行者
http://www.nishinippon.co.jp/import/national/20131004/201310040001_000.jpg

587 :世界@名無史さん:2013/10/06(日) 10:50:44.10 0
北朝鮮地域はこの辺の時代のいいものが埋まってそうだな
開発進んでないから埋もれてるだろ
日本併合時代の発掘はないのかな?

588 :世界@名無史さん:2013/10/06(日) 23:17:47.05 0
>>587
例えば楽浪郡の封泥ちゅうのは日本帝国時代の発掘やね
>>534,>>585の資料とか読んでみると併合のちょい前あたりから発掘し始めて
北朝鮮になってからも発掘してたけど1960-70年代あたりから学説の
独自路線度が進んだような

琵琶型銅剣ってのは遼寧省を中心に半島東南部にまで分布しとるそうだが
細型銅剣ってのになると清川江(平安北道・平安南道境界)から半島全域に
分布してて燕の明刀銭は清川江あたりまでの分布だそうな
さしあたり前4-3世紀の燕膨張後の半島側勢力との境界は清川江あたりに
あったことが多かったのか。そしてこの時代の半島という纏まりは燕との確執
の結果出来たのか。燕と朝鮮の確執は一応史書にもあるし
あと北部で起こったことの影響はだいたい南部にまで及ぶっつーことかな

589 :世界@名無史さん:2013/10/06(日) 23:47:42.52 0
>>588
敵対関係があって初めて自己認識するってのは正しいね
しかし最初の『朝鮮』は前漢武帝に滅ぼされて自然消滅…
果たして半島に天下の観念はあったのだろうか

清川江は楽浪郡とリョウ東郡の境だったはず
やはり水が境界線になるのか

590 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 00:21:50.15 0
燕の明刀は半島南部まで半島全域に分布してるよ
燕様式の祭器や武具も
遼東は燕の重要拠点があった為に出土量が多いだけ

591 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 01:11:23.52 0
長城とか城なんかの遺跡から判断して
今の北朝鮮と南韓の国境辺りが燕と箕子朝鮮の境界でしょ

592 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 21:50:19.36 0
>>590
北京(薊)もリョウトウ郡だっけ?

ちなみに薊ってアザミなのね

593 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 22:26:17.09 0
燕:つばめ:swallow

594 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 22:42:59.82 0
>>592
遼東には燕の製塩施設が在って、遼西より明刀の出土例が多いよ

595 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 22:53:22.84 0
>>594
塩はモンゴルの岩塩が原料なのかな
どちらかと言うと北の方に利権を見出だしていたような

596 :*****************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************世界@名無史さん:2013/10/07(月) 23:07:58.02 0
>>588
『それよりも封泥が大きな鍵を握っていると思う。
日本列島のどこであろうと、大量に封泥が出た場所、そこが邪馬台国である!と二十数年いい続けてきた
魏の皇帝は卑弥呼が派遣した使者に対して、錦を始め絹織物や5尺刀、銅鏡100枚等を全て、
装封して渡すとある
伊都国の一大率はそれらをチェックして【伝送して女王に至らしむ】とある
つまり、卑弥呼の都で開封したのである
これは極めて重要である
魏使の運んだ個々の荷物には全て紐が掛けられていて、その結び目には封泥が仕掛けられ、
印が捺されていたはずである
それが見つかる場所こそ、邪馬台国でなくてはならない』
【 邪馬台国の候補地巻向遺跡】石野博信より

こういうアプローチもあるようだね

597 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 23:11:40.03 0
>>585
楽浪郡をめぐる正当性については高句麗と倭は
魏と蜀の関係みたいなもんだったんだろう

倭は親魏倭王の金印と黄幢(錦の御旗的なもの)があって
晋以降の南朝は魏の正統を継承してるから
南朝からは少なくとも(百済を除く)半島南部の支配権を公認されてたつもり
晋の楽浪郡を勝手に奪った高句麗に対しては
論理上はいつでも戦争をしかける大義名分がある
高句麗は北朝から楽浪公を受封されてたから旧楽浪郡の利権を正統に引き継いでるつもり

南朝と北朝の代理戦争でもある

>>588
>燕と朝鮮の確執は一応史書にもあるし

三世紀になって急に出てくる説話だろ。作り話だよ

>>588-590
だから前四世紀からすでに朝鮮は燕の植民地だったって岡田英弘なんかは推測してるな。
ありえなくもない、大胆だなとは思うけど

>>591
箕子朝鮮なんかあったわけないだろw
戦国期の燕の長城の遺跡は遼東郡の郡治があった壌平城のあたりまでしか発見されてない。
強敵はあくまで北方の騎馬民族である東胡であって、東方にはそもそも脅威が存在した形跡がない。
朝鮮人には申し訳ないが…

>>592
北京(薊)は戦国時代は燕の督亢郡、秦以降なら広陽郡

598 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 23:14:09.27 0
天皇家や日本の支配層は邪馬台国がどこでどうなったかも知ってるでしょ
多分乗っ取った

599 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 23:14:12.01 0
白馬青牛名無し投稿

600 :世界@名無史さん:2013/10/07(月) 23:59:26.96 0
>>597
燕と(箕子)朝鮮の確執は史実だよ
大同江南岸から臨津江北岸に掛けて箕子朝鮮に該当する時代の防御施設群が複数発見されてる

燕長城は平壌近郊まで伸びていた遺構が発見済で平壌までは確定

601 :世界@名無史さん:2013/10/08(火) 00:14:57.47 0
阿蘇山の麓周りに村作って住んでたって書いてあんじゃん
オマケに神武は日向出身
普通に考えれば邪馬台国は南九州しかないんだけど

602 :世界@名無史さん:2013/10/08(火) 00:16:57.98 0
>>595
塩井戸や塩の湖などもあり、、結晶塩だけではない。
西北には塩井戸は多く、五胡十六国時代ぐらいまでは、山西省にも存在した。
四川省北部や雲南省の北部には、現在も塩井戸がある。

南の湖南省や江西省にも、塩井戸があるが
ヒ素の同時に出るので、利用されていない。

603 :世界@名無史さん:2013/10/08(火) 07:59:41.16 0
>>602
ふーむ
昔の人間はヒ素なんか知らずに食っちまってたかもなぁ

604 :世界@名無史さん:2013/10/10(木) 06:22:39.78 0
>>600
おいおいw「箕子朝鮮に該当する時代」って、長すぎて時期特定する意味ないだろ

605 :世界@名無史さん:2013/10/10(木) 09:43:18.85 0
いつまでなんだろうな
秦崩壊のどさくさ紛れに衞氏朝鮮ができるまでか?

606 :世界@名無史さん:2013/10/10(木) 17:13:12.93 P
>>604
箕子朝鮮が半島北中部を燕に奪われた後、つまり前4世紀以降
200年間だよ

607 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 00:51:40.67 0
>>579
>>580-581

辰国→辰韓(のうちの斯盧国)→新羅 じゃないんですか?

608 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 01:26:16.20 0
辰国の中夫余人に征服されたのが馬韓
辰韓は馬韓人や倭人に支配されていたが
かなり遅くに新羅が勃興して辰韓諸国を併合

609 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 02:22:48.08 0
馬韓とか辰韓って国の名前ではなく地域名だったんだ
ここ見るまで馬韓王とか辰韓王っているとずっと思ってたわ

610 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 05:15:24.30 0
>>609
城塞都市の連合組織なんで一つの国とは言えんね
デロス同盟のギリシャみたいなもんか

611 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 23:06:55.41 0
新羅があったんだから旧羅もあったかもしれない。
馬韓があったんだから鹿韓もあったに違いない。

612 :世界@名無史さん:2013/10/12(土) 23:27:39.41 0
<丶`∀´>ウェーハッハッハ!

613 :世界@名無史さん:2013/10/13(日) 14:02:02.30 0
>>611
旧羅は伽耶(伽羅)だよ
鹿韓はさすがにないけど馬に対して辰は龍で蛇を意味してると思う
なお弁韓は元々弁辰といっており辰韓(もしくは辰国)から弁(わ)かれたものではないかと言われている

614 :世界@名無史さん:2013/10/13(日) 18:12:17.94 0
辰は秦の書き換えでは?
辰韓(秦韓)条は、住民が秦人だと仄めかし、その言語まで記録している

615 :世界@名無史さん:2013/10/13(日) 22:04:32.96 0
【日韓友好】 宮城・涌谷町で百済王敬福顕彰 1200年余の日韓交流の礎を築いた敬福の事績を振り返り、日韓友好を誓う[10/12]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1381622593/

★百済王敬福顕彰:日韓友好を誓う−−きょう涌谷で /宮城

 涌谷町と町国際交流協会は今年3月に友好都市協定を結んだ韓国・忠清南道扶余郡の
林川(リンセン)面(村)の金成泰(ソンテ)面長(村長)らを招き、
12日午後2時から同町黄金山の天平ろまん館で「第1回陸奥国守・百済王(くだらのこにきし)敬福(きょうふく)を顕彰する会」を開く。

 敬福は滅亡した古代百済から亡命した王族の帰化子孫で、
奈良時代に陸奥国守となった人物。聖武天皇が奈良・東大寺に大仏を建立する際の749年には、
メッキ用の金を黄金山一帯で採掘し献上した。涌谷町はこの史実に基づき、
百済の都のあった扶余にある林川面と20年にわたる交流を重ね、協定を結んだ。

 会では、1200年余の日韓交流の礎を築いた敬福の事績を振り返り、末永い友好を誓う。
韓国伝統舞踊家の金順子(スンジャ)さんの舞なども披露される。【小原博人】

毎日新聞 2013年10月12日 地方版 http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20131012ddlk04040088000c.html

▽関連リンク
・涌谷町の国際交流 http://www.town.wakuya.miyagi.jp/shokai/gaiyo/shimaitoshi.html

616 :世界@名無史さん:2013/10/13(日) 22:08:11.30 0
日本人が朝鮮人を嫌うのは白江の戦いで新羅にめっためたにやられたため
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1381507563/

617 :世界@名無史さん:2013/10/14(月) 21:47:33.26 0
>>590
明刀銭の分布の図って無いんかな。沖縄からも出るらしいし
http://baike.baidu.com/view/189275.htm
によると山西省や斉の領域や内モンゴル東部からも出てくるそうだけど
分布密度とか分からんと勢力圏の範囲がようわからん

618 :世界@名無史さん:2013/10/15(火) 21:39:43.43 0
>>600,>>606
先住民との確執があったからって何でそれが箕子朝鮮になるんだよ?

619 :世界@名無史さん:2013/10/16(水) 01:07:31.41 0
>>618
紀元前11世紀末頃から急に半島北西部へ現れる様式の建築物や器物と
大同江南岸から臨津江北岸に掛けて散在する遺構や遺物が類似しているから

箕子朝鮮的な何かがあったのは間違い無い。
その支配層が中国人だったのかそうでないのか
中国人だとして本当に箕子だったかどうかは知らんw
当時は周辺国の祖先を中国人認定するのが横行してたしw

620 :世界@名無史さん:2013/10/20(日) 02:11:22.57 0
そんなありきたりのレスとはがっかりだな
>>619>>600>>606と同一人物じゃないのかな?
同一人物と仮定していうけど
あのな、北朝鮮に古くから中国人が移民してきたのは常識だろ
それは否定してない
俺がいってるのはそれを「箕子朝鮮が存在した証拠であるかのようにいう」から
それはおかしいだろって事。

621 :世界@名無史さん:2013/10/20(日) 13:07:07.76 0
>>620
史書に記述があり、それによく合致する考古物の発見も多数ある
それらは箕子朝鮮が存在した証拠であると言える

622 :世界@名無史さん:2013/10/20(日) 14:07:07.52 0
知っていますか、任那日本府 韓国がけっして教えない歴史
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1382233495/

 ■大陸進出の軍事的要衝立証

 本書は、著者が精魂傾けて連続出版した『日本古代史 正解』(全3巻、講談社)に続くものである。
第3巻の「渡海編」では、日韓の古代史学会がその存在を否定する神功(じんぐう)皇后の新羅征伐が、
まぎれもない歴史的事実であることを突き止め、さらに倭国の朝鮮半島進出の橋頭堡(きょうとうほ)として半島南部沿海地域に手を伸ばし、
ここを任那(みまな)日本府とした事実を立証している。碑文や石碑の位置関係、
さらに歴史的文脈からこの事実を初めて証(あか)したことの意味には圧倒的なものがある。

 今回の著作は、この任那日本府という、古代日本人の大陸進出の軍事的要衝(ようしょう)が、
これも日韓の古代史学会による否定にもかかわらず、確実に存在し、その存在のありようにまで想像力を働かせた意欲的作品である。
立証の基点は、朝鮮半島南西部の全羅北道、全羅南道の、任那日本府とその周辺地域で、1980年代に相次いで発見された前方後円墳(14基)である。
これだけの数の発見は、前方後円墳が半島を経て日本に伝わったものであることの証(あかし)だとする説となって流布したものの、
古墳の造営の年代が、全土で多数発見されている日本のものより新しく、この説は受け入れられないという。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131020/bks13102009290005-n1.htm

623 :世界@名無史さん:2013/10/20(日) 16:03:35.99 0
>>621
殷王朝も考古学の成果がなければ誰も信じなかったからね
夏王朝も実証されつつある
史記は案外事実を書いてるのか
【始祖は中国人】云々は怪しいところではあるが

624 :世界@名無史さん:2013/10/20(日) 16:24:23.38 0
>>622
ほう日本府中心を慶尚南道ではなく全羅道にするのかー

625 :世界@名無史さん:2013/10/22(火) 01:34:30.93 0
>>621
だから具体的にいえよ。ひとつも説明してないじゃん
そこに何者かの勢力があったことを否定してるんじゃないよ
その勢力が具体的に箕子朝鮮だとする証拠が何もないっていってるんだよ
どうしておまえは何者かの勢力が存在したことを
「ほれ箕子朝鮮だ」と短絡するのか、その説明をしろ

626 :世界@名無史さん:2013/10/22(火) 19:11:02.13 0
仮説なんだから断言はしてないでしょ

627 :世界@名無史さん:2013/10/22(火) 19:58:22.78 0
>>625
史記だな
宋微子列伝

628 :世界@名無史さん:2013/10/24(木) 04:19:37.95 0
白馬青牛は●流出して逝ったの?

629 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 02:42:22.32 0
【米国】 「古代日本が韓半島支配?」〜米国の授業を正した韓国人留学生、教授の謝罪受ける[10/25]

http://img.sbs.co.kr/newimg/news/20131025/200698937.jpg

米国ボストンカレッジで交換学生として勉強している西江(ソガン)大政治外交学科2年イ・ヒョンさ
んは11日、西江大フェイスブックに任那日本府説に反論できる資料を探しているという文を載せ
ました。

アジアの歴史授業で米国人教授が日本が4〜6世紀にかけて韓半島を支配したという任那日本
府説をそのまま教えているという情報を該当授業を受けた友人に聞いたからです。受講生は200
人を越え、韓国学生も一部いましたが不満や抗議をする学生はいませんでした。

フェイスブックにはあっという間に40余りのコメントが集まり、任那日本府説の説明と共に参考資
料の英文書籍を推薦する文等が続きました。コメント内容を基ににイさんは友人のキ・ミンヒョンさ
んと一緒に資料収集し、第2期韓日歴史共同研究会議で両国の歴史学者が任那日本府説を公
式に廃棄したという情報を得ました。

多様な資料を収集した二人は担当教授を訪ね、間違いがあったという教授の謝罪を受けました。
教授は学校のポータルサイトに誤りを正す文を載せて既存の授業計画で一週を定めて韓国の歴
史授業をすると明らかにしました。

二人は教授の提案を受けて来月26日、授業時間に韓国の歴史について発表する計画です。

ソース:SBSニュース(韓国語) "古代日本が韓半島支配?"米授業正した韓学生
http://news.sbs.co.kr/section_news/news_read.jsp?news_id=N1002045990


http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1382713817/

630 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 03:32:07.10 0
流石南トンスリアン
海外へ移住しても捏造史観ゴリゴリとか頭がおかしいww

631 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 09:01:02.88 0
日本の大王が直接支配したわけでないが
軍事的影響力を行使し属国のようなものという日本の主張が
なぜか日本側も日本の影響などなかったといっているという主張になってんだよな

歴史学の博士なら反論せいよ

632 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 10:02:26.44 0
>>628
考古学板でしつこく生きてる
誰もレスしないがね

633 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 11:44:55.44 0
記紀は話し盛りすぎてよくわからんとこがあるからなー
当時の感覚では凄い神のおかげで三韓支配できた、
馬鹿な豪族共のせいで全部パーになったと纏めることになるのだろーか

634 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 21:01:58.08 0
逆逆
向こうから渡ってきたという過去を消すためにあちこちの神話を盛り込んで訳がわからないようにしているといった方が正しい

635 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 21:57:08.65 0
釣られてやると弥生人は大陸から渡ってきたとはおもうが
流石に大和王権時代にはその記憶が残ってないと思われる
また向こうから渡ってきたことを隠す相手も必要もない

636 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 22:19:39.58 0
>>634
なんで打ち消すの?
古今東西、征服者は出自を隠さないのだが。

637 :世界@名無史さん:2013/10/26(土) 23:00:25.33 0
昔は自称、周の太伯の後だったよ

638 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 00:06:20.12 0
>>636
だよな、シャーナーメとかアヴェスターとかオグズナーメとか
自らの出自を何ら隠す事無くむしろ高らかに謳ってる

三韓征伐は縮小以前の百済加羅馬韓秦韓新羅を含んだ
広大な任那を征服した様々な課程をまとめて叙述した物だろう

639 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 01:01:46.39 0
ネットの東アジア史関連見てると征服者は出自を隠している説がやけに人気ある気がする

640 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 02:03:14.53 0
>>635
必要はありました
白村江の戦いで新羅唐の連合軍に負けて朝鮮半島での権益を失ったため国号を倭国から日本に変えたぐらいなんだから

641 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 02:07:08.69 0
白村江の戦いで新羅唐の連合軍に負けた事実は無いし
朝鮮半島での権益を失ったため国号を倭国から日本に変えた事実も無い

在チョンは又捏造しちゃったね

642 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 06:23:55.84 0
>>640
そのわりに史実がてんこ盛りなんだよな、日本書紀って

643 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 09:56:13.26 0
>>640
倭国は他称だっつのw

権益失ったなら再侵略の正当性保持するためますます新羅から来たと宣言して
利益復活を国内で煽る必要あるよww
アホか

644 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 09:58:21.67 0
鉄はけっこう早くから日本で自活できはじめてたが、
かといって必要量全部を自活できるほどではなかったと思う。
その足りない分を朝鮮半島に頼ってたとは思う。

そういう意味で半島での権益とは鉄であっただろう。
が、5世紀後半ごろからほぼ日本で自活できるようになると、
それに呼応するように急に半島への執着心がなくなっている。

任那日本府も形骸化してる感じだ。

白村江は百済への援軍と言う義理で行った面と、
あとせっかく得てる土地もみすみす奪われるのも悔しかったろう。
が、
周りには小便で顔を洗うような不潔な異人ばかりの半島と決別できて、
すっきりして良かったという空気が読めるな。

実は現在と何一つかわってないw

645 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 10:18:46.49 0
日本の神々は朝鮮半島起源が多い

住吉三神のうちの一人ナカツツノオ命は新羅第二代王の南解次次雄
スサノオは新羅第四代王脱解尼師今(昔脱解=ソクタレ)
八幡神は応神天皇(=百済王近肖古王と扶余花妃(=神功皇后)との間に出来た子)
イザナギは大伽耶(テガヤ)の王伊珍阿豉(イジンアシ) 天孫降臨の地「高天原」は彼の拠点だった高霊(現在の慶尚北道高霊郡にあった)
天神はその父の伽耶の天君 天神夷毗訶
アマテラスは一般的に邪馬台国の卑弥呼じゃないかといわれているが卑弥呼は百済から渡ってきたのではないかという説もある

こういった朝鮮半島起源の神々の記憶を消すために記紀は書かれたのではないかと思う
そしてこれら神々は日本オリジナルの神として祀られた
当時の愚民は騙せても21世紀のわれわれ日本人には騙せない
そしてこれのなれの果てが皇国史観だったのだよ

646 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 10:46:18.19 0
>>645
全く正反対。

やけくそかよw
哀れよのう…

647 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 10:53:06.57 0
白村江でぼろ負けして列島に引きこもった話はスルーですか?w

648 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 10:57:17.05 0

論争に負けて話題をかえたぞw

649 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 11:25:06.87 0
神武のモデルになったのも高句麗の東川王と聞くからなあ
記紀って一体何なの?
もう何がなんだかw

650 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 11:34:08.51 0
>>645
どう見ても半島南部の支配者が和名な件についてww

651 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 12:59:51.24 0
倭人は倭人でも、新羅なんかは熊襲・隼人と同族だったんでは?

652 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 13:19:55.01 0
熊襲は日本書紀にでてくるけど、容貌が独自なんでそ?

653 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 18:49:48.64 P
>>639
朝鮮人の手柄クレクレ文化クレクレの辻褄合わせのためだろ(笑)

654 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 18:51:59.24 0
>>651
新羅の奴が南九州に渡ってきたと?

655 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:16:34.79 0
>>654
いや、熊襲はもともと古い時代から半島南部にも九州にも住んでたんではと。
日本側の熊襲→大和朝廷に敗北
半島側の熊襲→新羅建国

656 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:36:08.05 0
【米国】 「古代日本が韓半島支配?」〜米国の授業を正した韓国人留学生、教授の謝罪受ける[10/25]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1382713817/

http://img.sbs.co.kr/newimg/news/20131025/200698937.jpg

米国ボストンカレッジで交換学生として勉強している西江(ソガン)大政治外交学科2年イ・ヒョンさ
んは11日、西江大フェイスブックに任那日本府説に反論できる資料を探しているという文を載せ
ました。

アジアの歴史授業で米国人教授が日本が4〜6世紀にかけて韓半島を支配したという任那日本
府説をそのまま教えているという情報を該当授業を受けた友人に聞いたからです。受講生は200
人を越え、韓国学生も一部いましたが不満や抗議をする学生はいませんでした。

フェイスブックにはあっという間に40余りのコメントが集まり、任那日本府説の説明と共に参考資
料の英文書籍を推薦する文等が続きました。コメント内容を基ににイさんは友人のキ・ミンヒョンさ
んと一緒に資料収集し、第2期韓日歴史共同研究会議で両国の歴史学者が任那日本府説を公
式に廃棄したという情報を得ました。

多様な資料を収集した二人は担当教授を訪ね、間違いがあったという教授の謝罪を受けました。
教授は学校のポータルサイトに誤りを正す文を載せて既存の授業計画で一週を定めて韓国の歴
史授業をすると明らかにしました。

二人は教授の提案を受けて来月26日、授業時間に韓国の歴史について発表する計画です。

ソース:SBSニュース(韓国語) "古代日本が韓半島支配?"米授業正した韓学生
http://news.sbs.co.kr/section_news/news_read.jsp?news_id=N1002045990

657 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:36:48.49 0
高句麗は中国なの?韓国なの?あえて北朝鮮?
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1382836872/

韓国史教科書、教育部が求める修正・補完事項とは

 韓国教育部(省に相当)が今月21日に発表した「高校韓国史教科書修正・補完事項」は、近現代史のデリケートな問題だけでなく、古代史・中世史分野でも広い範囲にわたって、
学界の新たな研究成果を少なからず反映させている。この中には、一般の韓国人が持つ漠然とした歴史的常識とは異なる部分も多い。

■「紀元前2333年古朝鮮建国」の根拠は『三国遺事』ではない?

 来年から使われる8種類の教科書のうち、教学社・金星出版社・天才教育社の教科書では、古朝鮮の建国年代を「紀元前2333年」だとする記録を紹介し、その根拠を『三国遺事』に求めている。
檀紀や「半万年の歴史」という表現を生んだこの建国年代については、実際に多くの韓国人が、一然の編さんした『三国遺事』に出てくるものだと思っている。

 しかし教育部は「紀元前2333年というのは、『三国遺事』ではなく『東国通鑑』に出てくるものであって、修正すべき」と指摘した。『東国通鑑』は1485(成宗16)年に著された編年体(年代順に記録をつける方式)の歴史書で、
中国の堯が即位した甲辰年より後の戌辰年に檀君が即位したと記している。北宋の司馬光が著した『資治通鑑』では、堯の即位年を紀元前2357年とみていることから、「戌辰年」は紀元前2333年になるという計算結果が出てきたのだ。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/10/23/2013102301264.html

658 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 19:38:48.41 0
神功皇后の三韓征伐の話も、もともと熊襲を討伐しに九州に行ったのがいつのまにか新羅を攻めることになったのは神のお告げということにされてるが、実際は熊襲と新羅は(統一国家ではないにしても)同じ勢力だったのでは?

659 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 21:15:03.90 0
>>655
それは100%無い
半島南部の遺物は北九州起源の物で九州南部じゃない

660 :世界@名無史さん:2013/10/27(日) 21:15:44.42 0
>>658
チョンの願望と妄想はもうお腹一杯

661 :世界@名無史さん:2013/10/28(月) 10:10:50.12 0
【韓国】 「日本の墓」前方後円墳ではなく伝統様式の「ハゲ山」だった〜河南一帯から先史時代遺物が出土[10/26]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1382793898/

662 :世界@名無史さん:2013/10/28(月) 10:11:29.38 0
http://www.newscj.com/news/photo/201310/211042_164040_2818.jpg
▲1-1地点(ハゲ山)調査後の全景。(写真提供:文化財庁)

[天地日報=イ・ヒョンジョン記者]2005年10月、某メディアが百済時代の前方後円墳を報じてから
韓国考古学界で論議が止まらない京畿河南(ハナム)一帯の、I沙ポグムジャリ住宅団地造成地
区から先史時代の遺物が出土した。

2005年当時、河南地域の在野の史学者らが日本列島古墳時代に集中確認される独特の墓の様
式である前方後円墳だと主張した山は、発掘調査の結果、新石器から朝鮮時代に至るまで家と
墓に使った‘ハゲ山’であることが明らかになった。

埋蔵文化財専門調査機関である韓白文化財研究院と文化財庁は24日午後2時、河南I沙ポグ
ムジャリ住宅団地造成地区内にある1-1地点と3地点を中心に説明会を開いた。1-1地点のハゲ
山は先史時代の生活遺跡と朝鮮時代の墳墓遺跡が出土した。新石器時代の遺跡はハゲ山の南
側斜面下段部で住居地1棟と野外露地2基が確認された。住居地は火災によって廃棄され、櫛文
土器の破片が出土した。青銅器時代の遺跡は住居地6棟と竪穴3基が確認され、ハゲ山の北側
斜面を中心に分布している。

http://www.newscj.com/news/photo/201310/211042_164041_2842.jpg
▲出土した石。(写真提供:文化財庁)

住居地は内部施設は確認されなかったが、二重口縁単斜線文土器、長頚壷(首の長い壷)、紡錘
車)等が出土した。出土遺物で見れば、青銅器時代前期に造成されたと判断されると調査団は明
らかにした。初期鉄器時代の遺跡は長方形の住居地6棟と竪穴5基が確認された。

調査団は今回の調査で旧石器時代と初期鉄器時代の遺跡が確認され、河南一帯の漢江(ハンガ
ン)流域の歴史性と文化性に新しい資料が提供されると期待した。また、ハゲ山一代で前方後円
墳と関係した遺跡は全く確認されず、河南市前方後円墳の真偽論議は終わらせることができると
判断した。

ソース:ニュース天地(韓国語) ‘日本墓’論議河南(ハナム)一帯、先史時代遺物ら出土
http://www.newscj.com/news/articleView.html?idxno=211042

663 :世界@名無史さん:2013/10/28(月) 21:59:54.87 0
自分達の出目を隠したがる習性は在チョン以外に地球上に存在するのか?

664 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 00:03:48.37 0
そもそも正しい出自が伝わってるとは限らない、というか天から降りたとか
卵から生まれたとかそんなんだし。今現在でもさっぱりまとまらねぇ
唐室の漢・鮮卑論争は同時代まで遡る

665 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 01:03:15.34 0
李家の系譜は山東貴族の李氏と姻戚になった所から始まる
つまり唐室の漢鮮卑論争は同時代にも現在にも存在していない

666 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 08:21:54.66 0
まあ、中国姓を名乗らなきゃ【皇帝】の資格がないからな
黄帝の子孫を名乗らなきゃならない

667 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 09:53:37.28 O
愛新覚羅って中国姓なのか?

668 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 12:04:51.47 0
>>666の観念は元朝までだな
ここで中国は五胡十六国以来の変質を遂げる
明朝からの中国はモンゴル式だよ
戸籍ごとに住む地域を分けたり、行政区を省と呼ぶのもこれから

元朝もそうだが、清朝はモンゴルとの連合政権みたいなもので、中国はただの植民地の一つでしかない
税金を吸い上げるための領地
皇帝という称号は中国人に対してのもので、本質はハーンなんだな

669 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 13:32:45.75 0
清の指導者は大清皇帝であってカーンでは無いよ
蒙古旗人は満旗の下に位置し、清朝後期になると
官界でも満漢が大半を占め大半の蒙古貴人は零落した

670 :世界@名無史さん:2013/10/29(火) 18:24:28.79 P
>>663
偽ユダヤ

671 :世界@名無史さん:2013/11/01(金) 08:16:40.30 0
>>670
Y染色体でみるかぎり偽ユダヤではないようだぞ。
アシュケナジーもセファラディも同じらしい。

672 :世界@名無史さん:2013/11/01(金) 11:33:05.96 0
それユダヤの基準だからなぁ
だいたいユダヤの基準は教義からいってミトコンドリアで区別するべきなのに

673 :世界@名無史さん:2013/11/01(金) 18:52:22.08 0
ユダヤ好きだねみんな

ユダヤ人全般が世界を支配してるなんてことはない
金持ちの一部がユダヤ人なだけだ

674 :世界@名無史さん:2013/11/01(金) 19:00:16.50 0
世界史的にみるとユダヤ人は亡国にあってなお同一性を保ったという意味で
隔絶した偉業を成し遂げた民族だからそら興味もわくわ

675 :世界@名無史さん:2013/11/01(金) 21:26:09.77 0
本拠地が潰滅した後も残存しているカルト教団なんて
世界史上になんぼでもあるわ

676 :世界@名無史さん:2013/11/02(土) 01:19:30.76 0
>>675
ソフトウェアだからね、宗教って
土地も人さえも関係ないのかも

677 :世界@名無史さん:2013/11/10(日) 12:37:14.51 0
>>15
金首露と崇神天皇は同一人物という説もあるからな
崇神天皇から仲哀天皇までは明らかに伽耶の人脈が建てた王朝だ

>>6
ワカタケル大王は雄略天皇とする説が有力だが雄略天皇は架空の人物だから欽明天皇だと思う

678 :世界@名無史さん:2013/11/10(日) 18:05:06.63 0
>>677
ねーよそんな説

679 :世界@名無史さん:2013/11/12(火) 00:10:53.17 0
日本列島(倭国)と朝鮮半島最南端部(伽耶)には任那といわれる同君連合王国だったのだ
その国は金首露王(日本ではハツクニシラススメラミコトと呼ばれていた人物)によって支配されていた
ちょうど今のイギリス(大ブリテン島および北アイルランド連合王国)のような政治形態になっていたと思われる
実は日韓の間でもウィリアム征服王がいたのである!
その名は扶余系百済の昆支、そう日本ではホムタワケノミコトと呼ばれた人物だ
彼は朝鮮半島最南端にあった任那国(金官伽耶とも呼ばれる)本体をまず倒しその勢いで日本列島に渡り
ハツクニシラススメラミコトの建てた王朝(伽耶王朝)を滅ぼし大王に即位彼こそ応神天皇だったのである
その後朝鮮半島にいた伽耶王朝は細々と残るが初代の首露王から数えて10代目仇衡王のとき新羅に併合されそのひ孫
に当たるのが三韓統一に大きく寄与したキム・ユシン将軍だったのである

680 :世界@名無史さん:2013/11/12(火) 17:30:03.74 P
はいはい馬鹿チョン馬鹿チョン
妄想妄想精神障害

681 :世界@名無史さん:2013/11/13(水) 04:21:35.01 0
>>679
伽耶にいた「屈強な騎馬民族」とやらはどうなった?w
どこにも痕跡がない。
じゃ死に絶えたんだろうな。
ご愁傷様。

682 :世界@名無史さん:2013/11/13(水) 12:44:20.78 0
>>681
>伽耶にいた「屈強な騎馬民族」とやらはどうなった?w
日本に渡った連中は鎌倉武士に
朝鮮半島に残った連中は新羅の花郎(ファラン)に
日本の武士と新羅の花郎は似ている

683 :世界@名無史さん:2013/11/13(水) 13:46:54.06 0
鎌倉武士は平安末期に生まれたんですがその時期にわたってきたのか・・

684 :世界@名無史さん:2013/11/13(水) 18:18:03.45 0
【日韓】対馬で開かれた対馬を取り戻すセミナーが話題〜「‘任那日本府’は日本が捏造、本来‘任那’は‘対馬島’」[11/10]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1384299299/l50

685 :世界@名無史さん:2013/11/13(水) 19:29:50.78 0
>>682
いつも思うけど、花郎って文献以外に何か物理的存在残ってんの?
日本書紀だと、相撲から建築物まで、いろいろと今読んで『ああ、あれのこと』と分かるものが非常に多い
ただの近衛兵ならどこの王朝にもあるって話だぜ

686 :世界@名無史さん:2013/11/14(木) 15:14:49.25 0
>>682
>日本に渡った連中は鎌倉武士に

5世紀に消えて12世紀に現れたのか?w

687 :世界@名無史さん:2013/11/14(木) 23:42:31.51 0
崇神天皇を金官伽耶国第十代国王仇衡王(讓王、世宗)と仮定すると初代神武と欠史八代は次のように比定出来る

神武天皇 首露王 (太祖・悩窒青裔)
綏靖天皇 居登王(道王)
安寧天皇 麻品王(成王)
懿徳天皇 居叱弥王(徳王)←ここ注目 懿「徳」=「徳」王
孝昭天皇 伊尸品王(明王)
孝安天皇 坐知王(神王)
孝霊天皇 吹希王(恵王)
孝元天皇 銍知王(荘王)
開化天皇 鉗知王(粛王)

任那日本府は日本の朝鮮半島における植民地などではなく伽耶王の日本列島支配の橋頭堡だったのである
九州にあった(であろうと思われる)一王国が金官伽耶と同君連合関係にあってのちに新羅に征服された伽耶国の
仇衡王=崇神天皇は日本列島に亡命し本格的に列島支配を決意
「神武東征」というのは実は「崇神東征」であってこの仇衡王=崇神天皇によって大和は平定されたのである
この伽耶王朝は第14代(日本列島では第5代)の仲哀天皇まで続くのだがこの王朝は百済の昆支こと応神天皇に
よって滅ぼされそれ以降の日本は百済王朝になる

688 :世界@名無史さん:2013/11/15(金) 02:59:26.79 0
>>687
崇神は桜井に宮を構えたが、纏向遺跡に伽耶のものなんて何もない。

長文で荒らすな、チョン。

689 :世界@名無史さん:2013/11/15(金) 04:20:22.58 0
>>687
あのさ、漢風諡号は平安時代になってつけた目印的な名称なんだけど
( ^∀^)ゲラゲラ

690 :世界@名無史さん:2013/11/15(金) 16:18:31.15 0
>>688
崇神=仇衡王の墓は箸墓だね
箸墓の石囲い木槨の構造が伽耶のものに似ている

691 :世界@名無史さん:2013/11/15(金) 19:32:58.06 0
石室木槨は漢代中国の流行

692 :690:2013/11/15(金) 21:49:00.90 0
>>691
よって漢代の墓はすべて韓国人の墓

693 :世界@名無史さん:2013/11/16(土) 01:01:02.46 0
>>691
楽浪郡の影響だろうね
というか、前漢四郡の頃伝わったのか
中国文化の受容度は半島の方が上だが、それは植民地だったからなんだよね
果たして自慢することなのかどうか

694 :世界@名無史さん:2013/11/16(土) 23:19:07.26 0
>>693
楽浪郡の影響は濃いか薄いかの違いだけで
高句麗・百済・新羅・倭のすべてに及んでる
あと「文化的影響」と「文明の受容」は
分けたほうがいいやら分けられないやらの議論はあるにはあるが

695 :世界@名無史さん:2013/11/20(水) 13:53:28.71 0
>>690
>箸墓の石囲い木槨の構造が伽耶のものに似ている

どアホ。
宮内庁が管理してる箸墓がいつ発掘されたんだよw
おまえが言いたいのはホケノ山だろ。
ところが伽耶よりホケノ山の方が古いのだがwww

696 :世界@名無史さん:2013/11/20(水) 17:47:50.48 0
>>695
ワロタwwww

箸墓の墓室って?が出たわ

697 :世界@名無史さん:2013/12/13(金) 01:59:06.93 0
青牛は名無しで復活したっぽいなw

698 :世界@名無史さん:2013/12/13(金) 06:36:02.78 0
【考古学】奈良の唐古・鍵遺跡から九州土器 近畿初、弥生中期に交流
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1384516728/

2012 【邪馬台国】 弥生後期「倭国大乱」期の「近江系土器」、韓国南部で出土 「近畿系」土器の出土は初
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1327754284/
>2005年に韓国の研究所が金海(キメ)市の会〓里(フェヒョンニ)貝塚を発掘調査したところ、
>三韓時代(紀元前1世紀〜3世紀ごろ)後期の層から日本の弥生土器が出土した。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20120125ddm014040131000c.html

2013年<桜井・大福遺跡>筒状銅器 県内で初出土
http://web.archive.org/web/20130425213621/http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20130422-OYT8T01409.htm

699 :世界@名無史さん:2013/12/13(金) 06:47:05.53 O
古代は朝鮮南部にも日本人が住んでたんだよ

700 :世界@名無史さん:2013/12/13(金) 07:57:59.69 0
>>699
朝鮮人の思考回路だと例によって真逆だから

701 :世界@名無史さん:2013/12/13(金) 11:54:23.25 0
紀元前から半島を倭のモノに

702 :世界@名無史さん:2013/12/14(土) 08:39:16.27 0
近畿から半島に土器が行ったと

703 :世界@名無史さん:2013/12/14(土) 22:44:29.47 0
完全に死亡確認w

長崎県壱岐市教育委員会は14日、弥生時代の環濠集落跡「カラカミ遺跡」(壱岐市)で、
鉄生産用の地上炉跡が見つかったと発表した。弥生時代の地上炉跡は国内で初めての発見。
専門家は、弥生時代には明確に確認されていない精錬炉の可能性があると指摘、市教委は
今後も調査を進める。

市教委によると、炉跡は弥生時代後期(紀元1〜3世紀ごろ)のもので、少なくとも
6基が見つかった。床面に直径約80センチの範囲で焼けた土が広がっており、床面に
直接炉を作る「地上式」と確認した。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1402M_U3A211C1CR8000/

704 :世界@名無史さん:2013/12/15(日) 02:20:22.01 0
歴史通:2014年1月号
総力特集
─いつか来た道─ 韓国の売笑外交
■大平 裕
ヤマトの痕跡を消せ! 前方後円墳まで“整形”!
http://web-wac.co.jp/magazine/rekishi/?y=2014

705 :世界@名無史さん:2013/12/17(火) 05:27:46.85 0
14 :日本@名無史さん:2013/12/16(月) 06:56:13.44
朝鮮半島の三国時代は、いうまでもなく、
三国で覇権を争った時代。

朝鮮半島から、みて、
ジャップは、背後ともいえる。

だから、高句麗がジャップを味方につけて、
百済、新羅をそれぞれの両端から攻撃すれば、
制圧がたやすい。

百済、新羅にしてみれば、
しかたないからジャップを味方につけようと
色目を使う。

ジャップに、最初の文化が
渡ってきた事情は、こんなもんじゃないか、
と推測する。

15 :日本@名無史さん:2013/12/17(火) 00:17:37.22
ジャップとか言う奴がいるが、倭系の呉越は進んでたんだがな。

16 :日本@名無史さん:2013/12/17(火) 00:32:24.05
この世から裏切り者は
迫撃砲で髪の毛一本たりとも消し去れ!

さすが野蛮な高句麗直系の北朝鮮人

17 :停止しました。。。:停止
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1384564483/
なんの都合が悪いんだか w

706 :世界@名無史さん:2013/12/17(火) 07:12:25.98 0
>>703
ああキテますなコレ

707 :世界@名無史さん:2013/12/17(火) 07:44:36.69 O
仏像返せ!チョン

708 :世界@名無史さん:2013/12/17(火) 19:38:35.75 0
>>705
この間2ちゃんおかしかったからな
またハッキング受けてたのか
無線通信系はよく規制食らうんだわ

709 :世界@名無史さん:2013/12/18(水) 13:24:31.68 0
反日工作員だらけでうんざりする

それもその筈、日本は100人中1人は在日シナ朝鮮人なのだから、ネット内にも凄まじい数の在日シナ朝鮮人が居るのは間違いない

710 :世界@名無史さん:2013/12/18(水) 18:25:26.53 0
ネトウヨはもっといるだろ。

711 :世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:08:27.82 0
>>710
それ普通に【世論】だから
残念w

712 :世界@名無史さん:2013/12/19(木) 16:31:27.23 0
>>705
そのスレは板違いだからストップしただけだろw

713 :世界@名無史さん:2013/12/19(木) 23:23:47.01 0
【書籍】 東北アジア歴史財団「訳注日本書紀」発行〜訳注と解題で補完し韓国古代史の歪曲正す[12/19]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1387457098/

(ソウル=聯合ニュース)イム・キチャン記者=東北アジア歴史財団は古代韓日関係研究の必須資料
と評価される「日本書紀」を翻訳し注釈と解題を加えた3冊「訳注日本書紀」を発行したと19日、
明らかにした。

日本書紀は日本建国の始祖として知られる神武天皇から7世紀末の持統天皇に及ぶ古代日本
の歴史を天皇中心に構成した編年体史書だ。日本という国号と天皇という君主号が使われ始め、
中央集権体制が構築される時期に編纂された本なので古代日本支配層の政治理念を理解する
上で重要な資料と見なされる。

古代韓半島帝国と関連した記述も相当な分量を占めており、日本古代史だけでなく韓国古代史
研究にも使える資料だ。

しかし、韓半島南部地域が当時、日本の植民地だったとする任那日本府説の根拠を提供するな
ど韓半島帝国を日本の服属国と見る歴史認識があり、歴史歪曲論議を呼び起こす本でもある。
「訳注日本書紀」は原典のこのような主観性を訳注と解題で補完し、資料批判を通じて韓国古代
史に対する歪曲された認識を正す方向で執筆された。

東北アジア歴史財団関係者は「‘訳注日本書紀’の発行は日本書紀研究の出発点」とし、「日本古
代史と古代韓日関係史、進んで東アジアの正しい歴史観確立の踏み石になるだろう」と話した。

ソース:ファイナンシャル・タイムズ(韓国語) 東北アジア歴史財団‘訳注日本書紀’発行
http://www.fnnews.com/view?ra=Sent1301m_View&corp=fnnews&arcid=13121917373319&cDateYear=2013&cDateMonth=12&cDateDay=19
http://www.fnnews.com/images/fnnews/2013/12/19/20131219173733193.jpg
▲東北アジア歴史財団「訳注日本書紀」

714 :世界@名無史さん:2013/12/21(土) 05:57:20.73 0
>>712
説得力ゼロ

715 :世界@名無史さん:2013/12/21(土) 23:12:08.78 0
【考古学】韓国の技術で作られたものか? 6世紀初めの骨製小札 群馬・渋川の金井東裏遺跡
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1387600430/

★【群馬】国内初の骨製小札 6世紀初め渋川の金井東裏遺跡
2013年12月21日

六世紀初め(古墳時代)の火山灰層からよろいを着けた男性の骨が出土した渋川市の
金井東裏(かないひがしうら)遺跡で、動物の骨でつくられた小札(こざね)と呼ばれる
短冊状の板が新たに見つかったことが二十日、県埋蔵文化財調査事業団の調査で分かった。

数十枚が連結された状態で、よろいの一部か付属品とみられる。事業団によると、骨製小札が
見つかったのは国内で初めて。同日、県の検討委員会で報告した。

骨製小札は、一枚が縦六・六センチ、横約三センチ、厚さ数ミリ。一段あたり十数枚が、
三段にとじられていた。男性の骨の出土場所近くで、巻かれた状態で見つかった別の
鉄製よろいの内部にあった。

韓国で四世紀の骨製小札が出土した例があるとされ、今回の小札は穴の開け方から、
韓国の技術を用いて日本でつくられた可能性が高いという。

事業団の右島和夫理事は「材質から考えて、防具としての機能よりも視覚的なアピールが
重視されたのではないか。遺跡の意義を東アジアの枠組みで考える必要性が高まった」
と話している。また、男性がつけていたよろいは羽織った状態だったことも、
CTスキャンを使った調査で新たに分かった。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20131221/CK2013122102000174.html
渋川市の金井東裏遺跡で見つかった骨製小札(県埋蔵文化財調査事業団提供)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20131221/images/PK2013122102100058_size0.jpg

716 :世界@名無史さん:2013/12/22(日) 00:12:18.35 0
骨でよく装飾作るよね。原始人

717 :世界@名無史さん:2013/12/22(日) 13:45:08.96 0
ちゅーか韓国から1個出土したからって【韓国の技術】とはw

718 :世界@名無史さん:2013/12/22(日) 19:21:50.95 0
古代韓半島帝国の技術で作られた骨製小札

719 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 06:19:26.22 0
995名無しさん@13周年sage 2013/12/22(日) 19:26:40.94 ID:pkKAUjlU0
>>993
南朝に朝貢してなかった新羅と加羅諸国に対する軍権を認められただけの話
百済に対する軍権は認められなかったどころか
百済王に対しては倭王と同等、高句麗王に対しては倭王より上位の将軍号を授けている
自分の国は優れていたと歴史を曲げてまで主張するのは
ネトウヨが蛇蝎のごとく嫌ってる朝鮮人と同じ発想
先入観なしに歴史を振り返り、自国の良い点、悪い点を見つめることこそ国益にかなう行為であり
日本人を韓国人や中国人より真に優位ならしめるポイントともなりうるのだ

720 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 06:23:38.31 0
韓国「日本書紀の解説書を発刊した。任那日本府説とか歪曲だと知って欲しいのだ」
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1387513213/

721 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 17:38:40.74 0
>>715
>材質から考えて、防具としての機能よりも視覚的なアピールが
>重視されたのではないか

アホかこいつは。
桂甲の欠点は重い事。
骨で軽くすることくらい誰でも思いつく。
半島の技術者でもかまわないよ。
今来才伎(いまきのてひと)が来てた時代だからな。

だから何なんだという話。

722 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 17:56:38.45 0
半島では木製短甲(よろい)が見つかってない。
日本には弥生〜古墳前期の10数例が見つかってる。
で半島では新羅地域の4世紀前半にいきなり鉄製短甲が現れる。
こういう場合、外来と見るべきだろう。
新羅建国と倭人の関係は言うまでもない。

723 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 22:56:12.34 0
日本で鉄製品を作っていた1世紀の時点で
半島南部には鉄製品見つかって無いもんな

724 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 22:58:26.71 0
鉄本体では年代測定できんでしょ?

725 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 23:28:16.45 0
本体で年代測定出来る物なんて限られてるだろ

726 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 23:44:05.21 0
同じ地層から出た土器に付着していた有機物から推定

727 :世界@名無史さん:2013/12/23(月) 23:55:45.87 0
>>723
それもそうだが、
水田跡がほとんど見つからないってのがずっと気になってる
見つける技術がないのかね?

728 :世界@名無史さん:2013/12/24(火) 00:04:14.14 0
見つかった一番古い水田跡が金海だったから
見つけるの止めたんでしょw

729 :世界@名無史さん:2013/12/24(火) 01:24:04.65 0
>>728
隣国があれほどアホでなければ、任那日本府の謎も早く解けたと思わんかね
つくづく悔しいよ

730 :世界@名無史さん:2013/12/24(火) 22:42:09.33 0
【民主党】韓国訪問中の細野氏「百済と言えば日本の仏教ルーツの一つ。飛鳥文化は百済を抜きに語れません」[12/24]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1387868887/

韓国訪問中の細野豪志氏 日韓関係解きほぐす鍵を語る

2013年12月24日 13時33分

 現在3年ぶりに韓国を訪問中の細野豪志衆議院議員が、日韓関係を解きほぐす
鍵についてツイッターで語っている。細野氏は「静岡県と関係の深い忠清南道を
訪れて安知事と会談します」と、忠清南道安熙正知事と会うことを明かした。

 ここでいう「静岡県と関係が深い」に関しては、静岡県庁によると「百済
最後の戦となった663年の白村江(はくすきのえ)の戦(戦場も忠清南道)
では、静岡から1万余りの軍勢が援軍として向かったといわれている」との
こと。

 細野氏は歴史的背景も踏まえ、「忠清南道と言えば百済が栄えたところ。
百済と言えば日本の仏教ルーツの一つ。日本文化の源流とも言うべき飛鳥
文化は、百済を抜きに語れません。膠着状態にある日韓関係を解きほぐす
鍵は、文化を中核に据えた国際交流、地域外交、スポーツ交流あたりに
あると思います」と日韓関係の改善の鍵を語っている。

http://yukan-news.ameba.jp/20131224-170/

731 :世界@名無史さん:2013/12/24(火) 22:58:01.36 0
百済が日本仏教のルーツの一つであるのは間違い無いけど
拡大解釈する馬鹿民族が居るからなあ‥

732 :世界@名無史さん:2013/12/25(水) 01:24:33.26 0
上下関係でしか関係を築けない価値観をもつということを
日本人はわかってないから誤解が生じる

733 :世界@名無史さん:2013/12/25(水) 15:00:57.65 O
>>732
世界的にはそれが主流なの?

734 :世界@名無史さん:2013/12/25(水) 17:44:01.56 0
朝鮮人がそういう価値観もってんだろ

735 :世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:16:07.60 0
>>719
その引用、前後の文脈がわからないからアレだけど
倭の五王の官位の上下についてはあくまでも南朝宋からの評価であって
宋の判断が客観的な情況を正しく反映したものかどうかは別問題だよ

>>731
百済が日本仏教のルーツ? 百済はストローじゃなかったのかよw
現在の歴史学で飛鳥時代の寺院や仏像の様式を
「百済様式」とか「高句麗様式」っていうから誤解が生まれる。
あれは本来は「南朝様式」「北朝様式」なんだよ
戦前にシナの影響を強調するのが癪だから日本帝国の領土内の話にしたんだよ
それが戦後になって用語はそのままで印象操作とフレームアップに利用されてるだけ

736 :世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:56:14.08 0
中国による倭の五王の任命を信じてみるとすれば438年は六国諸軍事を
受け付けてもらえなかったので実力が足りず、451年には貰えたつまり百済以外
の半島南部に勢力を及ぼし、478年だか502年だかぐらいまでは保ったそして
それが倭の半島における勢力のピーク、はてその可能性は如何ほどだろう

737 :世界@名無史さん:2013/12/26(木) 22:30:04.79 0
【書籍】 日本の歴史歪曲、その「劣等意識」を告発する〜東北アジア歴史財団「訳注日本書紀」発行[12/24]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1387982469/l50

738 :世界@名無史さん:2013/12/26(木) 22:37:10.77 0
>>736
当時の中国政府がなんで後世の日本人のために客観的な評価しなきゃならんのよ?
彼らは政治家であって学者じゃない。
六国諸軍事がもらえたかどうか百済がその中に入ったかどうかは
地政学的に要請された外交政策と慣例上の建前との綱引きの結果であって、
半島の政治状況をかなりの程度は反映してるにしても正確に描写したものではない。

ただしその頃が倭の半島における勢力のピークってのは大雑把に同意する
下降線をくだるのは継体朝末期。478年以後であっても継体朝末期までは黄金時代。

漢城陥落も四県割譲も当時の人にとっては大問題ではあったにせよ
「後々えらいことになるぞ」って意味での予測的予言的な危機感にすぎなかった
外交の表面的にも百済・新羅・加羅はみな忠実な属国ぶりっこだし
倭国の貴族(臣・連)のふところも賄賂でうるおって、対韓貿易も衰えず
なんだかんだで庶民の景気もよかったと思われる
だから半島の支配権がいきなりゆらぐとかっていう深刻な実感はなかった。

これが「あれ?やばくね?」って緊張したのが磐井の乱=近江毛野の失政で
半島の支配権がガタガタになってから。その直後にはそれなりの手は打ったけど
百済・新羅・加羅が「倭国ってもしかして外交オンチ?」って思い始めて
各国が倭国に面従腹背、バラバラに行動はじめたのが欽明天皇の時代。

739 :世界@名無史さん:2013/12/26(木) 23:45:39.62 0
ネトウヨ「三国志は好きだが古代漢民族は滅んで今の中国人とは別モノ」←何でこういう嘘平気でつくの?
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1388060879/l50

740 :世界@名無史さん:2013/12/27(金) 00:58:19.40 0
>対韓貿易も衰えず
そんな物は無かったんだけどな

常に貿易相手は中国で、百済や新羅は朝貢してただけ

741 :世界@名無史さん:2013/12/27(金) 02:02:42.80 0
>>740
むろん貿易は貿易、朝貢は朝貢で関係ない。朝貢と貿易がくっついた
「朝貢貿易」みたいな枠組みは明清時代のものでこの時代には無い。
朝貢とは別に、民間貿易は自由で漢人も韓人も倭人も関係ない。
中国も倭国も百済も新羅も、政府は賄賂とって貿易を許可してただけだろう
貴族が私貿易を営むことも多かったろうが
その事もまた中国でも倭国でも百済でも新羅でも同じ事じゃないのか。
半島がストローにすぎないってのはあくまで「文化の創造」って話であって
単なる儲け話は世界共通で大差ないだろ

742 :世界@名無史さん:2013/12/27(金) 02:08:13.30 0
六国とか七国諸軍事認めてもらった国って中国にろくに朝貢もしてなくて
なんたら将軍でも無いようなとこが多いみたい
中国に朝貢して鎮東将軍号もらってる百済を諸軍事に入れるとか無理ー
だったのかなと思った

743 :世界@名無史さん:2013/12/28(土) 00:30:59.87 0
>>742
将軍号と「都督○○諸軍事」はかなり重みがちがうのは本当で
「都督○○諸軍事」は山賊の大きめのやつとかヤクザの親玉っていうか
無法者の軍閥みたいのに与えられることもよくあった模様
とはいえ位の高さとその官職が意味する実質は別問題なわけで
だからこそ倭王にしてみれば格式の高さを表わす将軍号と
セットになって始めて意味があったのだということ
倭にしたら将軍号は中国内部の建前上やむをえんとしても
諸軍事のほうは他方ではかなりデタラメいい加減にやってんだから
百済を諸軍事に入れるのも安直にOKしてくれるだろうって読みがあったのかも
倭にしたら将軍号の上下と諸軍事の範囲っていう二重の意味での不満
あと当時の倭は少し前までの日本と同じく
中国というか南朝の理性を過大評価してた
親魏倭王として処遇してくれた魏の正統後継王朝だからわかってるはずという
だから南朝が滅亡した時は愚か者の当然の結末と倭国は受け取ったろう

744 :世界@名無史さん:2013/12/28(土) 04:41:24.03 0
事実は全く逆で
都督諸軍事は大権と実質を伴った役職なのに対して
南朝の将軍号は飾り

745 :世界@名無史さん:2013/12/28(土) 14:03:00.52 0
中国からすりゃ中国の手の及んでいない地域に中国の名の下に支配を及ぼす
というなら歓迎だが既に手が及んでいる地域はダメってとこか
諸軍事に実質があるというなら尚更だわな

746 :世界@名無史さん:2013/12/28(土) 18:22:33.88 O
>>738
河内王朝末期のゴタゴタは関係ないのか

747 :世界@名無史さん:2013/12/28(土) 19:08:05.79 0
三韓の王だの自称神聖だのと大暴れしたという紀生磐宿禰の珍事件も
半島政策の混乱を反映してるのだろうか?
継体天皇は即位19年目でようやく大和に入ったそうだがそれまでにも百済
などとやりとりしてたそうやね。揉めてる最中も揉めてるなりに付き合いは
続くようだ。むしろちゃんとしようとしたらかえって拗れた、なんてことも
あるのかな

748 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 01:24:09.42 0
>>739
別にウソじゃないんじゃん?
五胡十六国時代に本来の漢民族は壊滅して入れ替わった

749 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 04:28:03.69 0
>>748
後漢末期に5000万人いた中国人が三國時代には500万人足らず
曹操は遊牧民狩りして労働力を補った
孫権も南方民狩りしてるしな
これが晋の時代にようやく1500万人に増加
これもまた内乱で半減する
唐代には漢字の発音まで変わってるから、はっきりいって人種は入れ替わったとみていい
まあ、ミーム(文化遺伝子)とは別問題だがね

750 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 14:06:38.94 0
>>749
五胡は数百万も無いと思うんだが。混血をリセットと見なすならばリセットは
一度や二度や三度や四度じゃ無いだろうな

東征毛人五十五國,西服衆夷六十六國,渡平海北九十五國、
征した毛人は蝦夷でよいのか、服した衆夷は隼人熊襲なのかそれとも倭人
そのものなのか、渡平海北と種族名が無いようだがこれは半島南部の種族
が色々であったことを意味しているのだろうか?

751 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 14:58:47.92 0
そりゃ戦乱になったら確かに人口は減るだろうけど、
戸籍は徴税と徴兵のためのもので、農民にとっては
不利益にしかならないものだから、中央からの強制力が弱まれば
あっという間に数字上十分の一、百分の一に減るのは当然

752 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 15:27:53.39 0
>>751
文献無視するなら歴史学やる必要ないよ
嘘だらけの中国史料の中で信用できるデータから推測してんだから

>>750
何故日本の話?

753 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 17:06:14.36 O
一行目と二行目に凄まじい矛盾があるなw

現状でも中国の人口は20億超えていると言われてるね。

754 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 17:29:57.73 0
>>752
いや一応ここ任那日本府スレなので多少なりとも戻そうかと

755 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 18:02:08.63 0
文献スルーする連中がシッキム王国やらを調査すれば詰む
移民側こそ支配者だと主張する学者が確実に出る

756 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 18:13:10.71 0
>>748
北魏時代に最近は胡族も増えて胡漢半々という発言がある
当時の人口は南朝とほぼ同数なので
五胡は人口の四分の一程、漢族は四分の三

757 :世界@名無史さん:2013/12/30(月) 21:08:29.43 0
>>753
> 一行目と二行目に凄まじい矛盾があるなw

中国史料の嘘は現実に起こった現象と周辺国の同時代史料から批判できる
日本書紀同様、なにもかも嘘ということはない
戸籍はつまるところ中国の城塞に戸籍登録した人間の数だから、中国大陸の人口とは別問題
それは確かに捕捉できんだろうね

758 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 05:52:51.57 0
三国時代の朝鮮半島では、
高句麗、新羅、百済の三国により
はげしい覇権あらそいが繰り広げられていました。

さて仮に、一番北にある高句麗が日本を領有すれば、
高句麗は、新羅、百済を
南北から挟み撃ちにすることが可能となり、
朝鮮半島の統一の大きな足がかりをえることができます。

一方、新羅、百済としては、
どうしてもそれだけは防がなくてはいけません。
そこで、この三国の諸勢力が日本へ渡り、
日本の領有合戦のようなものが繰り広げられます。
その中の代表的な勢力が、日本の古代の豪族、皇族と教えられている人々であり、
彼らが、日本を統一的に支配する最初の政体を生み出したのだ、と思います。
「渡来人」「帰化人」とよばれる人々は、お客さん的な人々ではなくて、
日本の真の支配者そのものだったのです。

そして朝鮮半島が新羅に統一されそうになると、
日本では百済勢がつよかったため、全力で百済に援軍を送りますが、
百済はそれに敗れ、百済は丸ごと日本に亡命し、近江朝を開きます。
しかしその後、半島を制覇した新羅に繋がる日本の勢力が、日本で近江朝に反乱をしかけます。
これが壬申の乱。
さらにその後、再び日本は、持統朝から百済勢の手におさまります。

平安京には、外国からの客人を迎える施設があり、
東鴻臚館、西鴻臚館といいましたが、
もっぱら渤海からの使節しかこなかったそうです。
高句麗の後継国家である渤海が、日本と、
新羅を挟撃する作戦が有効性をのこしていたためでしょう。
ちなみに最後の客人は900年ころらしいので、これもリアルな数字です。

759 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 16:31:06.60 0
古代日本の大陸統治機関

760 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 20:24:29.23 0
任那日本府でも金官加羅でも日本

761 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:04:57.48 0
任那国も狗邪韓国も加羅国も倭国、百済と新羅は属国

762 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:17:05.29 0
いちおう自称で倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事とか
倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事なんだから倭と任那・加羅
は別扱いじゃないの5世紀の状況では

763 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:35:21.52 0
【長野】甲信越に息づく「午」 朝鮮半島との交流にロマン
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1388705176/

 ■浅川端遺跡の馬形帯鉤

 長野市の浅川端(あさかわばた)遺跡から出土した馬の形をした青銅でできたベルトのバックルは、
「馬形帯鉤(うまがたたいこう)」と呼ばれ、国内で唯一、正式な発掘調査で確認されたものだ。
大きさは縦6・7センチ、横9・2センチで約40グラムの重さがある。朝鮮半島特有の様式で、
くらを背に乗せた馬が前脚を前方に伸ばした姿をかたどっており、馬を乗りこなす技術を持った渡来人が長野の地を踏んでいたことを推測させる。

 同様の馬形帯鉤は、岡山市の古墳から出土した6点があり、宮内庁が所管する。しかし、これを発掘したのは当時の土地所有者で、
詳しい出土状況の確認ができないため、学術資料として一級の価値を持つのは浅川端遺跡のものだけだ。
国内の博物館や美術館でも30点ほどの馬形帯鉤が所蔵されているが、一部に贋(がん)作もあるといわれている。

 朝鮮半島との関係から研究者の間で「いつかは発掘されるだろう」と期待され続け、浅川端遺跡で馬形帯鉤が出土したのは平成13年。
待望の発見に考古学ファンは興奮したが、その後も国内で出土はない。馬形帯鉤を研究する同市教育委員会文化財課の風間栄一係長によると、
馬形帯鉤は北方系騎馬民族のスキタイが好んだ「動物意匠」(動物を図案化した文様)と、
中国で広がっていたバックルの文化が組み合わさり、朝鮮半島で生まれた。出土地域は、朝鮮半島の南東部や内陸中西部に集中する。
近年、韓国国内で多数の発掘調査が進み、馬形帯鉤の出土事例も急増しており、製造時期の確認も含めて本格的な研究はこれからだという。

764 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:36:02.42 0
 弥生時代の終わりから古墳時代前半にかけて、日本と朝鮮半島の交流は非常に頻繁になり、多くの人やモノが行き来するようになる。
馬形帯鉤も国内各地でもっと多数見つかっても不思議ではないが、風間さんは「これだけ日本中で発掘調査が行われても
馬形帯鉤が見つからないのは、日本にはベルトのバックルが文化として根付かなかったからではないか」と話す。

 古墳時代に入ると政治の中枢は大和政権に集中する。風間さんは「その大和で馬形帯鉤は出土しておらず、
今でいうところの政府を経由しない、地域間交流が行われていたのは間違いない」と話す。
13年前に出土した国内唯一の馬形帯鉤は、朝鮮半島と日本の内陸部にある信濃の地との交流が濃密に行われていたことの証しでもある。

2014.1.3 02:12 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/news/140103/ngn14010302120000-n1.htm

765 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 22:59:58.21 0
>>762
面白いのは、カラや任那や百済があるのに辰韓(秦韓)や馬韓(慕韓)が存在してる点だよな
残党的な都市が残っていたのだろうか

766 :世界@名無史さん:2014/01/03(金) 23:57:17.16 0
上奏文からすれば倭は毛人五十五国とか衆夷六十六国とかを集めたもので
たぶん新羅や百済といった国も小さい国を集めたものだろうと思うけど
んじゃ秦韓や慕韓も同じようにまとまりはあったのか? 六国七国と並列しても
実態は違うのか?

767 :世界@名無史さん:2014/01/04(土) 02:26:29.98 0
>>762
都督諸軍事は自国支配下に適合される役職
百済以外を南朝が認めたという事は
その当時にあっては任那加羅馬韓辰韓新羅は倭国だと認識されていたって事
宋の時代には新羅が朝貢すらしていなかった事がそれを裏付ける

768 :世界@名無史さん:2014/01/04(土) 22:57:41.29 0
でもまあ倭本国と倭の勢力が及ぶ国といった違いはあろう
毛人とかと建前的には似たような感じの扱いなんだろうか?
併記はしていても勢力浸透の度合いはたぶん違うんだろうけど

769 :世界@名無史さん:2014/01/05(日) 10:39:25.26 0
日本列島内で争ってる状態だからね
東北は奈良時代まで日本じゃなかった

770 :世界@名無史さん:2014/01/05(日) 14:27:39.36 0
高句麗・百済は朝鮮だわ。韓ってよくわからんよな。

771 :世界@名無史さん:2014/01/05(日) 21:29:18.07 0
朝鮮は地名でしょ。で、南満州から朝鮮に掛けて居たのが夫余族
概ね中国人の支配下や影響下に置かれていた

韓族は半島南部にいた未開の蛮族

772 :世界@名無史さん:2014/01/05(日) 23:40:42.54 0
>>771
朝鮮も民族名だ。元来地域名のようだがそこに棲む原住民を指す場合もある
倭人と同じだな
衛満の朝鮮王国も民族名から採っているが、武帝に滅ぼされた後その名は消滅する
真番郡の真番と同じ運命だな

現代の朝鮮の由来は、李成桂が【国名を決めて欲しい】(驚きだ)と明の洪武帝に求める
候補は和寧と朝鮮だった
洪武帝は、かつて前漢武帝が滅ぼした朝鮮を採用した
これは明らかに洪武帝の悪意だが、属国は受け入れる他なかった
李氏朝鮮は500年と長く続いたので、民族名として定着した

773 :世界@名無史さん:2014/01/06(月) 00:41:09.98 0
朝鮮は殷の王族が建てた箕氏朝鮮に始まる国名或は地名
被支配民だったのは濊や貊で、朝鮮は本来は民族名ではなく
特定の民族を指すようになったのは李朝以降

774 :世界@名無史さん:2014/01/09(木) 23:51:07.32 0
【佐賀】韓国からの観光訪問団、弥生土器に触れ古代ロマンに思いをはせる 徐福ゆかりの地で
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1389271206/

★済州島の観光訪問団、徐福ゆかりの地を見学

韓国・済州島からの観光訪問団15人が9日、佐賀市金立町の徐福長寿館・薬用植物園や
金立神社など、徐福ゆかりの地を見学した。徐福が探した不老不死の薬草とされる
カンアオイや弥生土器に触れ、古代ロマンに思いをはせた。

済州島は、徐福が佐賀に向かう途中で寄港したとされる地。参加者は徐福の足跡を
たどるDVDを鑑賞した後、徐福長寿館の澤野隆館長から徐福を祭る金立神社や
弥生人の生活について解説を受けた。

参加者が「なぜ徐福たちは済州島に立ち寄ったか」と質問すると、澤野館長は
「四季や緑に恵まれた韓国に憧れたのかもしれない」と答えた。

済州島の徐福研究会理事で、済州国際大学校経営・観光学部の金昌植教授(60)は
「中国を含め3国の観光交流を盛んにし、徐福を平和共存のゆかりとしたい」と語った。
澤野館長は「領土問題が難しい時期に日本に親しみをもってくれてうれしい。
徐福の偉大な功績のおかげ」と笑顔だった。

一行は10日、ハウステンボス(佐世保市)やキャナルシティ博多(福岡市)などを観光し、
11日に帰国する。

http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2606358.article.html

775 :世界@名無史さん:2014/01/09(木) 23:51:47.56 0
【東京新聞】朝鮮半島から埼玉・日高市に移住して1300年 「高麗郡」学べる冊子、全中学生への配布計画
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1389247232/

★歴史が苦手でも 高麗郡学べる冊子 日高市など作成
2014年1月9日

朝鮮半島・高句麗(こうくり)から現在の日高市などに移住した人たちが高麗(こま)郡を開いてから
二〇一六年に千三百年を迎えるのを前に、同市の記念事業実行委員会などが、高麗郡の歴史を分かり
やすく解説した冊子を作成した。新年度に市内の全中学生への配布も計画している。

冊子は「早わかり高麗郡入門Q&A」で、全四十三ページ。大学教授や自治体の学芸員ら専門家で作る
「高麗浪漫(ろまん)学会」のメンバー十人が執筆した。

「なぜ今、高麗郡か」「渡来人ってどんな人」「どうして明治に高麗郡はなくなったの」など、
読者の目を引く項目を三十五本立て、いずれも一ページを使って説明している。文章の表現を簡潔にして
写真や地図なども盛り込んでいるため、歴史が苦手な人でも読みやすくなっている。人物名や地名には
ふりがなもつけている。

昨年十一月に二千部を発行したが、すぐ品切れになったため二千部を増刷。今月十四日から日高市産業
振興課で希望者に無償配布される予定だ。地域の歴史が分かりやすく記されていることから、市では
新年度、市立中学校の生徒約千五百人に個別配布する方向で準備を進めている。

冊子の入手方法などに関する問い合わせは日高市産業振興課=(電話番号省略)へ。(上田融)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20140109/CK2014010902000127.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20140109/images/PK2014010902100045_size0.jpg

776 :世界@名無史さん:2014/01/10(金) 00:59:07.61 0
1300年前の移民まで在日認定すんのやめて欲しいわ

777 :世界@名無史さん:2014/01/10(金) 16:17:21.89 P
弥生土器ならわざわざ日本へ見に来なくても
狗邪韓国が在った地域から出土してるのに、倭人入植者の持ち込んだ物が

778 :世界@名無史さん:2014/01/10(金) 19:41:27.13 0
>>777
ワロタ

半島から日本列島に伝わったはずのオリジナルの方が価値高いはずなのになw

779 :世界@名無史さん:2014/01/13(月) 22:36:43.25 0
【韓国】「日本書紀は日本の歴史歪曲の根源。任那日本府説は『新羅コンプレックス』の産物」 歴史家らが日本書紀注釈書を発表★2[01/12]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1389542769/

780 :世界@名無史さん:2014/01/16(木) 22:50:54.27 0
>>779
大化の改新は新羅のピダム(比曇)の乱からパクったという説もあるからな

781 :世界@名無史さん:2014/01/16(木) 23:26:55.05 0
>>779
ウリナラファンタジーには付き合いきれんw

>>780
なわけない。その後の日本は天皇を中心にした国家建設で
内乱を経ながら平安時代を迎える。

782 :世界@名無史さん:2014/01/16(木) 23:27:10.31 0
『日本という国名は新羅につけてもらった』とかいうなよ

783 :世界@名無史さん:2014/01/16(木) 23:28:23.32 0
後、渡来人のDNAは日本人の遺伝子プールにはほとんど影響がないことが証明されてる。
文化的側面はある程度あっただろうけどな。

784 :世界@名無史さん:2014/01/19(日) 20:24:32.78 0
舒明は義慈元年に倭国に派遣されてきた男らしいよ。

785 :世界@名無史さん:2014/01/19(日) 21:55:34.29 0
どっから?

786 :世界@名無史さん:2014/01/21(火) 20:21:34.96 0
百済だろ?

787 :世界@名無史さん:2014/01/21(火) 20:37:33.60 0
>>784
史料は?

788 :世界@名無史さん:2014/01/21(火) 22:04:37.81 0
物証は無いが心証では確実だ。

789 :世界@名無史さん:2014/01/21(火) 22:27:01.19 0
あの人たちは、かなり最近まで、内輪では向こうの言葉で会話してたらしいね。

790 :世界@名無史さん:2014/01/21(火) 23:44:52.61 0
そもそも現代朝鮮語からハングルまでを用意したのは日本人なんだよな
それ以前は地方地方で、方言どころじゃなく別個の言語を話していたとか
支配層は高麗時代はモンゴル語を話していたらしいし、そんなんで【古代朝鮮語】の再現なんてムチャだろ
万葉集が古代朝鮮語だとか絡んでくる哀れな現状は理解してやるが…
ま、甘やかさない方がいいのか

791 :世界@名無史さん:2014/01/22(水) 17:37:00.30 0
>>595
煮塩だから、海水を引いて煮詰める方式

792 :世界@名無史さん:2014/01/22(水) 23:42:41.35 0
>>790
Aの言葉とBの言葉の関係が同系の言語なのか方言なのかなんて
国境や意識の差でしか無いじゃね?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E8%AA%9E%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%A8%80

古代の半島から満州にかけての諸言語が曖昧模糊としてるのは書き言葉
が漢語だったからだわな

793 :世界@名無史さん:2014/01/23(木) 01:18:02.74 0
>>792
祖語ってのがあるし、文法と語彙や単語で分別してもいいかもね
ヨーロッパ語も文章上はラテン語を下地にしてるから似て映るけど、実際違うかもね

794 :世界@名無史さん:2014/02/16(日) 10:44:05.42 0
是出於新良国
即為国主
稲飯命
出於新羅国王者組合

795 :世界@名無史さん:2014/03/16(日) 15:42:12.70 0
【韓国】「白村江の戦い」慰霊祭・扶余で開催へ=日中も参加[03/16]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1394943690/

796 :世界@名無史さん:2014/03/16(日) 19:14:43.21 0
>>795
白村江の場所はわかってないはずだが

797 :世界@名無史さん:2014/03/16(日) 20:38:42.81 0
分かんないから扶余(泗ビ)でやっとるんだろ

798 :世界@名無史さん:2014/03/17(月) 01:10:16.91 0
いい加減やな。そんなんで慰霊になるのか

799 :世界@名無史さん:2014/04/08(火) 18:35:24.08 0
任那日本府を再建設しよう。

800 :世界@名無史さん:2014/04/08(火) 19:18:40.20 0
在日が増えちゃうだろw

801 :世界@名無史さん:2014/04/08(火) 19:48:32.59 0
増えない増えない。国旗が日の丸になるだけだよw

802 :世界@名無史さん:2014/04/10(木) 23:42:04.46 0
>>772
朝鮮はもともとは地名。民族名になったのは日本に併合されてから。
>>771が正しい。>>773は電波で問題外。

803 :世界@名無史さん:2014/05/01(木) 15:51:33.63 0
>>765-766
上表文の段階(478年の段階)で
旧辰韓諸国のうちまだ新羅に併合されてない国ってかなりあるよ。
旧馬韓諸国のうちまだ百済に併合されてない国も多い。

804 :世界@名無史さん:2014/05/07(水) 12:50:19.89 0
歴史的都合や屈辱的なことは捏造し、論理性が無くなって返答に困った場合、
韓国に対して愛は無いニダかで終了の韓国歴史学会

805 :世界@名無史さん:2014/05/08(木) 02:12:38.40 0
>>803
しかし「七国」と数えられてるのだから
辰韓諸国を「秦韓」1ヶ国、馬韓諸国を「慕韓」1ヶ国としてることになる。
これっておかしくね?
まじめに計算したら「七国」じゃなくて「十数国」になるはず。
つまり残ってた国々をすべて数えたのではなく、
秦韓も慕韓も1ヶ国づつしか入ってないとみるべきじゃないのか?

806 :世界@名無史さん:2014/05/08(木) 02:18:33.00 0
>>803
具体的には倭国の支配してた地域だな。

807 :世界@名無史さん:2014/05/08(木) 02:22:45.89 0
>>805
何もおかしくないよ
中国側の史料に馬韓、辰韓という国があったとは書かれてないし
倭国に含有される諸国を全部引っ括めて秦韓、慕韓

808 :世界@名無史さん:2014/05/09(金) 03:16:07.32 0
>>805
任那と加羅も一ヶ国づつと数えられてるけど
実際には一ヶ国じゃなくて
任那は「金官国を中心とする諸国」、加羅は「伴跛国を中心とする諸国」。
従って慕韓と秦韓も一ヶ国づつでなく複数の諸国の名で問題ない。

809 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 04:16:26.60 0
あんな狭い領域に諸国って、なんかおかしい。それぞれに王と軍隊がいたのか?
ちょっと想像できない。

810 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 04:35:13.51 0
>>809
都市国家だから人口数百ってとこだね
中国式なら住民がそのまま兵隊になるはず
人口について書かれているのは馬韓(慕韓)だけか

811 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 04:51:23.38 0
ギリシアのポリスみたいなものか。だったらわかるな。
でも数百人単位で自治を保てるものなのか?
鉄が出るか高性能な剣や鎧ができるのかもしれないが、その技術はどこから来たのだろう?

812 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 10:50:32.27 0
自治をっていうが広開土王碑見てもわかるように庇護者がいればすぐ寝返って
自分の権利を守った
そういうもん
鉄は製造法から見ても中国でしょ

813 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 11:48:59.63 0
>>811
三国志の魏志韓伝に謎解きの鍵がある
邪馬台国と同時期の半島南部には馬韓(慕韓)、辰韓(秦韓)、弁辰があったという
馬韓(慕韓)は中国に近い西側のはずだが野蛮で礼儀を知らない。背中にデカイ針を通してそれに縄を結んで重い荷物を運ぶとある
貴族の階級は二種類しかない
一方、日本列島側の辰韓(秦韓)、弁辰には城壁があり、人々は道を譲り合うことを知っている
辰韓(秦韓)の古老は『自分たちは始皇帝の暴政を逃れて来た漢人だといい、楽浪郡の人々はこの残余の者』と言っている
実際、いくつかの言語を挙げているがどれも古い中国語である
貴族の階級は六つあって細分化されている

前漢の武帝は紀元前108年、朝鮮半島を征服、楽浪郡・玄莵郡・臨屯郡・真番郡を置いた
最南端の真番郡は洛東江の流域、今の釜山付近にあり日本列島との貿易を意図して設置された
真番郡の位置は諸説あるが、この半島南部説を採れば辰韓(秦韓)、弁辰が中国文明の都市国家だった整合性が取れるわけよ
真番郡は結局30年もたずに廃止されるが、郡治のトウ県以下15県が一世代続いた意味は大きい

倭人は弁辰で鉄を買っていたというが、その技術は前漢時代のものだろうね
半島南部に飛び地でポッコリ中国文明が存在してたわけだ

814 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 13:34:01.47 0
馬韓は夫餘や百済の関係で公孫氏との関係が良好だった反動で魏とは仲がよくなかったんだろう
魏は馬韓の王を認めず辰王に治めさせてるっぽい
始皇帝の頃の難民だというのは現地人の口を借りて表現してるけど実際は中国人側の推測
貴族の階級は5つ。臣智・険側・樊穢・殺奚・邑借
真番郡は実質どのぐらい機能したかわからんね、設置の記事と廃止の記事くらいしかなく
28年間の状況が不明なので、書類上の存在にすぎなかったという説もある。
真番郡が廃止された理由は岡田説だと「儲からないから」
でもなぜ儲からないのか、玄菟郡の後退と同じく原住民の反抗があったのと
楽浪郡経由の新しい漢人と衛氏朝鮮以来の古い漢人の対立があって後者は原住民に協力的だった可能性もある
思うに、真番郡の領域が弁韓辰韓馬韓の3つにわかれたのは真番郡の統治が比較的うまくいった北部の6県が後に辰韓になり
統治がまったく及ばず県(城郭)も設置されず原住民の世界のまま留まったところが後に馬韓になり
真番郡15県のうち南部の9県は中華の文化は及んだけど衛氏朝鮮以来の古い漢人が郡の統治に服さず辰韓とは別の勢力になった
岡田は弁韓辰韓の違いを河北系と山東系だとか方言差だとかいうがそれは文化の違いをいっているにすぎず
何らかの理由で政治的に仲が悪くなければ同じ一つの韓が三つに分かれている理由を説明できない

815 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 13:41:43.71 0
>>809-812
【国】漢文の「国」には2つの意味がある、
一つは現代人が想像するような意味での国家の意味、これは正しくは「邦」と書いたんだけど、漢の高祖劉邦の諱を避けて「国」の字で代用するようになった。
もう一つの意味は都市の意味。だからこの国(都市)はただの地方統治の単位である場合もあり独立国家とは限らない。
倭国とか韓国といった時の「国」は前者の意味、邪馬台国とか狗邪国とかいった時の国は後者の意味。
【王】王は「辰王」というのがいてこれは辰韓の12国に君臨する王だが馬韓人で馬韓の目支国にいたと書いてある(ただしこの解釈にはいろんな説があるが)。
辰王とは別に馬韓の王がいたようには書いてない(書いてないだけでいたのかも知れないが)。
弁韓については「12国また王あり」とあるが12国全体をまとめる弁韓の王が一人いたって意味なのか、
12国それぞれに計12人の王がいたという意味なのか、文脈からは判然としない。
【軍】軍は戦争の時に徴発するだけだから常備軍があったわけじゃないでしょう
【人口】弁韓辰韓は大国は四千か五千家、小国は六百か七百家で、合計で四万戸か五万戸とあるが
「弁韓辰韓あわせて四万か五万」と読めるところと「辰韓だけで四万か五万」と読めるところがあって判然としないが後者は誤記のようだ。
1世帯5人と仮定して辰韓弁韓あわせて約30万人。
馬韓の人口は十余万戸(仮に1世帯5人とすると約50万人)。馬韓だけで面積も国数も弁韓辰韓の数倍もあるのに人口は2倍までいかない。
馬韓に50余国あるうち大国は万余家、小国は千余家とあるから、弁韓辰韓に比べると、人口がわずかな大国にえらく集中してる。
大国に該当すると推測されてる国が5カ国あるが、大国と小国の落差がかなりデカイので貴族の階級が二段階しかないというのは
この事実を反映するとともに、馬韓は実際には5カ国の連合体として運営されてたという想像ができる。

816 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 13:42:37.75 0
>>809-812
【鉄】製鉄技術には2種類ある。
ヒッタイトに発祥してシルクロード経由で秦に伝わり、漢代に楽浪郡でやってた「間接法」と、
インドに発祥して東南アジア経由で呉や越に伝わり日本に入ってきた「直接法」。
三韓は丁度その両者がぶつかるところで二種類が混在していた。
弁韓(一説には辰韓の間違いで弁韓は誤認という説もあるが)は鉄の産地で有名で、
司馬遷の史記で「新番の利を売買す」という言葉がある。新番の利というのは馬韓の西海岸の魚塩の利をいうとの説もあるが
それ以上に弁韓の鉄のことだろうというのが通説。
魏志には倭・韓・穢の諸民族がこの鉄を貨幣のように使っているとあり。
加羅諸国の一つで釜山にあったのを金官国(そならこく)、金官加羅(そならから)というが
「そ(金)」という言葉はゴールドではなくメタル(アイアン)の意味。倭国に鉄を貢輸する窓口。

817 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 15:00:55.19 0
>>814
うむ
さほどの違いはないだろうね
倭人も統一はされてないし、要は半島も統一朝鮮文化なんかなかったってことだよ
朝鮮文化=中国文明という証明にはなりそう

818 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 15:02:56.28 0
>>815
辰王については岡田英弘の言う通り、楽浪郡に朝貢する必要からだろうね
単に近いというだけ

819 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 15:04:47.46 0
>>816
オレは日本列島の砂鉄を弁辰に運んで加工させてたと考えてんだが、あなたどう思う?

820 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 16:13:09.51 0
ヒッタイトは直接法だが
なにいってんだ?

821 :世界@名無史さん:2014/05/11(日) 20:18:15.35 0
>>816
真番て新番とも書くのね。新しい蛮夷って意味なのか

822 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 01:53:41.96 0
>>814
儲からないのは未開で生産性が低くめぼしい資源も無い
要は物産が乏しかったから。

馬韓族、弁韓族、辰韓族は元々文化的にも言語的にも異なる違う民族
大枠で韓と呼ばれた地域に倭人や海胡も含めて幾つか民族が居ただけ

823 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 01:59:41.07 0
>>816
間接法の発祥は中国な。呉越の製鉄法も北方由来
インドと楚の交易が確認されるのは戦国時代以降で江南での製鉄の始まりより遥かに遅い

824 :コピペ1:2014/05/12(月) 08:26:51.18 0
231 名前:230 :04/02/09 07:39 ID:uG/HhF/Z
>>230から続き)もともと中東では前3000年くらいにはもう未熟な技術に
よる鉄器があり、本格的な鉄器時代には前15世紀くらいから入っています。

日本の鉄器文化は前8世紀くらいまでに遡る可能性がでてきましたが、
前10世紀には、すでにヨーロッパ、インド、中国には
原始的な製鉄技術が伝わったものの、その未熟な技術では
青銅器にまさる鉄器は作れなかった、といわれています。
なので、実用に耐えないレベルですが製鉄技術そのものは
日本に鉄があった頃すでに中国にもあったことはあったでしょう。

中国の製鉄は前6世紀頃から北部や東部で徐々に普及しましたが
本格化するのは前5世紀の江南(いわゆる呉越地方)において。
この時すでに農具用の鋳鉄、兵器用の鍛鉄がありました。
これはインドから東南アジア経由で伝わってきた製鉄術で、
一度の過熱で鍛鉄を得る直接法といわれる製鉄術でした。
(世界では、まず鋳鉄ができて、次ぎに鍛鉄が開発されたが
中国では鋳鉄と鍛鉄がほぼ同時に発達)
その後、溶鉱炉と反射炉を別にする間接法による製鉄術が
内陸アジアのシルクロード経由で伝来し、
これを武器に秦が発展した一因ともなる。
漢の時代、中国河北では上記の間接法、江南では直接法と
製鉄術は地方でわかれており、
4世紀前半の帯方郡(黄海・京畿道)には河北の間接法が
弁辰韓(慶尚道)には江南の直接法が伝来していました。(続く)

825 :コピペ2:2014/05/12(月) 08:28:33.97 0
232 名前:231 :04/02/09 07:40 ID:uG/HhF/Z
>>231から続き)日本の製鉄はタタラと呼ばれ、江南の直接法を独自に
発展させたもので、これまでですと弥生前期は前3世紀とされていたので、
その頃に真番(慶尚道)から山陰に伝来したものと考えられていました。
つまり「韓国慶尚道→山陰(弥生前期)→北九州・山陽(中期)」と
思われていたのが、今回の発見により、実は
「?→北九州(弥生早期)→山陰(弥生前期)→山陽(中期)」だった
ということになります。
世界ではまず青銅器時代があって次ぎに鉄器時代になりましたが
日本では青銅器(装飾品)と鉄器(実用品)が同時に入ったと言われてきました。
それが、実は日本では鉄器の方が青銅器よりはるか古いということが判明。
しかしながら、考古学ではなく冶金学の方では、
鉄は腐蝕しやすく残りにくい(とくに湿度の高い日本でも)し、
青銅は融点が900℃と高いのに鉄は600℃でできるし、
青銅は合金なので元素の鉄よりも混合比率とか難しい技術がふえる、
などの理由から、青銅器よりも鉄器の方が古いのではといわれていたらしいですね。

タタラ製鉄は「江南の直接法を“日本が独自に”発展させたもの」というのがミソで
何か基礎になる技術がもとからあったのでしょうね。
弥生時代の高床式倉庫とと縄文時代の竪穴式住居と出雲大社との
比較研究から、タタラの高殿は縄文時代の建築技術だという説もあります。
また日本の製鉄技術の中心は、奥羽のエミシが律令制に取り込まれて以降、
日本刀の先祖といわれる舞草刀で有名な岩手県に移ってますが、
ここにはタタラとは別に餅鉄法という製鉄法もあります。
東北は縄文文化の中心地だったことから、トンデモ系の世界だと、この餅鉄法は
縄文由来の技術だという人もありますが、今はまだ、あまり当てにしないでおきましょう。
ヒヒイロカネという幻の古代金属の話は後世の捏造説で、そんなヨタ話を引き合いに出さなくても、
独自に製鉄技術があったのかも知れませんが、学者がそれを言うのはちょっと辛そうですね。
ここ20年くらいの考古学の変化をみてると、何が起こっても不思議はないですが。 (続く)

826 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 08:45:49.67 0
>>817
文化の統一と政治統合をごっちゃにいうなよ、倭人はほぼ統一されてたろ
狗奴国の勢力を大きめに見積もっても日本は二大勢力程度の統合段階
狗奴国の勢力を小さめに見積もったら西日本はほぼ統一してた

>>818
楽浪郡への朝貢っていうけど前漢代には楽浪郡の南部都尉の境界がかなり南に押し出してたんで
ルート等は確立してたはず
だから張政らの使節や倭国側からの使節の往来ルートも当然ながら以前からあったところを通ったと思われる
わざわざ本拠地を離れてそんなところに常駐させる意味はない
よって辰王が目支国にいたのは朝貢のためなんかじゃい。
魏は馬韓の統治に手を焼いていたが辰韓の辰王とはうまくやってたから
辰王を間に立てて辰王に治めさせたんだよ
魏志が書いてる馬韓と辰王の関係はAD246年に馬韓の叛乱があって楽浪帯方二郡の軍がそれを鎮圧
「二郡、韓を滅ぼす」と称した事件の処理の後の情況。最初からそうだったのではない

>>819
弁韓が鉄の産地で有名なのになんでわざわざそんな無駄なことするの?
国産にこだわるなら国内で製鉄すればいいじゃん
当時は国内産は割高につくから輸入したほうが安かったんだと思う

827 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 08:46:41.97 0
>>820
いや製鉄法自体がヒッタイト発祥って意味。確かに文章おかしかった、すまそ

>>821
ちがう、書き間違い。ただし「真莫」「貢番」「真藩」と書いてる例はある。新番は俺のミス

>>822
未開で野蛮なことと資源の有無は別問題。「真番之利」って説明したろ
民族がいろいろあったのは同意

>>823
>間接法の発祥は中国な。呉越の製鉄法も北方由来
そうなの? 元ソースはpdfの学術論文だったがみつからないので内容確認できず。
探したんだが>>824-825しか出て来なかったからあなたが正しいかも知れないね
>インドと楚の交易が確認されるのは戦国時代以降で江南での製鉄の始まりより遥かに遅い
物証が確認されるのがその通りだとすると俺の記憶は論文の推論の部分だったのかな。ともかくご指摘ありがとう

828 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 09:37:37.73 0
>>822
オレは岡田英弘の言う砂金、そして水銀と砂鉄だったと思うね
だいたい廃止されたのは単に遠いからだろ

829 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 09:42:31.95 0
>>826
政治統合があって初めて文化が産まれるんだよ
長い安定的統治の中で国民の間に一体感が醸成される。日本語の普及なども統一国家が成ってこそ

830 :世界@名無史さん:2014/05/12(月) 19:27:41.64 0
>>827
>>824って内容無茶苦茶だぞ、基本的な事が間違ってる。
高炉を用いて鋳鉄から鋳造するのは鍛鉄より難易度高い

831 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 04:14:59.17 0
>>828
砂鉄はまぁいいとして砂金とか水銀とか岡田英弘が言ってたっけ?

>>829
そうだよ、何も矛盾はない

>>830
鋳鉄って型枠に流しこむだけだから粗悪でもろい鉄器、これは周の時代からあった。
鍛鉄は鍛造技術が必要、より良質な鉄器ができる。中国で秦が躍進した理由の一つ
…と習ったような記憶があるのだが違うのか?

832 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 04:41:04.46 0
>>831
岡田が予想してるのは砂金だけだね
楽浪郡の遺物に金細工が多いことから、日本列島産の金ではないかと書いてる
そういうのは今時は成分調べると分かるからやって欲しいね

833 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 04:42:25.44 0
>>831
秦は最後まで青銅使ってたんじゃなかったか
鏃に関してはだが

834 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 05:33:18.07 0
>>831
鍛造はヒッタイト時代からあったのに対して
鋳造は高温の炉が必要で漢代の中国が始まり。

あと、本読んでたらインドから楚へ海上ルートで伝わったんじゃないか?
と主張してる金属屋が居たけど、論拠は無しで純粋な想像だった

835 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 07:00:37.44 0
>>834
楚は鉄を生産したと史記にあるね

836 :世界@名無史さん:2014/05/14(水) 17:38:57.30 0
>>835
斉から楚へ伝わったとあるね、春秋時代に

837 :世界@名無史さん:2014/05/15(木) 01:33:57.49 0
>>836
おや、そう?
個人的には三星堆文明の青銅文化の発展なのかと思っていたが

838 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 00:35:38.50 0
>>836
それって歴史書か何かにそういう記録あるって意味?
それともどっかの学者の論文にあるって意味?

>>837
鉄器は伝播じゃないか? 独自に鉄器にすすむってあるの?

839 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 01:52:38.04 0
戦国策だったか管子だったか国語だったかに
斉の商人が楚で鉄を売ってるっつー話があった筈。

早い時代の鉄器も斉が最も時期が早く豊富だった
今は楚で色々見つかってて伝播経路不明になってるみたいだけど。

840 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 01:55:40.60 0
>>838
確かに三星堆と楚じゃ時代が離れすぎかもね

ザッパだけど鋳造技術の下地があれば鉄と銅でさほど違いないんじゃない?

841 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 16:19:59.69 0
必要な温度が違うからな
煮炊きが出来るなら高炉造れるだろ、と言ってるのと同じ。
鉄を鋳造する高温の炉は紀元前の西洋にはなかった

842 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 20:21:14.68 0
日本任那加羅でいいじゃん。

843 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 22:55:23.96 0
>>840
呉とか越も金属冶金は立派。
日本も金属製武器の輸出国に7世紀にはなってるから
先祖はこの辺からかな?

周の太白とは言わないが・・・

844 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 23:38:43.43 0
呉越は銅の産地だったので高度な青銅器は豊富だけど鉄鉱石はそうでもない
水稲作や青銅器を齎したってのは在り得る話とは思うが

845 :世界@名無史さん:2014/05/16(金) 23:46:20.50 0
【日韓】「京都最古の寺は、新羅の渡来人が建立」「渡来人により日本の古代文化は花開いたが、我々が全てやったという解釈は避けて」★2
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1400136286/

846 :世界@名無史さん:2014/05/17(土) 00:29:16.58 0
>>843
太白…晋書だっけ?あれはどの辺りの倭人情報なのかね
ハッキリ書いておいて欲しかった
晋書はいろいろ怪しげな話が多くて扱いかねてる感じを受ける

まあ、中国が周辺民族を華夏人、つまり古代中国人認定するのはよくあることだが

847 :世界@名無史さん:2014/05/17(土) 13:21:09.77 0
>>846
太伯の話は専用スレなかった?(日本史板かもしれんが)
ここでやるとスレチっぽいからやめてほしい(誘導はアリだが)

848 :世界@名無史さん:2014/05/18(日) 19:45:56.03 0
山出銅鐵 自鑄甲兵
俗好武習戰 高尚氣力
http://zh.wikisource.org/w/index.php?search=%E5%B1%B1%E5%87%BA%E9%8A%85%E9%90%B5+%E8%87%AA%E9%91%84%E7%94%B2%E5%85%B5

849 :世界@名無史さん:2014/05/18(日) 20:54:14.98 0
>>847
そのスレは知らんから誘導もクソもないよ

850 :世界@名無史さん:2014/05/18(日) 21:53:39.30 0
>>849
日本史板じゃなくて考古学板だとおもうよ
たしかあったはずだ

851 :世界@名無史さん:2014/05/18(日) 21:58:47.64 0
素材としては面白いのに残念なスレだ

852 :世界@名無史さん:2014/05/18(日) 22:30:11.59 0
>>847-850
日本史板だったか世界史板だったかにあった太伯スレは長く続いたけど今は落ちてる
考古学板はよくしらないがちょっと見なかった。
現存スレだと強いて言えばこのスレ↓が近いんじゃないか?
ttp://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1396472383/l50
【中国長江】弥生人のルーツはどこ?【朝鮮半島】

853 :852:2014/06/19(木) 02:03:01.34 0
太伯スレ、6月4日に誰か次スレ立てたようだなw↓

復興!周王室(天子)!倭人は呉の末裔か!?vol.6
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1401890066/l50

854 :世界@名無史さん:2014/06/21(土) 15:41:04.46 0
>>838
斉のあった地域が最も早く製鉄を始めていて
而もヒッタイト等の西方の製鉄とは製造法が違うよ
新彊も中国内では早い時期に製鉄が始まってるけど
これも海綿鉄を鍛打して製鉄する物で中原とは製法が異なる

855 :世界@名無史さん:2014/06/23(月) 00:32:48.06 0
下関で古代史シンポ 弥生時代の響灘・関門 地域の謎探る 山口
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news/1403400863/

「古代史から国際交流を考える」 をテーマに、弥生時代の響灘・関門 地域の謎を探る「第1回古代史シンポジウム」が21日、山口県下関市の海峡メッセ下関で開催された=写真。

福岡大学教授の武末純一氏が「弥 生時代の日韓の国々」と題して基調講演。
武末氏は「両地域とも青銅製武器を所持していた集団が上位に立ち、首長層は相互のネットワークで結ばれていた」と述べ、
日本列島と朝鮮半島に政治的連合体が存在していたと主張した。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/140622/ymc14062202060001-n1.htm

269 KB
新着レスの表示

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :


read.cgi ver 05.05 2022/08/31 Walang Kapalit ★
FOX ★